翌日。
昨夜の騒ぎの影響もあってか、学校は臨時休校になった。
オレたちは外出を控え、能力について知るためにオレの部屋で過ごすことにした。
とはいえ、親父は仕事に行ったが、母さんがいつ部屋へ入ってきてもおかしくない。
机の上には教科書とノートを広げ、傍から見れば勉強会をしているように見せてある。
その机の上で、ミィルがちょこんと座り、尻尾をゆっくり揺らした。
「昨日も言ったけど」
ミィルが静かに話し始める。
「能力は、その人の"想い"よ。情景や羨望、願望……『こうなりたい』『こうありたい』。そんな感情が形になったものなの」
そう説明されても、正直まだ実感は湧かなかった。
「そうは言うがな」
オレは頬杖をついて苦笑する。
「何となくは分かる。でも、いまいちピンとこねぇんだよな」
アクション映画や特撮が好きだったこと。
二丁拳銃を使う主人公に憧れていたこと。
能力が拳銃になったと言われれば、納得できなくもない。
だからといって、もう一度出せと言われてもやり方が分からない。
「レイチェルはどうやってレイピアを出してるんだ?」
レイチェルは少し考えてから、自分の胸へそっと手を当てた。
「……わたしはね」
静かに微笑む。
「物語の場面を思い浮かべるの」
「物語?」
「うん」
頷く。
「主人公が困っている人を助ける場面とか、一人でも前へ進む場面とか」
少し照れくさそうに笑う。
「それから、レイピアの形も思い浮かべるよ」
「形?」
「小さい頃から先生にレイピアを教わってたから」
「なるほど」
だから細かいところまで想像できるのか。
「映画とか特撮の場面なら、オレも思い浮かべられるんだけどな」
「じゃあ、一度やってみたら?」
レイチェルが言う。
「イメージするだけなら、できるでしょ?」
「そうだな」
オレは椅子へ深く腰掛け、目を閉じた。
子どもの頃、何度も見返した映画。
白いロングコートを翻した主人公。
二丁拳銃を構え、敵に囲まれても一歩も退かない。
走る。
撃つ。
かわす。
無駄のない動きで敵を倒していく。
その姿に、何度憧れただろう。
昨日、自分の手に握られていた拳銃も思い浮かべる。
右手の黒。左手の赤。
飾り気のない形。
冷たい金属の感触。
重さ。
引き金へ指を掛けた感覚。
発砲した時の反動。
全部を思い返す。
頭の中で何度もなぞる。
しばらくして目を開ける。
「……どう?」
レイチェルが聞く。
「……何も起きねぇ」
「うーん」
ミィルが腕を組んだ。
「イメージはできてる。でも何かが足りないわね」
「何かって?」
「そこが難しいのよ」
ミィルは苦笑した。
「能力って理屈だけじゃないもの」
「感情ってやつか」
「ええ」
ミィルは頷く。
「ショーゴはまだ『出そう』としてる。でも本当は逆なの」
「逆?」
「『必要だから出る』のよ」
その一言で、昨夜の光景が蘇る。
逃げ場はなく、死ぬかもしれないと思って。
それでも生きたいと願った。
あの瞬間。気付けば拳銃は手の中にあった。
「……なるほどな」
確かに、あの時は理屈なんて考えていなかった。
「でもさ」
オレはふと疑問を口にした。
「なんであのタイミングだったんだ?」
「レイチェルたちを追ってきた奴……名前、何て言うんだ?」
レイチェルより先にミィルが答えた。
「ガルシア・ブルグランド」
「レイチェルのお祖父様の腹心よ」
「実力は本物。でも規律第一で融通が利かないの。悪い人じゃないけど……私は昔から苦手なのよ」
なるほど。規律第一の堅物ってやつか。
「もしかしたら」
ミィルが続ける。
「ガルシアの攻撃が、能力に目覚めるきっかけになったのかもしれないわ」
「そんなことあるのか?」
「肉体的にも精神的にも強い刺激を受けると、能力が覚醒する例はあるわ」
「ただし!」
表情を引き締める。
「本来はおすすめしない方法よ。無理矢理覚醒させるなんて、危険すぎるもの」
「……オレの場合は腹を貫かれたのが、偶然にもそのおすすめしない方法で引き金となって、そして昨日の戦いで発現した。ってことか?」
ミィルは静かに頷いた。
「現時点では、その考えが一番自然ね」
しばらく沈黙が流れる。
「ひとまず休憩しましょう」
ミィルが言った。
「根を詰めても上手くいくものも上手くいかないわ」
「そうだな」
オレはベッドへ仰向けになる。
「ちょっと疲れた」
「能力に目覚めたばかりなんてそんなものよ」
「……うん」
レイチェルも頷く。
「わたしも最初はレイピアの輪郭を出すだけで何日もかかったから」
「レイチェルの場合は先生が厳しすぎたのよ」
ミィルが呆れたように言う。
「普通なら数週間はかかるもの」
「えっ」
レイチェルが目を丸くする。
「わたし、出来るようになるまで先生に何回も泣かされたよ……?」
「……それはちょっと特殊ね」
ミィルの言葉に、オレは苦笑する。
「じゃあオレはどれくらい掛かるんだ?」
「人それぞれだから、わからないわ」
ミィルは肩をすくめた。
「何かもっとイメージしやすいものがあればいいんだけど」
「……待てよ」
急に思い付く。
「あるじゃねぇか」
オレは勢いよく立ち上がる。
「どうしたの?」
「イメージしやすいもの」
本棚の横にあるDVDラックを開ける。
「映画だよ」
一本のケースを取り出した。
「えいが?」
レイチェルとミィルが首を傾げる。そっちの世界には映画がないみたいだ。
「演劇を映像として保存したもの……って言えば近いかな」
「そんな事ができるの?」
レイチェルが目を丸くした。
「何度でも見られるの?」
「見られるぞ」
「役者さんは疲れないの?」
「疲れない」
「すごい……」
レイチェルは感心しきりだった。
「便利な技術ね」
ミィルも興味深そうに画面を見る。
「こっちじゃ普通だけどな」
テレビをつけ、ディスクを再生する。
画面の中では、白いコートをまとった男が、二丁拳銃を自在に操り、次々と敵を倒していく。
撃つ。
走る。
飛ぶ。
流れるような動き。
子どもの頃から、何度も憧れた姿だった。
「すごい……」
レイチェルは身を乗り出して見入っている。
「動いてる……」
「全部保存されてるの?」
「ああ」
「魔法じゃないの?」
「違う」
「本当に不思議……」
映画が終わる頃には、二人ともすっかり見入っていた。
「もう一回やってみる」
オレは立ち上がる。
深呼吸。
主人公の姿。
二丁拳銃。
そして、昨日の感触。
全部を重ねる。
右手に黒。
左手に赤。
その姿を強く思い描く。
すると、右手の前に黒い光が集まり始めた。
「!」
カチッ。
金属が組み上がるような小さな音。
続いて左手にも赤い光。
拳銃の輪郭が一瞬だけ浮かぶ。
だが、すぐ霧のように崩れ、光となって消えた。
「ちょっとだけ浮かんだ!」
思わず声が出る。
「……うん」
レイチェルも嬉しそうに頷いた。
「わたしにも見えた」
「十分よ」
ミィルが満足そうに笑う。
「昨日は何もできなかったんだから」
「この調子で頑張りましょう」
「もう一回」
オレは再び集中する。
今度も薄く輪郭だけが浮かぶ。
そして消える。
「やっぱ難しいな」
息を吐く。
「気を抜いたらすぐ消えるし」
「焦らないで」
レイチェルが優しく言う。
「最初は、そうだから」
その時だった。
コンコンと部屋のドアがノックされた。
「三人ともー?」
母さんの声だ。
「勉強頑張ってる?」
「おう」
慌てて教科書を開く。
レイチェルもノートへ視線を落とした。
ドアが開く。
母さんがお盆を持って入ってきた。
「休憩しなさい」
湯気の立つ紅茶と。
焼きたてのクッキー。
「ありがとう母さん」
「ありがとうございます」
レイチェルが頭を下げる。
その横で、さっきまで話していたミィルは、
「くぅ」
小さく鳴くと、尻尾をぶんぶん振りながら母さんの足元へ駆け寄った。
「あらあら」
母さんが笑う。
「ミィルもお腹空いたの?」
しゃがみ込み、優しく頭を撫でる。
ミィルは目を細め、気持ち良さそうに喉を鳴らした。
「ちゃんとおやつもあるわよ」
小皿に乗った小さなクッキーを差し出すと、ミィルは嬉しそうに一枚くわえ、もぐもぐと食べ始める。
その姿は完全に小動物だった。
オレとレイチェルは思わず顔を見合わせる。
さっきまで真面目に能力を講義していたヤツと同一人物……いや、同一匹とは思えない。
「ふふっ」
レイチェルが小さく笑う。
母さんはそんな二人を見て満足そうに微笑んだ。
「根を詰めすぎちゃ駄目よ」
「おう、わかってる」
「ありがとうございます」
母さんが部屋を出ていく。
ドアが閉まる音がして、数秒後。
クッキーを食べ終えたミィルが、何事もなかったように机へ飛び乗った。
「……さて」
口元についたクッキーの欠片をぺろりと舐める。
「続き、やりましょうか」
その一言に、オレとレイチェルは同時に吹き出した。