ウチ、ただの行商人やで? 〜異世界転移した関西弁女子はチートスキルに物申したい〜 作:霧島 高
今回はな、すまんけどちょっとばかし冗談は控えめにいくで。
なんでかいうたらな、エッサの街の雪も落ち着いてきよって、真冬が過ぎてしもたからや。
そんなら、どうしても思い出してしもたことがあるねん。
それはな、ウチのおかんの話や。
元の世界のおそらくこれぐらいの時期、つまり今からだいたい1年前のことや。
前に言うたやろ?
おかんが死んでしもた、って。
※
ためになる授業を寝て過ごして、ほんで美味しく給食を頂いた後の、みんなでわいわい騒いどったいつもの昼休み。
ちょうど私立の試験が終わって、ほんのわずかな平和が訪れた時期や。
よう考えたら、中学生活もあと1か月ちょいなわけで、こうやってみんなと過ごせるんもあとちょいやねんなあ、とかそんなん話しとった。
ガララッ!
そんな騒がしい教室にさらに大きい音が響いてな、みんながそれに驚いて静かになってもた。
ほんで開いた扉からな、どたんばたんとおっきな足音立てながら入って来たんは、担任のセンセやった。
「
ほんでもって、大音量でウチのことを呼びよるねん。
「な、なんや、急に――」
もちろんウチは、あまりの恐怖にビビッてすくみあがったで。
「そこにおったか! 今すぐな、貴重品だけ、カバンに仕舞え。ほんですぐに……、わしについてこい」
なんせな、普段ウチのことを叱ることしかせーへん怖いセンセがな、真っ青な顔しとるねん。
「へっ!? う、ウチ、またなんか、やらかしたんか」
せやから思わず、ウチはそんなアホなことを口走っとった。
常日頃の行いから考えたら、しゃあなしやねん。
「そうやない。そうやないけどな。……ともかく、はようくるんや!」
鬼気迫るっちゅうのはこういうんやろ。
クラスメートも「え?」「どいうことなん?」とか囁き合いながら、みんな呆気にとられとった。
ウチかてそれ以上に何もわからんまま、有無を言わせへんようなセンセの気迫に押されて、言われるまんま適当にそのへんのもんカバンに詰めたで。
そんでもって廊下を、えらい焦りながら早足で歩くセンセの後ろを、ほぼ走っとるぐらいの速度でウチはバタバタ追いかけたで。
いつもやったら、そんなんしとったら、すぐに怒られるのにな。
「……?」
そんなときや。
窓に反射しよった光が、ほんのちょっと目に入って、ウチはそれがどうにも気になってもた。
けど見上げた空は雲がいっぱいでな、お天道さんは隠れてしもとった。せやからたぶん一瞬だけ、太陽の光が隙間から覗いただけなんやろな。
せやけどな、まるでウチに何かを届けようとして、それが遮られたみたいやったねん。
そんなんな、ただの自然現象や。
それだけのことやいうのに、ウチはさっと空から目を背けてしもうてな。
ほんで、なんでか胸ん中が、不安でいっぱいになったんや。
「なにしとる。いそぐんや」
「は、はい……」
靴履き替えて、ガッコの裏手の駐車場までやってきて、ほんでセンセの車の後部座席に乗れ言われてな。
その通りにしたら、当然のようにセンセがそのまんま運転席に乗り込んで、どこに連れていかれるんかもわからんまま出発してもた。
「センセ……、いったい、なんやいうねん。どこにつれて――」
「あんな、阪上、ええか。落ち着いて、聞くんや」
センセはウチの言葉を遮って、ゆっくりと、はっきりと、こう言うた。
「阪上の、お母さんな……、事故におうた」
せやから、こんときウチは、おそらく生涯で一番、驚いて。
「……え?」
おそらく生涯で一番、言葉を失ってしもてた。
……このセンセは確かにウチにとっても厳しかったで。
せやけど、その分ウチのことをよう知っとったねん。
せやからウチが母子家庭っちゅうことも、他に頼れる親族がおらんっちゅうこともよう知っとった。
つまり、そんだけ気にかけてくれてたってことや。
「なあ、センセ。センセ、忙しいんやろ? 帰ってもええで」
「そういうわけにはいかん」
テレビドラマや映画なんかでな、よう見るシーンがあるやろ。
扉の上の方が大写しになってな、赤い四角いランプで「手術中」ってのがぼんやり光っとる、っちゅうあれや。それだけでどういう状態かっちゅうのがすぐにわかる演出な。
けどな。
……あんなんな、なかったねん。
「阪上はまだ中学生やろ。せやから子どもや。こういうときはな、大人が一緒についてへんとな、あかんねん」
ウチとセンセが急ぎ足で病院に飛び込んで、そんで受付におった女の人に静かに案内された先はな。
ただでさえ寒い冬やいうのにな、更にひんやりしとったねん。
つまり、そこは、地下や。
そこにおかんはおった。
今朝、いつもどおり慌てながら出かけていくウチにな、元気よう「気ぃ付けていってきーや!」って、いつものように挨拶してくれたおかんはな。
いつもやったら「おかえり! 腹減ったやろ?」って声を掛けてくれるはずやのにな。
何も言わんと、せやけど綺麗な顔して、まるで眠るように横になって……、死んどった。
「……っ」
おかんはな、信号無視した車に跳ね飛ばされたんやって。自転車で交差点を渡ってたときにな。センセからはそう聞いてたねん。
ウチが見られたんは、顔だけやった。顔だけは白い布が外せるようになっとった。
せやけど首から下は見られへんように、あるいは見たらあかんように、完全に隠されとった。
それは、つまり、そういうことやろ。
「ここおっても、しゃあないしな……。センセ、外、でよか」
「……ええんか?」
ウチはぎゅっとこぶしを握り締めた。
まだや、まだあかん。
「センセのいうとおりやねん。ウチはまだ子どもや……。大人がおらんとあかんねん。……ウチが頼れる大人いうたら、一人しか思いつかん。せやから……、はよ、連絡せなあかん」
そんな寂しうて冷たい部屋から出る直前、ウチは振り向いて、白い布に包まれとるおかんをな、じっと見つめてみた。
それは、ぴくりとも動くことは、あらへんかった。
ほんのわずかも、動くことはできひん。
せやからな。
……ウチは、死ぬっちゅうことがな、とても怖いことなんやって、こんとき初めて理解したんや。
たぶん、そうやと、思う。
そのままなんも言わんと、病院のロビーに戻ってきたねん。
センセもな、ウチに合わせて黙ったまんま、付き添ってくれてたで。
ほんでな、ウチはカバンの中からな、スマホを取り出したわけや。
そんなら、やっと気づいたで。
なんぼやろうとしても、スマホの画面ロックを外すことができひん。いつも押してる暗証番号を、順番に正しく押すことすらできひんなってもてた。
それぐらい、ぶるぶると震えとったわ。
スマホもってる手も震えとるし、それを押そうとしてる指も震えとった。
「貸してみい」
「……すんまへん」
センセは、さすが、やな。
大人って、すごいな。
ウチもはよう、大人になりたいな。
「あとは、できるか?」
「……やってみますわ」
センセにロック解除してもろたスマホを返してもろてな。
いっぺん深呼吸したで。
それで震えが少しマシになって、それでなんとか電話帳を開いてな、掛ける相手を探したで。
お気に入りの連絡先や。上の方にあったから、探すのなんて簡単や。
けど、今は平日の昼間や。そんならたぶん、向こうも仕事中やろ。
せやとしても、いますぐ掛けるしかあらへん。
プルルル、プルルル……。
頼むし、出てくれ。
プルルル、プルルル……。
もう、限界や。
ピッ。
『……みりんか? どうしたんや?』
よかった。
にしたってな、その声を聞いたんは、な。
ずいぶん久しぶりやった。
「なあ、おとん……、おかんがな……」
久しぶり過ぎたせいやろか。
「死んで、しもうた。……うぅ」
泣けてきてしもうたわ。
『……すぐ、行く』
「……はよう、ぐすっ、きてや」
ウチはまだ、なんもできひん、子どもやねん。
※
実際んところは、その後、もうなんにも声にならんくてな。
スマホをセンセに渡して、なんもかも説明してもろたねん。
しかもな、しばらくしたら、幼馴染のこうやんのかーちゃんまで来てくれてな、ずっとウチに付き添ってくれてたらしいねん。ちゅうのは、感情がぐちゃぐちゃになってしもてたウチは、その後の記憶がほとんどあらへん。
せやけど、おとんがやってきたんは、夕方過ぎて日が沈んだ頃やったっちゅうことだけは、覚えとる。
もちろん、仕事を終わらせてきたとか、そういうわけやない。
電話の後、すぐに荷物まとめてやって来たんは間違いあらへん。
ウチはてっきり、おとんが大阪におるもんやと思ってたねん。
けどおとんはな、おかんと離婚してから、仕事の都合で東京行って暮らしとったねん。
せやいうのに、それでもすぐに駆け付けてきてくれたおとんにはな、感謝しかあらへん。
前も言うたけど、葬儀やら事故相手との示談やら、そのあたりも含めて全部おとんにやってもろたねん。アホで、しかも子どもやったウチにはな、とてもそんなん無理やろ。
ほんで、気ぃ付いたら葬儀が終わっとって、おかんは火葬場で焼かれて、骨壺の中や。
そいつは今、近くのお寺さんの霊園の木の下で、静かに眠っとる。
おかんは天涯孤独やったし、しかも出生場所すら不明でな。
施設で育った後、たこ焼き屋でずーっとアルバイトしとって暮らしとったんや。けど、その縁でな、そこの老夫婦から店引き継いでやっとったねん。そう聞いとった。
そんなおかんに、先祖代々の墓なんてどこにもあらへん。
せやから樹木葬っちゅう方法をとったねん。
なんせな、おかんはな。
あの、かんこんそ~さい、っちゅう独特なリズムでおなじみのコマーシャルが流れるたんびにな、こう言っとったねん。
「みりん、墓建てるんは禁止や。あんたにはそんなもん、絶対世話でけへんからな」
ウチがズボラなんは事実やからな。一緒に暮らしとったおかんが知らんはずあらへん。
せやしお寺さんがある限りちゃーんと供養してくれるちゅう、樹木葬ってのにしたわけや。
……まあ、おとんに、この話した時にな、おとんが言うとったで。
「それはな、みりん。『死んでしもてまで、子どもの世話になるわけにはいかん』って意味や」
何でも一人でやっとったおかんらしいわ。ウチよりはましやけど、そんなに変わらへんぐらいちびこいのにな。
ウチとちごて、ほんましっかりものやで。
ともかくな。
おかんには、墓らしいもんがあらへんってことや。
つまりな、異世界から冥福を祈っても、どもないってことや。
「おかん、あの世であんじょうやるんやで。なんせウチがそっちにいくことは、しばらくあらへんしな。あとな、すまんけど、パウラさんの赤ちゃんが無事生まれてくるよう手ぇ貸してくれるか?」
そうやねん。もうそろそろ生まれそうやねん。
せやし、ウチは教会に併設されとる治療院へ、その付き添いで来とるわけでな。
ほんで今回は、女神像の前で、不純な気持ちは一切なく祈っとったっちゅうわけやな。
祈る先はおかんやけどな。
さて、みんながしんみりしてるところ悪いんやけど、このままやと話が全く進まへんし、こっからは切り替えていつもどおりいくで。
時間はなんぼあっても足りひんからな。こいつはことわざでいうたら「コーナンのごとし」や。ホームセンターにおったら、時間はあっという間に過ぎてまうからな。
過ぎたことなんて、いまさら言うてもしゃあないねん。こっちもことわざでいうたら「腹痛で盆に帰らず」や。なんぼ暑いからいうてもな、アイスばっかり食うてたらそうなるに決まっとるやろ。
「そういや出産って言うたら……」
そりゃ当たり前やけど、赤ちゃんが生まれるってことやねんな。
となるとや。
どうしてもウチは、海よりも深く考え込んでしまうねん。
もちろん人類の謎、つまり「
まあええ。
つまりな、異世界マンガで、赤ちゃんが生まれるシーンで始まるっちゅうとな。だいたいその中身は、思春期少年少女またはそういった心をお持ちの大人やねん。
そうなるとな、その子は当然、ママんのおっぱい吸うんにとっても羞恥心を抱いてまうわけや。そしたら顔を背けようとしてもうて、それを察知したママんは「あれ? おかしいなあ?」って思てな、おっぱいをさらに押し付けてグイグイしてくるで。
そんなんされたら、思春期の心が思いっきり反応してまうやろ。
ほんなら自動的にちゅーちゅーしてまうし、シモのほうも我慢でけへんから、読者の皆さんに恥ずかしいシーンをこれでもかって提供してしまうねんな。
まあそいつはどーでもええんやけど。
いわゆるこいつは、転生ってやつや。そのまんまの姿でこっちに送られてもたウチとはちごて、元の世界とはちがう姿で生まれ変わるっちゅうわけやな。
なんでかいうたら、だいたいは元の世界の体がどうにもならん状態、つまり死んでしもとるパターンが多いで。
一番ありがちなんは、トラックにひかれるパターンな。
なんていうて、またしんみりしてもたらあかんし、さらっと言うけどな。おかんの場合は、トラックやのうて相手は普通乗用車やったで。
ほんでこのとき、トラック側の信号無視、よそ見、居眠りの場合もあるけど、被害者側が誰かを助けようとしたり、あるいは猫なんかの動物を助けようとして飛び出すことがあるで。
だいたいウチの体感的にはな、動物を助けるっちゅうパターンが、圧倒的に多い気がするけどな。
それ以外の場合いうたら、通り魔から誰かを庇って刺されてまうパターンもあるで。そんときに「痛いのは嫌や」とか「熱いのは嫌や」とか「パソコンの中身は消去してくれ」とか願うとな、そういうんがだいたい叶ってスライムになるっちゅう、誰もが知っとる王道のやつな。
他やとそうやなあ、病気を患ってしもて、そのままってやつもあるで。病気の種類は不治のもんから突発性のもんまで様々やけど、多いパターンは仕事を頑張りすぎての突然の過労死やな。
なんでもな、日本には本来、有給休暇っちゅう制度があるらしいねん。せやけど、それを誤って申請してもた場合は「で、君の仕事を代わりに誰がやるっていうんだい?」って、偉い人から軽く却下されてまうらしいで。
そしたらな、その音声をきっちり録音して、ロサンゼルスで活躍中のピッチャーみたいな名前のロウキっちゅう場所にな、駆けこんだらええって噂を耳にしたことがあるで。
なんにしてもや。
死んでまう前に善い行いを充分しとった場合は、転生先では幸せに暮らせるようなチートがたいていもらえるで。
例えばな。
何でも知っとる隣のヤンデレちゃんみたいな大賢者様が頭ん中に暮らし始めてたまに体を乗っ取ってきたり、あるいは昼夜問わず健康な身体と一緒に魔法少女みたいになんにでも変身する農具をもらえたり、それ以外やと森の中の鍛冶道具がぜーんぶ揃うた一軒家をメイドさんみたいなネコ獣人のお世話つきでもらえたりすんで。
せやけど反対にな、生前非道な行いばかりしとった場合はな、転生先では「廊下に立っとれ!」みたいな感じで、水満杯のバケツを2つ持たされるんとおなじように反省させられるねんで。
たとえばな、どうやっても終わらへん戦争に志願して身を投じる羽目になった上、1日に1回クルミ割り人形がどこからともなく現れよって、神様からのお小言を延々聞かされる羽目になったりするわけや。
「おぎゃぁ! おんぎゃあ!」
で、そんなんいろいろ考えながら悩んどったら、どうやら生まれたらしいわ。
ところでみんなそろそろ忘れてしもてるやろけど、ウチはエドガー家の末の娘やのうて、ただ居候しとるだけの部外者やからな。
せやから出産に立ちおうとるんは、パウラさんの旦那のエドガーはんと、娘のエミリちゃんだけやで。
パウラさんからは「今後のためにも、ミリンちゃんも立ち会ったほうがいいわ」なんて言われてたんやけどもな。
そんな今後は絶対来ることあらへんやろし、さすがにな、生まれる瞬間に立ちあうんは遠慮しといたで。
こういうんはやっぱりな、血ぃ繋がった家族の皆さんの特権やからな。
「無事、生まれたみたいやなあ」
せやから、ウチはその後しばらくしてからな、落ち着いたころを見計らってひょっこりと現れたで。
「うん! あのね、男の子なんだよ!」
エミリちゃんがこっちを振り向いたんやけど、そこにはお日様のような笑顔が浮かんどったわけや。
ほんまよかったなあ。
ほんでもってエドガーはんの腕の中で泣いとる赤ちゃんは、さっそくウチが贈ったアルパカ産着にくるまれとったで。
「ほっほう。そういや、エドガーはん、名前は決まっとるんか?」
「決まってるよお。エミリのときにねえ、男の子の場合の名前も用意してあってねえ。だから、この子はエリク、なんだよお」
「おぎゃー!」
「エリク君かあ。しっかし、元気な赤ちゃんでよかったなあ、パウラさん」
「ふふっ……、ミリンちゃん、ありがとう……」
元気な赤ん坊と対照的に、ベッドで横になっとるパウラさんは疲れた様子や。さすがに2人目やいうたかて、出産っちゅうのは大変な労力を伴うわけやからな。
「おぎゃあっ!」
それにしたってよう泣くんやなあ。
まあ、よう泣くっちゅうことは、転生とかそういうのではないってことやろ。
なんせ、だいたいな。ほとんどの異世界マンガやと、転生してきて生まれた赤ちゃんっちゅうんは、わんわん泣いたりせーへんし、ほんでめっちゃ落ち着いとるせいで周りがみんな心配になるねん。
転生やないってことは、こいつは素晴らしいことやな!
なんでやて?
そんなもんな、転生なんちゅうもんで生まれてきてしもたら、過酷な運命を背負うてしもとるってことや。
ちゅうことは、そいつに家族も巻き込まれてまうやろ。
つまり、言いたいんはな。
もし君らが転生してもな、過酷な運命なんぞ全部無視せなあかん、できる限り家族に迷惑かけたらあかん、余計なことはしたらあかんっちゅうことや。
ほんでひっそりと普通の暮らしをしてな、そのまま平穏無事に過ごしていくんが、やっぱり一番ええで。
「ミリンちゃんも抱っこしてみてよお」
「……ええんかな? ウチがそんなんして、大丈夫かな?」
ウチみたいなんが触ってもて、変なケチついたりせーへんよな?
LUK10の運の悪さがうつったりせーへんよな?
「おおっ!」
しかしやで、どうしても好奇心に抗えへんかったウチは、赤ちゃんをエドガーはんからそっと預かって、イマジナリーな胸の上に抱いてみたで。
ん? 心配やて?
大丈夫や、安心し。
いくらウチが筋力最弱のよわよわ幼女やとしても、生まれたばっかの赤ちゃんぐらい、かるーく抱っこできるで。
……まあ、思うたよりも重かったけどな。
「おう?」
ほんで、首をちゃんと支えるようにして横抱きにしたんやけどな。
なんやウチを女性やと察したせいか、ウチの胸のあたりに顔を向けて、そこに存在するはずやのに存在せーへん、ミクロサイズの物質みたいな何かを探し始めてもたで。
残念やけどそこにはな、宇宙の始まりと共に行われるはずのTODOリストから記載が漏れてしもたんか知らんけど、ほんまに何もないねんエリク君よ。
でも、一所懸命探してくれて、ありがとうな。
そんなんされたら、エリク君の事、大好きになってまうわ。
「おぎゃあ?」
けど、そんな不思議そうにされてもな、しゃあないやん。
そもそもな、柔こうてデッカイもんがもし万が一そこにあったとしてもな、それしゃぶっても、君の求めるチチはでーへんねん。
せやからすまんけど、君のママんところに戻ってくれるか?
そろそろ腕がぷるぷるしてきて限界やねん……。
カラン、カラン。カラン、カラン。
「ん? なんや? 年末恒例の、火のぉ用心~、マッチ1本~、火事場の馬鹿力~、みたいなんが聞こえてくんな」
エリク君が生まれたその翌月な、ようやく雪ものうなって春先って感じになってきたで。
そんなある日、女3人でエリク君をみんなで囲む会をしとったんやけどな。
外からなんや、クリスマスに馬車馬のように働かされとるトナカイが首につけられてそうなベルを鳴らしながら、人が通っていったみたいやで。
「あら、きっと領主様からの告知ね。なにかしら?」
「すぅ、すぅ」
そんでもって、とっても愛らしいエリク君は、揺り籠ん中で絶賛気持ちええお昼寝中や。
なんせ生まれたばっかりの赤ん坊っちゅうんは、食って暴れて寝るんが仕事みたいなもんやからな。
それにしてもな、ベルにびっくりして起きんでよかったわ。さっきやっと寝付いたばっかりやし、このままゆっくりしといてほしいで。
「ね、ミリンちゃん、聞きに行こっ!」
「せやけど、パウラさん一人だけで大丈夫かいな」
「ふふっ、大丈夫よ。意外とミリンちゃんは過保護なのね」
過保護……、なあ。
まあ、否定はでけんな。その理由は、ウチの中のしんみり部分に、たぶん原因があるんやろ。
「……ほな、ちょっといってくるわ。エミリちゃん、はよいって、はよ帰ってこよな」
「うんっ!」
ってな感じで、一人の大人と一人の幼女が連れ立ってやってきたんは、西地区の広場や。
要するに冒険者ギルドやら宿屋兼酒場が集まっとるあたりな。
ほんで、もうそこはな、ぎょうさんの人がうごめいとった。
こいつはまずいで。
きっとこの人らは、カランカランのベルによって催眠にかけられてしもたんや。
催眠なんて、そんなもん、エロい目的にしか使われへんやん。
なんてな、そんなわけないで。
ほんまもんの危険っちゅうんはな、そんな程度やあらへん。
そもそもな、ぎょうさん人がおること自体、危険なんや。
前にも言うたやろ?
こんな人混みん中におったらな、そこらじゅうから押し潰されてもて、カルルスぐらいの薄さに成型されてまうやん。
別にウチのことはええねん。最初から薄っぺらいしな。
せやけど、将来巨乳のおねーさんになる予定のエミリちゃんには被害甚大や。ウチがちゃんと守ったらなあかん。
「ひとがいっぱいだね、ミリンちゃん!」
ともかくや、ウチはその対策としてな、エミリちゃんがはぐれたりせーへんように、しっかり手ぇ繋いどいたで。
……あんな、もう1回いうで? 耳かっぽじって、よう聞くんやで?
エミリちゃん「が」はぐれへんように、やからな?
言うてもな、もしはぐれたとしてもや、エミリちゃんやったら普通に自分んちへ帰ってこれるけどな。
せやけどな、こんな人混みん中でウロウロしとるとこ衛兵のにーちゃんに見つかってもて、そんでもって迷子扱いされたら可哀想やからな。
ウチはそんなときの悲しい気持ち、誰よりもそりゃもうよう知っとんねん。
「ミリンちゃん、手、離しちゃだめだからね?」
「アッハイ」
あれ? おかしいな?
「みな、聞くように!」
おっと、余計なこと考えてたらあかんな。
いわゆるハドソンみたいな中低音のよく通る渋い声が、遥か向こうの方から聞こえてきたで。
目の前はいろんな人の背中しか見えへんのやけど、たぶんその向こうにその声の持ち主がおるはずや。
「これは、領主様からの告知である!」
そんでもってこういうときはな、今からなんやおもろいことを言うてくれるんが、お決まりやねん。
せやから、みんな、準備はええか?
盛大にずっこけるんが、マナーやからな!
「これより7日後に、領都ウノーミにて、催事が執り行われる!」
まだか?
「催事とは、セリン侯爵様に新たなご息女がお生まれになって1年が経ち、それに伴う初めてのお披露目会である!」
……まだなんか?
「それゆえ、ウノーミへと向かう多くの人がこのエッサを通るであろう! 皆、失礼のないよう備えるように!」
……。
「へ? それだけかいな?」
なんや、どこにもずっこけるところあらへんやん。
ただの準備損やん。
「ね、ミリンちゃん! 侯爵様にもね、赤ちゃんが生まれてたんだって! いいなあ、お姫様、見たいなあ」
「お姫様、なあ」
お姫様っちゅうんは英語で言うたら、プリンセスや。
プリンセスいうたら、ミンキーなモモやな。
モモから生まれたいうたら、サムライやで。
サムライの持っとるもんいうたら、ライトセーバーな。
ライトセーバーいうたら、そいつはもちろんウチの憧れの……。
「おや、ミリンさんにエミリちゃん」
銀髪イケオジ、冒険者ギルドマスターのヴィンセントはんや。
……いや、ちゃうで。ウチが言いたかったんは、ヴィンセントはんに似とるソロさんのほうや。
あれ? ハリソンさんが元祖なんであって、ヴィンセントはんはそれに似とるっちゅうのが正しいはずや。
いや……、えーっと? どういうことや?
なんか混乱してきたで。
「二人とも、告知を聞いたのかな?」
とりあえず、この大変な難問については、棚からボタ餅にしとくわ。
「せやで。せやけど、別にウチらにはあんまり関係あらへんような……」
「あのね、ミリンちゃん。たぶん、宿屋さんとかお食事やさんとかはね、とっても忙しくなるよ! だから食材とかがよく売れるから、冒険者さんも忙しくなるかも!」
「あ~、そうやなあ。けど、ウチ、食材の仕入れ先はあらへんからなあ」
エッサの名物食材っちゅうたら、あの肉や。ウチにはどうやっても傷1つつけることでけへんぐらいかったい皮膚した、メジャーリーグのボストンの球場にあるグリーンモンスターっちゅう壁みたいな名前の芋虫モンスターの肉な。
いうて、あの芋虫、そんなデカくないけどな。
なんせウチよりちっさいからな。
……ほんのちょびっとな。
ちなみに冬前に村で仕入れた羊肉の塩漬けは、季節モンやから今の時期やと手に入らへんで。
せやから、ウチには何も関係あらへんはずやったねん。
「あ、だったら、ちょうどいいね、ミリンさん」
「ん?」
何も関係あらへんかったはずやねん……。
「私と一緒に、ウノーミに行って、お披露目会に参加しないかい?」
うん、そんなん言われたらな。
返事はもちろん、ハナから決まってんで。
「そんなん、イヤやで?」
「えーっ! ミリンちゃん、なんでーっ!? お姫様、見たくないのっ!?」
「あんなあ、エミリちゃん。お姫様いうたかてな、まだ1歳やろ? そんなん、どこの家の子かって変わらへんで。もっと大きくなっとるんやったら、そりゃちゃうやろけどなあ。……それにな、そもそも庶民のウチがお貴族様ん前に出られるかいな。ヴィンセントはんも冗談きついで」
「いやあ、それがね、私も招待されていてね。それで、同伴者を一人連れていけるんだけど、せっかくだしミリンさん、どうかな?」
「なにが、せっかく、やねん。そんならな、こんなけ見たい言うてるんやし、エミリちゃん連れてったらええやん」
「あたし、見てみたいっ!」
「ああ、残念だけどね。大人しか連れていけないんだよ」
「せやったら、余計ウチは無理やんか」
だってな、ウチはエミリちゃんよりもちっこいねんで?
手を引かれとるんはウチやねんで?
「おや? 確かミリンさんは冒険者になれるぐらいの大人だったよね?」
「……あ、せやったわ」
なんせウチは見た目だけの偽物幼女(推定16歳)やからな。
つまり、ちゃんとしとる大人やってことやで。うっかりしとったわ。
「それじゃあ、ミリンさんに決まりだね」
「いやいや、なんも決まっとらんがな。そんなら、ギルドの受付のねーちゃんとかでええやん」
「いやあ、さすがに今から忙しくなるんだし、ギルドの職員を連れて行くのは無理だよ。冒険者も同じくこれから忙しくなるしね。だからここは1つ私を助けると思ってね、引き受けてくれないかな?」
きらりん。
くっそ、また、あのイケオジスマイル付きのウインクかいな。
「ね、ミリンちゃん、行ってきなよ! それでね、後でお話、たくさん聞かせてほしいな!」
うるうる。
くっそ、こっちはこっちで、可愛らしさ花丸のしっとりおめんめ懇願ポーズかいな。
「ああ、もう、二人して、なんやの! わかった、わかったがな! せやけど、パウラさんに相談してからやで! エリク君のことがあるからな!」
「ふふっ、引き受けてくれてよかった」
「ほら、ミリンちゃん、早くお母さんのところにいこ!」
そんでまあ、エミリちゃんに引っ張られながらエドガー家に帰って、さっそく聞いてみたで。
「あら、そんな機会、逃しちゃだめよ。是非いってらっしゃいな」
けどウチの願いも虚しく、最後の頼みの綱も見事にぶった切られてもて、お披露目会への同伴が決まってもたわけや。
まあ、ええ。
目立たんようにして、静かにしながらヴィンセントはんの後ろに隠れとったらええやろ。この地味なチュニックなら、なんせかくれんぼするんに最適――。
「話はきいたわっ!」
バンッ!
「へ?」
「あら、いらっしゃい、アミーちゃん」
急に登場した、アミーちゃんに、ウチとはちごて全く動じたりせーへんパウラさんや。
「さあ! ミ・リ・ン・ちゃん、早速お店に来てちょうだい!」
これは、あかん。
絶対、あかんやつや。
「イ、イヤやっ!」
ウチの第六天魔王が囁いとるで。本能寺に従って、今すぐ逃げなあかんって。
ここは逃げるがカチカチ山ってやつや。はよせんと背中が燃えてまう。
スタコラサッ――。
「あら? 逃げちゃ、ダメよっ!」
ガシィッ!
ウチの頼りない逃げ足程度では、あかんかった。
3回揺れる前にクリティカルが発動して、アミーちゃんにがっちり捕獲されてもた。
「イヤや、イヤや、イヤや!」
なんでいやかって、そらな。
アミーちゃんのお店って、あれやんか。
「とってもカ・ワ・イ・イ・お衣装、仕立てちゃうから、ね♡ ア・タ・シに全部、おまかせあれ~」
「あっかーん! それだけは勘弁やーっ‼」
ウチはもちろん、まるで病院に連れていかれるのを嫌がるネコみたいな、儚い抵抗をしてみたんやけどな。
そんなもんの効果は、虫刺され未満や。
そのままアミーちゃんの立派な腕で軽々と小脇に抱えられてしもて、アミーちゃんのお店へと連れ去られたわけや。
ほんで、なんやかんやあって、その日を迎えてしもうたねん……。
「むっすー!」
「ミリンさん、機嫌直してよ。ほら、もうすぐ着くからね?」
こんなん、むっすーや!
おむすびころりんや!
おいけにハマってさあ大変や!
からすまおいけの近くにあるんは国際マンガミュージアムや!
「……だってやで! なんなん、このドレスみたいなんっ!」
ウチが着させられとるんは、長袖ワンピースの服や。
とかいうたら、いつもとおんなじチュニックやと、みんな思うやろ?
「ドレスみたい、じゃなくて、ドレスだよ? だって侯爵家のご息女のお披露目会なんだし、ちゃんとおシャレしないと、ね?」
ウチがいつの間にか着用しとるんは、いつもの地味な茶色いあれとちごて、まるで輝くお天道様の周りにあるようなス
「なにが『ね?』やねんっ! そりゃ、ヴィンセントはんはカッコいいの着なあかんやろ、わかるで。せやけどな、誰の目にも留まらんようなブサイクなウチにはこんなんいらんやろ! しかもなんなん、ウチには一切似合わへん、この白いひらひら!」
空色ドレスにはな、ウチの大事な2つのぺったんこの、その少し上あたりから足元にかけてな、白いワタアメのできそこないみたいなレースが縦に2本あしらわれとるねん。そんでそいつと似たようなもんが、袖の先にもふわふわ漂っとる。
「とても綺麗だよ? アミーちゃんもそう言ってたでしょ?」
「ううっ、こんなん恥ずかしすぎるで。こんなんで皆さんの前に晒されてしもたら、サブいぼが全身を覆ってまう……」
ほんでもって、幼女の象徴のはずのはみ出しシュミーズは没収されて、代わりにウチ専用仕立てのはみ出さへんシュミーズを着用させられてもた。
となるとこのドレスは、ウチがこれまでの人生で初めて着る大人の服なんや。
嬉しいんか、それとも悲しいんかわからんこの感情はいったいなんやねん。
「ところで、ミリンさん、どうしてさっきから外に向かって喋ってるの?」
……。
せや。
さっきからウチはそっぽ向いて、四角い窓からウノーミの街並みが過ぎていくのを眺めとるねん。
そうや、窓や。ガラスではなくて、ただ穴が開いとるだけやけど、窓や。
つまり、ウチはこれもまた人生初経験の、馬車に乗せられとる。
実はお披露目会をどうブッチするかばっかり考えとったウチやけど、そんなちょっとした悪だくみは全部お見通しやったみたいでな。
その日の朝目覚めたら、すでに馬車に乗せられとった。
まあ馬車言うても、みんなが想像しとるようなカボチャの馬車みたいなやつやあらへん。
せやし、貴族が乗るような豪奢なやつとちごて煌びやかな装飾はあらへんし、材料につことる木材の木目はそのまんま見えとるねん。せやけども、ちゃーんと屋根はあって、それも布やなくて木材やから、こいつは荷馬車には絶対見えへん。
こいつは要するにな、地域の有力者っちゅう人らが乗るための、正真正銘の馬車や。
そらそうやろ。ヴィンセントはんは、いくらエッサが小さい街や言うてもな、そこの冒険者ギルドでいっちゃん偉いギルドマスターやねん。
そんなお人が、エッサの街から自分の足で歩いてウノーミまで行くなんてあらへんやろ。
せやから本日はな、エッサの街を朝早う出て、昼にウノーミついて、そのままお披露目会に参加っちゅう流れらしいわ。
ちなみに勘違いしたらあかんけど馬車いうんはな、並の冒険者が歩いて追い付ける程度の速さしかでーへん。つまりそいつは、ウチが歩くよりは十分速いってことな。
ほんでもってお披露目会の後は、さすがにそのままエッサに帰るんは時間的に無理やからウノーミで一泊になるんやけど、その宿はすでに手配済みなんやと。
さらに馬車の御者台には、御者さんの他にもう一人おって、その人は今回の諸々の手伝いをしてもらうために雇ったメイドのおねーさんなんやって。
せや、メイド、や。
これはもう、尻尾付き猫耳幼女メイドが実現してしまうかもしれん。
ウチと立場、変わってくれへんかな?
……無理やな。服のサイズもろもろが一切合わへん。
そんで一応「なんでメイドさんなんか雇ったん?」って聞いたで。
答えは「だってミリンさんは女性だし」やったで。
つまりな、気持ちよう爆睡しとったウチを起こさんようにしながら、ばっちり着替えさせて身だしなみも全部整えた凄腕メイドっちゅうんは、この人のことや。
ところでメイドねーちゃん、やのうて、メイドおねーさんな?
理由は前に説明したよな?
せやけど、あの人、どっかで見たことあるような気がすんねんな。
確か……、毛玉ねーちゃんが風邪で休んどったときに代役しとった、あのサイズが不明の怖いおねーさんに、よう似とるような……。
「ね、ミリンさん。こっちを向いて喋ってほしいんだけど?」
「うぅ」
そんなんな、絶対無理や。
だって、いつでもイケオジのヴィンセントはんが、色んな刺繍の入ったいつもよりかっちょいい豪奢なゆったりチュニックを身に付けとるんや。
目の毒やん。眩しいやん。
あんなん着て頼み事されたら、何にも断れへんやん。
せやからこれはウチの最後の一線や。
ホームベースは絶対死守するで。サヨナラ負けだけは絶対阻止せなあかん。
せやけど、ウチの奮闘は、虚しいもんやった……。
ガタンっ!
「うお!」
そんときな、石にでも乗り上げたんかしらんけど、馬車がとっても都合よく飛び跳ねてもたねん。
「おっと、大丈夫かい?」
さて、みりんちゃん、今こそ落ち着くんや。
冷静にならなあかん。
せやから実況をこのまま続行するで。
まずな、君らはきっと勘違いしとる思うけどな。
この馬車ん中は、かなり狭いねん。
つまりな、二人乗りや。
そして狭いんは、縦の方向や。
そんでもって馬車と一緒に飛び跳ねたウチは、その衝撃で横に倒れてもたねん。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
そしてそこには、ヴィンセントはんがおったわけや。そりゃ汚い叫び声もあがるってもんや。
「ひぃぃぃぃ!」
となると、ウチは座っとるヴィンセントはんにな、赤ちゃん抱っこをされてしもたわけや。
当然こんときウチは仰向けになっとるわけや。
何もせんかったら、このままバッチシ目が合ってしまうわけや。
「ひぇっ」
そんなんなってもたら、もちろん耐えられへん。
せやからウチは、さっと両手で目を覆って、その赤い眼の誘惑からなんとか逃れたで。
間一髪や!
ん? そんなん、ただ目を瞑ればいいだけやん、やて?
君らな、ヴィンセントはんのあの誘蛾灯のような赤い瞳を、ナメてるんか?
そんな程度の対策やったら、ウチのまぶたちゃんが、ウチの邪な気持ちを察して勝手に開いてまうわ!
ウチかてな、大好きで綺麗で煌びやかなモンが目の前にあったら、無意識のあまり凝視してもて吸い込まれていくねんで!
「あ、そうだ。あのね、少し頼みごとがあるんだけど、どうかな?」
「ひゃ、ひゃい! なんでひょう!」
ふぅぅぅ。
落ち着け、落ち着くんや!
いつものヴィンセントはんを思い出すんや。
いまさっき一瞬見てもて瞼に焼き付いたんは、ほんの数段それよりかっちょいいだけや。
新婚旅行すれば熱すぐ冷める、や!
成田離婚のことな!
自分でも何言うてるんか、さっぱりわからへんわ!
「ね、ミリンさん……」
はぁぁぁ。
よっし、ちょっと落ち着いてきたで。
まあ、ウチの信頼しとるヴィンセントはんは、無茶ぶりなんてきっとせーへんからな。
せいぜい、お披露目会でアホなこというのは禁止、とかそんなぐらいやろ。
「大丈夫、無理なことは言わないからさ」
ほらな!
せやから、どんとこいやでっ!
「だからね、今日一日だけ――」
ヒソヒソ。
「あの方、どなたかしら……」
「以前にも見かけたことが……」
お披露目会場、つまり侯爵様のおうちのお庭に到着したウチとヴィンセントはんを見て、そこら中からヒソヒソ声が聞こえてきたで。
そりゃそうや。
ウチのかっちょいいヴィンセントはんは、誰がどうみてもイケオジやからな。
せやから、みんなが振り向くはずや。
「隣にいるのは、お子様かしら……?」
「ということはご結婚されてる……?」
ウチとヴィンセントはんは手を繋いどるで。
なんとな、ヴィンセントはんのお願い言うんはな「会場ではずっと手を繋いでいてね」っていう、簡単なことやってねん。
そんなんな、言われんでもやってたで。ここで迷子になったら、絶対帰れへん自信があるからな。
まあそのせいかウチがヴィンセントはんの子どもに見られとって若干申し訳ないけど、これはヴィンセントはんが言い出した事やからな。
けど、ヒソヒソ声のおかげでな、この依頼の意味がようやく分かったで。
つまりウチはヴィンセントはんが子持ちで結婚しとるっちゅうことをアピールするための、いわば弾避けに使われたわけやな。
しかし、ウチとヴィンセントはんってまったく似とらへんけど、どもないんかな?
なんせな、ウチが直視でけへんぐらいかっちょいいヴィンセントはんに対してな、その子どもが、みんなが直視したらあかんぐらいブッサイクなウチなんやで。
親子っちゅうんは、さすがに無理がある思うけどな。
ええと、こういうのをことわざでなんていうんやっけ?
福岡を本拠地にしとる
なんやろ、それやと逆の意味やったような……。
「あら? でも、ご衣裳の色が……」
「本当だわ。え? ということはもしかして……」
色?
ヴィンセントはんが着とるんは、どんなんやっけ?
ちょっとまってや、思い出すで。なんせ今も直視不可能やからな。
確か、袖口や裾先やらに金色の刺繍がされとる、豪奢なゆったりチュニックのはずや。
えっと、ほんで全体的な色は、だだっぴろい海のような包容力を感じさせるマ
もしかして、この思わず飛び込みそうになってまう青色になんや意味があるんか?
「さて、ミリンさん。侯爵様へご挨拶しにいこうか」
「……なあ、ほんまに行くん?」
そのな、お披露目会っちゅうんは、想像してたんとちょいとちごてな。
皆が集まって、ほんで偉い人のご挨拶だけで進行する入学式みたいなんかとおもたら、そうやなかった。
なんと卒業証書を個別にもらいにいくみたいにな、侯爵様の元へご挨拶しに行って、ほんでご息女の紹介してもらう、って感じらしいねん。
しかも順番も割と適当で、例えば貴族様が最初とかそういうわけやない。
たぶんやけど、遠方から来る人もおるからそう都合よくいかん、っちゅうのもあるんやろ。
言うてまえば、先着順や。ただし徹夜で並んだり早朝から来るんは禁止やで?
「だって、そのために来たんだしね」
「うぅ……」
ちなみに、ご挨拶の後はみんな散らばって銘々にご歓談やな。さっきからヒソヒソしてはるんはその人らやな。
で、ウチはなんとなく察してしもたで。
こいつは確かにお披露目会ではあるんやけど、そこに参加する人らの出会いの場でもあるんやってことに。
せやからヴィンセントはんは、おそらくそういう煩わしいんを避けるための手段として、ウチをここに連れて来たんやろ。
つまりは「手を繋ぐ」んは手段であって、依頼の目的はそういうことや。
せやし、ウチは黙っといてその通りにして、別のことを考えてたらええ。いつもの妄想や。
ええと、なんか、なかったかな。
なんかを偽装する貴族の話……。
あ! ええのあったわ。
あれはたしか、没落貴族の娘が、なんやしらんけど高位の貴族の妻に迎えられて、でも実はそれは偽装結婚で「きみのことなんて愛する気ぃあらへんねん!」って初日にツンデレっぽい公爵様から言われてまうやつな。
今のうちは、あれの親子版や。養父と
ん? そういやあのマンガって最初のほうしか読んでへんけど、最終的にどうなるんやろ?
「お久しぶりです、侯爵様。エッサの冒険者ギルドマスター、ヴィンセントです。ご息女の誕生から1年のこと、誠におめでとうございます」
さて優雅な一礼をしたヴィンセントはんの隣で、ウチもちょいと顔を伏せて目立たんようにしたで。
「やあ、久しいな、ヴィンセント。そうかしこまらずに、顔を上げてくれ。そうでないと娘の顔がよく見えんだろう?」
「では、お言葉に甘えまして失礼します」
ほんでウチもそれに合わせて顔を上げたで。
ふふん、どうや、これぐらいウチにもできるねん。
……もちろん、怖いメイドおねーさんにすべて躾けられた結果やけど。ただのにわか仕込みやけど。
これ以上は、無理やで?
あと、侯爵様の前では決して口を開けるなって言われてるで。どういうことやろ?
あ、ちなみに侯爵様は、赤色を基調とした服を着とって、そいつはヴィンセントはんの着とるモンよりも豪華な金色の刺繍でいっぱいや。もちろんヴィンセントはんよりも若う見えるから、イケオジっちゅうよりこいつはブロンドのイケメンやな。
まあ、ウチからしたら、ヴィンセントはんのほうが数段かっこええけどな!
「初めまして、ウルスラ様。私はヴィンセントと申します。お見知りおきを」
ともかく、もういっぺん丁寧に一礼や。ウチも合わせるで。
いうてもな、侯爵様に抱っこされとる1歳の女の子がそんなんに返事したりはせーへんし、今回はちょっとだけ時間が経ったら顔を上げるで。
ご息女様は、白を基調としとってピンク色のレースがふんだんに使われた華やかなおべべを着とるな。ぷるぷる白肌で侯爵様そっくりの色したブロンド髪のこれまた可愛らしい子やで。
「それにしても物静かで落ち着いておられますね。さすがは侯爵様のご息女」
「そうなのだよ。もう少し騒がしいほうが子どもらしいのだがねえ。普段からこの調子で、むしろ心配しているところだ」
確かにこの子は、エリク君に比べたら、全然騒いだりせーへんな。女の子やから大人しいんかな?
まあ、あっちは生まれたばっかりでこっちは1年経っとるんやし、そんなもんかもしれん。
けどなんやろ、気後れしとるっちゅうよりは、ヴィンセントはんのいうとおり、どっしり落ち着いとる感じやな。
これが貴族と庶民の差ってことなんかもしれんなあ。すでに英才教育は始まっとるっちゅうことか。大変やな。
「……ん?」
せやけどなんやろ、さっきからずっとご息女様からの視線を感じるねんな。
まあ、あれかな。やっぱり向こうも子どもやから、おっきなもんを見てるよりも、ちっこいもん見てる方が落ち着くんかもしれんな。
あるいはウチが生物学的にいうたら、一応は女っちゅうもんやからかな。
「で、ヴィンセント、そちらの女性をそろそろ紹介してくれんかね? それにしても、随分とち……、その、若いようだが」
それにしても、に続けて言おうとしたもんはなんや?
ちいさい、ちんちくりん、ちっこい、ちっぱいのどれやねん?
どれでも正解やけどな。
「実は先日、思いがけないことから知り合いましてね。私の方が一目で気に入ったものですから、それでそのまま、ね」
ん?
「ほほう、それは、それはめでたい。それで名は?」
めでたい?
「ええ、ミリンと……」
「いーんっ!」
「おわっ!」
あ、しもた、思わず変な声が出てもた。
「おや、どうしたんだい、ウルスラ」
でも、しゃあないやん。ご息女ことウルスラ様が、急に大きな声出してこっちにちっちゃな手を伸ばしてきよったねんから。
「いーん! あーんっ!」
ほんで、なんやしらんけど、ウチのほうに向けてその短い腕を精いっぱい伸ばしてきとる。
「おや、おや?」
「あなた、もしかしてウルスラもさすがに疲れたのではありませんか? 少しだけ休憩にしては?」
「なるほど。では、そうしようか。ヴィンセント、また今度」
そんなら侯爵様の少し後ろに控えとった、薄めの赤い色のドレスが映える、とっても美人な侯爵夫人様が声かけてきて、ほんで連れ立って建物のほうに歩き出したわ。
「いーん! いーんっ!」
せやけどやっぱり、その肩越しにこっちを見ながら、なんやウルスラ様はさっき同じような声を繰り返しとった。
一体全体、こりゃどういうこっちゃ?
「ん?」
ところで、侯爵様と夫人の背中を見てたら思ったんやけどな。
「そういや、二人とも、赤系統の服で揃えとるような……?」
「ふふっ、そうだね。どうしてかな?」
ん~?
「赤っちゅうんが、侯爵様のお気に入りの色なんかな?」
けど、ウルスラ様は白が基調やし、ちょっとちゃうような?
まあ、ええか……?
ともかく、トラブルなくお披露目会を乗り切ったわけやしな!
「はぁぁ、疲れた……」
「おかえり、ミリンちゃん! どうだった?」
次の日の夕方に、ウチはエッサに帰ってきたで。
昨晩ウノーミでは、ちょっとお高い宿に泊まらしてもろたで。
もちろんヴィンセントはんとは別室な。当たり前やけどな。
もしも同室なんてなってもたら、ウチがヴィンセントはんのかっちょよさを目撃してもて、そのまま失神してまうからな。
「エミリちゃん、ただいま。せやけど、その前に、着替えさせてくれんか?」
そう呟いたら、なんでかしらんけどメイドさんが隣にしゅたっと立っとったわ。
そんでウチは、ウチが普段居座らせてもうてるエミリちゃんの部屋に連れていかれて、ぱぱっと着替えさせられたで。
ほんでドレスとぴったりシュミーズやらその他諸々を回収したメイドさんは、そのまま一礼してどっかに行ってもた。
ちゅうわけでウチは瞬間早着替えで、いつもの幼女スタイルに戻ったわけやな。
「……どういうことなん?」
「たぶんね、お洗濯を頼みに行くんじゃないかな? ああいうしっかりした服を洗うのって、お店に頼まないとダメなんだよ」
なるほどな、クリーニング屋さんに持ち込むってことかいな。
つまり持ち込む先は、おそらくアミーちゃんのお店やな。
ちゅうことは、もしかして後で受け取りに行かなあかんのかな?
なんてな、昨日のうちに話は聞いてたで。どうやらアミーちゃんのお店で預かっといてくれるらしいわ。
ウサギポーチの容量的に持ち歩くわけにもいかんし、こいつは助かったで。
そもそもウチはあの服のお金を払ってへんから、あれはヴィンセントはんのモンや。
お値段は聞いてへんで。聞いたらビビッてしもて、その場でちびってまいそうやからな。
「それで、お姫様、どうだったの? ミリンちゃん!?」
「あんな。どうもこうもあらへんで。そりゃ綺麗なべべ着とったけど、普通の可愛らしい女の子や。そうやなあ……、なんちゅうか、ものすっごい落ち着いた子やったんよなあ。せやけど、なんやウチ見たら騒ぎ出したけど……」
「おぎゃー!」
「……とりあえずエリク君が泣いとるみたいやし、パウラさんとこいこか?」
「うん!」
まあ赤ん坊っちゅうのは、泣いてなんぼやからな。
そんでお母さんを困らせるんが仕事や。
ほんでどう考えたって、おかんにとってウチは騒がしくて手のかかる娘やったと思うで。
「そういえばミリンちゃん。お姫様の名前はなんていうの?」
「えっとな、たしか、ウルスラ様、っちゅうとったで」
あ! 名前って言うたら、そうや。
君らに言うの忘れとったわ。
ウチのおかんは、「しょうこ」っちゅう名前やで。
ウチの名前はみりん、そんでおかんの名前は紹興酒の「紹子」な。どっちも酒やな。
ちなみにな、大の酒好きやったで。
せやけど子どもみたいな体型やったおかんはな、酒を買ったりすんのに、いつでも証明書を提示させられとったけどな。
まあ、あの世やったら年齢なんか関係ないやろ。
きっと今頃、酒飲んで騒ぎながら大いに楽しんどるはずやからな!
ところでな、ウチはまだ酒飲まへんで。
一応な、ハタチになるまでは、我慢することにしたで。
ハタチのおねーさんになったウチの姿に、乞うご期待やな!
……4年後って、だいぶ先やな。