止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第47刻 その盾は仲間のために

ディオドラがアーシアさんを連れて消えた神殿は、すぐ目の前にあった。

 けれど、そこへ駆け込むだけのことが簡単にはできない。

 周囲には、まだ旧魔王派の悪魔たちが何十人も残っており、こちらを包囲するように広がっている。少しでも神殿へ近づこうとすれば、その瞬間に魔力弾が飛んできてもおかしくないほどの距離だった。

 

「アーシアはこの中だ! こんなところで時間を食ってる場合じゃねぇ、行こう!」

 

 一誠が神殿へ駆け出そうとした、その前へオーディンさんがゆっくりと出た。

 

「待て。ここは儂が引き受けよう、お主らはそのまま先へ行け」

 

「爺さん一人でって……本当に大丈夫なのかよ?」

 

 一誠が思わず足を止めると、オーディンさんは肩を竦めながら、正面に集まる旧魔王派へ視線を向けた。

 

「誰に向かって物を言っておる。これでも北欧の主神じゃぞ、この程度の相手に手こずっていては神の名が泣くわい」

 

 さっき朱乃先輩のスカートをめくっていた人と、同じ人物とはとても思えない。

 けれど、今のオーディンさんから感じる圧力は、初めて会った時とは明らかに違っていた。

 私はアストラノヴァを握り直しながら、周囲に残っている旧魔王派へ視線を向ける。

 

「それなら、私もここに――」

 

「娘、お主が助けに来た者はここにはおらんじゃろう」

 

 最後まで言う前に、オーディンさんがこちらを見た。

 その言葉につられるように神殿へ視線を向ける。

 アーシアさんは、この先にいる。

 少なくとも、ディオドラが彼女を連れて中へ消えたことだけは間違いなかった。

 

「……分かりました。それでは、ここはお願いします、オーディンさん」

 

「うむ。こっちは気にせず、さっさと連れて帰ってこい」

 

「はい!」

 

「行くわよ、みんな!」

 

 リアス先輩の声を合図に、私たちは一斉に神殿へ走り込んだ。

 

     ◇

 

 中へ入れば、すぐにアーシアさんのところまで辿り着ける。

 そんな期待は、数分もしないうちに消えていた。

 

「……いくら何でも、広すぎませんか」

 

 思わず口からそんな言葉が漏れるほど、神殿の内部は外から見た以上に広かった。

 長い通路を抜ければ大きな広間があり、その先へ進めばまた別の通路が続いている。ようやく奥へ着いたと思えば、その先にはさらに似たような神殿が現れ、いったいどこまで続いているのか見当もつかなかった。

 

「クソッ……どこまで行けばいいんだよ」

 

 一誠が歯を食いしばりながら呟く。

 足は止めていないものの、さっきから何度も奥へ視線を向けているのが分かった。

 私だって同じだった。

 できることなら、今すぐにでもアーシアさんのところへ行きたい。

 

「一誠、焦る気持ちは分かるけれど、周囲への警戒までなくさないで。ここが敵の本拠地だということを忘れないでちょうだい」

 

 走りながらリアス先輩が声を掛けると、一誠は一度だけ頷いた。

 

「……分かってる。分かってるけど、アーシアがこの先にいるって思うと、どうしてもな」

 

「ええ。でも、だからこそ慎重に進むのよ」

 

 一誠はそれ以上何も言わなかった。

 焦っている。

 それでも、まだ冷静さは残っているようだった。

 なら、私も余計なことを言う必要はない。

 いつ敵が出てきてもいいようにアストラノヴァを前へ構えながら、みんなと一緒に走り続けた。

 そして、次の広間へ足を踏み入れた瞬間。

 

「止まって!」

 

 リアス先輩の声が響き、全員が一斉に足を止めた。

 前方の広間には、ローブをまとった十人の悪魔が並んでいる。

 そのさらに向こうから、聞き覚えのある声が神殿全体へ響いた。

 

『ようこそ。ここまで来たことは褒めてあげるよ』

 

「ディオドラ……!」

 

 一誠が顔を上げる。

 けれど、本人の姿はどこにも見えない。

 声だけが、広い神殿の中を反響していた。

 

『せっかく僕とリアスさんのレーティングゲームが中止になってしまったんだ。代わりと言ってはなんだけど、ここで僕の眷属たちと少し遊んでいってよ』

 

「……遊び? アーシアさんを攫っておいて、こんな状況までゲームのつもりなんですか」

 

 思わず声が低くなる。

 

『そんな怖い顔をしないでほしいな。せっかくここまで来たんだから、少しくらい付き合ってくれてもいいだろう?』

 

「ふざけんな! そんなことはどうでもいい、アーシアを返せ!」

 

 一誠が叫んだものの、返ってきたのは楽しそうな笑い声だけだった。

 その瞬間、前に並んでいた十人が一斉にローブを脱ぎ捨てる。

 

「敵を見るわよ。ディオドラの挑発に付き合う必要はないわ」

 

 リアス先輩が低く言い、私もすぐ十人へ意識を戻した。

 二人は体格も魔力も明らかに重く、残る八人とは纏っている圧力が違っている。

 

「『戦車』が二名、『兵士』が八名ね」

 

 リアス先輩が即座に判断すると、その横からゼノヴィアが一歩前へ出た。

 

「なら、『戦車』の二人は私が引き受けよう。そちらは残りに集中してくれ」

 

「任せるわ、ゼノヴィア。残りの『兵士』は一誠、小猫、ギャスパーを中心に対処して」

 

「分かった!」

 

「はい」

 

「は、はい!」

 

 そしてリアス先輩がこちらへ視線を向ける。

 

「ミライ、あなたは遊撃に回って。どちらか一方に固定されなくていいから、全体を見ながら崩れそうなところを支えてちょうだい。特に、今回はギャスパーを優先して守って」

 

「分かりました。ギャスパー君の周囲を中心に見ながら、必要なところへ入ります」

 

 役割が決まれば、することもはっきりする。

 私が全部倒す必要はない。

 みんなが自分の役割を果たせるように、邪魔になるものを止めればいい。

 

「来ます!」

 

 敵が一斉に動き出した。

 二人の『戦車』が、真っすぐゼノヴィアへ向かう。

 一瞬だけそちらへ足を向けかけたものの、ゼノヴィアはこちらを見ることすらせず、前だけを向いていた。

 

「こっちは私一人で十分だ! ミライはそちらを頼む!」

 

「……分かりました、任せます!」

 

 私はすぐに向きを変える。

 その直後、八人の『兵士』から一斉に魔力が膨れ上がった。

 

「これは……さっきより、かなり」

 

「昇格よ。ここは敵地だから、『兵士』は全員『女王』として戦うことができるわ」

 

 リアス先輩の言葉に、思わず八人を見渡す。

 

「つまり、八人全員が……?」

 

 一人だけでも厄介なはずの『女王』。

 それが八人。

 

「ギャスパー君、準備を!」

 

「は、はい!」

 

 ギャスパー君が一誠の近くへ寄り、一誠から血を受け取る。

 以前にも聞いていた。

 一誠の血を使えば、ギャスパー君の神器を一時的に強化できる。

 

「よ、よし……これなら!」

 

 ギャスパー君の目に力が入った。

 けれど、敵もその準備が終わるまで待ってくれるわけではない。

 一人が一気に距離を詰めてくる。

 その狙いが誰なのか、すぐに分かった。

 

「ギャスパー君!」

 

 私は前へ飛び込み、アストラノヴァを横へ構える。

 次の瞬間、重い一撃が盾へ叩き込まれ、腕に強い衝撃が走った。

 

「っ……!」

 

 靴底が床を滑る。

 

「ミライ先輩、大丈夫ですか!?」

 

「私は大丈夫ですから、そのまま能力に集中してください! ここは私が止めます!」

 

「は、はい!」

 

 ギャスパー君が再び意識を集中させる。

 私はアストラノヴァへ力を込め、そのまま相手を押し返した。

 

「小猫さん、お願いします!」

 

「はい!」

 

 相手の体勢が崩れた瞬間、小猫さんが低く踏み込み、拳を叩き込む。

 敵が横へ吹き飛んだ。

 私はそれを追わず、そのまま次を見る。

 右側では、一誠の横から別の『兵士』が回り込もうとしている。

 

「一誠、右から来ます!」

 

「おう!」

 

 私は相手の進路へアストラノヴァを滑り込ませ、そのまま前へ出るのを止めた。

 一誠も、それだけで私の意図を理解したらしい。

 

「サンキュー、ミライ! そいつは頼んだ!」

 

「はい、そのまま前へ!」

 

 私が止めた相手には構わず、一誠は本来狙っていた敵へ拳を叩き込む。

 これでいい。

 全部を私が倒す必要なんてない。

 目の前だけを見るのではなく、戦場全体を見る。

 グレイフィアさんとの訓練で、何度も叩き込まれたことだった。

 

 自分が一番必要とされる場所へ動く。

 前には小猫さん。

 少し離れた位置にはギャスパー君。

 さらにその向こうでは、ゼノヴィアが『戦車』二人を相手にしている。

 こちらより数は少ないとはいえ、二人とも簡単な相手ではない。

 一人の攻撃を受け流しながら、もう一人の横薙ぎをかわしているものの、それでもゼノヴィアの表情に焦りはなかった。

 

「アーシアは、最初に会った時から特別だった」

 

 剣を振り抜きながら、ゼノヴィアが言った。

 

「私は最初、あいつを異端だと思っていた。教会から追放された魔女だと、そういう目で見ていたんだ」

 

 もう一人の『戦車』が突っ込み、ゼノヴィアはその攻撃を真正面から受け止める。

 

「それでもアーシアは、私に普通に話しかけてきた。何も気にせず、友達になってくれた」

 

 押し返す。

 そのままデュランダルから膨大な力が溢れ出す。

 

「だから今度は、私があいつを助ける番だ!」

 

 凄まじい斬撃が広間を走り、私は一瞬だけ息を呑んだ。

 アーシアさんを助けたいのは、一誠だけじゃない。

 ゼノヴィアも、リアス先輩も、朱乃先輩も、小猫さんも、ギャスパー君も、そして私も、みんな同じ気持ちでここまで来ている。

 

「ミライ先輩!」

 

「!」

 

 ギャスパー君の声で意識を戻す。

 まずい。

 別の『兵士』が、私たちの間を抜けてギャスパー君へ向かっている。

 この距離では、盾を構えるだけでは間に合わない。

 私は一歩踏み込み、相手の攻撃をアストラノヴァの側面で逸らすと、そのまま懐へ飛び込んだ。

 

「はっ!」

 

 腰を落として拳を叩き込む。

 確かな手応えとともに、相手の身体が大きく後ろへ吹き飛んだ。

 倒れたわけではない。

 けれど、それで十分だった。

 

「小猫さん、そちらへ飛ばしました!」

 

「任せてください!」

 

 小猫さんがすぐに追いかける。

 これが、今の私の仕事だ。

 

「一誠!」

 

 今度はリアス先輩が声を上げる。

 

「さっき話した作戦を使いなさい! ここなら有効なはずよ!」

 

「……部長、本当にやっていいんだよな?」

 

「ええ、許可するわ。今は手段を選んでいる場合じゃないもの!」

 

「よっしゃ、それなら遠慮なく!」

 

「……?」

 

 一誠が妙に気合いを入れている。

 敵は女性八人。

 その時点で、なんとなく嫌な予感がした。

 一誠が手を前へ出す。

 そして次の瞬間、敵側から一斉に悲鳴が上がった。

 

「…………」

 

 私は思わず固まった。

 八人の服が、まとめて崩れ落ちている。

 見間違いかと思ってもう一度見ても、やっぱりなくなっていた。

 

「……リアス先輩、これ、本当に作戦なんですか?」

 

「ええ、立派な作戦よ。相手が動揺するなら、それを利用しない手はないでしょう?」

 

「そうですか……そういうことなら、分かりました」

 

 納得していいのか少し迷ったものの、今はそんなことを考えている場合でもない。

 敵側は当然ながら大混乱に陥っていた。

 

「な、何を――!」

 

「今よ、ギャスパー!」

 

「はい!」

 

 ギャスパー君が能力を発動すると、動揺していた八人の動きが一気に鈍り、そのうち何人かは完全にその場で停止した。

 

「小猫、今のうちよ!」

 

「はい!」

 

 小猫さんが一気に駆ける。

 拳、蹴り、そのどれもが以前より明らかに速く、そして重い。

 

「……すごい」

 

 思わず声が漏れた。

 夏休みの間に変わったのは、私だけじゃない。

 ギャスパー君も、小猫さんも、ゼノヴィアも、一誠も、みんなそれぞれの場所で強くなっている。

 

「ミライ先輩、右です!」

 

「はい!」

 

 停止を逃れた一人が、ギャスパー君へ回り込む。

 私はすぐ前へ入り、その攻撃を盾で受け止めると、そのままアストラノヴァを横から叩きつけて、小猫さんの方へ押し戻した。

 

「小猫さん、お願いします!」

 

「はい!」

 

 小猫さんの拳が入り、敵がその場へ崩れ落ちる。

 私はすぐに視線を巡らせる。

 あと何人動いているのか。

 誰が危ないのか。

 どこへ入るべきなのか。

 その途中で、肩に鈍い痛みが走った。

 

「……っ」

 

 さっきから何度も攻撃を受け続けているせいか、腕にも少し痺れが残っている。

 あとでアーシアさんに診てもらえば――。

 

「……」

 

 そこまで考えて、止まる。

 違う。

 そのアーシアさんを助けるために、私たちはここへ来ている。

 胸の奥が少しだけ重くなる。

 でも、それで止まるわけにはいかなかった。

 

「まだいけます」

 

 自分へ言い聞かせるように呟き、アストラノヴァを握り直した。

 その時、別方向から巨大な光が広がる。

 

「――!」

 

 ゼノヴィア。

 デュランダルとアスカロン。

 二つの力が重なり、眩しい光が『戦車』二人をまとめて飲み込んでいく。

 爆発のような光が消えたあと、そこに立っていたのはゼノヴィアだけだった。

 

「ゼノヴィア、大丈夫ですか!」

 

「問題ない! こちらは終わった、そっちはどうだ!」

 

「あと少しです!」

 

「よし、それなら一気に片付けるぞ!」

 

 その言葉通りだった。

 一誠、小猫さん、ギャスパー君の連携は最後まで崩れない。

 私はその間を動き続け、攻撃を受け、進路を塞ぎ、崩れた相手を押し戻していく。

 そして、最後の一人が床へ倒れた。

 

「……終わった、んですよね?」

 

 ギャスパー君が息を整えながら周囲を見る。

 

「はい。もう動いている人はいません」

 

 小猫さんも頷く。

 一誠が拳を下ろし、そのまま奥へ視線を向けた。

 

「よし、だったら行こう! アーシアはもっと奥にいる!」

 

 誰も、長く休もうとは言わなかった。

 『戦車』二人。

 『兵士』八人。

 これで全部倒した。

 でも、私たちの目的は敵を倒すことじゃない。

 

「ええ、急ぎましょう。ここで時間を使う必要はないわ」

 

 リアス先輩が先へ向かう。

 私は一度だけアストラノヴァの表面を確認した。

 細かな傷は増えているものの、まだ十分に使える。

 

「ミライ、腕は大丈夫?」

 

 朱乃先輩がこちらを見ながら訊く。

 

「はい、少し痺れているくらいなので、まだ問題ありません」

 

「無理だけはしないでね。アーシアちゃんがいない以上、今は簡単に治してもらえないのだから」

 

「分かっています。ありがとうございます、朱乃先輩」

 

 そして、私たちは再び走り出した。

 通路を抜け、広間を越え、その先にあるさらに長い通路を進む。

 どれだけ進んでも、アーシアさんの姿はまだ見えない。

 それでも、前へ進むしかなかった。

 やがて次の神殿へ辿り着いたところで、一誠が低く呟く。

 

「……またいるな」

 

 今度、私たちを待っていたのは三人だった。

 左右に二人。

 そして、その中央に一人。

 さっき戦った相手とは、明らかに魔力の質が違う。

 

「『僧侶』が二名。そして中央にいるのが――『女王』ね」

 

 リアス先輩が敵を見ながら言う。

 私はアストラノヴァを構え直した。

 けれど、その横からリアス先輩が一歩前へ出て、その反対側には朱乃先輩も静かに並ぶ。

 

「ここは私たちが相手をするわ。ミライたちは少し下がっていて」

 

「ええ、リアス。ここは私たち二人で十分ですわ」

 

 二人が三人の悪魔へ向き直る。

 一つ目の関門は越えた。

 けれど、まだアーシアさんのところには辿り着いていない。

 この先にも、まだ敵がいる。

 だからこそ――ここでも、立ち止まるわけにはいかなかった。

 

ブルアカで一番好きなメインストーリーは? 2026/9/4現在、公開されている範囲でお答えください。

  • Vol.1 対策委員会編 1&2章
  • Vol.1 対策委員会編 3章
  • Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編 
  • Vol.3 エデン条約編 1&2章
  • Vol.3 エデン条約編 3&4章
  • Vol.4 カルバノグの兎編
  • Final. あまねく奇跡の始発点 1&2章
  • Final. あまねく奇跡の始発点 3&4章
  • Vol.5 百花繚乱編
  • Vol.6 過ぎ去りし刻のオラトリオ編
  • Vol.EX デカグラマトン編
  • 第2部 Vol.EX ロア追跡編
  • 第2部 Vol.1 炎と影編
  • 第2部 Vol.2 オデュッセイア編
  • メインストーリーをほとんど知らない
  • ブルアカ未プレイ
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