ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第一部、最終話!!!


第70話『運命を斬る』

 黒い魔力が、空から落ちた。

 

 それは光ではなかった。

 

 闇というより、もっと重い。

 夜そのものが押し固められ、槌のように地上へ振り下ろされたようだった。

 

 空気が潰れる。

 

 遺跡の石が軋む。

 兵たちの盾が、ぎしりと嫌な音を立てた。

 

 その黒い魔力が、ゲマの裂けた胸へ流れ込む。

 

「く……くく……!」

 

 ゲマが笑った。

 

 斬ったはずの身体が、倒れない。

 

 赤紫のローブが内側から膨れ上がり、青白い腕が異様に太くなる。

 骨が鳴るような音がした。

 

 さらに、地面に倒れていたジャミとゴンズの身体が動く。

 

 違う。

 

 生き返ったわけではない。

 

 黒い魔力が、二体の死骸を引きずっていた。

 

 白い獣人の身体が、赤紫のローブへ吸い込まれていく。

 猪のような巨体が、黒い泥のように崩れ、ゲマの足元へ流れ込む。

 

「な……」

 

 ヘンリーの声が震えた。

 

 ゲマの身体が膨れ上がる。

 

 痩せた魔道士の姿は、もうそこにはなかった。

 

 赤紫のローブは裂け、背には白い獣毛のようなものが揺れている。

 片腕はゴンズのように太く膨れ、指先には獣の爪が伸びていた。

 青白い顔だけが、元のゲマのまま、巨大な身体の上に浮かんでいる。

 

 細い目が、俺を見下ろした。

 

「これが……」

 

 ゲマの声が、低く歪む。

 

「これが、ミルドラース様の御力……!」

 

 背筋が冷えた。

 

 これは原作のゲマではない。

 

 俺が知っている行動表にはない。

 幼年期のあの戦いで、こんな姿になることはなかった。

 いや、原作のどこにも、こんなゲマはいなかった。

 

 だが、分かる。

 

 これはただの強化ではない。

 

 俺が原作での死の運命を斬ったからだ。

 

 パパスが死ぬはずだった流れを壊したから、その穴を埋めるために、物語の奥から何かが押し寄せてきた。

 

 レヌール城で見た異常。

 ホークブリザードの襲来。

 原作にない魔界の動き。

 

 あれらは全部、ここへ続いていた。

 

 俺を殺すために。

 

 パパスを、元の死へ戻すために。

 

「パパス殿!」

 

 ラインハット王の声が飛ぶ。

 

 馬上の王は、すでに剣を抜いていた。

 

 その顔に恐れはある。

 だが、退く気配はない。

 

「全軍、構え!」

 

 兵たちが一斉に動いた。

 

 盾兵が前へ出る。

 槍兵が列を組む。

 弓兵が矢を番える。

 騎兵が左右へ広がる。

 

 ここにいるのは、俺一人ではない。

 

 リュカがいる。

 ボロンゴがいる。

 ラインハット王がいる。

 その兵がいる。

 

 ヘンリーを奪われるはずだった国が、今ここで、運命に反撃している。

 

「撃て!」

 

 王の号令で、矢が放たれた。

 

 何十もの矢が夜を裂き、巨大化したゲマへ降り注ぐ。

 

 だが、ゲマは避けなかった。

 

 細い口が開く。

 

 凍える息が吐き出された。

 

 こごえるふぶき。

 

 矢が空中で白く凍り、ばらばらと地面へ落ちる。

 前列の盾が霜に覆われ、兵たちが歯を食いしばった。

 

「盾を重ねろ!崩れるな!」

 

 王の声が飛ぶ。

 

 だが、ゲマの攻撃は止まらない。

 

 今度は逆の腕を振る。

 

 ゴンズを取り込んだような巨大な腕が、盾列へ叩きつけられた。

 

 痛恨の一撃。

 

 盾兵が数人まとめて吹き飛ぶ。

 槍が折れ、悲鳴が上がる。

 

 俺は走った。

 

「リュカ、下がれ!」

 

「でも!」

 

「ボロンゴ!」

 

「ガウ!」

 

 ボロンゴがリュカの前に出る。

 

 小さな身体を低く沈め、ゲマを睨みつけた。

 

 ゲマの目が、またリュカへ向いた。

 

「邪魔ですねえ」

 

 ゲマの口元に赤い光が灯る。

 

 はげしいほのお。

 

 燃え上がる炎が、兵ごとリュカのいる方向へ広がった。

 

「バーハ!」

 

 俺は自分の身体に膜を張り、炎の前へ飛び込んだ。

 

 完全には防げない。

 

 熱が皮膚を焼く。

 息が焦げる。

 それでも、炎の勢いは落ちる。

 

 俺の背後で、盾兵たちがリュカを守るように壁を作った。

 

「坊主を守れ!」

 

「後ろへ!」

 

「おとうさん!」

 

 リュカの声が聞こえる。

 

 振り返らない。

 

 今は、前だけを見る。

 

 ゲマの巨大な身体が揺れた。

 

 赤紫のローブの裂け目から、風が渦を巻く。

 

 バギクロス。

 

 暴風が立ち上がった。

 

 未来のリュカが放った、あの風を思い出す。

 

 違う。

 これはリュカの風じゃない。

 

 だが、流れはある。

 

 風には芯がある。

 

「しんくう斬り!」

 

 俺は暴風へ剣を入れた。

 

 完全には消せない。

 

 だが、道は作れる。

 

 暴風が裂け、ほんの一瞬だけ細い隙間が生まれる。

 

「槍兵、今だ!」

 

 王の声に合わせ、槍兵が踏み込んだ。

 

 何本もの槍が、ゲマの巨大な足へ突き刺さる。

 

 ゲマが呻く。

 

 だが、倒れない。

 

 巨大な口が、さらに開いた。

 

 今度は白い光。

 

 かがやくいき。

 

 息が吐かれた瞬間、前に出ていた兵たちの鎧が白く凍った。

 盾を握った腕が固まり、足元の土まで霜に覆われる。

 

 騎兵が横から回り込もうとする。

 

 ゲマはそちらへ顔だけを向けた。

 

 赤い炎が、渦を巻いて吐き出される。

 

 もえさかるほのお。

 

 馬がいななき、騎兵が慌てて手綱を引く。

 炎に巻かれた旗が燃え上がり、夜の中で赤く散った。

 

「退くな!」

 

 ラインハット王が叫ぶ。

 

「倒すためではない!パパス殿の道を開け!」

 

 兵たちが歯を食いしばる。

 

 盾を失った者が、折れた槍を握る。

 矢筒が空に近い弓兵が、それでも次の矢を探す。

 凍えた指で剣を握り直す者もいた。

 

 だが、ゲマは笑った。

 

「群れれば勝てるとでも?」

 

 ゲマの口から、今度は灰色の息が漏れた。

 

 やけつくいき。

 

 前に出ていた兵たちの動きが止まる。

 

 膝が崩れる。

 指が開かない。

 声を出そうとして、喉だけが震える。

 

 麻痺だ。

 

 戦列に穴が空く。

 

「下げろ!動ける者が支えろ!」

 

 王の命令が飛ぶ。

 

 だが、ゲマの巨大な腕は、その穴を見逃さない。

 

 また痛恨が来る。

 

 俺は地面を蹴った。

 

 ほしふるうでわが熱を持つ。

 

 盾列へ振り下ろされる巨大な腕の下へ入り、メタルキングのけんを斜めに当てる。

 

 重い。

 

 骨が軋む。

 足が地面に沈む。

 

 だが、受け流す。

 

 ゴンズの腕をまともに止める必要はない。

 流れをずらせばいい。

 

 巨大な腕が、盾列の横へ逸れ、地面を砕いた。

 

 土と石が跳ねる。

 

「助かった!」

 

 兵の声が聞こえた。

 

 答える余裕はない。

 

 ゲマの身体を、薄い光の膜が覆った。

 

 マホカンタ。

 

 さらに、その奥に、別の膜が重なる。

 

 見た瞬間、嫌な記憶が背筋を走った。

 

 知っている。

 

 これは、ジャミの無敵のバリアだ。

 

 原作で、理不尽なほど攻撃を通さなかった守り。

 

 矢が弾かれる。

 槍が滑る。

 兵の剣が火花を散らし、何も届かない。

 

 俺のメタルキングのけんも、弾かれた。

 

「くっ……!」

 

「残念でしたねえ」

 

 ゲマが笑う。

 

「今度は、貴方の剣も届かない」

 

 バリアの向こうで、ゲマの指先に赤い光が灯る。

 

 メラゾーマ。

 

 同時に、喉の奥で白い光が膨れ上がる。

 

 炎と吹雪。

 

 正面から受ければ、兵の列は崩れる。

 リュカも巻き込まれる。

 

 ここで止めなければならない。

 

 だが、剣は届かない。

 

 なら、使うものは決まっている。

 

 俺は背の包みへ手を伸ばした。

 

 天空の剣。

 

 鞘から抜いた瞬間、白い光が走る。

 

 ゲマの顔が歪んだ。

 

「また……その剣を……!」

 

「お前の理不尽は、もう見飽きた」

 

 俺は天空の剣を掲げた。

 

 この剣は、俺のものではない。

 

 俺は天空の勇者ではない。

 この剣に選ばれた者でもない。

 

 だが、ここへ届くために、俺はこの剣を持ってきた。

 

 白い波が広がる。

 

 いてつくはどう。

 

 マホカンタが砕ける。

 

 その奥にあった無敵のバリアへ、白い波が触れた。

 

 空気が震えた。

 

 一瞬、バリアが抵抗する。

 

 まるで、運命そのものが「これは破れない」と言っているようだった。

 

「砕けろ」

 

 俺は歯を食いしばった。

 

「ここで終わる筋書きごと、砕けろ!」

 

 白い光が強くなる。

 

 ジャミのバリアが、音を立てて割れた。

 

 ゲマの目が見開かれる。

 

「馬鹿な……!」

 

 その瞬間、ラインハット王が叫んだ。

 

「全軍、パパス殿の道を開け!」

 

 盾兵が左右へ割れる。

 

 槍兵がゲマの足を抑える。

 弓兵が目元を狙って矢を放つ。

 騎兵が側面から走り、巨大な腕の動きを散らす。

 

 兵たちはゲマを倒せない。

 

 だが、道を作ることはできる。

 

 俺が届く、一瞬を作ることはできる。

 

「おとうさん!」

 

 リュカの声がした。

 

 振り返る余裕はない。

 

 だが、声は届いた。

 

「ベホイミ!」

 

 光が背中から届く。

 

 傷が完全に消えるわけではない。

 痛みも残っている。

 

 それでも、足に力が戻る。

 剣を握る指が、もう一度強く締まる。

 

 ボロンゴが吠えた。

 

「ガウッ!」

 

 小さな身体が、ゲマの足元へ飛び込む。

 

 噛みつく。

 引き裂く。

 巨大な足の動きが、ほんのわずかに止まる。

 

「邪魔を……!」

 

 ゲマが足を振り上げる。

 

「ボロンゴ!」

 

 リュカが叫んだ。

 

 俺は走った。

 

 ゲマの足。

 ボロンゴの身体。

 飛び散る石片。

 リュカの叫び。

 王の号令。

 兵たちの息遣い。

 

 すべてが、遠く、しかし確かに聞こえる。

 

 俺はボロンゴの前へ入り、ゲマの足を剣で弾いた。

 

 重い。

 

 腕が軋む。

 

 だが、止めた。

 

 ボロンゴが俺を見上げる。

 

「ガウ……!」

 

「よくやった」

 

 言葉を返す暇は、それだけだった。

 

 ゲマが両腕を広げる。

 

 赤い炎。

 白い吹雪。

 黒い魔力。

 風の渦。

 

 すべてが、巨大な身体の周囲に集まっていく。

 

「消えなさい」

 

 ゲマの声が、夜を揺らした。

 

「貴方はここで死ぬ。そういう運命なのですよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが静かになった。

 

 そうだ。

 

 俺は、その物語を知っている。

 

 かつて俺は、画面の前にいた。

 

 まだ子どもだった。

 

 ゲームの中で、パパスは強かった。

 誰よりも頼もしくて、どんな敵でも倒してくれると思っていた。

 

 そのパパスが、ゲマの前で動けなくなった。

 

 剣を捨てた。

 抵抗しなかった。

 燃やされた。

 

 俺は泣いた。

 

 小さな画面の前で、何もできずに泣いた。

 

 どうして助けられないんだと思った。

 どうしてボタンを押しても動けないんだと思った。

 どうして、こんなに強い人が死ななきゃいけないんだと思った。

 

 もし自分がパパスだったら。

 

 絶対に死なない。

 

 絶対にリュカを泣かせない。

 

 そんなことを、本気で思った。

 

 子どもの願いだ。

 無茶な願いだ。

 ゲームの画面に向かって叫んでも、何も変わらない。

 

 けれど今、俺はここにいる。

 

 画面の外ではない。

 

 この身体で。

 この剣で。

 この炎と吹雪と魔力の前に立っている。

 

 誰が俺をパパスにしたのかは分からない。

 

 神か。

 偶然か。

 それとも、もっと別の何かなのか。

 

 だが、もしこの機会が与えられたものだというなら。

 

 もし、あの日の子どもの願いが、どこかで拾われたのだというなら。

 

 答えは、今ここで出す。

 

 俺はパパスだ。

 

 リュカの父親だ。

 

 グランバニアの王だ。

 

 マーサを探す旅人だ。

 

 そして、かつて画面の前で泣いていた、ただの子どもでもある。

 

 その全部で、ここに立っている。

 

「貴方は、ここで死ぬ」

 

 ゲマが笑う。

 

「ああ」

 

 俺は剣を構えた。

 

「知っている」

 

 メタルキングのけんへ魔力を流す。

 

 竜紋の手甲が熱を持つ。

 

 ほしふるうでわが、腕の中で脈を打つ。

 

「だから、変えに来た」

 

 ゲマのすべてが放たれた。

 

 メラゾーマ。

 

 ひとつではない。

 

 赤い火球が、いくつも生まれる。

 

 一つは俺へ。

 一つは兵の列へ。

 一つはラインハット王の方へ。

 そして、一つはリュカのいる場所へ。

 

 同時に、バギクロスが渦を巻く。

 こごえるふぶきが足元を凍らせる。

 かがやくいきが前列の盾を白く染める。

 もえさかるほのおが横から回り込む。

 

 炎と風と氷が、別々の死となって襲いかかった。

 

 無理だ。

 

 頭の奥で、そう聞こえた。

 

 どれか一つなら斬れる。

 

 メラゾーマ一発なら斬った。

 バギクロスにも踏み込める。

 吹雪の流れも見える。

 

 だが、全部は無理だ。

 

 身体は一つしかない。

 剣も一本しかない。

 

 俺は、ここまで来て。

 

 また、守れないのか。

 

 リュカを。

 ボロンゴを。

 ヘンリーを。

 ラインハット王ベルギスを。

 ここまで共に来た兵たちを。

 

 マーサにも届かないまま。

 

 俺は、ここで死ぬのか。

 

 心が折れかけた。

 

 その時だった。

 

 ――折れるな。

 

 声がした。

 

 俺の声ではない。

 

 だが、他人の声でもない。

 

 胸の奥。

 

 この身体の一番深いところ。

 

 そこに、ずっとあったであろう意思。

 

 記憶ではなかった。

 

 マーサと過ごした日々を思い出したわけではない。

 リュカが生まれた日のことを知ったわけでもない。

 

 それでも、確かにそこにあった。

 

 本来のパパスの意思。

 

 ――ここまで来たのだ。

 

 身体が震えた。

 

 ――負けるな。

 

 喉の奥が熱くなる。

 

 ――私が出来なかったことを、やり遂げてくれ。

 

 リュカの声が聞こえる。

 

 泣きそうな声で、俺を呼んでいる。

 

 ――息子を。

 

 胸の奥に、マーサの名が灯る。

 

 顔も、声も、俺の記憶にはない。

 

 それでも、この身体が求め続けた人。

 

 ――妻を。

 

 そして、その声は最後に、静かに言った。

 

 ――頼む。

 

 その瞬間、俺の中で何かが重なった。

 

 現代から来た俺。

 

 この世界でリュカを育て、剣を振り、何度も原作の外から来るものを越えてきた俺。

 

 そして、本来のパパスが残した意思。

 

 二つのパパスが、一つの身体で、同じ願いを見た。

 

 守る。

 

 生きる。

 

 帰る。

 

 俺は息を吸った。

 

 熱い空気が肺を焼く。

 

 それでも、もう心は折れていない。

 

 最初のメラゾーマが迫る。

 

 俺は踏み込んだ。

 

「火炎斬り!」

 

 炎の芯を斬る。

 

 赤い火球が裂けた。

 

 終わらない。

 

 次の火球は、リュカへ向かっている。

 

 間に合わない距離。

 

 そう思った瞬間、身体が動いた。

 

 一度動いたはずの身体が、もう一度動く。

 

 それは、ほしふるうでわの速さではない。

 

 速くなったのではない。

 

 一度の間に、二度動いた。

 

 原作のパパスが持っていた力。

 

 本当のパパスの力。

 

 俺は、二度目の踏み込みでリュカの前へ出た。

 

「おとうさん!」

 

 火球が迫る。

 

 剣を振る。

 

 二つ目のメラゾーマが裂けた。

 

 爆ぜた炎が左右へ流れ、リュカの髪を熱風が揺らす。

 

 リュカの目が大きく開いていた。

 

 だが、止まらない。

 

 風が来る。

 

 バギクロス。

 

 俺は振り返る勢いのまま、刃へ真空を乗せた。

 

 しんくう斬り。

 

 暴風の芯を断つ。

 

 風が割れ、槍兵の前に道ができる。

 

「今だ!」

 

 ラインハット王が叫ぶ。

 

 槍兵が踏み込む。

 弓兵が矢を放つ。

 騎兵が側面へ回る。

 

 兵たちが作った隙へ、俺は走った。

 

 ゲマの目が歪む。

 

「なぜ……」

 

 その顔には、初めて明確な恐怖があった。

 

「なぜ、まだ動ける……!」

 

「決まっている」

 

 俺は剣を構え直した。

 

 身体が軽い。

 

 いや、違う。

 

 軽いのではない。

 

 俺一人で動いているのではない。

 

 この身体に残っていた本来の意思が、俺の背を押している。

 

 俺が鍛えた技。

 俺が集めた装備。

 俺が知っていた原作。

 俺がこの世界で得た絆。

 

 そして、本来のパパスが残した願い。

 

 全部が、今、一つになっている。

 

「ここで死なないためだ」

 

 ゲマが吠えた。

 

 もえさかるほのお。

 はげしいほのお。

 こごえるふぶき。

 やけつくいき。

 

 炎と氷と麻痺の息が、滅茶苦茶に吐き出される。

 

 俺は前へ出る。

 

 一度目で炎を裂く。

 二度目で吹雪を割る。

 

 また一度目で、やけつく息の流れを下へ落とす。

 二度目で、ゲマの太い腕へ斬撃を入れる。

 

 痛恨の一撃が振り下ろされる。

 

 受けない。

 

 一度目で身を沈める。

 二度目で懐へ入る。

 

 メタルキングのけんが、ゴンズの腕のように膨れた部分を深く裂いた。

 

 黒い血が飛ぶ。

 

 ゲマが悲鳴を上げた。

 

「ぐ、あああああ!」

 

 その声に、もう余裕はない。

 

 もう笑っていない。

 

 ラインハット兵たちが声を上げた。

 

 王が剣を掲げる。

 

「押せ!パパス殿に続け!」

 

 槍が足を刺す。

 矢が顔をかすめる。

 盾兵が前へ出て、リュカたちの前に壁を作る。

 

 ボロンゴが低く駆けた。

 

 ゲマの足首へ噛みつき、体勢を崩す。

 

「邪魔をするな!」

 

 ゲマが足を振る。

 

 だが、その動きはもう遅い。

 

 俺が先に届いた。

 

 剣を振る。

 

 ボロンゴを狙った足を弾き、返す刃で膝を裂く。

 

 ゲマの巨体が傾いた。

 

 黒い魔力が、焦ったように周囲へ広がる。

 

 見える。

 

 炎の芯。

 風の芯。

 吹雪の流れ。

 ジャミとゴンズの力を無理やり縫い合わせている黒い一点。

 

 あれだ。

 

 あれが、この修正力の芯。

 

 原作へ戻そうとする力の中心。

 

 パパスを殺すために、物語が差し出した最後の喉元。

 

 ゲマが最後のメラゾーマを生み出した。

 

 巨大な炎が、目の前で膨れ上がる。

 

「死ねえええええ!」

 

 ゲマが叫ぶ。

 

 炎が来る。

 

 死ぬはずだった場所で。

 死ぬはずだった男へ。

 死ぬはずだった未来を抱えて。

 

 俺は踏み込んだ。

 

 火炎斬りだけではない。

 しんくう斬りだけでもない。

 

 ここまで積み上げたものを、一つにする。

 

 風を斬った。

 吹雪を裂いた。

 死の呪文を止めた。

 炎を斬った。

 何度も倒れ、何度も立った。

 何度も原作の外から来るものを越えてきた。

 

 そして今、本来のパパスの意思が、俺の中にある。

 

 全部、この時のためだ。

 

 刃が、黒い一点へ届く。

 

 世界が軋んだ。

 

 見えない筋書きが、俺の首を掴む。

 

 パパスは死ぬ。

 

 リュカは泣く。

 

 そう定められていた物語が、俺を引き戻そうとする。

 

「うるさい」

 

 俺は奥歯を噛みしめた。

 

「俺は、ここで死なない」

 

 剣を振り下ろす。

 

 炎が裂ける。

 風が割れる。

 吹雪が砕ける。

 黒い魔力が、悲鳴のような音を立てた。

 

 ゲマがよろめいた。

 

 巨大な身体が、片膝をつく。

 

 赤紫のローブは裂け、取り込んだジャミとゴンズの影が、内側から剥がれかけている。

 黒い魔力も乱れていた。

 

 もう、形を保てていない。

 

 ゲマの細い目が、初めて周囲を見た。

 

 ラインハットの兵。

 剣を掲げる王。

 ヘンリー。

 リュカ。

 ボロンゴ。

 そして、俺。

 

 逃げ場を探している。

 

 そう分かった瞬間、胸の奥が冷えた。

 

「……まさか」

 

 ゲマの口元が歪む。

 

「ここで終わると思いましたか?」

 

 黒い魔力が、ゲマの足元で渦を巻いた。

 

 空気が上へ引き上げられる。

 

 ルーラ。

 

 こいつは逃げる気だ。

 

 ここまで来て。

 ジャミとゴンズを喰らい、ミルドラースの力まで借りて。

 それでも、勝てないと分かった瞬間に逃げる。

 

「私は、まだ終わりませんよ」

 

 ゲマの身体が浮き上がる。

 

 赤紫のローブが夜風に裂け、黒い魔力が柱のように空へ伸びた。

 

「いずれまた、あなたの大切なものを――」

 

 言葉は、そこで止まった。

 

 ゲマが見上げた先。

 

 空へ逃げるはずのその先に、俺がいた。

 

 ほしふるうでわが、腕で熱を放っている。

 

 一度目の踏み込みで地を蹴った。

 

 二度目の踏み込みで、空へ届いた。

 

 これは俺だけの速さではない。

 

 本来のパパスが持っていた、二度動く力。

 

 転生した俺が積み上げてきた技と、この身体に残っていた本当のパパスの意思。

 

 その二つが重なって、ゲマの逃げ道へ先に届いた。

 

 ゲマの目が、恐怖に見開かれる。

 

「な――」

 

「逃がすかぁぁぁぁっ!!!!」

 

 喉が裂けるほど叫んだ。

 

 あの時、俺は言った。

 

 お前を逃がすつもりはない。

 

 あれは脅しではない。

 

 決意だった。

 

 メタルキングのけんに、残った魔力をすべて流す。

 

 竜紋の手甲が焼けるように熱い。

 ほしふるうでわが軋む。

 腕の骨が悲鳴を上げる。

 

 それでも、止めない。

 

 この一撃に、全部を乗せる。

 

 画面の前にいた俺。

 この世界でリュカを育ててきた俺。

 本来のパパスの意思。

 ラインハット王と兵たちが開いた道。

 リュカのベホイミ。

 ボロンゴの牙。

 今まで斬ってきた風も、吹雪も、炎も。

 

 全部だ。

 

 ゲマが腕を上げる。

 

 遅い。

 

 黒い魔力が壁を作ろうとする。

 

 遅い。

 

 ルーラの光が、逃げ道を開こうとする。

 

 遅い。

 

 俺の剣は、もう届いている。

 

 会心の一撃。

 

 メタルキングのけんが、ゲマの頭上から振り下ろされた。

 

 青白い顔が歪む。

 赤紫のローブが裂ける。

 黒い魔力が悲鳴を上げる。

 

 刃は止まらない。

 

 頭から胸へ。

 胸から腹へ。

 巨大な身体の中心を、真っ直ぐに断ち割っていく。

 

 ジャミの影が裂けた。

 ゴンズの影が砕けた。

 ミルドラースの黒い魔力が、断ち切られた糸のように弾ける。

 

 ゲマの笑みは、もうなかった。

 

 あったのは、ただ恐怖だけだった。

 

「ば……かな……」

 

 その声ごと、俺は斬った。

 

 ゲマの巨大な身体が、真っ二つに割れた。

 

 血しぶきが、夜に飛ぶ。

 

 黒い魔力が爆ぜ、ルーラの光が砕け散る。

 

 逃げ道は消えた。

 

 ゲマは、地面へ落ちた。

 

 轟音が、遺跡の前に響き渡る。

 

 それきりだった。

 

 風が止まる。

 

 炎も消える。

 吹雪も消える。

 黒い魔力も、夜の中へほどけていく。

 

 ゲマは動かなかった。

 

 今度こそ。

 

 終わった。

 

 誰も声を出さなかった。

 

 兵たちも。

 王も。

 ヘンリーも。

 

 ただ、夜風だけが、崩れた遺跡の前を通り抜けていく。

 

 倒れたゲマを見下ろし、遅れて背筋が冷えた。

 

 もしこいつが、俺の知る別のゲマだったなら。

 

 リメイク版やユアストーリーで見たように、人を石へ変える力まで使っていたなら。

 

 炎を斬ることも、吹雪を裂くこともできた。

 だが、触れられた瞬間にすべてを奪われるあの力まで混ざっていたら、どうなっていたか分からない。

 

 そうならなかったことに、今だけは感謝するしかなかった。

 

「……おとうさん」

 

 小さな声がした。

 

 リュカが、こちらへ走ってくる。

 

 兵が止めようとして、止めなかった。

 

 俺は剣を下ろした。

 

 足が揺れる。

 

 膝が折れそうになる。

 

 それでも、倒れるわけにはいかない。

 

 リュカが胸へ飛び込んできた。

 

「おとうさん!」

 

 小さな腕が、俺の身体にしがみつく。

 

「大丈夫!?おとうさん、大丈夫!?」

 

「ああ」

 

 俺は、焼けた手でリュカの背を抱いた。

 

「生きている」

 

 その言葉を口にした瞬間、ようやく実感した。

 

 俺は、生きている。

 

 パパスは、ここで死ななかった。

 

 リュカが泣いている。

 

 だが、それは原作の涙ではない。

 

 父を失った涙ではない。

 

 生きている父にしがみつく涙だった。

 

 ボロンゴが足元に寄ってきて、俺の脚へ頭を押しつける。

 

「ガウ……」

 

「お前も、よくやった」

 

 俺は笑おうとした。

 

 うまく笑えたかは分からない。

 

 ラインハット王が馬を進めてきた。

 

 王はしばらく、倒れたゲマを見ていた。

 

 それから、俺を見る。

 

「ヘンリーを生きて返せ。そう言った」

 

「ああ」

 

「そして、そなたも生きて帰れ。そうも言った」

 

 王の声が、少しだけ震えた。

 

「どちらも、果たされたな」

 

「……陛下や兵たちがいてくれたからだ」

 

「違う」

 

 王は静かに首を振った。

 

「そなたを含む、皆がいたからだ」

 

 俺はリュカを抱いたまま、周囲を見た。

 

 盾を構え続けた兵。

 槍を折られても立っている兵。

 弓を握ったまま息を荒げる兵。

 ヘンリー。

 ボロンゴ。

 ラインハット王。

 

 そして、俺の腕の中で泣いているリュカ。

 

 一人ではない。

 

 本当に、そうだった。

 

 原作のパパスは一人でここへ来た。

 

 だが、俺は違う。

 

 俺は、この世界で出会い、守り、変えてきたもの全部に支えられて、ここに立っている。

 

 ゲマを倒した。

 

 パパスの死を越えた。

 

 それでも、すべてが終わったわけではない。

 

 マーサへ続く道は、まだ遠い。

 魔界の奥には、なお消えない闇がある。

 

 だが、今日だけは言える。

 

 原作通りには、死ななかった。

 

 俺はリュカの頭に手を置いた。

 

「帰ろう」

 

 リュカが顔を上げる。

 

「うん……!」

 

 夜明け前の空が、ほんの少しだけ白み始めていた。

 

 崩れた遺跡の前で、俺は息を吐く。

 

 長い夜が終わる。

 

 死ぬはずだった男は、生きている。

 

 父の死に泣くはずだった子どもは、俺の腕の中にいる。

 

 俺はリュカを抱きしめたまま、東の空を見た。

 

 もう、同じ物語ではない。

 

 パパスは死ななかった。

 

 ならば、ここから先も変えられる。

 

 俺は生きて、マーサを迎えに行く。

 

 リュカとともに。

 

 この世界で、パパスとして。




第一部 完

第一部完です!!
本来は8月いっぱいでの投稿と思って書いていましたが
やはりドラクエ5、書いていてめちゃくちゃ楽しくなって
結局9月超えてしまいました笑
沢山の感想、そしてお気に入り登録や評価も
ありがとうございます!
皆さんの応援があったのも大きかったです!

実はここまでは考えていたのですが
今後の展開を全く考えておらず笑
とりあえずの第一部完とさせていただきました!

メインで書いてる物語がありまして
その息抜きがてら書いてたのもあるのですが
ストックが少なくなりまして笑

そちらのストックが貯まりましたら
また続きを書かせていただこうと思っています!

ここからは番宣です!

小説家になろう、カクヨムにて
兎深みどりの名前で小説書いてます!
タイトルは、
神様の手違いで死んだ社畜おっさん、まずは自由を願い、次に明日を願う!TS転生し美少女に!最強チート《願い》は一日一回だけど万能です!異世界スローライフで世界も人も未来も救ってみせます!

良かったらそちらもどうぞ(*ˊᵕˋ*)
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