幻想の烏は海を駆ける   作:一般妖怪

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もしかしたら帰れないかもしれない

 最初に感じたのは季節外れのむし暑さと、ひどく懐かしい磯の生臭さだった。

 目を開けば、目の前には海があった。

 

 そんな場所で寝た覚えもないのに、姫海棠はたては砂浜に寝そべっている。

 

「………なにごとー?」

 

 とりあえず声を出してみた。

 答えの代わりに帰ってくるのは波の音。

 

 幻想郷に海なんてないし、夢かと思って二度寝しても変わらない。

 傍らには取材道具たる、折り畳まれたカメラが転がっている。

 

 お腹もすいたので、姫海棠はたてはとりあえず立ち上がることにした。

 その拍子に服から乾いた砂がぱらぱらと落ちた。

 

 

 

 

 そのまま何事もなく何日か経った。

 

 わかったことはこの場所は小さな島であり、人間も妖怪もいないということだけだった。

 海岸線と岩場を歩いてぐるりと一周しても数刻すら経たない。

 

 その証拠に、砂浜に突き刺した木の枝の影の位置はたいして変わっていなかった。

 

 この3日で島もあらかた見て回り手持無沙汰となり果てたはたては、目の前に立ちはだかっている課題についてようやく向き合うことにした。

 

 異変が起きてからたった数日で課題解決に動けるのは、はたてのような暢気な一般妖怪の尺度では極めて迅速かつ軽快な決断であった。

 

 もしかしたら自らの知らないところで誰かから恨みを買っており、復讐者の洗脳や幻術を受けたのかもしれない───。

 

 自分がこの場所にいる原因として最初に思い浮かんだことだったが、これに関しては否と結論付けた。

 

 常日頃から強引な取材に定評がある射命丸文ならばともかく、姫海棠はたては強引な取材は行なっていないと自負している。かつてはそもそも取材しなさすぎの方が問題だった筋金入りのインドア妖怪女である(それは性格以上に持っている能力が原因なのだけれど、固有能力をどのように使用するかは本人しだいであり、やはりはたては生来のインドア妖怪女だという結論になるのだが)。

 

 ……あれ、待てよ?

 コタツ記者だった時ならともかく、文相手に『対抗新聞(ダブルスポイラー)』を名乗り始めたあたりで、あいつの取材方法を参考にした私もそこそこ過激な取材を繰り返していたような……?

 

 はたては、はたと思った。

 ヤバい。恨みを買う心当たりが“全く”無いわけではない。むしろ深く記憶をたどればたどるほどに「あれかな? もしかしてこれかな?」という小さな心当たりがちりつもで砂の小山を形成し始めている。

 

 そしてはたては考えることをやめた。

 やはりはたても一介の一般妖怪であり、面倒なことは棚上げして気ままに過ごすことを選びがちだった。

 

「おなかすいたなあ」

 

 腹が鳴った。いい加減に草や木の実は飽きてきたので、釣り竿でも作って魚でも取ってみようかと、腰かけていた流木から立ち上がった。その時だった。

 

 きらきらと太陽の光を反射する海の向こう側、遠くにぷかぷかと小舟が浮かんでいるのが見えた。鴉天狗の視力で、それがこちらに向かっているのがわかる。船の上には人影があった。

 

 思わずはたては大きく手を振った。

 

 

 

 

 果たして、小舟から降りてきた麦わら帽子の男はモンキー・D・ルフィと名乗った。

 

 ルフィさんちのモンキーさんかと思いきや、その逆だったのがはたての最初の驚きだった。

 

(変だな。異人は名前・苗字の順に名乗るものだと思ってたけど)

 

 この時点ではたてはどこか嫌な予感がしていた。

 自分の持つ常識が通用しない予感を感じ取ったのである。

 

 ともかくこの男は、はたてが目覚めてから出会う初めての知的生命体である。

 これ幸いとはたては出会って早々に質問攻めにした。

 新聞屋の面目躍如である。

 

 そしてすぐに頭を抱えることになった。

 

 結論───この男の言うことを信じるなら、ここは幻想郷の外どころか、もちろん日本ですらなく、はたてが伝え知る惑星地球上のどの場所にも当てはまらないことがわかった。

 

 海賊王。

 大海賊時代。

 東の海(イーストブルー)

 偉大なる航路(グランドライン)

 

 夢でもない。というか、現の生物が夢の世界にとどまっていたら夢の支配者たるドレミー・スイートにすぐさま干渉される。あの女は妖怪としてはとてつもなく生真面目な性であることからして間違いない(はたても取材を敢行したことがあり、その際に受けた印象のひとつである)。

 だから仮にはたてが夢境に迷い込んだというのなら、いまだドレミーが影も形もないのはいくらなんでも長すぎる。

 

 そうでなくても、結界を超えて幻想郷の外にある訳のわからない場所に飛ばされるなんてのはそうはない。

 異変どころか大惨事である。幻想郷の賢者たちが奔走すべきレベルの話だった。

 

 はたては自身が思っていたより遥かに深刻な状況に陥っていることを理解して、ぞっとする。

 

 もしかしたら帰れないかもしれない。

 

 悲観じみた予測である。そしてこういう直感はだいたい当たるものだ。

 

 

 

 

 ルフィは船旅の途中だったらしく、はたては交渉の末、近場の島にたどり着くまで一緒に船に乗せてもらうことになった。

 

「本当に助かったわー。突然目が覚めたらあの島にいたからさ、いい加減やることなくなってどうしようかと思ってたんだよね……」

「そうか、そりゃよかった」

「で、この船はどこに向かってるの?」

「わかんねェ!」

「は?」

「なんとかなんだろ」

「ならないよ!?」

 

 そして仲良く遭難した。

 もちろん、はたてに航海術はない。

 

「……でさ、あれ、何?」

 

 ツッコミ疲れたはたては若干目をそらしながら指を指した。

 目の前の煌めく大海原の中で、デカすぎる渦潮がぽっかりと暗黒の穴を開けていた。

 

 もちろん、海流も渦潮に向かって流れていて、こうしている間も小船はどんどん穴に引き寄せられていく。

 

「あっはっは、うかつだったな」

「笑ってる場合じゃないでしょ! ほらオール貸しなよ! 漕ぐから!」

 

 相手の厚意で同乗させてもらっているからして、労働力を提供すべきなのはこちらである。

 はたては迷いなくオールをルフィから奪い取り、妖怪特有のバカ力でダバダバと漕ぎ始めた。

 

 それでも船の進行方向は一切変わらない。妖怪でも大自然の摂理には勝てない。無駄な努力であった。

 

「まー、ここまで飲まれちまったらしょうがないんじゃねェか?」

「なら泳いで逃げるしかないじゃない!?」

 

 能天気すぎる言葉にはたてが八つ当たり気味に言うと、ルフィはにししと笑った。

 

「それがよ、泳げないんだよなーおれ」

「海賊なのに!?」

 

 意味が分からなさ過ぎて、はたては思わず空を仰いだ。

 はるか上空にはカモメが鳴き声をあげて暢気に飛んでいた。

 

 今更だが、空は飛べない。理由はわからないが、なぜかそういうことになっている。

 

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