【ガンダム×マクロス】ガンダム ゼロ ――鳥の人は、まだ歌を忘れていない 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
村では、日常が少しずつ戻りつつあった。
だが、以前とまったく同じ日常ではなかった。長老をはじめとする村の指導者たちは、ララァへの接し方を、少しずつ変え始めていた。
彼女はもう、単なる神の依代ではなかった。恐怖を鎮め、装置と対話し、村を救った、ひとりの人間として扱われるようになった。それは些細な変化に見えて、実際にはとても大きな転換だった。誰かに崇められることと、誰かに信頼されること。その違いを、村はようやく学び始めていた。
「最近、みんな、ララァに普通に話しかけるようになった」
クスコが、川辺でそう言った。
「前は、みんな遠くから見てるだけだったのに」
「そう」
ララァは、静かに微笑んだ。
「それは、いいこと」
「シローお兄さんのおかげかな」
「かもしれない」
ララァは、遠くの空を見上げた。連邦兵が去ってから、空はずっと静かだった。だが、その静けさが、いつまで続くのかはわからない。
「あの人、また来るかな」
クスコの問いに、ララァは即答しなかった。
「わからない。でも——」
彼女は、自分の胸に手を当てた。
「声は、覚えてる。だから、大丈夫」
その言葉の意味を、クスコは完全には理解できなかった。だが、ララァの表情に浮かぶ静かな確信だけは、はっきりと伝わった。
村の暮らしにも、目に見える変化があった。壊れた家々は少しずつ修復され、境界の赤い布も、村人たちの手で新しく編み直されていた。だが、その布の結び方には、以前とは違う意味が込められていた。境界の外を拒むためのものではなく、村と外の世界を、ゆるやかに繋ぐための目印として。
長老は、村の若者たちを集め、新しい取り決めについて語っていた。
「これからは、声の守護者だけに、すべてを背負わせることはしない」
その言葉に、若者たちはざわめいた。何百年と続いてきた慣習を、老人自らが覆そうとしている。長く続いた仕組みほど、変えるには痛みが伴う。それでも、老人の声には迷いがなかった。
「守護者の役目は、村全体で分かち合うものとする。歌を覚えるのも、1人だけの仕事ではない」
長老の視線が、クスコへ向いた。
「クスコよ、お前にも、少しずつ教えていく」
クスコは、驚いた顔で老人を見返した。
「わ、私が?」
「お前は、機械を恐れない目を持っている。それは、この村にとって、これから必要な資質だ」
クスコは、しばらく言葉を失っていた。それから、ゆっくりと頷いた。
「やる。ちゃんと、覚える」
その決意の言葉に、ララァは静かに目を細めた。歌が、たった1人の重荷ではなく、村全体で分かち合う財産になっていく。その変化を、彼女は誰よりも喜んでいた。長老の隣で、若い村人たちも、それぞれの役割について話し合い始めていた。境界の見張り、記録の管理、そして装置との対話の作法。まだ手探りではあったが、村は確かに、新しい形を模索し始めていた。
川底では、バベルが静かに眠り続けていた。
その眠りは、以前のような、恐怖に満ちた眠りではなかった。もう少し、穏やかな、それでいて、いつでも目覚める準備を保った眠りだった。時折、水面がかすかに揺れることがある。だが、その揺れはもう、村人たちを怯えさせるものではなくなっていた。むしろ、誰かがそっと寝返りを打つような、親しみさえ感じさせる揺れだった。
村人たちは、その存在を完全には理解していなかった。だが、少なくとも、それを恐れるだけの対象としては見なくなっていた。神でもなく、単なる兵器でもない、何か曖昧な、けれど確かに村と共にあるものとして。子どもたちは、いつしか川辺で遊ぶ際、水面に向かって挨拶するようになっていた。ふざけているようで、その仕草には、確かな親しみが込められていた。
その変化こそが、あの1日がもたらした、最も大きな成果だったのかもしれない。
ある夕暮れ、ララァは1人で川辺に座り、水面を見つめていた。クスコが、隣にそっと腰を下ろす。夕陽が2人の影を長く伸ばし、水面には橙色の光がゆらゆらと揺れていた。
「ララァ、寂しい?」
「ううん」
「でも、なんか、寂しそうな顔してる」
ララァは、少し考えてから答えた。
「シローのこと、思い出してた。あの人、今頃どこにいるのかなって」
「戦争、始まっちゃうんだよね」
「うん」
クスコの声が、少し沈んだ。
「危なくないといいな」
「危ないと思う。戦場にいる人はみんな、危ない」
ララァの声には、諦めではなく、静かな覚悟のようなものがあった。
「でも、あの人は、簡単には死なない気がする。理由はわからないけど、そんな気がする」
クスコは、その言葉に、なんとなく安心したように頷いた。
村の灯りが、少しずつ川面に映り始めていた。夕食の支度をする煙が、あちこちの家から立ち上る。破壊された跡地には、すでに新しい木材が組まれ始めている。
「ねえ、ララァ」
「なに」
「歌、少しだけ教えてよ。私、覚えたい」
ララァは、驚いたようにクスコを見た。それから、優しく微笑んだ。
「うん。じゃあ、いちばん短い部分から」
彼女は、小さな声で、旋律の欠片を口ずさみ始めた。クスコが、その音を真似ようと、たどたどしく声を重ねる。2人の声は、まだ揃わない。それでも、その不揃いな響きの中に、確かに何かが受け継がれ始めていた。
夜が近づき、川の水音だけが、静かにあたりを満たしていった。
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