恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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あけましておめでとうございます
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

早いもので2026年です。
前回、年内もう一回の更新を目指しておりましたが、年明けとなってしまいました。
短いですが、区切りが良いので一回投稿します。





エスケープ編4

 

6月10日 月曜日

 

「おはよう、深雪」

「おはようございます。お姉様」

 

朝、雅は調布の司波家を訪ねていた。

昨日は京都からの帰りが遅かったこともあり、深雪たちのことも水波のことも気がかりであったが、来るのを控えていた。

その分、朝早く司波家を訪れて深雪と一緒に登校するつもりでいた。

 

達也によると、水波は達也たちを守るために障壁魔法を展開し、魔法演算領域に過剰な負荷がかかった結果、魔法演算領域を損傷していた。

魔法演算領域は魔法師にも一般の人にも備わっているものだ。

通常、魔法の行使は人間の精神に許容限度を超えた負荷を与える。

その許容限度の耐久性が高い場合、魔法師として魔法を行使できると考えられている。

 

使うことで鍛えられる筋や腱のように、魔法も使用することでその精神の耐久性を向上させていくと同時に、100%稼働を制限するリミッターの限界値が上がる結果、魔法の出力が上昇するという説がある。

だが、調整体魔法師は人為的に魔法を使えるよう遺伝子や肉体を調整しているため、この100%稼働を制限するリミッターが機能していないとされている。

精神に対する魔法耐性向上に従って解放される魔法演算領域がリミッターの限度を超え最初から解放されている。

精神は耐久力を超えた魔法に晒されることにより破損し、ついには肉体にも影響を及ぼすと考えられている。

それが調整体の生命的な不安定につながっているとされている。

 

魔法演算領域のオーバーヒートと同様、根本的な治療方法は見つかっていない。

魔法が一般化してまだ100年程度であり、技術と研究は途上の過程にある。

しかしながら世代を重ねることで魔法が遺伝子になじむという説もあり、第一世代より第二世代の方が魔法に対する耐久性が高いと言われていることだけが、唯一の希望だ。

 

「悠さんはどこまで知っていたんだ」

 

達也に向けられた預言めいた忠告。

電車の昔話、天気が悪いことも加味すれば、昨日明朝の襲撃も予期していたのではないかという不信感が募る。

奇襲攻撃に使われた魔法、トゥーマン・ボンバはウラジオストックの路線上から放たれたと達也は観測していた。

実際には使用された魔法から術者に付随する情報を読み取った結果だが、新ソ連の極東領土から戦略級魔法が行使されたのは間違いない。

 

事実、新ソ連の戦略級魔法師の動向を国防軍の佐伯は掴んでおり、達也を風間に見張らせていたことから奇襲攻撃も予測していたようだ。

達也を標的としているならば、深雪や水波を伊豆に来させるようなことはしなかったし、みすみす奇襲を許すようなこともしなかっただろう。

達也だけならば、たとえ戦略級魔法に晒されても文字どおりダメージはなかった。

彼を殺すことができるのは、ただ一人だけだ。

 

「命に係わるものはない、とは言っていたわ」

「それは結果論だ」

「そうね」

 

温度のない声に雅に雅も淡々と応じる。

達也もこの場で雅を責め立てるようなことは間違っていると理解している。

 

 

実際、一命をとりとめたが、水波は魔法師としては致命的なダメージを負っている。

一般的な生活には支障がなく、普通の魔法師としての生活はできるだろうが、撤退を許されない守護者としての仕事に就くことはできないだろう。

今後どの程度回復できるのか、魔法演算領域は不明な点がまだまだ多いため、治療可能かどうかさえ見通しが立たない。

 

水波の不在によって深雪のガードが甘くなることを達也は危惧しているのではない。

達也は深雪以外を心の底から大切には思えない。

だが、深雪が姉妹のように水波を大切にしていることを通じて、水波も信用し、信頼している。

達也が味方と呼べるのは多くない。四葉家も今でこそ達也の味方だが、邪魔になれば消される可能性は否定できない。

文弥も亜夜子も個人的には信用はできても、二人ともそれぞれ黒羽としての仕事がある。

同級生たちも信用はしているが、達也たちの事情に巻き込みたくはないと考えている。

雅にも信用も信頼も寄せているが、彼女もまた九重としての立場がある。

いくら個人的な感情を通わせてはいるとしても未だ他人であることに変わりない。

 

「お兄様、憤りを感じるのは私も同じですが、お怒りを向ける相手が違います」

 

真に責められるべきは情報提供をしなかった国防軍でも、予見していただろう悠でもない。

攻撃してきた張本人、新ソ連の戦略級魔法師、イゴーリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフと新ソ連政府だ。

 

「ああ。………すまない」

「こちらこそ、ごめんなさい」

 

雅は小さく頭を下げた。

歯がゆいのはなにも達也だけではない。

 

「ひとまず、朝食にしよう。雅もまだだろう」

「ええ、お願いしてもいいかしら」

 

達也に向けられた笑みはいつもより他人行儀に見えた。

 

 

 

 

 

朝食後、雅と深雪は第一高校に通学していた。

本当であれば二人ともお見舞いに行きたかったが、達也から水波の回復の妨げになってはいけないと言われれば、従うしかなかった。

実際、深雪や雅がそばにいたところで水波にできることはない。

入院している病院は四葉の息のかかった病院であり、治療も療養の世話も深雪よりもプロフェッショナルがいる。

逆に長時間近くにいれば、深雪から無意識に放出している想子波が魔法演算領域にダメージを負っている水波の回復の妨げになるかもしれないと達也に指摘されたのだ。

深雪自身、誓約に魔法の制御力を喰われていた時ならまだしも、想子波を派手にまき散らしているという自覚はない。

だが、達也や雅に比べればコントロールが甘いとは認識している。

水波も達也も不在であれば、安全性も考えて雅と二人で登校することは理にかなっている。

深雪としては理解していてもやはり後ろ髪を引かれるものがあった。

 

「おはよう、雅」

「おはよう、雫」

 

雅が深雪と教室の前で別れると席について早々、雫が声をかけてきた。

 

「雅は週末、実家にいた?」

「ええ、そうよ」

「達也さんたち、大丈夫だった?」

 

教室である程度人目があるせいか、雫は直接的な表現を避けていた。

昨日、伊豆半島への別荘地帯へ表向きには正体不明の大規模魔法による攻撃があったことは、日本政府から公表されている。

魔法の攻撃の危険性に晒されている今日において、魔法戦力の拡充の必要性について強調していた。

同時に、魔法師排斥は人道上の問題だけでなく、魔法戦力による国家の自衛力を低下させる国民の生命を脅かす危険があると反魔法主義運動を批判した。

 

雫が無事を確かめたのは、報道された伊豆に深雪や水波が週末、泊まると聞いていたからだ。

 

「達也と深雪は大丈夫。水波ちゃんが入院して治療をしているそうよ」

「そうなんだ」

 

雫は少し顔を曇らせた。

現場の惨状はニュースでも大々的に報道されている。

現状と規模から戦略級魔法が使用されたことも勘づいているのかもしれない。

 

「怪我?」

「怪我、のようなものね」

 

魔法演算領域の損傷は魔法師にとって怪我のようなものではあるため、嘘ではないが正確ではない。

 

「そう。悪いの?」

「いつ退院できるかは聞いていないけれど、命に影響のあるものではないそうよ」

 

魔法師としての活動はどの程度できるか分からないが、一度損傷した魔法演算領域の治療方法は確立していない。

ある程度、四葉家の支援もあれば回復の可能性はあるが、深雪の守護者として今後も活動できるかと言われれば難しいと言わざるを得ない状況と聞いている。

 

「お大事に、って伝えてもらえるかな」

「分かったわ」

 

どこにぶつけたらいいのか分からない感情を抱えながら、雅は授業の準備を始めた。

 

 

 

 

 

同日、16時

九島光宣は、奈良の生駒の自宅近くのキャビネット乗り場にいた。

今日は平日だが、午前中のところで東京の水波の見舞いに出かけおり、今がその帰りだった。

光宣は昔から体調を崩すことが多く、あまり学校に通えていない。

本来であれば体調が良い日は出席日数を稼ぐために登校すべきではあるが、どうしても自分の目で彼女の状態を確かめたかったのだ。

 

光宣は水波に惹かれている。

雅に抱いていた恋心のように胸が締め付けられるような焦がれる感覚ではなく、どことなくシンパシーめいたものを感じている。

それがここまで自分を駆り立てるのは不思議だが、どちらかと言えば今は使命感のようなものを感じている。

彼女と自分は似ている。

姿かたちだとか、男女の性別だとか、そういった属性的な要素ではなく、もっと根源的な何かで似ている、惹かれていると感じていた。

 

明朝、精霊の眼で東の方で大きな魔法の衝突を感じ取り、それが達也たちを標的とした攻撃という事も分かっていた。

従姉の藤林響子に問えば、攻撃によって怪我はしていないが、水波が精神にダメージを受けた、つまり魔法の使い過ぎに伴うオーバーヒートで入院していると聞き出した。

 

光宣自身の体調の悪さも肉体が耐えられるレベルで魔法力を抑えるリミッターがうまく働いていないのだが、通常の魔法師でも魔法演算領域の許容レベルを超えて魔法を行使すれば、リミッターが壊れてしまう。

実際、水波に会ってみて、彼女の情報を読み取れば、魔法演算領域は傷ついたままであり、一時的に肉体的な不調から回復してもいつ倒れるか分からないことが分かった。

魔法師として生きていくのにそれは致命的だ。

今までできていたことができなくなる。

魔法を使わなければ良いだなんて簡単なことでは済まない。

体を大きく抉り取られるような喪失感。

健康な体さえあればと何度願った光宣のように彼女もまた色のない天井を眺めていることだろう。

もしくは自分の状態を理解はしていてもあまりに突然その日が来たことに実感がないのかもしれない。

 

光宣の場合、肉体が耐えられないレベルで想子が常時過剰に活性化しているため、それが肉体の不調につながっている。

だが、活性化に耐えうる強度がなくても回復力が高いため、体調を崩すという程度に収まっている。

光宣は己の出自を知っている。

そして彼女が自らと同じ調整体魔法師であることもまた読み取っていた。

彼女は自分ほどの回復力を持たない、むしろ一般的な魔法師よりも脆い。

彼女の魔法演算領域の暴走により情報体の損傷がフィードバックされ、肉体の許容範囲を超えてしまえば、待っているのは死だ。

今回はたまたま近くに達也がいたから、何らかの方法で水波を致命的な状態からは回復させることができた。

では彼がいない場でそれが起こったら?

 

魔法師としての人生を取り戻す。

そのための方法は―――

 

「悠さん?」

「こんにちは、光宣くん」

 

季節は6月

湿度と熱気が絡むような時期なのに、この人の前ではいつもよりなぜだか涼し気に感じる。

まるで山奥の秘境の湖面ような、ひどく凪いだ気持ちにさせられる。

 

「どうしたんですか、こんなところで」

 

ここは九島家の最寄りの駅であり、光宣はこれからコミューターに乗って帰るところだ。

悠が九島に用事があり、帰る途中という考えも一瞬よぎったが、九島と九重は昨年の九校戦のパラサイドールの介入により距離が空いている。

思い当たる可能性に光宣は笑みを浮かべながらも、背は汗をかいていた。

 

「君に忠告をしに」

 

だが、悠が視線を向けているのは目の前の自分だった。

 

「|それ<・・>は手にするべきではない」

 

全てを見透かされているような、手の内に知らず知らずに迷い込んだ幼子を諫めるような声だった。

悠は確信をもっている。

 

「亡霊ぐらいであれば見逃してもよかったんだけれどもね」

「貴方に何がわかるんですか」

 

吐き捨てるように出た言葉は底冷えのするような低さを伴っていた。

亡霊という言葉、そして光宣がこれから成ろうとしているモノ。

そのすべてを理解している言葉だった。

次男でありながら名家の跡取りであり、優秀な魔法師であり特異な能力を持つ。

(しがらみ)の多い立場でありながら、望む婚約者を手に入れた。

そんな彼には自分の苦悩など|塵芥<ちりあくた>も同然だろう。

 

千里眼という異能は光宣の持つ情報の次元を読み取る精霊の眼とは異なり、過去未来をも見透かすと言われる。

血統による異能の部類のためか、光宣の眼を持っても噂以上の情報は分からない。

黄昏に傾きかけた日に照らされた黒い瞳はすべてを知っているように思えてならなかった。

 

「君が道を踏み外そうとしていることは分かっている」

「今の医療では、正攻法では彼女を、水波さんを助けられない」

「彼女は存命だ」

「魔法師としてはどうなるのです!」

 

魔法が使えなくなるという事がどれほど重たいことか。

満足に日常生活を送れない日の多い光宣とっては、魔法師であることは拠り所でもある。

肉体的には不安定な日が多くとも魔法師としての才があることで自分の矜持は保たれている。

魔法の才があるからこそ、光宣は光宣足り得ている。

だが光宣には水波に対する同情心以上に、彼女があそこまで達也たちを守るために戦い、傷ついたことが許せない。

水波がもう魔法が使えないかもしれないという事に光宣は自分が救うのだという使命感に駆られていた。

 

「魔法師もアイデンティティの一つだ。だが、それが彼女のすべてではない。だが、こんな正論を言ったところで、今の君には響かないだろう」

 

光宣と対する射干玉の瞳が温度をなくす。

 

「その力を手にすれば、僕らは祓わなければならない」

 

一言一言が素手で殴られたようにひどく重苦しい。

 

「それを彼女にも負わせるという事だよ」

 

心臓を直に撫でられたような寒気が襲う。

出会った時からの二人の距離は変わらないのに、ただ視線一つに射竦(いすく)められる。

 

「彼女は僕が守ります。誰にも邪魔はさせません」

 

例え遠い先、医学と魔法の進歩によって彼女の魔法演算領域が回復するとしても、今の彼女を救えるのは自分しかいない。

その意地だけが光宣を奮い立たせていた。

 

「………祖父に言いますか?」

「いや、いくら場所を変えても君の眼ならば突破するだろう」

「そこまで知っていたんですね」

 

見る事は見られていることと同義。

光宣が精霊の眼を持つことなどとうにお見通しのようだ。

 

「貴方はどこまで見えているんですか?」

 

光宣の眼にも見えない。

千里眼という血統伝来の特殊な異能。

はるか昔、国造りから続くと言われる魔法師としての世代の重ね合わせ。

ただ数世代、魔法を知り得た現代からは見通すことのできない深み。

 

黄泉平坂(よもつひらさか)、その先を」

 

うすらと浮かぶその笑みは神仏と似ていた。

 

 

 

 

 

 




当たり前なのですが、この話の続きが読みたいと思っても自分が書かないと読めないんですよね。( ˘ω˘ )
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