《埃臭き戦利品》
銀河帝国幼年学校の制服に身を包んだ少年たちの前に、その「巨大な捕虜」は横たわっていた。
アスターテ会戦をはじめとする数々の戦役で、帝国軍がその手中に収めた自由惑星同盟軍の標準型戦艦。鋭角を多用した帝国の高貴な艦影とは異なり、無骨で、どこか実用性のみを追求したかのような長方形に近いフォルムは、乾燥ドックの不自然な照明の下で、くすんだ灰緑色の巨体を晒している。
「ほう、これが叛乱軍の泥泥(どろどろ)とした箱舟か。まるで出来の悪い玩具だな」
「全くだ。美意識の欠片もない。このような無粋な鉄の塊に乗り込むなど、やはり平民の集まりたる叛乱軍にふさわしい」
周囲から、くすくすという品のない忍び笑いが漏れた。声の主たちは、いずれも名門貴族の家紋を背負って入学してきた少年たちだ。彼らにとって、この見学は軍事の学びなどではなく、単に「高貴な我等帝国貴族に刃向かう愚劣かつ劣等なる叛乱軍」を見下し、己の優越感を再確認するための娯楽に過ぎなかった。
その嘲笑を耳にした瞬間、一人の少年の美しい貌(かたち)が露骨に歪んだ。
ラインハルト・フォン・ミューゼルである。
燃えるようなアイスブルーの瞳に、明確な不快感と、それ以上の軽蔑が宿る。ラインハルトは彼らの方を向き直り、痛烈な言葉を浴びせかけようと、その薄い唇を開きかけた。
「――ラインハルトさま」
遮るように、静かで、しかし確かな重みを持った声が響いた。
赤毛の少年、ジークフリード・キルヒアイスだった。キルヒアイスは、ラインハルトの軍服の袖を、周囲に気づかれない程度の力でそっと引いた。その穏やかな、だがすべてを察している濁りのない瞳が、「今は抑えてください」と無言で告げていた。
ラインハルトは小さく鼻を鳴らし、不機嫌そうに視線を正面に戻した。だが、その胸のうちは煮えくり返っていた。
(あの愚物どもが。美意識がないだと? 玩具だと? では、なぜ我が帝国の正規軍は、あの『玩具』を相手に、これほどの損害を出し続けているのだ。敵の技術や合理性を侮る者から順に、宇宙の塵になるということも分からんのか)
「静粛に。これより艦内に入る」
教官の厳格な声が響き、少年たちの私語が止んだ。重いハッチが開き、幼年学校の生徒たちは、かつて敵兵が息づいていた空間へと足を踏み入れた。
艦内巡検
帝国軍の艦艇が、華麗な装飾や階級による明確な居住区の格差を持つのに対し、同盟軍の艦内は徹底して「機能主義」に貫かれていた。
* **通路と隔壁:** 飾り気のない金属板が剥き出しになっており、必要最低限のインジケーターだけが並んでいる。
* **ブリッジ(艦橋):** 帝国の広大なブリッジに比べると、明らかに狭い。だが、各種コンソールやシートの配置は、オペレーターの動線を極限まで計算し尽くした配置になっていた。
「チッ、狭苦しいな。これでは呼吸すら満足にできん」
貴族の生徒がまたも不満を漏らす。
しかし、ラインハルトの目は、その狭さの裏にある「思想」を見抜いていた。
彼はコンソールの一角に近づき、指先でその手触りを確かめる。計器類の配置、ディスプレイの角度、緊急時に備えた二重三重のバックアップ・システム。
「キルヒアイス、見ろ」
ラインハルトは極めて低い、だが弾んだ声で囁いた。
「彼らは、見た目の威容ではなく、戦闘時の生存率と効率だけを考えてこの艦(ふね)を作っている。無駄な装飾を排した分、装甲やエネルギー伝達効率にリソースを回しているのだ。あの馬鹿どもには、この合理性が恐怖にしか見えないのだろう」
「はい。それに、この制御盤の配置……体格に関わらず、誰でも最短で操作できるように設計されていますね。徴兵された兵士でもすぐに順応できるようにするための工夫でしょう。合理的です」
キルヒアイスもまた、その鋭い観察眼で敵の長所を冷静に分析していた。
「そうだ。そして何より、このブリッジには『皇帝の玉座』がない」
ラインハルトの言葉に、キルヒアイスは一瞬息を呑んだ。
帝国の戦艦には、貴族や指揮官が座るための豪華な席が中央に鎮座する。だがここには、職務を遂行するための席があるだけだ。全員が「歯車」として機能するための空間。
「フン、傲慢な門閥貴族どもが、この艦に放り込まれれば、三分と持たずにパニックを起こすに違いない。敵を知ろうともせず、ただ嘲笑うことしかできぬ奴らが、未来の将帥を気取っているとはな。反吐が出る」
ラインハルトの言葉は、鋭い刃のように冷徹だった。
終わりなき視線
教官の案内は、機関室、そして兵員の居住区へと続いた。
士官も兵卒も、さほどの差がない狭いベッドと簡易的な食堂。貴族の子弟たちは、その「平民の巣窟」のような作りに終始眉をひそめ、汚いものを見る目で通り過ぎていく。
だが、ラインハルトとキルヒアイスの二人は、教官の説明を一言も聞き漏らすまいと、貪欲にその光景を脳裏に焼き付けていた。
「反乱軍の技術、侮るべからず、か」
見学を終え、再びドックの通路に出た際、ラインハルトは灰緑色の巨体を振り返って、小さく呟いた。その表情からは、先ほどの不快感は消え去り、代わりに覇気に満ちた、恐るべき野心の光が宿っていた。
「いつか、本物の戦場でこの艦の同型艦と相見えることになる。その時、あの馬鹿どもがどう狼狽えるか、今から楽しみだな、キルヒアイス」
「はい、ラインハルトさま。その時は、私たちが本当の戦い方を示して差し上げましょう」
赤毛の友人は、いつものように穏やかに、しかし絶対の信頼を込めて微笑んだ。二人の少年だけが、鹵獲された敵艦の中に、未来の宇宙の覇権を争う「真の敵」の姿を、確かに見据えていたのだった。