分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』 作:やめろイタチ、その技は俺に効く
とんでもねぇ話を聞いちまったぜ。
うちは一族の者が行方不明になっている。しかも、ただの任務中の消息不明ではなく、写輪眼を開眼している者ばかりが消えているらしい。実行犯は根かもしれない。証拠はない。だが、うちはの中では既にその名が囁かれている。そこへ俺への根からの勧誘である。偶然です、で済ませるにはタイミングが嫌すぎる。もしかして俺も誘拐とかされちゃう?そんなの流石に前世でも経験ないぜ。会社で心を持っていかれたことはあるが、身体ごと持っていかれたことはない。忍界、福利厚生以前の問題である。
オビトは、誰にも相談せず単独で動くなと言っていた。俺がそんな無茶をすると思っているのは少し心外だ。いや、心外と言い切るには過去の実績が悪い。四歳の俺、影分身、無断行動、八門遁甲分身大爆破。履歴書に書けない経歴が多すぎる。前世ならコンプライアンス研修を毎月受けさせられる人材だ。ならば、ここは素直に父ちゃんへ相談するのが道理だな。うん、そうしよう。これは事件だ。しかも家族と一族に関わる重い案件である。
俺は南賀ノ神社を後にし、木ノ葉警務部へ向かった。警務部の建物は、何度見ても独特の威圧感がある。木ノ葉を内側から守る組織であり、ほとんどがうちは一族で構成されている。つまり、見知った顔しかいない。廊下を歩けば視線が向き、声を掛けられ、こちらも頭を下げる。身内の職場に来た気まずさと、警察署に来た緊張感が同居している。前世で言えば、親父の会社に急用で顔を出すようなものだ。胃にくる。
「イタチか。フガクさんに会いに来たのか?」
通り過ぎ様に、見覚えのある警務部員が声を掛けてきた。俺は足を止め、軽く頭を下げる。
「お疲れ様です。そうです。父は部屋に?」
「あぁ、いるぞ。最近は書類と睨めっこばかりだ。お前も任務帰りだろうに、また面倒な時に帰ってきたな。……そうだ、イタチ。あんまり一人で出歩くなよ?最近
はい、さっき知りました。それまで全く知らなかったんですけどね。心の中でだけそう返す。口に出したら、この人の顔が曇る。シスイも知っていたのだろうか。いや、あいつはほとんど俺と一緒に任務を受けていた。多分、詳しくは知らない。もし知っていて黙っていたなら、それはそれで後で聞く必要がある。報連相は大事だ。社会人の基本であり、忍者の命綱でもある。
「ありがとうございます。
「おう。フガクさん、見た目より疲れてるからな。あんまり難しい顔を増やすなよ」
「努力します」
努力目標でしかないのが辛い。俺が行くと、大体難しい話になる。兵糧錠剤の追加注文なら平和だったのに。
俺はそのまま父ちゃんの部屋へ向かった。扉の前で一度息を整える。報告、相談、確認。前世で嫌というほどやったはずの手順なのに、相手が父親だと難易度が上がる。
「失礼します」
ノックをして中へ入ると、父ちゃんは机の上の書類から顔を上げた。目元に疲労がある。だが、その奥の鋭さはいつも通りだった。
「イタチか……そうか、オビトから聞いたな?」
「はい。
「……うむ。聡明なお前ならば気づいていると思うが、うちは一族の者が数名、行方不明になっている。任務中の不明者として処理できるものもあれば、記録の辻褄が合わぬものもある。共通しているのは、写輪眼を開眼していることだ」
「実行犯は既に目星がついていると聞きました。火影には?」
父ちゃんの表情が硬くなる。
「ならん。今はまだ、正式な形では上げられん。ミナト殿を疑っているわけではない。三代目も同じだ。だが、火影へ上げれば、相談役、暗部、各部署の記録、あらゆる耳を通る。そこに根の耳が混じっていないと言い切れるか?」
「……言い切れません」
「ミコトとクシナ殿の仲、サスケとナルトの関係、お前自身が四代目に目を掛けられていること。すべてを思えば、火影を信じたい。だが、信じたいことと、今この瞬間に情報を流してよいことは別だ。私は一族の長として、消えた者達の名を軽く扱えん」
父ちゃんの声には苦さがあった。四代目を信じている。だが里の組織全部を信じることはできない。その板挟みが、机の上の書類より重く見えた。
「なら、俺はどうすれば?」
父ちゃんは少しの間、黙った。俺を見る目が父親のものから、一族の長のものへ、そしてまた父親のものへ揺れる。
「元々、お前に与えられたSランク任務は、暗部への入隊を審査するためのものだった。任務そのものは失敗に終わった。だが暁の二名を討った戦果は大きい。四代目から、火影直属の暗部として改めて迎えたいという話が来ている」
「根は?」
「論外だ。ダンゾウは尚更信用できん。お前を預けるなど、私が許すはずもない」
そこだけは即答だった。少し安心する。父ちゃんの中で根は完全にブラック企業認定らしい。いや、実際そうだ。求人票に「やりがいのある職場です」と書いてありそうな闇である。
「だが、好機とも取れる」
「好機、ですか」
「火影直属暗部に入れば、お前は表向き、火影の懐に入る。任務の中で暗部の記録や人の流れを見ることもあるだろう。根と暗部の境目、相談役の動き、里の中で消えた痕跡。外からでは見えぬものが見える可能性がある」
父ちゃんはそこで言葉を切った。言ってよいか迷っているのが分かった。
「お前をスパイに……などと、私は言うべきではないのだろうな」
胸の奥が少し冷えた。
父ちゃんは俺を見ていた。うちはの天才としてではなく、自分の息子として。その目が、言葉の重さを自覚していた。
「父さん」
「分かっている。お前に一族の闇を背負わせたいわけではない。だが、火影直属暗部の話は、ただの出世ではなくなった。根に渡さぬための盾であり、同時に、消えた者達の手がかりへ近づく道でもある」
俺はすぐに答えられなかった。
暗部入り。根の牽制。うちはの行方不明。父ちゃんの期待と、父親としての躊躇。全部が一度に俺の机へ置かれた気がした。辞令と調査依頼と家族の心配が、同じ封筒に入っている。重すぎる。十一歳の机に置く量ではない。中身は三十路でも、身体は十一歳なんですけど。
「俺に、できるでしょうか」
「できるかどうかではない。やるなら、何を背負うかを知ってから選べ」
父ちゃんは静かに言った。
「私は、お前に命令したくない。だが、お前が選ぶなら、父としても一族の長としても、支える」
父ちゃんは言葉を止めたまま、しばらく俺を見ていた。
俺の父であり、上司でもあり、うちは一族という大きな組織の長でもある男。フガクという人間は、こういう時に顔を崩さない。眉一つで怒りも迷いも押し殺す。けれど、息子として見ていれば分かる。今の父ちゃんは、俺に頼みたくないのだ。こんな話を、自分の子供に持ちかけたくない。もし俺に息子がいて、その息子が十一歳で、仕事先の闇を探る役目を背負わされるとしたら、絶対に止める。行くなと言う。飯を食って寝ろと言う。宿題でもしていろと言う。忍界に宿題があるかは知らんが。
それでも父ちゃんは、俺にしか言えない。
シスイにも、オビトにも、他のうちはにも頼めない。シスイは力がある。オビトも強い。だが二人は既にうちはの内側の人間として見られている。動けば目立つ。探れば警戒される。今まさに火影直属の暗部に入ろうとしている俺だけが、里の中枢に入る口実を持っている。嫌な適性検査に合格してしまった気分だ。前世で言えば、面倒な炎上案件に「君、前職で似たような経験あるよね」と放り込まれるやつである。ないですと言いたい。でも経歴書がそれを許さない。
「父さんは、俺に火影を探れと?」
俺はなるべく静かに聞いた。
父ちゃんはすぐに首を横へ振らなかった。そこが重かった。否定したい。だが、完全には否定できない。そういう沈黙だった。
「ミナト殿を疑えとは言わん。三代目も同じだ。二人は里のために動いている。お前を根に渡さぬという点でも、我々と利害は重なるだろう。だが、火影の周囲すべてが火影の意志で動いているわけではない。里は大きい。古いしがらみも、表に出せぬ部署も、名のない命令もある」
「暗部の中で、それを見る」
「見るだけでよい。無理に掘るな。証拠を掴めなどと軽々しくは言わん。消えた者達の名、任務記録の穴、根に繋がる人の流れ。お前が自然に触れられるものだけでいい。私は、お前に里を裏切らせたいわけではない」
父ちゃんの声が低くなる。
「むしろ逆だ。里も、一族も、家族も、全部失わぬために必要な目が欲しい」
全部。
その言葉が重かった。里とうちは。火影と警務部。家族と任務。どれか一つを選べば済むなら、話はもっと簡単だったのかもしれない。けれど、この世界はそんな都合よくできていない。俺は原作のうちはの末路を知っている。ガバガバの記憶でも、一族がどうなったかだけは覚えている。だから余計に、父ちゃんの言葉が怖い。目を逸らせば、どこかでまた血が流れるかもしれない。
「父さんは、俺に命令したいですか」
自分でも、少し意地の悪い聞き方だと思った。
父ちゃんは目を伏せた。
「一族の長としてなら、命じるべきなのだろう。火影直属暗部へ入り、可能な範囲で情報を集めろ、と。だが父としては、そんな命令はしたくない。お前が帰ってきたばかりで、まだサスケと昼飯を食う年の子であることを、私は忘れたわけではない」
その声を聞いた瞬間、胸の奥が少し詰まった。
俺は三十路の記憶を持っている。前世で会社に揉まれ、転職も経験し、理不尽な仕事もそれなりにこなしてきた。だから自分では大人のつもりでいる。だが、父ちゃんから見れば俺は息子だ。十一歳の子供だ。飯を食わせ、寝かせ、怪我をすれば心配する対象だ。その俺に、父ちゃんは一族の暗部を見る役目を頼もうとしている。
なんてブラックな家庭内人事だ。
いや、笑えない。まったく笑えない。
「俺は、火影を裏切りたくありません」
「ああ」
「一族も見捨てたくありません」
「ああ」
「サスケや母さんを、不安にさせたくもありません」
「それも分かっている」
「なら、俺がやることは一つです。暗部に入り、火影直属として働きます。その中で、見えたものを父さんに伝えます。ただし、火影を陥れるためではなく、里とうちはの間で何が起きているかを確かめるために」
父ちゃんは黙って俺を見た。
「根や相談役の動きが本当に一族の失踪に関わっているなら、証拠が必要です。憶測だけで動けば、うちはが里を疑っていると取られる。逆に何もしなければ、また誰かが消えるかもしれない。だから俺は、見ます。聞きます。覚えます。けれど、勝手に断罪はしません」
自分で言いながら、胃が重くなった。要するに中間管理職である。上と下の間に挟まれ、どちらにも顔を立て、火種を拾い、爆発する前に消す。前世で嫌だった役回りが、忍界で高難度版になって帰ってきた。しかも失敗すれば、会社どころか一族が燃える。規模感がバグっている。
「イタチ」
父ちゃんが俺の名を呼んだ。
「その道は、辛いぞ。火影の側にいれば、うちはから疑われることもある。うちはを気にかければ、火影の側から距離を置かれることもある。どちらにも属し、どちらにも完全には寄れぬ場所に立つことになる」
「分かっています」
「分かっている顔ではない」
「では、今から分かる努力をします」
父ちゃんの口元が、ほんの僅かに動いた。笑ったのか、呆れたのかは分からない。
「お前は昔から、妙なところで肝が据わっている」
「据わっているというより、もう逃げ道が見えません」
「正直だな」
「父さん相手に格好つけても、すぐ見抜かれます」
父ちゃんは深く息を吐き、机の上で組んでいた手をほどいた。
「では、お前の言葉を信じる。火影直属暗部の話は受けてもよい。ただし、お前は火影の部下として働け。一族のためだけに動くな。里を裏切るな。見たものを急いで裁くな。迷った時は、必ず一度立ち止まれ」
「はい」
「そして、これは父として言う。自分を道具にするな。影分身でも、写輪眼でも、暗部の立場でも同じだ。お前自身を削って何かを守るやり方は、長くは続かん」
その言葉は、任務の指示よりずっと深く刺さった。
「……心得ます」
俺は頭を下げた。
これで、俺の進む道はほとんど決まった。火影直属暗部。うちはの目。根への牽制。里と一族の間に立つ面倒な役回り。求人票に書かれていたら絶対に応募しない。だが、今回は家族と一族と里が絡んでいる。辞退ボタンは見当たらない。
父ちゃんは最後に、少しだけ父親の顔になった。
「サスケには、まだ何も言うな。あの子はお前が帰るだけで喜ぶ」
「はい。昼飯を一緒に食べます」
「それでいい」
俺はもう一度頭を下げ、部屋を出た。
廊下の空気は、入ってきた時よりも重く感じた。けれど、不思議と足は止まらなかった。俺は十一歳で、三十路で、うちはで、兄で、これから暗部になる。肩書きが多すぎる。名刺があれば両面印刷でも足りない。
それでも、まずは帰ろう。
サスケとナルトが、昼飯を待っている。
うちはイタチが火影直属の暗部に入ることは、静かに決まった。
表向きは、Sランク任務の失敗を補って余りある暁討伐の戦果と、根へ渡さぬための四代目火影による囲い込みである。だが、その面の裏にある役目は単純ではなかった。イタチはうちは一族として、里の内側で起きている失踪の手がかりを探り、父フガクへ伝えねばならない。同時に、火影直属の暗部として、里の内外にある脅威を察知し、必要なら対処しなければならなかった。
その脅威には、根も、他里の忍も、暁も、そしてうちは一族自身すら含まれている。
うちはとして里を見張り、火影直属として同族を見る。二重スパイ。言葉にすれば短いが、その実態は、薄氷の上に立つようなものだった。どちらにも嘘をつかず、どちらにも全てを渡さない。火影への報告には一族を煽らぬ言葉を選び、フガクへの報告には里を疑いすぎぬ線を残す。十一歳の少年に背負わせるには重すぎる役だったが、イタチの背は既に百七十センチ近く、幼い頃からの兵糧錠剤と鍛錬で鍛えられた身体は、年齢だけを見て侮れるものではなかった。
ただし、身体が育ったからといって、家の中での役目が変わるわけではない。
「兄さん、俺もついに忍者アカデミーに入るんだ」
朝の庭で、サスケは新品の鞄を抱え、少し誇らしげに言った。隣ではナルトが、同じように落ち着かず足を揺らしている。二人とも、これから始まる日々を怖がりながら、それ以上に楽しみにしていた。
「俺、兄さんみたいな立派な忍者になれるかな……。手裏剣も頑張ってるし、ナルトにも負けないつもりだけど、アカデミーには知らない奴もいっぱい来るんだろ?父さんに恥ずかしいところ、見せたくない」
イタチは膝を折らずに、少し腰を屈めてサスケの目線に合わせた。昔ならしゃがむ必要があったが、今の彼は弟よりずっと高い位置にいる。それでも声は、暗部の報告をする時とは違って柔らかかった。
「お前ならなれるさ。俺と同じ忍になる必要はない。サスケにはサスケの見方がある。よく見て、考えて、納得してから動ける。それは強さだ」
「でも父さんは……兄さんのことみたいに、俺のこともちゃんと見てくれるかな。父さん、いつも忙しいし、警務部の人達も兄さんの話ばっかりするから」
サスケの声は小さかった。羨望と不安が混じっている。イタチは指先で弟の額を軽く突いた。
「父さんはお前のことをちゃんと見てる。それは保証するよ。お前が初めて苦無を握った日も、的の端に手裏剣を当てた日も、父さんは母さんに話していた。口に出すのが少し遅いだけだ」
「本当に?」
「ああ。だから焦らなくていい。父さんに見てもらうために強くなるんじゃない。お前が大事なものを守れるように、少しずつ強くなればいい」
「えへへ……分かった。俺、ちゃんと頑張る」
「兄ちゃん!俺は?俺も凄い忍者になれるよな?イルカ先生がびっくりするくらい、すっげぇ術を覚えて、みんなに認めさせるんだってばよ!」
ナルトが身を乗り出すと、イタチはそちらにも視線を向けた。
「ナルトは勢いがある。誰よりも前へ出られるのは、お前の良いところだ。ただ、前へ出るなら、隣に誰がいるかも見ろ。サスケと一緒に学べば、きっと一人では届かない場所まで行ける」
「おう!サスケ、俺が一番になるけど、お前も置いていかねぇからな!」
「それはこっちの台詞だ。ナルトこそ授業中に寝るなよ」
二人が言い合いを始める。イタチはその様子を見ながら、面の裏では得られない温度を胸に留めた。
その後も、イタチの日々は二つの顔を持ち続けた。暗部の任務では夜の屋根を渡り、里外の不審な動きや根の末端に繋がる人の流れを追った。南賀ノ神社の集会で出た名前、記録から消えた任務、帰還報告の曖昧な忍。それらを不用意に結びつけず、一つずつ記憶へ沈め、時にシスイやオビトと短く接触した。二人との会話は軽口を挟んでも、内容は軽くない。誰を信じるかではなく、どこまで確かめたかが問題だった。
一方で、火影の前では暗部として跪いた。うちはの中で根への不信が強まっていること、若い者達が過激な言葉を口にし始めていること、フガクが表立って動けぬまま沈黙を選んでいること。イタチは必要な情報を流しながら、火種へ油を注ぐ言葉だけは避けた。四代目ミナトもまた、彼が全てを語っていないことに気づいていただろう。それでも問い詰めなかった。互いに、守るものが多すぎた。
昼にはサスケとナルトの修行を見る。螺旋丸の基礎、水風船、体術、手裏剣。夜には暗部の面を被る。家ではミコトの味噌汁を飲み、父の背を見て、弟の寝顔を確認する。そんな日々が積み重なっていった。
そして一年後。
十二歳になったうちはイタチは、火影直属暗部の部隊長となる。
火影執務室には、いつものように書類の匂いと、火の国の地図に染みついた古い墨の匂いが漂っていた。窓の外では木ノ葉の昼が明るく、子供達の声が遠くから微かに届く。だが室内にある空気は、その明るさとは別の場所に沈んでいた。
四代目火影、波風ミナトは机の上で両手を組み、その上に顎を乗せて、目の前に立つ若い暗部を見つめていた。
「イタチ、君を正式に暗部部隊長に任命したい。これから更に忙しくなる……今までよりも、人を動かす立場になる。自分が汚れれば済む任務ばかりじゃない。誰かに危険な役目を任せたり、目を背けてしまうような報告を受け取ったり、正しいと分かっていても気持ちが追いつかない判断をすることもある。いいかい?」
暗部の装備を纏ったイタチは、面を脇に抱えたまま、静かにミナトを見返した。十二歳という年齢だけを聞けば少年だが、その背は百七十センチに届き、幼い頃から積み重ねた栄養と鍛錬が、細身ながらも無駄のない身体を作っている。暗部装束の黒が似合いすぎることが、かえって痛ましかった。
「これまでもそうでした。もう慣れています」
その言葉に、ミナトは少しだけ眉を下げた。
「慣れた、か。君がそう言うたびに、僕は任せていい理由と、任せてはいけない理由を同時に見つけてしまうよ。慣れたから耐えられるのか、それとも耐えるために慣れたと言っているだけなのか、火影として見極めなきゃいけない」
イタチはすぐに答えなかった。軽い沈黙が落ちる。彼は否定も肯定もしなかった。ただ、任務の中で見てきたものを思い返すように、一度だけ瞼を伏せた。
「見ない振りをしても、消えません。なら、見て動ける者が動くべきだと思っています」
「本当にそれでいいんじゃな?ミナトよ」
ミナトの側、ソファにゆっくりと腰を下ろしていた猿飛ヒルゼンが、キセルから細い煙を漂わせながら口を開いた。火影を退いた今、彼は表向きには隠居の身である。だが実際には、ミナトを支える相談役としてこの部屋に座り続けていた。志村ダンゾウへの警戒、他二人の相談役への抑え、若き四代目の負担を少しでも軽くするため、そして木ノ葉そのものを見守るために。
ヒルゼンは白い煙の向こうから、イタチを真っ直ぐに見た。
「この一年、お前がよく働いたことは知っておる。任務の達成も、撤退の判断も、報告の言葉選びも、並の暗部では追いつけぬ。だが隊長とは、己が優れておれば務まる役ではない。部下が怖じ気づく日もある。判断を誤る夜もある。時には、お前ほど速く走れぬ者を連れて戻らねばならん。そこを忘れれば、どれほど天才でも部隊を壊す」
「はい。俺ができることを、部下の基準にはしません。任務に必要な力だけでなく、帰れる道を数えてから動きます。部下を俺の影分身のようには扱いません」
ヒルゼンの瞳が僅かに細まった。その言葉の重さは、彼だけがよく知っている。かつて幼いイタチが、影分身に八門遁甲を使わせると白状した時の記憶が、老人の中で煙のように揺れた。
「その言葉、忘れるでないぞ」
「忘れません」
ミナトは机の上に置いていた書類を一枚、指先で軽く叩いた。
「部隊の人選は、君に相談しながら進める。上から押しつける形にはしない。君の下につく者達にも、それぞれ得手と事情があるからね。ただ、隊長としての最終責任は君に来る。僕はそれを軽くは扱わない」
「承知しています。命令を受けるだけの立場より、背負うものが増えることも分かっています」
「うん。だからこそ、僕も君に隠さず話す」
ミナトは少し声を落とした。
「イタチ、うちは一族のことだけど……」
その言葉で、部屋の空気が一段重くなった。ヒルゼンのキセルの煙すら、途中で止まったように見えた。
イタチは顔色を変えなかった。
「分かっています。今はまだ大丈夫です。まだ」
最後の一言だけが、静かに沈んだ。
ミナトはすぐに続きを促さなかった。イタチの「大丈夫」は、安心を告げる言葉ではない。崩れる前に、まだ形を保っているという意味だった。
「集会では強い言葉も出ています。根への不信は消えていません。行方不明者の件も、手がかりはありますが、決定的な証拠には届いていない。父も、シスイも、オビトも抑えています。けれど、誰かが不用意に火を入れれば、空気は変わります」
「君は、その火を消せると思う?」
「消せるとは言いません。ただ、燃え広がる前に気づくことはできます」
ミナトは目を伏せた。火影として欲しいのは、まさにその目だった。だが、その目がうちはの子供のものだという事実が、胸の内で重く残る。
ヒルゼンがゆっくり煙を吐いた。
「ミナト、この任命は里のためになる。だが、この子を里の都合だけで使えば、いずれ何かが歪む。お前は火影として任じるのだろうが、同時に、大人として見張らねばならん」
「分かっています。イタチを駒にしたくて呼んだんじゃありません。彼がもう、盤の外にいられないところまで来てしまったから、せめて僕の目の届く場所に置きたいんです」
イタチはその言葉を聞き、ゆっくりと頭を下げた。
「拝命します。火影直属暗部部隊長として、任に就きます」
ミナトは机の上の面を手に取り、イタチへ差し出した。部隊長を示す小さな印が、面の裏側に刻まれている。
「頼むよ、イタチ。里を守ってほしい。そして、自分も戻ってきてほしい」
イタチは面を受け取った。
その白い面は軽かった。だが、十二歳の少年の手に乗ったそれは、木ノ葉の闇そのもののように重かった。