筋肉は全てを解決する。ヤンデレヒロインの攻撃もね? 作:トマトルテ
百合の花が咲いている。
「翼君……君のその瞳をボクに、もっと見せておくれ?」
「そ、その……困ります」
学校の廊下。
往来のど真ん中。
衆目監視の中での、壁ドン。
「恥ずかしがる、君もまた愛い……」
「み、皆さんが見ていますから…!」
「僕の瞳には君しか映っていないよ」
壁に押されているのは、長嶋翼。
ご存じ、何故か性転換していた原作主人公だ。
そして、壁ドンしている方と言えば。
「
「どうだい? ボクの絵のヌードモデルになってくれる気にはなったかい?」
短めに切りそろえた金髪に青い目を持つ、ザ・王子様な見た目の女だ。
そして、このキャラの濃さで分かったとは思うが、ギャルゲー『Dead or Love』のヒロインである。
美術部に所属。趣味は気に入った人間のヌードデッサンを行うこと。
公式でバイ認定されており、後輩の女子を食い散らかしているともっぱらの噂だ。
後、主人公以上に女に刺されそうな奴とも言われている。
まあ、そんな設定なので、性転換した翼も普通にストライクゾーンなのだろう。
イチローレベルのストライクゾーンの広さである。
「い、いえ、綾小路さんの後ろに……」
「後ろに?」
そういう訳で、こういう被害者が後を絶たないのだ。
なので、俺はこういう場面を見かけた時は、必ず──
「さ、佐藤くんが……何だかいつも以上に大きく…筋肉をパンパンにして立ってますよ…?」
「綾小路……嫌がっている相手には、手を出すなって何度も言ってるだろ」
「おお! ジーザス!」
ギュピ、ギュピと、綾小路の背中から近づき、猫のように襟首を掴み上げる。
因みに100%中の100%の筋肉状態なので、いつもよりも背が高くなっている。
因みにこの状態を普段使いしない理由は、ムキンクスと同じ失敗をしないためだ。
「相変わらずの、素晴らしい肉体美だね? どうだい? ボクの絵のヌードモデルになるという話は、考えてくれたかい?」
「会う度に断ってんだろうが。お前には記憶力というものが無いのか?」
「もちろん、覚えているとも。だが、少し断られた程度で諦めるようなら、初めからボクは君の絵を描きたいとは思わないよ!」
「ストーカー規制法って知ってるか?」
俺に首根っこを掴まれているというのに、綾小路はイケメンスマイルを浮かべるだけだ。
アホなのか、馬鹿真面目なのか知らないが、こいつはへこたれない。
なんだかんだ言って、ギャルゲーのヒロインに相応しい魅力を持っている。
……いや、これヒロインの魅力か?
「とにかく、翼。こいつの言葉は基本無視していいぞ? 壁ドンされても、無視して抜けだしたら、無理やり追っては来ないからな」
「来るもの拒まず、去る者追わずがボクの信念だからね!」
「そ、そうなんですね……」
綾小路は顔が良い。
とにかく顔が良い。
愛ちゃんにも劣らない、美しいイケメン女子だ。
なので、こうして事案にならずに野放しになっているのである。
イケメン無罪とか、古代ギリシャかよ。
「えっと、取り敢えず佐藤くん、ありがとうございます。私、どうしてか分からないけど、昔から変な人に絡まれやすくて」
「変な人って言われてるぞ、綾小路」
「ハッハッハッ! そういう歯に衣着せぬ物言いも、また美しい!」
「ほらな? こういう奴だから、強めに拒絶しても大丈夫だぞ」
100%の100%筋肉を収縮させて、背を縮めて綾小路を地面へと下ろす。
そんな姿を見ながら、翼がとても複雑そうな顔をする。
「……ねえ、佐藤くん。なんで、体が大きくなったり、縮んだりするんですか…?」
「? いや、筋肉って力を籠めたら膨らむだろ?」
「……?」
もはや我が校では、誰もツッコむことのなくなった俺の筋肉七変化。
それに対しての質問に、簡潔に答えるが翼は更に訳が分からないと言った表情をする。
どうやら説明に
「いいか、翼。自分の二の腕を触ってみろ」
「は、はい」
「そのまま、ギュって力を込めて掌を握ってみろ」
「こ、こう?」
「そうだ。それがパンプアップだ」
実際に自分の筋肉で、試してもらい説得力を上げる。
何事も自分で試すのが、一番分かり易いからな。
「大きくなっただろ?」
「うん」
「これを応用して、全身の筋肉をパンプアップさせることで、身長を伸ばすんだ。身体測定前に使うと便利だぞ?」
「うん。頭で理論は分かったけど、心では理解出来ないかも」
笑顔で、納得できないと告げる、翼。
何故だ…?
「佐藤君、そう落ち込むことはない。人には理解されない、自分だけの世界。人間は誰しもそういったものを持つものさ。ボクのヌードデッサンと同じだよ」
「翼ァッ! 理解してくれ! 俺はこいつと同類扱いだけは嫌なんだ!!」
「大丈夫だよ、佐藤くん。今の叫びだけは、心から理解出来たから」
「ハッハッハッ! 酷い!」
綾小路という、ド級の変態と同類扱いだけは耐えられない。
なんとか、翼に筋肉を心から理解してもらわねば……そうだ!
「翼、今日の放課後空いているか? 部活動見学に来ないか?」
「部活動見学…? でも、私もう3年生だよ」
「大丈夫だ。ほぼ趣味でやってるようなものだからな。俺の──」
俺は翼へとある提案を行う。
筋肉を心から理解するために、ある部活に参加してもらうのだ。
その部活とは。
「──筋トレ部は」
筋トレ部。
部員は俺と愛ちゃんだけの、趣味の部活動だ。
放課後。
旧校舎の奥、筋トレ部の部室(改造した倉庫)前に到着する。
「ここが……佐藤くんの筋トレ部の部室?」
翼が少し怯えた目で、錆びた鉄の扉を見つめている。
「外観はボロいけど、中はちゃんとしてるぞ。ほら」
俺は翼の怯えを取り除くべく、胸を張って扉を開けた。
「ようこそ、筋トレ部へ!」
瞬間、ムワッとした熱気とトレーニングルームの独特な匂いが溢れ出す。
そして、中ではすでに愛ちゃんが待ち構えていた。
「あら、翼ちゃんじゃない。こんな所まで、ようこそ」
白髪をポニーテールにまとめ、黒のスポーツブラにショートパンツという、ほとんど下着に近い格好。
そして、両端に刃の棘のついたダンベル(メイドイン愛ちゃん)で腕を鍛えている。
偶に俺の頭に飛んでくることがある、馴染みの器具だ。
「あ、愛さんも、同じ部活なんですね」
「そうよ。そもそも1人じゃ部活の許可が下りないもの。珍しく、剛君に入ってくれって頼まれたのを昨日のことのように思い出せるわ」
筋トレ部は、ハッキリ言って同好会のようなものだ。
なので、部費や場所が限られる学校では、中々先生の許可が下りなかった。
そこで、愛ちゃんに頼ったのだ。
「因みに、筋トレ器具も私のお小遣いで買ったり、作った物がほとんどよ」
「こ、この本格的な器具をですか…?」
「大した値段じゃないわよ」
「愛さんって……お金持ちなんですね」
愛ちゃんが加わることで、人数と部費の問題を解決。
そして、旧校舎の倉庫を貸してもらうことが出来たのだ。
え? 愛ちゃんからお金をせびっている?
いや、最初は場所だけ確保してもらう予定だったんだが。
「そう? 私は好きな人の好きなものを知ることに、熱心なだけよ。それに、筋トレするのって意外と楽しいわよ」
「好きな人の好きなものを知る……素敵ですね!」
愛ちゃんもなんだかんだ言って、筋トレにはまったのだ。
そもそも、鍛えてもいない女子高生が虎王なんて使えるわけがないだろ(真顔)。
「さて、それはそれとして……剛君」
「な、なんだ?」
クルリと翼から目を背けて、俺にだけ顔が見える位置に来る、愛ちゃん。
先程までの笑顔は一瞬で凍りついている。
黒と金のオッドアイが、危険な光を帯びている。
「……どういうことかしら? 私以外の女の子を、この聖域に連れてくるなんて」
「聖域って……ただの筋トレする倉庫だろ」
「ここは剛君と私の汗の匂いが絡み合った、私達だけの秘密の部屋よ?」
「え? そんなにこの部屋って臭う?」
愛ちゃんの言葉に、ちょっとショックを受けてしまう。
俺はそんなに臭い部屋に、翼を連れてきてしまったのか……。
「え、えっと……別に臭くはないですよ?」
翼がちょっと顔を赤らめながら告げる。
「それで、結局なんで翼ちゃんを連れて来たかしら?」
「いや、翼が俺の筋肉のことを『理解出来ない』って言ったから、筋トレを通じて理解してもらおうと思って」
「翼ちゃん。剛君の筋肉は、理解出来ないことを理解していれば、それでいいわよ」
「あ、やっぱり愛さんも、佐藤くんの筋肉をおかしいとは思ってたんですね」
悲報。
実は、愛ちゃんも俺の筋肉を理解してくれていなかった。
「あ、愛ちゃん…?」
「安心して頂戴、剛君」
震える声で尋ねる俺に対して、愛ちゃんは優しく微笑む。
「私は剛君の全てを愛してるわ。分からないことも含めてね?」
「結局、筋肉は孤独なのか…!」
愛ちゃんの答えは簡単。
分からないままに愛するということ。
なんか、凄い深いことを言っているように聞こえるが、要は諦めである。
解せぬ。
「でも! 俺は諦めない! 今日は、愛ちゃんと翼に、筋肉を理解してもらう!!」
「そういう諦めの悪い所も好きよ」
「あはは……お手柔らかにお願いします」
俺の決意表明に対して、愛ちゃんは甘い笑みを浮かべる。
翼は不安げに笑う。
しかし、俺は譲れない。譲らないのだ。
──筋肉は孤独ではないと証明してみせる!
「筋肉は自分のものしか分からない? 違う。そんなのは、まだ筋肉との対話が足りないだけだ」
俺の筋肉は違う。
筋肉との対話を始めると、肩の三角筋が燃えるように熱くなる。
熱とはすなわち炎症。
筋肉痛や痛みの元。
だが、その痛みすらも、筋肉との対話の1つなのだ!
「人も筋肉も、理解とは対話を通して初めて至るもの……ふっ! 俺の筋肉よ、語れ!!」
「剛君の妄想がまた始まったわ……」
「あはは……」
愛ちゃんと翼の呆れた声が聞こえるが、構わない。
今は、俺の筋肉と対話する時間だ。
──筋肉痛とは何か?
答え:筋肉への愛が溢れ出した物。
──なぜ、筋トレは苦しい?
答え:
──愛とは?
答え:俺が生きる理由。
問いに、答える。
俺は問答を繰り返しながら、限界を超えて筋肉に向き合う。
「人と筋肉は必ず理解し合えることを、証明してみせる!!」
──筋肉はその想いを受け取った。
「な、なんだか、佐藤くんの筋肉が光り輝いて見える様な……錯覚?」
「……いえ、錯覚じゃないわ」
俺の筋肉が熱く輝き始める。
これは……筋肉達が俺との対話に応えてくれたのだ!
「見ていてくれ、2人とも! この状態なら……どんな筋トレでも出来る! 何でも言ってみてくれ」
「じゃ、じゃあ、ベンチプレスでも……」
「任せろ!」
翼の要望を元に、俺は即座にベンチプレスを始める。
重量はもちろん、最大だ。
「これが筋肉との対話の力だぁあああッ!!」
バーベルを一気に押し上げる。
本来ならば、ゆっくりとやらなければ危険だが、筋肉との対話の前には怪我など無いも同然。
光り輝く筋肉の力で、一気にバーベルを上げて──
「バ、バーベルが飛んで、天上に突き刺さっちゃった……」
「ふふふ、流石ね、剛君。最大重量なら、人の体をペチャンコにするバーベルを投げるなんて」
「フ、これが筋肉との対話で得た力だ。2人も理解してくれたか?」
パラパラと、天井から降ってくる壁の粉を手で払いのけながら、俺は2人に笑いかける。
これで、筋肉を理解してくれたはずだ。
「ごめんなさい……結局、佐藤くんがおかしいってことしか、理解出来なかったです」
「大丈夫よ。どんな剛君でも、私はその命ごと殺してあげるから」
「馬鹿な、ここまで言葉を尽くしても伝わらないなんて……これがガリレオの気持ちか」
だというのに、2人は理解してくれない。
俺は思わず、地動説を天動説に否定されたガリレオ・ガリレイに自己投影してしまう。
略称がガリガリで、マッチョの俺とは相いれないが、その気持ちだけは、痛いほど分かる。
「後…その……天井に刺さったバーベルはどうするんですか?」
「……後で降ろしておく」
「修繕なら私がやるから、心配しなくていいわよ」
それはそれとして、後で愛ちゃんと一緒に天井の修理でもするか……。
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