翌朝、左肩の鈍い痛みで目が覚めた。
治療は受けたけれど、一晩で治るような傷ではなかったらしい。反対の手でそっと肩を押さえながら、窓の外へ目を向ける。車の走る音、誰かの話し声、遠くの鳥の鳴き声。昨日までとは違う、いつもの街の音が聞こえていた。
……本当に、終わったんだ。
あの後、二条城には救護班が駆けつけ、私たちはまとめて手当てを受けた。ゼノヴィアはデュランダルを杖代わりにして歩き、匙さんは立っているのもつらそうだった。それでも、誰かが声をかければ、みんながちゃんと返事をしていた。
ホテルへ戻ってから、アザゼル先生に聞かされた話もある。京都の周りに敷かれていた包囲網を、曹操たちは突破してしまったらしい。レオナルドという少年が《魔獣創造》で生み出した怪物を、ばら撒いていったのだという。
英雄派を倒すことはできなかった。それでも、八坂様を取り戻し、京都の龍脈を元へ戻すことはできた。その事実まで、彼らの逃走で失われるわけではない。
朝食を済ませると、私は帰りの準備に取りかかった。一誠たちは今日が修学旅行の最終日で、お土産を買ってから新幹線で駒王町へ帰る予定だ。班行動に加わっていない私は、来た時と同じく、一人でスターゲイザーに乗って帰る。
人目につかない場所で、昨日アストラノヴァへ組み替えたままの機体を元へ戻した。割れてしまったヘルメットは、新しく生成し直す。形だけを似せればいいわけではないから、内側の緩衝材や留め具の強度まで、一つずつ確かめた。
エンジンをかけると、聞き慣れた振動が身体へ伝わってくる。新しいヘルメットをかぶり、私は京都駅へ向かって走り出した。
○
京都駅は、大勢の観光客で賑わっていた。
駅近くの駐車場にスターゲイザーを停め、構内の集合場所へ向かうと、ほどなく見慣れた後ろ姿が目に入った。
「おっ、ミライ! 来たか!」
振り返った一誠が、土産物の袋を片手に大きく手を振る。その隣には、裕斗とアーシア、ゼノヴィア、イリナもいた。
「お前、帰りはバイクなんだろ? 肩、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。途中で休憩も取りますし、無理な運転はしません。……一誠は心配性ですね」
「心配するに決まってんだろ。昨日、あんな怪我してたんだからさ」
そう言われると、あまり反論もできない。
「そうだ、これ。お前にも買ってきたんだ」
一誠が袋の一つから取り出したのは、小さな和菓子の箱だった。京都らしい包み紙に、可愛らしい兎の絵が描かれている。
「大したもんじゃねえけど、時計店に持って帰って食べてくれよ」
「……ありがとうございます。帰ったら、お茶と一緒にいただきますね」
「おう!」
嬉しそうに笑う一誠を見て、私も自然と頬が緩んだ。
京都へ来てから、大変なことばかりだった。裏京都へ迷い込み、九重さんを探し、最後には英雄派との戦いまで。それでも、こうしてお土産を手に新幹線を待つ姿を見ていると、ようやく普通の修学旅行に戻ってきたような気がした。
「おお! 皆、ここにおったのか!」
人混みの向こうから、聞き覚えのある声が響いた。九重さんが手を振りながら駆け寄ってきて、その後ろから、八坂様もゆっくりと歩いてくる。昨日の戦いで操られていた面影は微塵もなく、人の姿のまま、穏やかな表情を浮かべていた。
「皆の者、帰路につく前に挨拶をと思うての。此度は、九重だけでなく、妾まで救ってもろうた。皆には、いくら礼を述べても足りぬ」
慌てて手を振る一誠に微笑んでから、八坂様は私の方へ向き直った。
「……ミライ殿。九重から聞いた。お主は、娘を庇って傷を負うたそうじゃな」
「少しだけです。治療も受けましたし、大したことはありません」
「大したことではない、か。……九重は、妾にとって何よりも大切な娘じゃ。母として、礼を言わせてほしい」
八坂様は、深く頭を下げた。
「ミライ殿。九重を守ってくれたこと、心より感謝する」
「……どうか、頭を上げてください」
慌ててお願いすると、八坂様は顔を上げ、優しく笑った。
「お主のような者と九重が出会えたことを、嬉しく思うぞ」
隣で、九重さんが少し照れくさそうに笑っている。
……私の方こそ、出会えてよかった。そう思ったけれど、何となく声には出せなかった。
九重さんは一誠の前へ駆けていき、また京都へ来てほしいとせがんだ。しゃがみ込んで目線を合わせた一誠が、今度は戦い抜きで観光しようと約束している。
昨日まで母親の心配ばかりしていた少女が、今は友人たちと遊べる日を楽しみにしていた。
「……ミライ」
やがて、九重さんが私のそばへ戻ってきた。
「お主は、まだ京都におるのじゃろう? ならば、帰る前にもう一度、伏見稲荷へ来てくれぬか? お主に渡したいものがあるのじゃ。それに、少し話もしたくての」
「ここでは、駄目なのですか?」
「できぬことはないが……あそこがよいのじゃ。あそこは、妾とお主が初めて会った場所じゃからの」
千本鳥居の先にある、あの休憩所。確かに、九重さんと初めて話したのはあそこだった。
「……分かりました。皆さんを見送った後に伺いますね」
「うむ!」
やがて発車の時刻が近づき、みんなが新幹線へ乗り込んでいった。
「ミライ、じゃあ先に帰るからな! 途中で無茶すんなよ!」
「分かっています。一誠も、お気をつけて」
窓越しに手を振る一誠へ、私も手を振り返す。隣では九重さんが、両手を大きく振っていた。
「また来るのじゃぞー!」
新幹線がゆっくりと動き出し、ホームの先へ消えていく。
私はしばらくその方を見つめてから、九重さんへ向き直った。
「では、私も一度移動しますね」
「うむ。待っておるぞ!」
○
伏見稲荷へ着いた頃には、陽が少し傾き始めていた。
朱色の鳥居をくぐりながら、参道を上がっていく。この道を歩くのは、二度目だ。前に来たのは、九重さんを探した二日目。あの時はミチルさんの背中を追って、何本目の鳥居をくぐったのかも分からないまま走り続けていた。
今は違う。足元に落ちる木漏れ日も、参拝客の話し声も、遠くの鳥の鳴き声も、ちゃんと耳に届く。
……こんな場所だったんだ。
やがて、見覚えのある休憩所が見えてきた。
「……ミライ!」
その奥で、九重さんが手を振っていた。
「お待たせしました、九重さん」
「うむ! 妾も、今来たところじゃ。ほれ、座るがよい」
隣へ腰を下ろすと、木陰を抜けてきた風が頬を撫でた。
「母上は、お元気ですか?」
「うむ! 今日は一緒に朝餉を食べたのじゃ。妾の好物を、たくさん用意してくださっての!」
嬉しそうに話す九重さんを見ていると、あの日のことを思い出す。この休憩所で出会った少女は、不安そうな顔で一人座っていた。母親を奪われ、何をすればいいのかも分からず、それでもどうにか助けようとしていた。
今は違う。ちゃんと帰る場所があって、帰りを待ってくれる人がいる。
「……それでの、ミライ。昨日の、あの御方のことなのじゃが」
あの御方。すぐに、白い仮面ライダーの姿が浮かんだ。
「……ギーツ、ですか?」
「うむ! あの御方はの、それはもう、とても素晴らしい御方だったのじゃ!」
九重さんの顔が、ぱっと明るくなった。
「とてもお強くての! あの恐ろしい者たちを相手にしても、まったく怯まれなかったのじゃ! それに、とてもお優しくて、こちらのことをきちんと見てくださって……。何より、あの微笑みが……!」
そこで九重さんは、両手を頬へ当てた。
「……あぁ、あなた様……うふふ……」
……あれ?
今、一瞬だけ。昨日の、神話外装をまとっていた九重さんの話し方に戻らなかっただろうか。
「……九重さん?」
「……はっ! ち、違うのじゃ! 今のは、その……忘れるのじゃ! 今のは忘れてくれ!」
「……分かりました」
あまりにも必死だったので、そう答えるしかなかった。けれど、九重さんの耳はまだ赤い。その様子が微笑ましくて、思わず小さく笑ってしまう。
「……むう。お主、笑っておるじゃろう」
「いえ。とても素敵な方だったのだなと思いまして」
「そうじゃろう!」
あっという間に機嫌が直った。……分かりやすい。
「……九重さん。その方とは、どうやって出会ったのですか? 昨日は、九重さんが突然、何もない場所へ話しかけ始めて……それから、ギーツに変身していましたよね」
九重さんは少し考えるように首を傾げ、それから、ゆっくりと口を開いた。
「……あの時、妾は怒っておった。母上を助けるために戦っていたはずなのに、いつの間にか、あの者たちを逃がしてはならぬと、そればかり考えてしもうて……」
膝の上で、小さな手が重ねられる。
「そんな時じゃ。ふと顔を上げたら、あの御方が立っておられた。あれほど騒がしい中で、少しも慌てず、静かに微笑んでおられての。……そして、まず妾に、何を願うのかと尋ねてくださったのじゃ」
……願い。
その言葉が、胸の奥に残った。
「妾は、母上を助けたいと答えた。それから、ミライたちにも、これ以上傷ついてほしくないと。そうしたら、あの御方は、叶えてやろうと仰ってくださった。そのために少し身体を貸してほしいと頼まれて、喜んでお貸ししたのじゃ」
「……そう、だったんですね」
九重さんは、自分の意思で身体を貸した。そして、あの人は、何を願うのかを最初に尋ねていた。
……私は。
不意に、京都へ来て二日目の夜を思い出す。一誠に、あの未来を打ち明けた時のことだ。
――皆さんが何を望んでいるのか、聞こうともしなかったんです。
あの未来の私は、すべての人が幸福になる世界を作ろうとした。それが正しいと信じて、そこに暮らす人たちが何を望んでいるのかを、尋ねようともしなかった。
昨日、九重さんの願いを叶えた人は、まず九重さんの話を聞いていた。それも、彼女の身体を借りる前に。
私は、尋ねなかった。あの人は、尋ねた。
たったそれだけの違いが、胸の奥で重く響いた。
「……ミライ? どうしたのじゃ、急に黙ってしもうて」
「……いえ。少し、考え事をしていました。お話を続けてください」
「うむ! あの御方はの、浮世英寿様というのじゃ!」
……浮世、英寿。
その名前を聞いた瞬間、息が止まった。昨日、ギーツⅨの落ち着いた話し方を聞いた時、胸の奥に浮かびかけた名前だった。
記憶の中にある、『仮面ライダーギーツ』という物語の主人公。二千年もの間、幾度も生まれ変わりながら、母親との再会を願い続けた人。そして最後には、創世の神となった存在。
……そう、だったのか。
九重さんは母親を奪われ、それを取り戻すために戦った。どれだけ追い詰められても、母親を助けたいと願い続けていた。
もしかすると、その姿は、英寿さんにとって他人事ではなかったのかもしれない。母親を取り戻したいという願いがどれほど強いものなのか、あの人は誰よりもよく知っていたはずだから。
……本人に尋ねたわけではないから、確かなことは言えない。けれど、そう考えると、昨日見たあの人の姿が、少しだけ違って見えた。
「ふふん。驚いたじゃろう! あの御方は、何もかもが特別なのじゃからな!」
「……そうですね。私も、そう思います」
自然と、笑みがこぼれていた。
○
「……それでの、ミライ。今日はもう一つ、お主に渡したいものがあって来たのじゃ」
九重さんは周りを一度見回してから、着物の懐へそっと手を入れた。
「……これじゃ」
差し出されたものを見た瞬間、私は目を見開いた。
丸い文字盤。時計を思わせる形の中に描かれた、白い狐の仮面。
「……ギーツ、ライドウォッチ……?」
「おお! やはり、お主には分かるのか! 昨日、英寿様から預かったのじゃ」
九重さんは、それを大切そうに両手で包んだ。
「母上をお助けいただいた後、あの御方がお別れを告げられた時じゃ。妾の頭を撫でてくださっての。気づいたら、妾の手の中にこれがあったのじゃ」
……そういえば。
昨日、九重さんは誰かに頭を撫でられたような仕草の後、胸元で何かを握りしめていた。あれは、これだったのか。
「英寿様は、これをお主へ渡すようにと仰ったのじゃ。ミライ、お主にじゃ」
けれど、私はすぐには受け取れなかった。
……どうして、私に。
私はあの人の姿を、直接見たわけではない。九重さんの身体でギーツⅨへ変身した姿を、見ただけだ。
……あ。
ふと、昨日の二条城が頭に浮かんだ。ギーツⅨが、私の方へ顔を向けた時のこと。赤い複眼がまっすぐこちらを見つめて、あの人は確かに呟いていた。
――……なるほどな。
……もしかして。あの人は、あの時から。
「妾も、英寿様がなぜお主にこれを託されたのかまでは、聞いておらぬ。けれど、あの御方は確かに、お主へ渡してほしいと仰ったのじゃ。……だから、受け取ってくれぬか?」
白い狐の仮面。見慣れた時計の形。
これは、あの人の力だ。世界を創り変えることさえできる人の、仮面ライダーとしての力。その力が昨日何をしたのかを、私はこの目で見ている。
「……ありがとうございます」
右手を伸ばし、ライドウォッチを受け取る。見た目よりも、ずっとしっかりとした重さが手のひらに伝わってきた。
不思議と、これを使えば何ができるのかという考えは浮かんでこなかった。ただ、九重さんから受け取ったものを落とさないように、そっと握りしめる。
「……大切にします」
「うむ! ……ああ、そうじゃ! 英寿様から、お主への伝言もあるのじゃ」
九重さんは、少しだけ背筋を伸ばした。そして、先ほどまでの浮かれた様子とは違う、穏やかな声で言った。
「……幸せになれよ」
「…………」
しばらく、言葉が出てこなかった。
たった、それだけ。何をしろとも、どこへ行けとも言われなかった。ライドウォッチをどう使えという話もない。
「英寿様は、それだけ仰っておった。妾には、なぜその言葉だったのかは分からぬ。けれど……きっと、英寿様にとって、とても大切なことなのじゃろうと思う」
私は、返事をすることもできなかった。
代わりに、一誠の声が蘇る。
――俺が幸せかどうかくらい、俺に決めさせてくれよ。
あの夜、私は一誠にあの未来の話をした。誰もが幸せになれる世界を作り、そのために人の心まで変えてしまった未来。あの未来の私は、皆さんを幸せにしてあげればいいのだと、そう考えていた。
けれど、英寿さんは、幸せになれと言った。
私がどんな未来を選ぶのか、何を幸福だと思うのか。あの人は、何も決めていない。ただ、私が幸せになることを願っている。
胸の奥が、少しだけ苦しい。けれど、嫌な苦しさではなかった。
……ああ、そうか。
私はまだ、自分がどうすれば幸せになれるのか、よく分かっていないんだ。
時計店で働いている時。一誠たちと話している時。誰かと食事をしたり、買い物へ出かけたり。楽しいことなら、いくらでも思い浮かぶ。
けれど、これから先、自分が何になりたいのか。どんな未来を選びたいのか。あの夜以来、それを考えようとするたびに、《オーマ》の姿が浮かんでしまっていた。
――私が、一番なりたくない私。
あの未来の自分が、また現れてしまうかもしれない。そう思うたびに、それ以上を考えるのが怖くなっていた。
……私は。幸せになっても、いいのだろうか。
「……ミライ? 大丈夫かの?」
九重さんが、心配そうにこちらを覗き込んでいた。答えようとすると、少しだけ声が詰まる。一度息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「大丈夫です。……英寿さんからの伝言、確かに受け取りました。ありがとうございます、九重さん」
「そうか! それならよかったのじゃ!」
「……九重さん。昨日、あの方へ願ったこと。叶って、よかったですね」
九重さんは少し目を丸くして、それから、満面の笑みを浮かべた。
「うむ! 母上が帰ってきてくださったのじゃ。それに、お主たちも、こうして無事におる!」
そして、空を見上げる。
「妾はの、これから母上と、たくさん一緒に過ごしたいのじゃ。ご飯を食べたり、散歩をしたり。それから、お主たちがまた京都へ来たら、みんなで遊びたいのじゃ!」
特別なことではない。母親と食事をして、出かけて、友人と遊ぶ。それが、今の九重さんの願いだった。
「……また、遊びに来ますね」
「うむ! 約束じゃぞ!」
差し出された小さな手を、そっと握る。九重さんの手は、温かかった。
○
何度も振り返りながら手を振る九重さんを、その小さな背中が見えなくなるまで見送った。
そろそろ、私も帰らなければならない。けれど、すぐに引き返す気にはなれなかった。もう少しだけ、この場所を歩いていたい。
朱色の鳥居が、道の先へ連なっていた。傾いた陽の光が木々の間から差し込み、柱へ細長い影を落としている。
あの日は、何本目を通ったのかも分からなくなっていた。今は、急ぐ必要はない。
目の前の鳥居へ、ゆっくりと足を踏み出す。一つ目。その先に、もう一つ。振り返れば今くぐったばかりの鳥居があって、前を向けば、また次の鳥居が待っている。
……不思議なものだ。同じ道を歩いているだけなのに、前へ進んでいることが、こんなにもはっきりと分かるなんて。
しばらく歩いてから、足を止めた。肩の痛みに気をつけながら、左手首を耳元へ持ち上げる。
……かち。……かち。
お爺さんの形見の腕時計が、規則正しい音を立てていた。裏京都へ迷い込んだ時、この秒針は二度、奇妙な止まり方をした。けれど今は、何事もなかったように動いている。帰ったら、一度きちんと点検しよう。
バッグから、もう一つの時計を取り出す。ギーツライドウォッチ。同じ時計の形をしているのに、二つはまるで違うものに見えた。お爺さんの時計には、特別な力なんて何もない。けれど、私にとっては、ずっと大切にしてきたものだった。
――直すってのは、時間を戻すことじゃない。もう一度、進めるようにしてやるんだ。
あの夜、一誠へ話した時にも思い出した、お爺さんの言葉。秒針は止まらない。今この瞬間も、一秒ずつ進み続けている。
私は、あの未来を視た。そのことは、もう変えられない。世界中の人を幸せにしようとして、誰の願いも聞かなくなった自分。誰も止めに来なくなった世界の中心で、笑っていた私。
……思い出すだけで、今でも怖い。あの力は、まだ私の中にある。私が、使わないと決めているだけだ。いつか、その決意さえ変わってしまったら。
手の中のライドウォッチへ、目を落とす。
浮世英寿。あの人も、世界を創り変えるほどの力を手に入れた。そして千年後、黄金の仮面ライダー、ドゥームズギーツとなった英寿さんは、かつての自分たちとは異なる道を選んだ。
同じ人であっても、時を経れば、違う答えにたどり着くことがある。
それでも、その未来の英寿さんの前には、立ちはだかる人たちがいた。違うと考え、別の道を選ぼうとする人たちが。
……ああ。私にも。
――止めるよ。
あの夜、一誠はそう言ってくれた。勇者として私を討ち滅ぼしてほしいとお願いしたのに、そんな約束はできないと言われた。代わりに、止めた後には話を聞くと。友達だから、助けると。
――お前をどうするかだって、勝手に決めんなよ。
思い出すと、少しだけ笑ってしまった。あの時の一誠は、本当に一誠らしかった。
今でも、あの未来は怖い。けれど、まだ決まったわけではない。今、私がここにいて、こうして考えていることだって、あの未来の私にはなかったことなのかもしれない。
……それなら。もう少し、考えてみてもいいのだろうか。これから何をしたいのか。どんな未来を歩きたいのか。そして、自分がどうすれば幸せになれるのか。
すぐに答えは出ない。それでも、いいのかもしれない。
ライドウォッチをバッグへしまい、手首の腕時計の上から袖を戻す。朱色の鳥居は、まだずっと先まで続いていた。
……もう少しだけ歩いたら、帰ろう。駒王町へ。時計店へ。みんなのいる場所へ。
一歩、足を踏み出す。もう一歩。そして、もう一歩。
――ごぉん。
遠くから、鐘の音が聞こえた。
思わず足を止め、顔を上げる。低く、澄んだ音だった。辺りを見回しても、見えるのは連なった朱色の鳥居と、その向こうの木々だけ。近くに鐘楼のようなものはなく、参拝客たちも気にした様子はない。
耳を澄ませてみたけれど、鐘が再び鳴ることはなかった。
「……不思議ですね」
木々の隙間には、柔らかな青空が広がっていた。何の音だったのかは分からない。けれど、悪い気はしなかった。
小さく息を吐き、もう一度前を向く。今度は、足を止めることなく歩き始めた。
一本。また、一本。朱色の鳥居を、一つずつくぐっていく。
……かち。……かち。
手首では、お爺さんの時計が今も動いている。バッグの中には、英寿さんから託された新しい時計がある。
――幸せになれよ。
何になればいいのかも、どこへ向かえばいいのかも、まだ分からない。
それでも、いつか。自分で選んだ未来を、幸せだと思える日が来たら。
私は、また一つ、目の前の鳥居をくぐった。
しばらく更新止まります。気長にお待ちください