止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第46刻 悪戯好きの元魔王

 オーディンとミライの姿が転移の光へ消えてから、まだほとんど時間は経っていなかった。

 けれど、サーゼクス・ルシファーに立ち止まっている余裕はなかった。

 リアスたちが送り込まれたレーティングゲーム会場だけではなく、すでに複数の場所で旧魔王派による襲撃が確認されている。予定されていた試合は最初から存在せず、ディオドラ・アスタロトを餌にして現魔王側を引きずり出すための罠だったことは、もう疑いようがなかった。

 もっとも、それが完全な想定外だったわけでもない。

 

「北側の状況は?」

 

『すでに封鎖を完了しています。逃走を試みた者についても追跡中です』

 

「分かった。予定通り、一般区域への被害を最優先で抑えてくれ」

 

『承知しました』

 

 通信を切ると、間を置かずに別の魔法陣が展開される。

 天界、堕天使、各神話勢力。事前に話を通していた者たちが、それぞれの持ち場で動き始めていた。

 もちろん、すべてを見通していたわけではない。

 ただ、最近になって不自然なほど急激に力を伸ばしたディオドラをはじめ、旧魔王派との繋がりを疑わせる痕跡や、現魔王側に近い者たちの周囲で相次いでいた不審な出来事を考えれば、何かが起きる可能性は以前から十分に考えられていた。

 だからこそ、何も起きなかったならそれでよかったのだ。警戒のしすぎだったと笑って終われるなら、その方がずっとよかった。

 

「……それで?」

 

 少し離れたところから、アザゼルが声を掛ける。

 

「俺にもまだ隠してることがあるんだろ?」

 

 その目は笑っていなかった。

 

「何のことかい?」

 

「とぼけんなよ。こっちの対応が早すぎる。ミカエルや爺さんだけじゃねぇ。明らかに、事前にあちこちへ話を通してるだろ」

 

「その件については、あとで説明するさ」

 

「『その件については』ねぇ」

 

 アザゼルが鼻を鳴らす。

 

「じゃあ、別件もあるってことか?」

 

 サーゼクスはそれ以上答えようとはせず、代わりに何かを確かめるように時刻へ目を落とした。

 その仕草を見たアザゼルは眉を寄せる。どうやら、まだ誰かを待っているらしい。

 

「そろそろだね」

 

「何がだ?」

 

 問い返した、その時だった。

 

「私のこと?」

 

「――ッ!?」

 

 突然、背後から聞こえてきた声に、アザゼルは反射的に振り返った。

 そこに立っていたのは一人の少女で、小柄な身体に白い髪を持ち、頭上には見慣れない形をした光の輪が浮かんでいる。手には銃まで携えていたが、服装も含めて見れば、とてもこんな物々しい場所へ現れるような人物には見えなかった。

 だからこそ、アザゼルの警戒はむしろ強まった。

 

「……いつからいた?」

 

 自然と低くなった声で問いかけると、少女はそんな警戒など気にも留めていない様子で、少し考えるように首を傾げた。

 

「んー……サーちゃんが、あとで説明するって言ってたあたり?」

 

「……ほとんど最初からじゃねぇか」

 

「あはは、そうとも言うね」

 

 少女は楽しそうに笑っていたが、その笑顔を見てもアザゼルの警戒が解けることはなかった。

 転移魔法が発動した兆候もなければ、強大な魔力が突然この場へ現れた感覚もなく、気配を意図的に隠して近づいてきた者特有の違和感さえ感じ取れなかった。

 ただ、自分が振り返った時には、最初からそこにいたかのように少女が立っていた。

 その事実だけが、妙に引っ掛かる。

 

「お前、どうやってここに入った?」

 

「普通に歩いてきたよ?」

 

「……そうか」

 

 答えになっているようで、ほとんど答えになっていないが、これ以上聞いてもまともな説明が返ってくる気はしなかった。

 

「サーゼクス、この子は誰だ?」

 

 アザゼルが少女から視線を外さないまま尋ねると、サーゼクスが答えるより先に本人が口を開いた。

 

「浅黄ムツキだよ。よろしくね、アザゼルさん」

 

「俺のことは知ってるのか」

 

「そりゃ知ってるよ。堕天使の総督さんでしょ?」

 

「まあ、それなら知ってても不思議じゃねぇか」

 

 ムツキと名乗った少女はまた楽しそうに笑ったが、それだけ見ればごく普通の少女にしか見えない。

 しかし、この状況でサーゼクスがわざわざ呼び寄せた人物であり、そのうえ自分に存在を悟らせなかった以上、見た目通りの相手だと考える方が不自然だった。

 

「それで、今度こそ説明してくれるんだろうな?」

 

「そのつもりだよ」

 

「これも、俺に話してなかったことの一つか?」

 

「……そうなるね」

 

「なるほどな」

 

 アザゼルはそれ以上追及せず、一度引いた。

 サーゼクスが今まで黙っていた以上、何らかの事情があることくらいは分かっている。問題は、その事情がどこまで大きなものなのかということだ。

 

「サーちゃん、相変わらずだね」

 

 ムツキが笑いながらそう言ったため、アザゼルはその呼び方に僅かに反応した。

 

「……随分親しいみたいだな」

 

「昔から知ってるからね」

 

「昔から、か」

 

 その一言だけ覚えておくことにして、詳しく聞くのは後回しにする。

 そう考えたところで、別方向から巨大な魔力が膨れ上がり、アザゼルの表情が一瞬で引き締まった。

 

「……来たか」

 

 旧魔王派の一団。

 その中心に立つ男からは、本人の力量だけでは到底説明できないほどの魔力が噴き出している。

 クルゼレイ・アスモデウス。

 その名前も、旧魔王派の中でどのような立場にいる人物なのかも、アザゼルは知っていた。そして、今その身体を満たしている異常な力についても心当たりがある。

 

「蛇か」

 

 小さく呟くと、隣のムツキが首を傾げた。

 

「オーフィスの?」

 

「ああ。知ってるのか?」

 

「話だけはね」

 

「そうか」

 

 オーフィスから与えられ、所有者の力を大きく増幅させる蛇。それを使っているのなら、この異常な魔力にも説明がつく。

 

「ルシファー……!」

 

 クルゼレイは低く唸りながらサーゼクスを睨みつけると、その隣にいるムツキへ視線を移した。

 

「随分と余裕があるようだな。この状況で、得体の知れぬ小娘まで呼び寄せるとは」

 

「小娘、か」

 

 サーゼクスの声音がほんの僅かに低くなる。

 アザゼルも隣へ目を向けたが、当のムツキは自分が馬鹿にされたことなど気にもしていないらしく、むしろ面白そうにクルゼレイを眺めていた。

 

「私、小娘だって」

 

「まあ、見た目だけならそう見えるだろうな」

 

「そっかぁ」

 

 特に怒っている様子もない。

 それを確認したところで、サーゼクスは改めてクルゼレイへ向き直った。

 

「ちょうどよかった。君にも紹介しておこう」

 

「紹介だと? そんな小娘が何者であろうと、今さら何の意味がある」

 

「それは、名前を聞いてから判断してくれ」

 

 サーゼクスはそう告げると、ムツキの側へ一歩寄った。

 

「こちらは浅黄ムツキさん。そして――」

 

 一瞬だけ間を置く。

 

「初代魔王アスモデウス様だよ」

 

「…………は?」

 

 声を漏らしたのは、クルゼレイではなくアザゼルだった。

 

「……待て。今、初代アスモデウスと言ったか?」

 

「ああ」

 

 アザゼルは改めてムツキを見る。

 白い髪、頭上の光の輪、手にした銃。その姿には何一つ変わったところがない。

 

「この子が?」

 

「そうだよ」

 

「……そうか」

 

 すぐに信じたわけではない。

 だが、この場でサーゼクスがそんな冗談を口にする理由もない。

 

「確認は取れているんだな?」

 

「もちろん」

 

「誰が?」

 

「現四魔王全員が」

 

「……なるほど。つまり、お前たちは前から知っていて、俺には伏せていたわけか」

 

「すまないね」

 

「それについては、後で聞かせてもらう」

 

「可能な範囲でなら」

 

「……そこも含めて、な」

 

 今は、それで十分だった。

 その間に、クルゼレイもようやく声を取り戻したらしい。

 

「初代……アスモデウス? その少女が?」

 

「そうだよ」

 

 サーゼクスが肯定した瞬間、クルゼレイの怒声が響いた。

 

「ふざけるな! 我らアスモデウスの始祖が、そのような姿であるはずがない!」

 

「そのような姿?」

 

 サーゼクスの表情が僅かに変わる。

 

「君自身が敬っているはずの存在を、姿だけで否定するのかい? 随分と都合のいい敬意だね」

 

「……っ」

 

「まあまあ、サーちゃん。そんな怖い顔しなくてもいいよ。私、別に気にしてないし」

 

 ムツキが間へ入ると、サーゼクスも一歩引いた。

 

「……アスモデウス様がそう言うなら、これ以上はやめておこう」

 

「だから、その呼び方堅いってば」

 

「今は公の場だからね」

 

 そのやり取りを見ながら、アザゼルは僅かに眉を上げた。

 少なくとも、サーゼクスが彼女を本気で初代魔王として扱っていることだけは確からしい。

 

「それで?」

 

 ムツキはクルゼレイへ視線を戻した。

 

「私とお話したいんだよね? せっかくサーちゃんに頼まれて来たんだから、質問があるなら答えてあげるよ」

 

「頼まれて? 貴様は、ルシファーの要請でここへ来たというのか」

 

「そうだよ」

 

「初代魔王である貴様が、現魔王の命令で?」

 

「命令じゃないよ。お願いされたから来ただけ」

 

「何が違う!」

 

「全然違うじゃん」

 

 その返答に、アザゼルは何も言わず二人の様子を見守った。

 どうやら、この時点ですでに話が噛み合っていない。

 

「……ならば聞こう。貴様が本当に初代アスモデウスであるというのなら、なぜ今まで姿を現さなかった」

 

「別に隠れてないよ。普通に生活してたし」

 

「では、なぜ魔王として名乗り出なかった!」

 

「なんで?」

 

「……なんで、だと?」

 

「だって、今は今の魔王がいるでしょ? サーちゃんたちがちゃんとやってるんだから、私が横から出ていく必要ないじゃん」

 

「貴様は……その男をルシファーと認めているというのか?」

 

「認めるも何も、今のルシファーはサーちゃんでしょ?」

 

「違う! 奴らは偽物だ! 真なる魔王の血統を継いだ者ではない!」

 

「でも、今の冥界で魔王やってるのはサーちゃんたちでしょ?」

 

「それが間違いだと言っている!」

 

「じゃあ、君たちがそう思ってればいいんじゃない?」

 

 ムツキは特に気負うこともなく、あっさりとそう返した。

 

「別に、私には関係ないし」

 

 アザゼルはクルゼレイの表情を見る。

 案の定、その顔はみるみる険しくなっていった。

 

「我々は、貴様ら初代魔王の正統性を取り戻すために――」

 

「頼んでないよ?」

 

「…………」

 

 アザゼルも僅かに目を細めた。

 旧魔王派にとって、一番聞きたくない言葉だったかもしれない。

 

「私、そんなこと頼んだ? サーちゃんたちを倒して、私たちを魔王に戻してほしいってお願いしたことある?」

 

「……ない」

 

「じゃあ、君たちが勝手にやってるだけだよね? 私は今のままでいいし、魔王に戻るとか、そういうのにも興味ないかな」

 

「魔王という地位に興味がないだと? 権力も、領地も、軍勢もか!」

 

「うん。別にいらない」

 

 クルゼレイが言葉を失う。

 アザゼルにも、その理由は理解できた。彼らが何より価値を置いているものを、目の前の本人は一つとして欲しがっていないのだから、これでは話が噛み合うはずもない。

 

「では……今、何をしている」

 

「ん?」

 

「魔王ですらないというのなら、現在、貴様は何をして生きている!」

 

「ああ、それ?」

 

 その問いに対して、ムツキの表情は今まで以上に明るくなった。

 

「便利屋!」

 

 今度は、アザゼルも一瞬だけ言葉を失った。

 

「便利屋?」

 

「うん。困ってる人から依頼を受けて、お仕事してるの」

 

「それが今の生活か」

 

「うん。楽しいよ?」

 

「そうか」

 

 本人がそう言うのなら、それ以上何かを言うことでもない。

 

「貴様は……誰かに雇われているというのか?」

 

「雇われてるっていうか、メンバーかな」

 

「誰の下で働いている」

 

「社長」

 

「その社長は何者だ」

 

「アルちゃん。陸八魔アル」

 

 その名前を口にした瞬間、ムツキの声が僅かに弾んだようにアザゼルには聞こえた。

 

「ベリアルだよ」

 

「……ベリアル?」

 

 アザゼルも思わず聞き返す。

 

「初代か?」

 

「うん」

 

「初代ベリアルまで生きてるのか」

 

「そうだよ」

 

「……それはまた」

 

 予想していた以上に話が大きい。

 一方、クルゼレイの反応はさらに激しかった。

 

「初代ベリアルまで生きているというのか! そして、そのベリアルが便利屋の社長?」

 

「そうだよ」

 

「貴様は、その者を社長と呼んでいる?」

 

「うん!」

 

 その返事だけは、妙に嬉しそうだった。

 

「ベリアルの爵位は王で、貴様は魔王だ。貴様の方が立場は上だろう!」

 

「でも、便利屋ではアルちゃんが社長だよ?」

 

「だから、そういう問題では――!」

 

 クルゼレイが声を荒らげる。

 アザゼルは口を挟まず、そのやり取りを静かに眺めた。

 どうやらムツキにとって、初代魔王としての立場と便利屋での役職は完全に別物らしい。少なくとも、そこへ古い悪魔の序列を持ち込んだところで、彼女には何の意味もないのだろう。

 

「……くだらん」

 

 クルゼレイが吐き捨てた瞬間、ムツキの笑顔がほんの僅かに止まった。

 アザゼルは、その変化を見逃さなかった。

 

「初代ベリアルともあろう者が、今や便利屋の社長ごっこか。悪魔として世界に君臨することもなく、小娘どもを集めてくだらぬ仕事に興じているとはな」

 

 隣で、サーゼクスの目が僅かに細くなる。

 アザゼルもクルゼレイを見ながら、これ以上は言わせない方がいいのではないかと思い始めていた。

 

「……その辺にしておいた方がいいんじゃねぇか」

 

「何?」

 

「忠告だ。さっきから見てりゃ、何を言っても気にしてなかった奴の顔が変わった」

 

「くだらん!」

 

 クルゼレイは止まらない。

 

「ベリアルの名も地に落ちたものだ! そして貴様もだ、アスモデウス! そんな者を『社長』などと呼び、その下で便利屋遊びに興じているとは、随分と落ちぶれたものだ!」

 

「……今、なんて言ったの?」

 

 小さな声だった。

 怒鳴ってはいない。

 けれど、その一言だけでアザゼルの意識は完全にムツキへ向いた。

 笑顔が消えている。

 白い髪も、服も、頭上の光の輪も、手にしている銃も何一つ変わっておらず、魔力が爆発的に膨れ上がったわけでもない。

 それでも、先ほどまでとは明らかに違った。

 

「……なるほど」

 

 アザゼルは無意識に身体へ力を入れた。

 ほんの僅かに、抑え込まれていた何かが外へ滲んだ。

 それだけのはずなのに、周囲の空気そのものが急に重くなったように感じられる。

 

「社長のこと、悪く言ったよね?」

 

 ムツキが一歩前へ出ると、クルゼレイも反射的に一歩後ろへ下がった。

 

「……っ」

 

 本人も、自分が無意識に退いたことへ気づいたらしい。

 

「ふ……ふざけるな! 貴様が本当に初代魔王だというのなら、その力を見せてみろ!」

 

 怒鳴りながら、オーフィスの蛇によって増幅された魔力を一気に解放する。

 

「……あは。そっかぁ。そこまで言うなら、仕方ないよね?」

 

 ムツキは笑いながら、ゆっくりと銃を持ち上げた。

 

「だって、社長の悪口まで言ったんだもん」

 

「貴様……!」

 

「じゃあ――ぶっ殺すしかないよねっ!!!」

 

 銃声が響いた。

 クルゼレイの前には幾重もの防御魔法が一瞬で展開され、オーフィスの蛇によって強化された魔力で構築された障壁が重なっていく。

 通常なら、一発の銃弾程度でどうにかなるものではない。

 

「なっ――」

 

 だが、弾丸が障壁へ触れた瞬間、何層も重ねられていた防御はまとめて砕け散り、そのままクルゼレイの身体まで大きく後方へ吹き飛ばした。

 

「ぐぉっ!?」

 

 一拍遅れて巨大な爆発が発生し、地面が抉れ、砕けた破片が周囲へ飛び散る。

 

「……随分な威力だな。見た目だけなら銃撃なんだが」

 

「まあ、一般的なものと考えない方がいいね」

 

「そのようだな」

 

 アザゼルとサーゼクスが短く言葉を交わしている間にも、ムツキはすでに銃を構え直していた。

 

「まだまだいくよー!」

 

 二発目。

 今度はクルゼレイも大きく横へ飛び、弾丸そのものは避ける。

 しかし、着弾地点から生じた爆発が、そのまま逃げた先まで広がった。

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!」

 

 アザゼルは目を細めた。

 弾丸そのものを避けても爆発に巻き込まれ、防御すれば障壁ごと突破される以上、クルゼレイにとってはかなり分の悪い相手だった。

 

「舐めるなァァッ! アスモデウス! 貴様がどれほどの力を持っていようと、私はオーフィス様の力を得ている!」

 

「うん」

 

「その余裕をいつまで保てる!」

 

「んー……ずっと?」

 

「貴様ァッ!」

 

 巨大な魔力が一点へ集約されていく。

 その量を見て、アザゼルの表情も引き締まった。

 

「それなりのが来るぞ」

 

「そう?」

 

 ムツキがこちらへ一度だけ目を向けた直後、クルゼレイの砲撃が放たれる。

 彼女は避けず、ただ片手を僅かに動かした。

 その前へ何かが集まり、真正面から砲撃へぶつかる。

 轟音と閃光が周囲を包み、一瞬だけ景色そのものが白く塗り潰された。

 光が収まった時、消えていたのはクルゼレイの攻撃だけだった。

 

「……何?」

 

「今の、結構強かったね。でも、もう終わり?」

 

「ふざけるな……!」

 

「じゃあ、まだやる?」

 

「当然だ!」

 

「そっか。じゃあ次、こっちね!」

 

 再び銃声が続く。

 防御すれば障壁ごと砕かれ、避ければ爆発に巻き込まれ、迎撃を試みてもムツキの攻撃の方が先に届く。

 何度目かの爆発が収まった時には、クルゼレイは地面へ倒れ伏していた。

 

「ぐ……ぅ……」

 

 まだ生きてはいるものの、まともに立ち上がれる状態ではない。

 

「終わり?」

 

「ま……だ……私は……まだ……」

 

 クルゼレイが掠れた声を絞り出すと、ムツキはその元へゆっくりと歩いていった。

 

「待て……私は……貴様の……血を……」

 

「だから?」

 

 目の前で足を止める。

 

「同じ名前だから、許してほしいの? アスモデウスの血を引いてるから?」

 

「そうだ……私は……」

 

「でもさ、私、君のこと知らないよ? 今日初めて会ったよね?」

 

「それは……」

 

「それなのに、同じ名前だから助けてって言われても困るなぁ」

 

「私は……アスモデウス家の……正統な――」

 

「社長の悪口言ったのに?」

 

 クルゼレイの声が止まった。

 

「それとこれは――」

 

「私は同じだけど? 私にとってはね」

 

 ムツキは銃を持ち上げる。

 

「さっき散々言ってたじゃん。初代魔王がどうとか、血がどうとか、正統性がどうとか。でも、私、そんなのどうでもいいんだよね」

 

 銃口が向く。

 

「社長の悪口言ったことの方が、ずっと大事」

 

「ま、待――」

 

「じゃあね」

 

「アスモデウス様」

 

 引き金が引かれる寸前、サーゼクスの声が届いた。

 ムツキの指が止まる。

 

「……なに、サーちゃん」

 

「そこから先は、僕たちの役目だよ」

 

「……止めるの?」

 

「うん」

 

「助けるため?」

 

「いいや」

 

 サーゼクスは迷うことなく否定すると、そのまま落ち着いた声音で続けた。

 

「彼が犯した罪は、この時代で犯されたものだ。そして今、魔王の名を背負っているのは僕たちだよ。君たち初代魔王の名を利用して今の体制を否定し、多くの者を巻き込み、冥界に混乱をもたらした。その責任を問うのは、今の冥界を治めている僕たちであるべきだと思っている」

 

「……」

 

「だから、そこから先は僕たちに任せてくれないかい?」

 

 数秒ほど、ムツキは何も言わなかった。

 やがて、小さく息を吐くようにして銃口を下げる。

 

「……そっか。サーちゃんがそう言うなら、いいよ」

 

「ありがとう」

 

「でも、甘くしたら怒るよ?」

 

「その心配はいらないさ」

 

「そっか」

 

 ムツキが一歩離れた瞬間、クルゼレイの口から僅かに安堵したような息が漏れた。

 

「……は……」

 

「勘違いするな」

 

 別の声が響く。

 新たな魔法陣が展開され、そこから一人の男が姿を現した。

 その姿を見て、アザゼルは片眉を上げる。

 

「ファルビウムか」

 

 現魔王アスモデウス。

 ファルビウム・アスモデウス。

 

「……ファル……ビウム……」

 

「貴様は助命されたのではない。初代アスモデウス様から、我々へ裁きが委ねられただけだ」

 

「待て……私は……同じアスモデウスの……」

 

「それがどうした」

 

「私は、お前と同じ――」

 

「違う」

 

 ファルビウムは短く遮った。

 

「貴様はアスモデウスの名を掲げながら、その名の始祖本人の意思すら否定した。初代魔王を敬うと言いながら、己に都合のいい初代魔王しか認めず、今になって敗れた途端、その血へ縋る」

 

 声にはほとんど怒気がない。

 だからこそ、その言葉は冷たく響いた。

 

「随分と都合のいい誇りだな」

 

「ファルビウム……!」

 

「お前たちは過去の魔王を掲げ、現在の魔王を偽物と呼んだ。ならば最後まで、自ら選んだ立場の責任を取れ」

 

 ファルビウムの魔力が静かに高まる。

 

「私は……アスモデウスの血を――」

 

「だからこそだ。その名を汚した責任は、アスモデウスの名を持つ者が取らせる」

 

「待――」

 

 直後、ファルビウムの魔力が閃いた。

 それですべてが終わ

 しばらくの間、アザゼルは何も言わなかった。

 視線を向けているのは倒れたクルゼレイではなく、その少し向こうにいる少女だ。

 ムツキはすでに銃を下ろし、最初に現れた時と同じような笑顔を浮かべている。

 結局、姿は最初から最後まで一度も変わらなかった。

 

「……とんでもねぇのを隠してたな」

 

 ようやく口を開くと、ムツキがこちらを見る。

 

「私のこと?」

 

「ああ。少なくとも、初代魔王だと聞く前と後じゃ見え方が違うな」

 

「私は同じだけどね」

 

「そうみたいだな」

 

 アザゼルは小さく息を吐き、それからサーゼクスへ視線を向けた。

 

「あとで説明してもらうぞ」

 

「可能な範囲でならね」

 

「……まあ、それでいい」

 

 今は無理に聞き出す場面ではない。

 

「少なくとも分かったことはある。この子が本当に初代アスモデウスで、お前ら現四魔王は以前からそれを知っていた。それに、ただ知ってるだけじゃなく、ある程度の取り決めもある」

 

「否定はしないよ」

 

「なら十分だ」

 

 詳しい事情は、後で聞けばいい。

 アザゼルは今度はムツキへ顔を向ける。

 

「で、便利屋ってのは本当なんだな?」

 

「本当だよ?」

 

「初代魔王だからって特別扱いされてるわけでもなく、アルって子が社長で、お前はその下で普通に働いてる」

 

「そうだよ」

 

「……なるほどな」

 

 まだ奇妙ではある。

 だが、先ほどのやり取りを見た後なら、それが彼女にとってごく自然なことなのだろうとも思えた。

 

「じゃ、サーちゃん。これでいい?」

 

「ああ。ありがとう、アスモデウス様」

 

「もう、だからその呼び方堅いってば」

 

「今は公の場だからね」

 

「誰もいないじゃん」

 

「僕とファルビウム、それにアザゼルがいるよ」

 

「……俺も人数に入ってるなら、それでいい」

 

 アザゼルは軽く肩を竦める。

 ほんの少し前までの光景との落差はひどいが、それについて一々口にする気にはならなかった。

 

「……でも、社長の悪口は、やっぱり嫌い」

 

 ムツキがぽつりと呟いた。

 アザゼルは彼女へ視線を向ける。

 笑っているし、もう先ほどのような圧迫感もない。

 

「魔王を馬鹿にされても怒らなかったのにな」

 

「うん」

 

「自分が落ちぶれたって言われても気にしない。それでも、社長は駄目か」

 

「うん」

 

 即答だった。

 

「……分かりやすいな」

 

「何が?」

 

「お前が何を大事にしてるかだよ。少なくとも、初代魔王って肩書きじゃないことはよく分かった」

 

「だって、昔の話だし」

 

「昔の話、ねぇ」

 

 その言葉が僅かに引っ掛かったものの、アザゼルはそれ以上追及しなかった。

 今は別に確認すべきことがある。

 

「サーゼクス。他の状況は?」

 

「各地で包囲を狭めているよ。逃走経路も順次封鎖中だ」

 

「天界側は?」

 

「予定通りだよ」

 

「なら、こっちは大きな問題はなさそうだな」

 

「そうだね。ただ――」

 

 そこで、新たな通信魔法陣が展開された。

 

『リアス・グレモリー眷属、神殿内部へ進行を開始しました。目的はアーシア・アルジェントの救出。現在、内部の敵戦力と交戦中です』

 

 その報告を聞いた瞬間、アザゼルの表情から僅かに残っていた緩さが消える。

 

「被害は?」

 

『現時点では致命的なものは確認されていません。ただし、神殿内部には複数の敵戦力が存在しています』

 

「ディオドラ本人は?」

 

『奥へ退いたものと思われます』

 

「……そうか。引き続き監視を続けてくれ」

 

『承知しました』

 

 そこで通信が切れると、アザゼルも先ほどまでとは別の方向へ意識を向けた。

 

「リアスたちは中に入ったか」

 

「ああ」

 

「ミライも一緒なんだな?」

 

「オーディン様が現場へ連れていったよ」

 

「……なら、あっちはあいつらに任せるしかないな」

 

「そうだね」

 

 ここで大きな脅威を一つ排除したからといって、すべてが終わったわけではない。

 リアスたちは今も神殿の中にいる。

 その先にはディオドラ・アスタロトがおり、さらにその奥には、連れ去られたアーシア・アルジェントがいる。

 

「こっちは片付いた。あとは、あいつら次第だな」

 

「そうだね」

 

 こちらの戦いは、一つ終わった。

 けれど、アーシアを取り戻すための戦いは、まだ続いていた。

 




922

ブルアカで一番好きなメインストーリーは? 2026/9/4現在、公開されている範囲でお答えください。

  • Vol.1 対策委員会編 1&2章
  • Vol.1 対策委員会編 3章
  • Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編 
  • Vol.3 エデン条約編 1&2章
  • Vol.3 エデン条約編 3&4章
  • Vol.4 カルバノグの兎編
  • Final. あまねく奇跡の始発点 1&2章
  • Final. あまねく奇跡の始発点 3&4章
  • Vol.5 百花繚乱編
  • Vol.6 過ぎ去りし刻のオラトリオ編
  • Vol.EX デカグラマトン編
  • 第2部 Vol.EX ロア追跡編
  • 第2部 Vol.1 炎と影編
  • 第2部 Vol.2 オデュッセイア編
  • メインストーリーをほとんど知らない
  • ブルアカ未プレイ
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