天高く跳躍した百鬼獣は左足の衝角を軸に体をドリルのように回転させながらゲッターへ向け飛び蹴りを繰り出す。
「うっ……」
ゲッターウィングが風圧で引っ張られながらも間一髪それを回避し、すれ違いざまにゲッターの拳が百鬼獣の腹部へと打ち込まれて、百鬼獣をそのまま地面へたたき落とすことで距離をとり、同時にゲッタートマホークを取り出す。
百鬼獣は殴られた状態のまま轟音をだし墜落したもののすぐに立ち上がり、空中のゲッターを睨む。
「甘くはないか――――Gが出撃するまで耐え切るぞ。いけるか坂本」
「ああ、気にするな。そっちこそ大丈夫か?」
「……なんとか。下手に操縦桿触るなよ。」
現在、ゲッターの操縦は隼人がジャガー号から操作している。隼人は本来はゲッター2の担当であるが、ゲッター1系統の操縦も竜馬ほどではないが訓練によって習得しており、何度も死線をくぐり抜けた経験もあるので、新入りが束になっても負けないほどはある。
だが、いくら隼人に実力があっても本来初代では絶対に歯が立たない相手である百鬼獣。
しかも相手は未知数、絶対に油断できない相手である。
まず、隼人はこの謎の敵に対してゲッターの肩部に収納されているトマホークを二つ取り出して臨戦態勢を取る。
「喰らえ!」
ゲッターはトマホークを全力で叩きつけるように敵めがけて投げる。すさまじい勢いの回転で風切音を轟かせながら敵へと一直線へと向かう。
――――トマホークブーメラン
ブーメランの名のとおりにゲッタートマホークを敵に投擲する単純な技である。それを隼人は二つ手にしているトマホークの一つで繰り出し、もう一つをもしもの時の盾に残した。
そして、隼人は自分が本来の分野であるゲッター2で戦う選択肢をとらなかった。
敵は地上にいて、先ほど攻撃を受けそのまま墜落したことを考えると敵は飛翔能力がない、または空戦向きではないとの判断、下手にゲッター2やゲッター3になるよりはそのまま空戦に向いているゲッター1で対向することを選んだ。ゲッター2で地中に逃げるということも考えたが相手は未知数、高度を下ろした瞬間に先ほどの恐るべき運動能力で狙われかねない。
そもそも、敵の隙もなく、その隙も作れない下手なタイミングで分離すると合体の瞬間を狙われかねない。
「な!?」
予想外のことに隼人は衝撃で受け目を剥く。
トマホークは敵の装甲に浅い切れ目を入れた程度で弾かれただが、その衝撃だけで敵百鬼獣の胴体と胸から上が分断されたのだ。
隼人は百鬼獣を初代ゲッターで相手にするのは無理だと考えていた。これは隼人にかぎらずに弁慶や早乙女研究所の者、全員がそう考えている。ゲッターGならば対抗できるが、初代ゲッターとゲッターGの戦力は絶望的なまで差があり。先日の恐竜帝国残党によるゲッターG強奪事件でだれもがその身を持って実感した。個体差があれ百鬼獣はそのゲッターGに食いついて充分に対抗しうるだけの性能はある。
だからこそ、あっさり決着が着くこの光景は明らかにおかしい。
「なんだ? こいつは」
「隼人よお。元からボロだったんじゃねえのか?」
――――だが、その安堵は裏切られた。
「だからあの墜落で…………え!?」
百鬼獣のレンズが割れている目が赤く不気味に発光し、幽鬼のようにゆっくり、不気味に立ち上がる。分断されたところがビデオを逆回しにするかのようにハニカム上の何かのよって接着されている。そして、嘲笑うかのようにゲッターに向けて暗闇が広がる口腔を晒して咆哮。
「隼人!? 様子がおかしいぞ!」
百鬼獣に切断部にあった染みのよう黒い部分がどんどん侵蝕していく。染みの表面は傷口を覆ったものと同様に細かい六角形のものの集合体のように見え、それがドンドン時間とともに広がっていく。
「やはり……ネウロイだ! 同じように傷が少しずつ再生している」
「ネウロイ――――」
隼人はネウロイという言葉を耳にしたことがる。
早乙女研究所での取り調べで坂本美緒からはネウロイというものの情報は聞き出している。坂本美緒達が戦っていた恐竜帝国や百鬼帝国と異なる人類の敵。コアと呼ばれる多角面体の紅い核を覆うように質金属中心に構成されているらしい異形の化け物。伝承になる遠い昔から美緒の世界に現れて人間を蹂躙し世界を侵略しているという。また、ネウロイに侵略された土地は生物に有害な瘴気と呼ばれるものをまき散らされて死の世界と化すという。
先日の復活したブライとの戦いせいでこの地は荒れているが、原因が不明の枯れている木々があるという報告があった。さらに回収、調査などの作業で体調を崩したものも少なからずいたという報告があった。有毒な科学物質が百鬼獣の残骸からなにかが漏れているかもしれないという懸念もあったが。
このネウロイとやらの「瘴気」というものの仕業だったのかもしれない。
――――だが、他のことを考えるのは後でいい、今は隼人が考えるべくは目の前のネウロイか百鬼獣かあるいは両方共言える化け物の対処であった。
「まさか、私や大和と一緒にこの世界に来ていたのか」
「くそ! 再生し切る前に一気に畳み掛けるぞ」
ゲッターの腹にエネルギーが集中する。
――――ゲッタービーム
いま、この距離でゲッターが使用できるものの中で最大の破壊力のある武器だ。
美緒からはネウロイを倒す術も聞いている。
ネウロイの本体とでも言え、その中にあるコアを破壊することだ。
だが、ネウロイは再生能力があり、並大抵の破損はすぐに再生するという。
しかも、相手は百鬼獣と同化しており、その装甲を破って内部のコアを破壊できる望みは薄い。せめて、助けが来るまでの時間を作ることができればとゲッタービームに賭ける。
しかし、「そうはやすやすとさせまい」と敵の周りに赤い光が集まっていた。その光は徐々に口に集中していく
『!? あれは――やばいアイツも――――――」
ネウロイからビームが照射される。早打ち勝負は間一髪ゲッターが勝っていた。だが、敵のベースは初代ゲッターを超える百鬼獣、出力では初代ゲッターが勝てる相手ではない。
徐々にジリジリと押し切られていく。
「くっ!」
隼人が歯を食いしばるが敵のビームは間近に迫る。
そして――――――――
空に爆炎が上がる。
その中からゲッターロボがゆるいきりもみ回転をしながら地面へと叩き落ちる。
「――――ッ! 生きているか?」
「俺達…………生きているのか?」
「アイツを見ろ。どうやらまだ再生が不完全のようだ」
敵の頭部が醜く融解している。
どうやら、ネウロイの能力を持っていてもスクラップからの再生であるために不完全だったためかビームが放たれていた周辺が出力に耐え切れずに溶けそれによって、ゲッターに直撃したビームの威力が削がれてしまったのだろう。
だが、
「っ! 操縦が効かない。損傷のせいか? 弁慶そっちはどうだ?」
「こっちもだ。こんなに脆かったか? 坂本はどうだ」
「動く……こっちは大丈夫だ。分離すればいいのか」
「いや、隙を作らないと危険だ……シミュレーターは使ったことあるな?」
美緒はシミュレーターでゲッターを動かしたことがある。
新人を育てるためのゲッターロボのシミュレーターが研究所には数大配備されている。
これのお陰で予備のパイロットを数人確保することが出来、美緒もこれを使わせてもらったことは何度かあり。
レシプロ機とはいえ戦闘機の操縦経験とベテラン魔女としての実戦経験により基本動作と操縦方法の習得を比較的早くこなした。
しかし、シミュレーターでは衝撃を再現することは出来なく、直に味わったことはない。
強化服をもらっているとはいえ、その性能は未だ不完全、使っている人が常人ならばたとえパイロットが四回死んでも機体はまだ動ける程度の性能である。
「ああ……まさか、こっちでもネウロイと戦闘をするとはな」
「ああ、すまない」
「もってくれよ」と足元の頼みの綱である増幅器を軽くコツンと叩き、なけなしの魔力を注ぎ込む。落下時に供給が途絶え停止していた増幅器が再稼働をし始め美緒の体に使い魔の尻尾と耳が生え、力が湧き上がる。意を決し美緒は眼帯に触れる。
現在、魔力が絶対的に足りなく、出来る限り魔力を節約したいところであるのだが、目の前のネウロイを相手に出し惜しみをすることは死につながることを美緒は経験から察知していた。
一撃で戦いを決めるために眼帯を取り外して紫色の瞳で敵を睨む。はるか遠くをも見通す魔眼でネウロイのコアの位置を見抜くために。
「コアの位置はあそこか」
コアは百鬼獣の胸の中央に宿され、そこを中心に百鬼獣のわずかに残った骸で体を構成していた。落下の衝撃でも放さずに握っていたトマホークを構え直す。
だが、その僅かな隙にも崩壊した胴体と自らのビームによって溶けた顔部分の修復をほぼ終えたネウロイは。初手と同様にゲッターに向かい跳躍する。
今度はゲッターは地上、しかも前回と異なり重力による減衰は少なく距離も近い。
さらにネウロイとの融合が進んで再生が完全に近づいているためか先ほどよりも力を増した段違いの勢いで突き進む。
「――――!」
声にならない叫びとともに突進を受け止めたゲッターの左腕が空中に舞った。
ゲッターは二転三転と転がりながら後方に飛ばされ森林を壊しながら地面を滑り崖にぶつかり埋まりながらも停止する。衝突の凄まじさを物語るように引きちぎれた腕はひしゃげ、血のようなオイルを撒き散らせながら空中で何百もの破片と化す。
だが、彼女たちは幸運であった。
速度が変わっているとはいえ一度見た攻撃であり、なんとか対応することができ左腕に当たる程度で済んだこと。
そして、その左腕がちぎれて衝突のエネルギーの大部分が逃げたこと。
それらの他にも要因はあり、ゲッターの戦闘能力はまだ十分に残されている。
「お………本、し…………気……も…」
通信機から美緒の耳に何かの声が聞こえてくるが耳に入りはしなかった。
初めてゲッターロボの戦闘を経験する美緒への負荷は凄まじいものである。幸い強化服と魔力増幅器により、おおきな怪我を負うことはなかった。それでも、所詮それらは試作段階の未完成品、衝撃を防ぎきることができはしなかった。
それ以前の落下の衝撃と合わさって、蓄積されたダメージは美緒の意識は軽く薄れてしまった。通信機からの弁慶の声もとぎれとぎれに聞こえる。
敵は情もないネウロイはその隙を見逃さずに赤色に発光している。
「死ぬぞ!」
ビームを放とうとしていることに気付いた隼人は声に反応したのか、意識が朦朧とする意識の中で美緒は立ち直ろうとした。
それは数々の戦いをくぐり抜けた歴戦の者としての経験と本能が体を動かしていた。まず、足に装着している機械に残されたありったけの自分の力を注ぎ込む。送られてくる量に反応して増幅器もゲッター炉心からも少なくないエネルギーを吸い上げていままでの桁違いの稼働を行われ、感覚が飛びかけている現在の状態でも分かるほどに力が漲る。
だが、その美緒の無意識の行動は魔力を駆使して戦う魔女としてのものだ。
無意識の行動がさせたものは手を前に出すことであった。人は身を守るために反射的に手を前に出すということは多々あることである。魔力を持っている魔女はシールドという一種のエネルギー障壁で身を守る事ができる。美緒はそのようにおぼろげな意識の中で本能的にシールド張ろうとしてしまったのだ。
その手は見方によっては祈りを捧げるように見えるのかもしれないが化け物相手に祈りが通用するわけがない。
「おい! なんだこれは!」
「――――あっ!?」
恐ろしい爆音と共に意識を覚醒させた美緒の魔眼に移ったのは眩い赤い光のビーム。
そして、美緒の顔を緑色に照らす空中に突如として描かれた巨大な何か、その何かにビームが空中で分散され弾かれ着弾した周りの大地が小規模な気化爆発を起こしていた。
ネウロイのビームを防いだものは光の壁、緑色に輝く障壁がゲッターの眼の前に出現していた。
その障壁に美緒は見覚えがあった。
大きな円の中に幾何学模様と印象的な梵字で形成される魔法陣。
見忘れるわけがない、見間違えるわけがない、見えないわけがない。
色こそ違うが、自分が失いつつあった魔女象徴とも言えるもの。
それを美緒は思わずつぶやいてしまった。
いや、つぶやかずにいられなかった。
「――シールド!?」
今回戦っているネウロイは自分が戦ってきたものの中では強い部類に入るものである。
そのかつてないほど敵の攻撃を目の前のシールドは完全に防ぎきっている。
そして、彼女は気付いた。自分に流れるマグマのようにみなぎる感じたことのない力。
もしかしたらと、彼女は集中する。自分をゲッターに、ゲッターを自分に見立てる。ゲッターと直接接続している増幅器から、ゲッターの痛みや力が伝わってくるような感覚すらしてきた。
そして、美緒は右腕に意識を集中させる。それに応じるかのようにゲッターの握るトマホークに緑色の光が浸透する。輝きはどんどん強くなりトマホークが太陽のように輝く。
そのトマホークを渾身の力を込めて振り下ろす。
「烈風斬!」
太刀筋は緑色の光の刃となりネウロイめがけて想像を絶する速度で放たれる。
抵抗するネウロイは三度目のビームを放つ――――がその刃の前には無意味。ビームを紙切れのように切り裂きながら突き進み、ネウロイは腕を交差し防御姿勢を取る。だが、刃はなにもないかのようにするりとネウロイの後ろを通過し、そのまま地平線の彼方に消え去っていった。
「な……んだあれは」
「おおい、坂本」
「心配するな」
美緒の言葉に合わせたかのように短い鳴き声を上げネウロイは刃が通過したところに発光する浅くない傷とヒビが表面に走り、その中から赤い宝石のようなネウロイのコアが飛び出て二つに砕け散る。
それと同時に抜け殻になった体がガラス細工のように砕け散り、細かい粒子となりながら崩壊、そして、砂塵のように散っていくかのように消え去った。
――――烈風斬
それは、かつて彼女が使っていた技。ゲッターを通して繰り出された技は途方にもない規模にと増幅され、その技がネウロイの胸を切り裂きコアを完全に消滅させたのだ。
その消え行くネウロイの後方から赤い何かが音速を超えた速度で初代ゲッターに向かっていた。接近してきていたのは異常を感知して飛んできたゲッターロボGであった。
「まったく…………今頃遅いぞ」
弁慶のぼやきは今頃、やってきたゲッターGに対してのものであった。だが、百鬼獣に取り付いたネウロイが出現して五分程度しか経ってはいない。だが、それでも危機感からくる緊張で彼らには十数倍にも長く感じられた。
「すまん、後は頼めるか」
「坂本?」
味方の到着を見届けによる緊張の糸が切れたと同時に極限まで力を使った美緒から力が抜けきり、強力な眠気にそのまま身を委ね意識を手放した。崩れ落ちた初代ゲッターをゲッターGは支える、そのまま保護しながら一時研究所へと帰投するためにかかえ飛び上がる。隼人や弁慶がゲッターGのパイロットになにか言っていたが、美緒はそれでも抗えないまどろみの中に沈んでいた。