ローリーは基本的に前向きであり、その裏側にはものを知らないからこその浅慮がある。
つまりはそう……思い付く名案とは、得てして実現性に難があるのだ。
「ケイレブ様に会ってみたいのでありますが」
と、コンスタンスに言ってみれば。
「何を言っているのだ貴様は」
と、呆れた顔が向けられる。
当然の事である。
相手は貴族、ローリーは平民ですらない。
会うに足る理由が存在しないのだ。
「久しぶりにお会いしたいと思いまして!」
「そんなに仲が良かったとは知らなかった。それは悪い事をしたな。相、分かった。ケイレブ様に聞いてやろう」
「あー! いや、そんな事しなくてもー!」
「ふん。邪な考えは無いのだろうが、貴様に考えなんてものが無い事も分かっているんだ。そもそも、貴様の口からケイレブ様の話など聞いた事があったか?」
浅慮なローリーを鼻で笑い、コンスタンスは腕を組んで勝ち誇る。
こうなってしまっては説き伏せるなど不可能。
そもそもローリーにそんな弁は無いので、しおらしく頼み込む方向へ切り替えた。
「その、無いのでありますけど……昔はもっと明るい方だったので、気になったので……ダメなので?」
「当然だろう。そも、当人に会う気が無いのであろうと分かる間柄。これに会いたがる事が奇妙だ。貴様は他人の懐を探る真似を止めるべきだろう」
「えー……気になるのに……」
「品が無い。他人の心中をあれこれと、無遠慮な好奇心で推し量る事にどれ程の意味がある? それに昔は明るい方だった? それがどうした。貴様は他人の人格まで変えようとしているのか? 傲慢だな、他人を思い通りにしようなどとは」
「ぐ、ぐぅ……」
反論のしようもなく、ローリーは歯噛みして悔しがる他にない。
やはりコンスタンスは鼻で笑って、ローリーを追い払おうと手のひらを「シッシッ」と振った。
とはいえローリーもこれ以外にケイレブと会う方法が思い付かないので、耳を畳みながらもなんとかその場に留まろうとする。
あーだこうだと理由を付けて、話を引き延ばしては言い負かされる。
そんな無意なじゃれあいを続けていると、横槍を入れる冷ややかな女の声が。
「あらあらこれは……コンスタンス。お馬さんと遊んで、お暇なのかしらぁ」
声の主はウェーブ掛かった髪を肩に流した女。
戦場には不釣り合い、騎士に似合わぬ華美な優雅さを持った女だった。
「ロザベラ卿。ケイレブ様の護衛に着いている筈だが」
「ええそれが、天幕から居なくなってしまわれたの……困ったわぁ」
「そうならないよう、気を配るのが貴殿の役割の筈だが」
「だが、だが……コンスタンスはそればーっかり。高圧的で、人に嫌われちゃわない?」
「そちらがマトモな仕事をしてさえいれば、こんな物言いはせずに済む筈だったな」
険悪。
交錯する視線には、剣を交えているかのような緊張感が含まれる。
そもそもコンスタンスが刺々しい物言いをする人物であり、それに合う人物などそう居ないのだが。
その中でもこのロザベラという人物は、ある程度の意図を持ってコンスタンスの神経を逆撫でする物言いをしているので尚更合わない。
「マトモ、ねぇ……人間モドキの半獣と仲良しこよしの騎士さんは、ちょーっと頭が……ね」
「言葉尻を掴まえる暇があるのならば、脚を動かしてはどうだ。随分と余裕そうだが、もっと危機感を持った方が良い。貴人の護衛に就く態度ではないぞ」
「騎士とて貴き存在。優雅でなくてはいけませんもの。それに大声を出して、大股で歩くようでは品位を疑われてしまうわぁ」
露骨にコンスタンスとローリーを薄目で見下した、そんな物言い。
明確に対象を絞った挑発だった。
「見せ掛けだけで維持出来る、安い高貴さならばそうなのか? 地金が脆くては意味が無いと思うが」
「このロザベラをメッキになぞらえて罵倒したのかしら? そこで耐久性について貶す辺り、貴女は棒切れを振り回すような、野蛮事で喜ぶ人間である事が隠せないわねぇ」
「騎士に相応しい豊かな精神が備わっていれば、そのような表現はしないと思うのだが……」
ローリーは完全に置いてけぼり。
言葉のラリーを見送って、右へ左へ視線を動かす。
もう何往復もしている中に口を挟める機会は無かったので、ローリーは堪らず声を上げる。
「あの! 自分、何も出来ないのでありますが! 今はどうしていれば良いのでありますか?」
「あぁ!? チッ面倒な……おいローリー、貴様これ以上面倒を掛けるな。そんなにやる気を持て余しているのなら、その辺りを散歩でもしてこい」
「何もしてないのに……はーい。どの辺りをでありますか?」
「釣りをした辺りまでだ。森の奥深くには入らないようにしろ。あとあまり遅くならないうちに帰ってくるように」
「御意でありますよーっと」
コンスタンスに追い払われて、ローリーはバタバタとその場を後にする。
口喧嘩なんて聞いている側は堪ったものではない。
逃げ出す足取りは軽く、背後から変わらず聞こえてくるやり取りの刺々しさに背を突かれるような思いで去年通った道へと駆け出した。
「はぁ……走ってると、気持ち良い」
ここは良い思い出がある道だ。
通れば当時の良い感情が甦り、機嫌も上々。
何度も人が通り踏み固められた道と、それを挟む木々をひたすら背後に送り、ローリーは身体を動かして思うように事が進まなかったフラストレーションを発散する。
そうして軽快に蹄を鳴らしていれば、次第に心も落ち着いて……この豊かな自然の中で、落ち着く場所を探し始める。
「ちょっと、ゆったりしたいでありますね……あぁ、ここなんて公爵家にあった木陰みたいで懐かしい──」
ローリーは道を逸れ、少しばかり森に踏み入る。
薮が退けた空き地のような、背の低い草が生えた小さな空間。
地面も石が少なく柔らかい、休憩にはうってつけの場所。
そこが偶然目に止まったのは、似たような木を昔公爵家に居た頃に見た事があったからで……つまり、同じような経験をした先客はそこに目を付けたのだ。
そこに居たのは、ケイレブ。
木の幹に背を預け、地べたに座り込んだ黒髪の少年が、横目でチラリとローリーを見上げている。
「……何故?」
ローリーも思わず疑問を口にする。
会えないものかと苦心していた相手に、こんなにあっさりと会えてしまうものかと。
どうしてこのような場所に居るのかと。
疑問を口にしてからローリーの脳裏には、公爵家で過ごした記憶が巡る。
ケイレブは狩りが好きだった。よくよく狩りに出掛けたがり、森に野原にと駆け回ったものだと。
ケイレブは、このような場所が好きなのかと。
「お前まで僕を探しにきたワケ?」
「いえ自分は……散歩してこいと言われまして」
「ふん、じゃあいいよ」
ケイレブはそう言うと、俯いたままじっと動かず黙してしまう。
ローリーはケイレブ会う事ばかりを考えて、会った後にどうするかを決めていなかったので、両手の指を合わせてモジモジと身じろぎばかりをしていた。
「なんだよ」
「え? 別に……こうやってお話した事、そういえば無いなと思ったので」
「そうだったっけ? だから?」
「さぁ……? 何を話せばいいのか分からなくて、気まずいなぁと」
「散歩してたんだろ。話さず散歩したら」
気まずい沈黙が続く。
鬱蒼した木々の擦れる音、そればかりが沈黙を埋めて続く言葉を発しづらい。
それを破ったのは、ケイレブのより気まずくなるような言葉。
「お前、僕を見下してんだろ」
「確かに自分の方が背が高いのでありますね。今はケイレブ様は座ってるから更に見下せます」
「そういう話じゃなくてさ……お前バカだろ。バカのくせに他人は見下せるんだな」
ローリーが見下ろすケイレブは、木に体を預けて膝を曲げ、小さく見える。
決闘だとか、血生臭い事で虚勢を張らなければケイレブという少年はこのようなものだった。
「知ってるよ。お前が公爵家に居た頃から、みんなバカにしてた事。おべっか使って、どうやって機嫌取ればいいかって話をしてたろ」
「まあそうですけど、駄目なのでありますか? ケイレブ様がご機嫌な方が良いのかと」
「お前はバカだから分からないんだよ」
「そのバカバカって言うのこそ、自分をバカにしてるのでありますよね!」
「そうだろ。バカって言ってんじゃん」
「む……確かに。自分はバカでありますよ、でもケイレブ様もバカなのでありますか?」
「はぁ? 知るかよ、そんなの。実際どうだろうと、バカにされたら腹立つだろ」
「腹立つのでありますか?」
「立たないのかよ。お前バカだけど、それよりも能天気だな。プライドとかないワケ?」
散々ローリーを貶したケイレブは、流石にお手上げといった様子で呆れ果てる。
己の根幹にある価値観がまるで通用しない相手というものは、抱いていた煩わしさや怒りすら越えて困惑が強く出てしまう。
「逃げたらバカにされるだろ。ぺちゃくちゃ大声で喋ってたらバカにされる、黙ってたらバカにされる。あと……弱いと、バカにされる。それが気にならない負け犬には、なりたくないんだよ」
「だから戦うのでありますか……?」
「戦わないと証明出来ないだろ。口先で何言っても、それって負け犬の遠吠えだ」
「それであんな、背中から切り掛かるような事をしても……」
「あれだけで終わるかよ。帝国にはな、皇帝から多大な信頼と財と兵力を与えられた騎士団があるんだ。幾つもある騎士団には、それを率いるとびきり強い騎士が居るって話」
「そんな強い人と戦うつもりなのでありますか?」
「当たり前だ。強いヤツと戦わずに、どうやって強さを証明する? 相手は強ければ強い程良い。たとえ勝てずに死んだって、強い相手に逃げずに立ち向かえば証明出来るだろ」
「何をでありますか? 死んだら、終わりじゃないですか」
「生きてたら一生臆病者でも、死ぬまで戦えば違うって証明出来る」
自身の命の終わりすら見据えた言葉には、鬱屈した重々しく昏い感情がたっぷりと込められていた。
今のケイレブがどんな人間で、どんな考えを持っていて、そしてどれほど破滅的なのかが滲んだ言葉と声色。
ローリーにはそれを聞く事がなによりも恐ろしく、苦痛に感じてしまった。
能天気なローリーには、ケイレブの言葉も考えも全てが受け入れるには苦痛を伴う。
それから逃れたく、引っ張り出したのは己の感覚を補強する他人の言葉。
「えーっと、ヒューゴ様! あの辺境伯閣下のご子息で、その人が言っていたのであります! 選択肢が沢山あった方が良いって! 戦う以外にもバカにされない方法があるかもしれません!」
「あったからなんだよ。ハズレの──負け犬の選択肢が沢山あっても意味無い。レッドメインの男として、相応しい選択をしなきゃいけないんだ」
借り物の言葉は響かず、そもそもローリーに他人を変える能力などない。
他人の心情を慮る能力は足りず、言葉を尽くしたとてそも知る言葉が多くはない。
むしろ半端に否定するような言葉を使ったせいで、ケイレブは己の考えをより強めていた。
「誰も、僕が戦場で活躍するなんて想像すらしちゃいない。ここが相応しい場所かもしれないって、その可能性すら無いと思ってる。なんでさっき、強い僕の可能性を否定したんだよ。僕は惨めな臆病者で……黒髪で。レッドメインの恥晒しじゃないと駄目なのかよ」
「それでも死んだら終わりだと!」
ケイレブの持つ負の感情に押し負けそうになり、ローリーは思わず声を荒げる。
その顔はもう殆ど泣きそうな、耳も畳んで消沈したもの。
ローリー自身、何故そこまで感情を揺さぶられてしまうのか未だ理解していない。
「はっ……そんなに死ぬのが怖いなら、こんな所に居ずに逃げたらいいだろ。何処までだって走れる脚を持ってるのに、何処にも行けないお前は滑稽で、哀れだよ」
ローリーの心の叫びも、ケイレブは鼻で笑って呪いの言葉を吐き出す。
ケイレブの腹の底でグツグツと煮えたぎる荒々しい感情がそのまま表出したような、容易には触れ難い熱が籠ったものだった。
だがそんな重々しくのし掛かる言葉の中には、弱々しい妬みがあった。
「どっか行けよ。目立つんだよ、お前のその……赤い毛」
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