カルネ村の外れ。
武蔵は木陰でのんびり茶を飲んでいた。
そこへ――
「この変態!」
ドカッ!
いきなりナーベの飛び蹴りが飛んでくる。
武蔵はひょい、と避けた。
「なんじゃ朝から騒がしい。」
ナーベは頬を膨らませたまま武蔵を指差す。
「全部あんたのせいよ!」
「武技が出ないの!」
武蔵は首を傾げる。
「やれやれ……。」
「お主、向こうで何をしたんだ。」
「な、何をって……。」
ナーベは言葉を詰まらせる。
「あんたが!」
「女と腕を組んでるからよ!」
「あんたのせいで集中が切れたの!」
武蔵はぽかんとした。
「何を言っとる。」
「わし、ナザリックに入っておらんぞ。」
「……!」
ナーベは固まる。
(そうだった。)
(あれはシャルティア様の嘘……。)
耳まで真っ赤になる。
「あ……。」
「と、とにかく!」
「全部あんたが悪いの!」
「もっと格好いい武技を教えなさい!」
「地味なのはイヤ!」
武蔵は苦笑した。
「偉そうじゃの。」
「まあよい。」
腕を組み、少し考える。
「超加速などどうじゃ。」
「超加速?」
「戦士だけでなく魔法にも応用できる。」
「身体能力だけでなく、詠唱や魔法制御にも役立つやもしれん。」
ナーベの目が輝く。
「それ!」
「それ教えなさい!」
「よし。」
武蔵は
「まず息を整える。」
「全身の力を一点に集める。」
「そして――」
ドンッ!
武蔵の姿が消えた。
次の瞬間には二百メートル先。
さらに。
ドン!
ドン!
ドン!
残像だけを残して移動する。
ナーベは目を丸くした。
「すご……。」
「こんなの覚えたら……。」
「シャルティア様なんか驚かせられるじゃない!」
武蔵は戻ってくる。
「ではやってみい。」
「任せなさい!」
ナーベは深呼吸した。
「集中……。」
「集中……。」
魔力と身体能力を一気に高める。
「超加速!」
――ドォン!!
地面が爆ぜた。
「きゃああああああ!!」
ナーベは制御できない速度で一直線。
「止まらない!」
木を一本。
二本。
三本。
バキバキバキッ!!
武蔵が目を見開く。
「おい!」
「力みすぎじゃ!」
ナーベは涙目。
「止め方教えてないじゃない!」
「そうじゃった!」
武蔵は額を押さえた。
「しまった!」
ナーベはそのまま村へ一直線。
「エンリーー!」
「避けろーー!」
武蔵も超加速で追いかける。
「ぬうっ!」
あと少し。
「捕まえる!」
武蔵は飛び込んだ。
ナーベの肩を掴む。
その瞬間だった。
二人の間で、ナーベの暴走した武技と武蔵の武技が衝突する。
ギュォォォォォン!!
青白い光が爆発した。
カルネ村一帯が昼のように明るくなる。
エンリたちは思わず目を閉じた。
光が消える。
煙の中。
武蔵とナーベが倒れていた。
「……。」
「……。」
先に目を開けたのは武蔵。
「うむ……。」
何か違和感がある。
視界がいつもより少し低い。
胸元が妙に重い。
「なんじゃこれは。」
胸を見る。
「…………。」
「で、でかいな。」
一方。
ナーベも起き上がる。
「頭が……。」
立ち上がる。
「……。」
視界が高い。
腕が太い。
「え?」
自分の手を見る。
筋肉質。
そして――
「な……。」
股間を見て凍りつく。
「なあああああああああああっ!?」
カルネ村中に絶叫が響いた。
武蔵は恐る恐る自分の顔に触れる。
さらさらの黒髪。
「……。」
「ナーベ?」
ナーベは武蔵の身体で震えていた。
「へ、変態!」
「なんで私があんたになってるのよーーっ!!」
武蔵は頭をかきながら空を見上げる。
「……。」
「超加速。」
「教えん方がよかったの。」
この日。
武蔵は心の底から後悔することになった。
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カルネ村の外れ。
武蔵とナーベは向かい合っていた。
中身は――逆。
武蔵の身体に入ったナーベは頭を抱えて叫ぶ。
「どうするのよ、この変態!」
「早く戻しなさいよ!」
一方、ナーベの身体に入った武蔵は腕を組んで唸る。
「うむ……。」
「さっきと同じことをやれば戻るやもしれん。」
「やもしれん!?」
ナーベは顔を真っ赤にする。
「そんな曖昧なの!?」
「他に思いつかぬ。」
武蔵は至って真面目だ。
「とりあえずもう一度試してみよう。」
「集中じゃ。」
ナーベは自分――いや、武蔵の身体で深呼吸する。
「よし!」
「早く!」
武蔵もナーベの身体で武技の構えを取る。
「では――」
「超加速!」
その瞬間。
「あーーーっ!!」
森の向こうから大声が聞こえた。
「大変っす!」
「ナーベーー!」
ルプスレギナが全力疾走で飛び込んできた。
「ユリ姉から緊急招集っす!」
「すぐナザリックへ戻れって!」
そう言うなり、武蔵(中身)の手を掴む。
ぐいっ。
「……?」
「動かないっす。」
武蔵の肉体は力が桁違いだった。
ルプスがいくら引っ張ってもびくともしない。
「え?」
「今日のナーベ重いっす。」
武蔵は「ああ」と頷く。
「すまぬ。」
「今行く。」
歩き出そうとして一瞬止まり、武蔵の身体のナーベを見る。
「少し待っておれ。」
「用事が済んだらすぐ戻る。」
「え?」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
ナーベは慌てる。
「この身体で!?」
「私どうすればいいのよ!」
武蔵は穏やかに笑った。
「何とかなる。」
「ならないわよ!」
「わしも初めてじゃ。」
「初めてだから怖いのよ!」
ルプスは首を傾げる。
(なんか今日のナーベ、変っすね。)
(しゃべり方も武蔵っぽいし。)
しかし緊急招集である。
考えている暇はない。
「行くっす!」
転移魔法陣が足元に広がる。
シュン――。
武蔵(中身)とルプスはナザリックへ消えた。
静寂。
カルネ村の外れに一人だけ残る。
武蔵の姿をしたナーベ。
「…………。」
村人たちが遠くから手を振る。
「武蔵さん、お疲れさまでーす!」
「今日も修業ですかー!」
ナーベはぎこちなく手を振り返した。
「……。」
(どうしよう。)
(声まで武蔵なのよね。)
その場にしゃがみ込み、頭を抱える。
「どうしてこうなったのよーーーっ!!」
カルネ村の空へ、武蔵の低くよく通る声の悲鳴が響き渡った。
一方その頃――。
ナザリックへ転移したルプスは、隣を歩く「ナーベ」を見てまだ首を傾げていた。
(今日のナーベ……。)
(歩き方まで武蔵っす。)
(でもまあ。)
(ユリ姉に会えばすぐ元に戻る……たぶんっす。)
その「たぶん」が、さらに大きな騒動の始まりになるとは、まだ誰も知らなかった。