わたしのはなむこさん。   作:たけのこ教徒

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第18話

 

 翌日。

 昨夜の騒ぎの影響もあってか、学校は臨時休校になった。

 オレたちは外出を控え、能力について知るためにオレの部屋で過ごすことにした。

 とはいえ、親父は仕事に行ったが、母さんがいつ部屋へ入ってきてもおかしくない。

 机の上には教科書とノートを広げ、傍から見れば勉強会をしているように見せてある。

 その机の上で、ミィルがちょこんと座り、尻尾をゆっくり揺らした。

 

「昨日も言ったけど」

 

 ミィルが静かに話し始める。

 

「能力は、その人の"想い"よ。情景や羨望、願望……『こうなりたい』『こうありたい』。そんな感情が形になったものなの」

 

 そう説明されても、正直まだ実感は湧かなかった。

 

「そうは言うがな」

 

 オレは頬杖をついて苦笑する。

 

「何となくは分かる。でも、いまいちピンとこねぇんだよな」

 

 アクション映画や特撮が好きだったこと。

 二丁拳銃を使う主人公に憧れていたこと。

 能力が拳銃になったと言われれば、納得できなくもない。

 だからといって、もう一度出せと言われてもやり方が分からない。

 

「レイチェルはどうやってレイピアを出してるんだ?」

 

 レイチェルは少し考えてから、自分の胸へそっと手を当てた。

 

「……わたしはね」

 

 静かに微笑む。

 

「物語の場面を思い浮かべるの」

「物語?」

「うん」

 

 頷く。

 

「主人公が困っている人を助ける場面とか、一人でも前へ進む場面とか」

 

 少し照れくさそうに笑う。

 

「それから、レイピアの形も思い浮かべるよ」

「形?」

「小さい頃から先生にレイピアを教わってたから」

「なるほど」

 

 だから細かいところまで想像できるのか。

 

「映画とか特撮の場面なら、オレも思い浮かべられるんだけどな」

「じゃあ、一度やってみたら?」

 

 レイチェルが言う。

 

「イメージするだけなら、できるでしょ?」

「そうだな」

 

 オレは椅子へ深く腰掛け、目を閉じた。

 子どもの頃、何度も見返した映画。

 白いロングコートを翻した主人公。

 二丁拳銃を構え、敵に囲まれても一歩も退かない。

 走る。

 撃つ。

 かわす。

 無駄のない動きで敵を倒していく。

 その姿に、何度憧れただろう。

 昨日、自分の手に握られていた拳銃も思い浮かべる。

 右手の黒。左手の赤。

 飾り気のない形。

 冷たい金属の感触。

 重さ。

 引き金へ指を掛けた感覚。

 発砲した時の反動。

 全部を思い返す。

 頭の中で何度もなぞる。

 しばらくして目を開ける。

 

「……どう?」

 

 レイチェルが聞く。

 

「……何も起きねぇ」

「うーん」

 

 ミィルが腕を組んだ。

 

「イメージはできてる。でも何かが足りないわね」

「何かって?」

「そこが難しいのよ」

 

 ミィルは苦笑した。

 

「能力って理屈だけじゃないもの」

「感情ってやつか」

「ええ」

 

 ミィルは頷く。

 

「ショーゴはまだ『出そう』としてる。でも本当は逆なの」

「逆?」

「『必要だから出る』のよ」

 

 その一言で、昨夜の光景が蘇る。

 逃げ場はなく、死ぬかもしれないと思って。

 それでも生きたいと願った。

 あの瞬間。気付けば拳銃は手の中にあった。

 

「……なるほどな」

 

 確かに、あの時は理屈なんて考えていなかった。

 

「でもさ」

 

 オレはふと疑問を口にした。

 

「なんであのタイミングだったんだ?」

「レイチェルたちを追ってきた奴……名前、何て言うんだ?」

 

 レイチェルより先にミィルが答えた。

 

「ガルシア・ブルグランド」

「レイチェルのお祖父様の腹心よ」

「実力は本物。でも規律第一で融通が利かないの。悪い人じゃないけど……私は昔から苦手なのよ」

 

 なるほど。規律第一の堅物ってやつか。

 

「もしかしたら」

 

 ミィルが続ける。

 

「ガルシアの攻撃が、能力に目覚めるきっかけになったのかもしれないわ」

「そんなことあるのか?」

「肉体的にも精神的にも強い刺激を受けると、能力が覚醒する例はあるわ」

「ただし!」

 

 表情を引き締める。

 

「本来はおすすめしない方法よ。無理矢理覚醒させるなんて、危険すぎるもの」

「……オレの場合は腹を貫かれたのが、偶然にもそのおすすめしない方法で引き金となって、そして昨日の戦いで発現した。ってことか?」

 

 ミィルは静かに頷いた。

 

「現時点では、その考えが一番自然ね」

 

 しばらく沈黙が流れる。

 

「ひとまず休憩しましょう」

 

 ミィルが言った。

 

「根を詰めても上手くいくものも上手くいかないわ」

「そうだな」

 

 オレはベッドへ仰向けになる。

 

「ちょっと疲れた」

「能力に目覚めたばかりなんてそんなものよ」

「……うん」

 

 レイチェルも頷く。

 

「わたしも最初はレイピアの輪郭を出すだけで何日もかかったから」

「レイチェルの場合は先生が厳しすぎたのよ」

 

 ミィルが呆れたように言う。

 

「普通なら数週間はかかるもの」

「えっ」

 

 レイチェルが目を丸くする。

 

「わたし、出来るようになるまで先生に何回も泣かされたよ……?」

「……それはちょっと特殊ね」

 

 ミィルの言葉に、オレは苦笑する。

 

「じゃあオレはどれくらい掛かるんだ?」

「人それぞれだから、わからないわ」

 

 ミィルは肩をすくめた。

 

「何かもっとイメージしやすいものがあればいいんだけど」

「……待てよ」

 

 急に思い付く。

 

「あるじゃねぇか」

 

 オレは勢いよく立ち上がる。

 

「どうしたの?」

「イメージしやすいもの」

 

 本棚の横にあるDVDラックを開ける。

 

「映画だよ」

 

 一本のケースを取り出した。

 

「えいが?」

 

 レイチェルとミィルが首を傾げる。そっちの世界には映画がないみたいだ。

 

「演劇を映像として保存したもの……って言えば近いかな」

「そんな事ができるの?」

 

 レイチェルが目を丸くした。

 

「何度でも見られるの?」

「見られるぞ」

「役者さんは疲れないの?」

「疲れない」

「すごい……」

 

 レイチェルは感心しきりだった。

 

「便利な技術ね」

 

 ミィルも興味深そうに画面を見る。

 

「こっちじゃ普通だけどな」

 

 テレビをつけ、ディスクを再生する。

 画面の中では、白いコートをまとった男が、二丁拳銃を自在に操り、次々と敵を倒していく。

 撃つ。

 走る。

 飛ぶ。

 流れるような動き。

 子どもの頃から、何度も憧れた姿だった。

 

「すごい……」

 

 レイチェルは身を乗り出して見入っている。

 

「動いてる……」

「全部保存されてるの?」

「ああ」

「魔法じゃないの?」

「違う」

「本当に不思議……」

 

 映画が終わる頃には、二人ともすっかり見入っていた。

 

「もう一回やってみる」

 

 オレは立ち上がる。

 深呼吸。

 主人公の姿。

 二丁拳銃。

 そして、昨日の感触。

 全部を重ねる。

 右手に黒。

 左手に赤。

 その姿を強く思い描く。

 すると、右手の前に黒い光が集まり始めた。

 

「!」

 

 カチッ。

 金属が組み上がるような小さな音。

 続いて左手にも赤い光。

 拳銃の輪郭が一瞬だけ浮かぶ。

 だが、すぐ霧のように崩れ、光となって消えた。

 

「ちょっとだけ浮かんだ!」

 

 思わず声が出る。

 

「……うん」

 

 レイチェルも嬉しそうに頷いた。

 

「わたしにも見えた」

「十分よ」

 

 ミィルが満足そうに笑う。

 

「昨日は何もできなかったんだから」

「この調子で頑張りましょう」

「もう一回」

 

 オレは再び集中する。

 今度も薄く輪郭だけが浮かぶ。

 そして消える。

 

「やっぱ難しいな」

 

 息を吐く。

 

「気を抜いたらすぐ消えるし」

「焦らないで」

 

 レイチェルが優しく言う。

 

「最初は、そうだから」

 

 その時だった。

 コンコンと部屋のドアがノックされた。

 

「三人ともー?」

 

 母さんの声だ。

 

「勉強頑張ってる?」

「おう」

 

 慌てて教科書を開く。

 レイチェルもノートへ視線を落とした。

 ドアが開く。

 母さんがお盆を持って入ってきた。

 

「休憩しなさい」

 

 湯気の立つ紅茶と。

 焼きたてのクッキー。

 

「ありがとう母さん」

「ありがとうございます」

 

 レイチェルが頭を下げる。

 その横で、さっきまで話していたミィルは、

 

「くぅ」

 

 小さく鳴くと、尻尾をぶんぶん振りながら母さんの足元へ駆け寄った。

 

「あらあら」

 

 母さんが笑う。

 

「ミィルもお腹空いたの?」

 

 しゃがみ込み、優しく頭を撫でる。

 ミィルは目を細め、気持ち良さそうに喉を鳴らした。

 

「ちゃんとおやつもあるわよ」

 

 小皿に乗った小さなクッキーを差し出すと、ミィルは嬉しそうに一枚くわえ、もぐもぐと食べ始める。

 その姿は完全に小動物だった。

 オレとレイチェルは思わず顔を見合わせる。

 さっきまで真面目に能力を講義していたヤツと同一人物……いや、同一匹とは思えない。

 

「ふふっ」

 

 レイチェルが小さく笑う。

 母さんはそんな二人を見て満足そうに微笑んだ。

 

「根を詰めすぎちゃ駄目よ」

「おう、わかってる」

「ありがとうございます」

 

 母さんが部屋を出ていく。

 ドアが閉まる音がして、数秒後。

 

 クッキーを食べ終えたミィルが、何事もなかったように机へ飛び乗った。

 

「……さて」

 

 口元についたクッキーの欠片をぺろりと舐める。

 

「続き、やりましょうか」

 

 その一言に、オレとレイチェルは同時に吹き出した。

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