変化しない日常、墨色の空。思い出は塵芥の中、私はまだ空を見上げている。

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とある少女の回想

 空が憂鬱ですね。いつも通り。

 

 ああ、手が冷たい…あの金属ノブはいつでも私の手を香り付けてくれますね。

 

 …うん?左ポケットでしたか。

 

 

 眼前の灯りに先をつける。

 

 

 …ふぅ。

 

 

 

 今日は散々な日でした。これまでの探索の中でも最もたくさんの教室を漁って回りましたが、どこもかしこも生活感のない、まあ使われていない部屋だったわけで、めぼしい物資はほとんど見つかりませんでした。真新しい清掃器具などは多く見かけましたが、どれも食べられないか携帯するまでもないようなものばかりでした。医療セットは幾つあっても良いですから、これは集めておきましたが…まあ、これが今日の成果だと思うと、幾ばくか乏しさを感じます。

 

 数日前に、珍しく小綺麗な、比較的新しく建ったであろう校舎に巡り会えまして、その屋上に今居るというわけですが。廃墟も近いですから、あまり近寄りたくはなかったのですが…まあこのような、見てくれの良いお姿を見てしまえば、多少のリスクがあれどもお惹かれしてしまうのは致し方ないと思います。

 

 最初の数日はまず設備の点検を行いまして、かなり状態が良いことが確認できましたし、それこそ旧ミレニアムサイエンススクールの技術が使われているものでしたから、もはやここは脅かされることのないほど堅牢な要塞のようだと思ったものでした。

 

 

 …まあ、つまり、環境としては良かったということでした。その代わりというには非情なことですが、私の身に関わる物資が足りませんでした。つまり食事と装備、そして主に生活系の消耗品ですね。

 

 特に食料に関してはかなり状況が悪く、多少痛んでいたり古かったりするのならまだしも…そもそもの数が少ないのですから困りました。この場所はよくできているようですが、たくさんの生徒さんが通っていなかったか、人が増える前にこのような状態になったのかもしれません。未使用の事務デスクの数々が煌々と輝いていましたが、その中には埃一つ入っていませんでした。まあ、腐臭がしたり、得体の知らない影に出くわすよりは良かったのでしょう。

 

 非常用倉庫の備蓄品は標準的なものが備えてありましたが、積んである量から察するに、蔵出しするほどの量を積む前に備蓄が止まったようでした。骨董品のような缶詰や腐食しすぎて触るだけで崩れるパッケージの類が見当たらないのは僥倖でしたが、良くも悪くも普通で、状態の良い無機質な量産品が並んでいました。

 

 

 娯楽の類に興味はありませんが、それらの一切がないというのは少し寂しいものです。トランプの一つでもあれば、暇つぶしの遊びなどいくらでもできるのですが…ある時には古ぼけた麻雀卓を見つけまして、よく遊ばれていたのでしょう、それこそ捨て牌が一行しかないような状態で牌が並んでいたのです。私とは縁遠いものでしたからルールもあやふやで、しかしどうすれば良い役を作れるのかと、牌を手慰みに弄びながらうんうん唸って考えたものでした。まあ、そも遊ぶ相手がおりませんので…適当な牌を揃えて『ロンです!』などと言ってみたり。見ている人が居なくても少し恥ずかしかったのを覚えています。

 

 外壁や屋上などに配備された防護柵の類には有刺鉄線まで備えてありましたから、生徒さんが通うには少し物々しいのでは…?などと思いましたが、まあ、今となっては心強いものです。生かされないに越したことはないのですが、やはり備えあれば憂いなしということで、禁足地の類の近くに立つだけあるということなのかもしれません。今となっては誰も知らないのでしょうが、私はそのように受け取ることにしました。

 

 幸いなことに、それらの防衛設備は今のところ使う機会もなく、せっかく点検した設備たちは今もなおその手を汚すことなく持ち場についている、といった具合です。私はもとより争いを好まず…少なくとも積極的ではありませんでしたし、或いは不要な有形力は可能な限り避けていました…ですから、この状況はある種理想的に捉えるべきはずだと、旧き日のことが脳裏に過るのでした。

 

 

 

 今となっては顔も思い出せなくなってしまいましたが、先生がキヴォトスから姿を消したのは突然のことでした。

 

 私たちと先生では身体的な強さが異なるため、日常における些細な出来事が先生にとっては一大事に繋がりました。ですから、先生の身に危機が差し迫り…といった事態そのものは、全く予想できないことではありませんでしたし、そのようなことは過去に数度ありました。ですから、ある日のそれには動揺より困惑を隠せなかったのです。

 

 

 曰く、忽然と姿を消したと。

 

 そして何より奇妙だったのは、この日を境に各地で失踪事件が相次ぐようになったことでした。

 

 

 それはつまり、何者かがキヴォトスの住民を連れ去るなどし、その筆頭が先生であった…かのように思える内容でした。ですから各学園の治安維持組織や連邦生徒会はこの事件の犯人を見つけ出し事態を解決すべく、大規模な捜査活動を展開していました。つまるところこれは誰かしらの大悪党…それこそ七囚人のような…の仕業であり、キヴォトス全域で猛威を振るっているため、これを鎮圧しなければならない、と。

 

 幸いなことに、各学園のトップや有力な生徒さんたちは失踪事件に巻き込まれていませんでした。それらの多くは自治地域の住人の方々であったり、時たまブラックマーケットなどに住まう不良生徒などが巻き込まれていることが調査によって明らかになっていました。その弱き者たちを優先的に狙うような犯行の悪辣さには、誰もが心を痛め、一刻も早く事態を収束しなければと、捜査は継続していきました。

 

 

 そして現在に至っても、この事件は解決していません。

 

 今となっては真相は闇の中…いえ、まあ薄々勘付いている方々もいたようでしたが、それらは到底大衆が納得できる内容ではなく、陰謀論かせん妄の産物として受け止められていました。私はそれらの内容を間接的に見聞きする立場にいましたが、ついにはそのような声を聞く機会も失われ、そのような身分すら、忘れ去られるように喪ってしまったのでした。

 

 私がこの一連の失踪事件に対して特に思うところはありませんが、少なくとも分かっていること、それこそ今キヴォトスでこの曇天を見上げている皆が思っているであろうこと…それはやはり、このキヴォトスの現状は、あの事件を機に引き起こされたということでしょう。私含め、時間が経つにつれて何か確信めいたものが芽吹くことから目を逸らすことはできませんでした。

 

 キヴォトスではその後、失踪事件の他に『風化』現象が後を経たなくなり、さまざまな建物や街並みが文字通り『風化』していきました。何か災害が起きたとか、それこそ爆破されたとか、或いは嵐や地震のような自然現象が起きたわけではなく、ただ日に日に異常なスピードで煤けていったり、劣化や腐食のスピードが進み、ゆっくりとそれらがなくなっていったのです。最も奇妙なことは、それらがたとえば大自然の有機的な営みに飲み込まれ、蔓や雑草が生い茂るわけでもなく、ただ砂や塵芥に『還る』ようにして、それらの形や機能が失われていったことでした。

 

 

 こうして、今の私の生活が始まったというわけです。それこそ昔懐かしいあの日に住んでいた自室というのは、その昔の中ですぐ『還って』しまいましたし、トリニティの主要な建物もまた、そのとき居た全ての生徒をまとめたり生活を維持する能力はありませんでしたから。幸いなことに人的な自治組織は辛うじて機能していましたが、漂う色濃い絶望の空気に身を投じる気にはなれず…あのまだ青空の見えた日に、私はトリニティを去ったのでした。

 

 

 ヘイローが罅割れていると知ったのは、まだ巡った野営地の数を覚えている頃でした。ヘイローを持つ私たちはその姿とは別に頭上のヘイローについて知ってはいましたが、よくよく視えているというより判るというだけで、その具体的な形や姿について口にしたのは、それこそ先生が初めてでした。もちろんその時から今まで自分のヘイローを視ることはできないのですが、何やらその存在が燻んだような、或いは欠けて損なわれたようなものとして人から見えるようでした。その教えてくれた人もまた、私のヘイローについてよくよく視えているわけではないらしいのですが、何かしらの違和感を感じ取ったのかもしれません。

 

 ここには状態の良い鏡もありましたから、化粧室などに行って自分の姿をよく見てみたのですが、やはり少し欠けているような、明度が落ちているような感じがして、それがその昔よりも緩やかに悪化していることが確認できました。私の身が直ちに危なくなるだとか、それこそ命に関わる事態につながることは今のところないようです。しかしながら、あくまでもヘイローは私たちの命と表裏一体で、ヘイローの破壊は死につながります。いま私の身に起きているヘイローの小崩壊は、まだ私の命には影響を及ぼしていないようでした。

 

 

 

 ああ神よ、私たちを見ていますか。

 

 この世界は死にゆく定めなのでしょうか。

 

 まだ消えていない私たちもまた、蜃気楼の中に飲み込まれるのでしょうか。

 

 

 墨色の空は、いつも通りだんまりだった。




 狂気が失われる前に投稿します。
 元ネタになった動画の一枚絵(アニメーション)がありますので、もし知っている人はそれを流しながら読んでみてください。

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