武蔵転生記   作:masasoukoku

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第八十五回 【ばれた!】

崩れた闘技場。

 

武蔵の前には、アウラの相棒である巨大な魔獣フェンリルが低く唸っていた。

 

「グルルル……。」

 

アウラは武蔵――ナーベの姿を見て尋ねる。

 

「本当にやる?」

 

武蔵は静かに頷いた。

 

「うむ。」

 

そして真顔で聞く。

 

「本気を出してもよいのか。」

 

「!!」

 

ルプスの顔色が変わる。

 

(だ、駄目っす!!)

 

慌てて二人の間へ飛び込んだ。

 

「ナーちゃん!」

 

「本気の……。」

 

少し考えてから言い直す。

 

「本気のホくらいでお願いするっす!」

 

武蔵は腕を組む。

 

「うーーむ。」

 

「難しいが。」

 

「やってみるか。」

 

ルプスは胸を撫で下ろした。

 

(危なかったっす。)

 

(本気なんて出したら。)

 

(フェンリルが粉みじんになるっす。)

 

アウラは不思議そうに見ている。

 

「何の話?」

 

「な、なんでもないっす!」

 

武蔵はゆっくり前へ出た。

 

そして。

 

何も持っていない右手を腰へ。

 

すっと添える。

 

まるでそこに刀があるかのように。

 

「……。」

 

空気が変わった。

 

闘技場全体が静まり返る。

 

ユリが息を呑む。

 

「これは……。」

 

ソリュシャンも目を細めた。

 

「剣が……。」

 

「見える?」

 

エントマが小さく震える。

 

「持ってない……。」

 

「でも、いる。」

 

シズが淡々と告げる。

 

「認識。」

 

「武器なし。」

 

「視覚情報。」

 

「剣あり。」

 

アウラも思わず後ずさった。

 

「な、なに……。」

 

「どうして?」

 

「剣を持ってないのに。」

 

「剣を持ってるように見える……。」

 

武蔵の構えには一切の隙がない。

 

そこには確かに一本の刀が存在しているようだった。

 

フェンリルも本能で理解した。

 

目の前の相手は危険だと。

 

「グル……。」

 

飛び掛かれない。

 

足が止まる。

 

武蔵は少し笑った。

 

「どうした。」

 

「来ぬなら。」

 

「こちらから行くぞ。」

 

その一歩。

 

フェンリルは反射的に飛び出した。

 

「ガアアアアッ!!」

 

巨大な牙。

 

鋭い爪。

 

凄まじい速度。

 

プレアデスですら目で追えない。

 

しかし。

 

武蔵は一歩も動かなかった。

 

右手だけが。

 

すっと動く。

 

ヒュン。

 

風が鳴った。

 

それだけだった。

 

フェンリルは空中で目を見開き――

 

「ギャウン!!」

 

情けない悲鳴を上げる。

 

ドサリ。

 

その場に倒れ伏した。

 

静寂。

 

「フェン!」

 

アウラが慌てて駆け寄る。

【挿絵表示】

 

 

「大丈夫!?」

 

フェンリルは目を回しているだけだった。

 

傷はない。

 

血も流れていない。

 

武蔵は空を握った右手をゆっくり下ろす。

 

「峰打ちじゃ。」

 

「心配はいらぬ。」

 

アウラはぽかんとした。

 

「峰打ち?」

 

「……刀ないじゃん。」

 

武蔵は首を傾げる。

 

「心にある。」

 

「え?」

 

「剣とは。」

 

「持つものではない。」

 

「己の内に宿すものじゃ。」

 

その場にいた全員が絶句した。

 

ルプスは頭を抱える。

 

(もう隠す気ゼロっす……。)

 

ユリは静かにため息をつく。

 

「ナーベ。」

 

「その台詞だけで。」

 

「もう誰もあなたをナーベだとは思っていないわ……。」

 

武蔵だけは不思議そうな顔で首を傾げていた。

 

「そうか?」

 

「今のは普通であろう?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

倒れたフェンリルは気を失っているだけだった。

 

アウラは胸をなで下ろす。

 

「よかった……。」

 

「本当に気絶してるだけだ。」

 

武蔵は穏やかに頷いた。

 

「峰打ちじゃ。」

 

「少し眠ってもらっただけよ。」

 

プレアデスたちは、その言葉よりも別のことに意識を向けていた。

 

沈黙。

 

やがて――

 

ユリ・アルファが一歩前へ出る。

 

眼鏡を押し上げ、静かに武蔵を見つめる。

 

「……ナーベ。」

 

一拍置いて。

 

「いいえ。」

 

「あなた。」

 

「武蔵さんね。」

 

その場の空気が固まる。

 

武蔵は隠す様子もなく頷いた。

 

「うむ。」

 

「そうじゃ。」

 

「…………。」

 

プレアデス全員が額に手を当てた。

 

「認めた!」

 

ソリュシャンが思わず叫ぶ。

 

「認めましたわ!」

 

シズが淡々と記録する。

 

「本人確認。」

 

「完了。」

 

エントマが小さく拍手する。

 

「やっぱり。」

 

ユリは深いため息をついた。

 

「ルプス。」

 

「あなた。」

 

「最初から分かっていたでしょう。」

 

ルプスは冷や汗を流す。

 

「あ、あはは。」

 

「ユリ姉。」

 

「聞いてほしいっす。」

 

「これは。」

 

「みんなに武技を修練させるためで……。」

 

「結果的に武技の理解も深まったっす!」

 

「だから!」

 

「決して遊んでたわけじゃ――」

 

「ルプス!」

 

ユリの一喝が飛ぶ。

 

「は、はいっす!」

 

「あなたは途中から完全に面白がっていたでしょう!」

 

「う……。」

 

図星だった。

 

ルプスは目を逸らす。

 

「ちょっとだけっす。」

 

「ちょっと?」

 

「……いっぱいっす。」

 

ユリは額を押さえた。

 

「後で詳しく聞きます。」

 

「ひぃっ。」

 

一方。

 

アウラはまだフェンリルを撫でていた。

 

武蔵が近付く。

 

「アウラ殿。」

 

「ん?」

 

「ほかの魔獣はおらぬのか。」

 

「もっと立ち会ってみたい。」

 

その一言で、

 

アウラはぶんぶんと首を横に振った。

 

「いい!」

 

「十分!」

 

「もう十分だから!」

 

武蔵は少し残念そうだ。

 

「そうか。」

 

「残念じゃ。」

 

アウラは苦笑いする。

 

(武蔵相手じゃ。)

 

(うちの魔獣たち勝てないよ、これ。)

 

(フェンだってナザリックでもかなり強い方なのに。)

 

(しかも。)

 

(今の峰打ちって。)

 

(刀すら持ってなかったよね……。)

 

アウラは改めて武蔵を見る。

 

「……やっぱり。」

 

「規格外。」

 

その言葉に、その場の全員が無言で頷いた。

 

ルプスだけは肩をすくめながら笑う。

 

「まあ。」

 

「ナーちゃんじゃなくて武蔵さんだったから納得っす。」

 

「でも。」

 

「本物のナーちゃんが戻ってきた時。」

 

「どう説明するっすかね。」

 

その場の全員が、

 

一斉に黙り込んだ。

 

「…………。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

武蔵だけが首をかしげる。

 

「説明?」

 

「何を説明するのじゃ?」

 

ユリは思わず空を仰いだ。

 

「その説明を、これから考えなくてはいけないんです……。」

 

 

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