ディオドラがアーシアさんを連れて消えた神殿は、すぐ目の前にあった。
けれど、そこへ駆け込むだけのことが簡単にはできない。
周囲には、まだ旧魔王派の悪魔たちが何十人も残っており、こちらを包囲するように広がっている。少しでも神殿へ近づこうとすれば、その瞬間に魔力弾が飛んできてもおかしくないほどの距離だった。
「アーシアはこの中だ! こんなところで時間を食ってる場合じゃねぇ、行こう!」
一誠が神殿へ駆け出そうとした、その前へオーディンさんがゆっくりと出た。
「待て。ここは儂が引き受けよう、お主らはそのまま先へ行け」
「爺さん一人でって……本当に大丈夫なのかよ?」
一誠が思わず足を止めると、オーディンさんは肩を竦めながら、正面に集まる旧魔王派へ視線を向けた。
「誰に向かって物を言っておる。これでも北欧の主神じゃぞ、この程度の相手に手こずっていては神の名が泣くわい」
さっき朱乃先輩のスカートをめくっていた人と、同じ人物とはとても思えない。
けれど、今のオーディンさんから感じる圧力は、初めて会った時とは明らかに違っていた。
私はアストラノヴァを握り直しながら、周囲に残っている旧魔王派へ視線を向ける。
「それなら、私もここに――」
「娘、お主が助けに来た者はここにはおらんじゃろう」
最後まで言う前に、オーディンさんがこちらを見た。
その言葉につられるように神殿へ視線を向ける。
アーシアさんは、この先にいる。
少なくとも、ディオドラが彼女を連れて中へ消えたことだけは間違いなかった。
「……分かりました。それでは、ここはお願いします、オーディンさん」
「うむ。こっちは気にせず、さっさと連れて帰ってこい」
「はい!」
「行くわよ、みんな!」
リアス先輩の声を合図に、私たちは一斉に神殿へ走り込んだ。
◇
中へ入れば、すぐにアーシアさんのところまで辿り着ける。
そんな期待は、数分もしないうちに消えていた。
「……いくら何でも、広すぎませんか」
思わず口からそんな言葉が漏れるほど、神殿の内部は外から見た以上に広かった。
長い通路を抜ければ大きな広間があり、その先へ進めばまた別の通路が続いている。ようやく奥へ着いたと思えば、その先にはさらに似たような神殿が現れ、いったいどこまで続いているのか見当もつかなかった。
「クソッ……どこまで行けばいいんだよ」
一誠が歯を食いしばりながら呟く。
足は止めていないものの、さっきから何度も奥へ視線を向けているのが分かった。
私だって同じだった。
できることなら、今すぐにでもアーシアさんのところへ行きたい。
「一誠、焦る気持ちは分かるけれど、周囲への警戒までなくさないで。ここが敵の本拠地だということを忘れないでちょうだい」
走りながらリアス先輩が声を掛けると、一誠は一度だけ頷いた。
「……分かってる。分かってるけど、アーシアがこの先にいるって思うと、どうしてもな」
「ええ。でも、だからこそ慎重に進むのよ」
一誠はそれ以上何も言わなかった。
焦っている。
それでも、まだ冷静さは残っているようだった。
なら、私も余計なことを言う必要はない。
いつ敵が出てきてもいいようにアストラノヴァを前へ構えながら、みんなと一緒に走り続けた。
そして、次の広間へ足を踏み入れた瞬間。
「止まって!」
リアス先輩の声が響き、全員が一斉に足を止めた。
前方の広間には、ローブをまとった十人の悪魔が並んでいる。
そのさらに向こうから、聞き覚えのある声が神殿全体へ響いた。
『ようこそ。ここまで来たことは褒めてあげるよ』
「ディオドラ……!」
一誠が顔を上げる。
けれど、本人の姿はどこにも見えない。
声だけが、広い神殿の中を反響していた。
『せっかく僕とリアスさんのレーティングゲームが中止になってしまったんだ。代わりと言ってはなんだけど、ここで僕の眷属たちと少し遊んでいってよ』
「……遊び? アーシアさんを攫っておいて、こんな状況までゲームのつもりなんですか」
思わず声が低くなる。
『そんな怖い顔をしないでほしいな。せっかくここまで来たんだから、少しくらい付き合ってくれてもいいだろう?』
「ふざけんな! そんなことはどうでもいい、アーシアを返せ!」
一誠が叫んだものの、返ってきたのは楽しそうな笑い声だけだった。
その瞬間、前に並んでいた十人が一斉にローブを脱ぎ捨てる。
「敵を見るわよ。ディオドラの挑発に付き合う必要はないわ」
リアス先輩が低く言い、私もすぐ十人へ意識を戻した。
二人は体格も魔力も明らかに重く、残る八人とは纏っている圧力が違っている。
「『戦車』が二名、『兵士』が八名ね」
リアス先輩が即座に判断すると、その横からゼノヴィアが一歩前へ出た。
「なら、『戦車』の二人は私が引き受けよう。そちらは残りに集中してくれ」
「任せるわ、ゼノヴィア。残りの『兵士』は一誠、小猫、ギャスパーを中心に対処して」
「分かった!」
「はい」
「は、はい!」
そしてリアス先輩がこちらへ視線を向ける。
「ミライ、あなたは遊撃に回って。どちらか一方に固定されなくていいから、全体を見ながら崩れそうなところを支えてちょうだい。特に、今回はギャスパーを優先して守って」
「分かりました。ギャスパー君の周囲を中心に見ながら、必要なところへ入ります」
役割が決まれば、することもはっきりする。
私が全部倒す必要はない。
みんなが自分の役割を果たせるように、邪魔になるものを止めればいい。
「来ます!」
敵が一斉に動き出した。
二人の『戦車』が、真っすぐゼノヴィアへ向かう。
一瞬だけそちらへ足を向けかけたものの、ゼノヴィアはこちらを見ることすらせず、前だけを向いていた。
「こっちは私一人で十分だ! ミライはそちらを頼む!」
「……分かりました、任せます!」
私はすぐに向きを変える。
その直後、八人の『兵士』から一斉に魔力が膨れ上がった。
「これは……さっきより、かなり」
「昇格よ。ここは敵地だから、『兵士』は全員『女王』として戦うことができるわ」
リアス先輩の言葉に、思わず八人を見渡す。
「つまり、八人全員が……?」
一人だけでも厄介なはずの『女王』。
それが八人。
「ギャスパー君、準備を!」
「は、はい!」
ギャスパー君が一誠の近くへ寄り、一誠から血を受け取る。
以前にも聞いていた。
一誠の血を使えば、ギャスパー君の神器を一時的に強化できる。
「よ、よし……これなら!」
ギャスパー君の目に力が入った。
けれど、敵もその準備が終わるまで待ってくれるわけではない。
一人が一気に距離を詰めてくる。
その狙いが誰なのか、すぐに分かった。
「ギャスパー君!」
私は前へ飛び込み、アストラノヴァを横へ構える。
次の瞬間、重い一撃が盾へ叩き込まれ、腕に強い衝撃が走った。
「っ……!」
靴底が床を滑る。
「ミライ先輩、大丈夫ですか!?」
「私は大丈夫ですから、そのまま能力に集中してください! ここは私が止めます!」
「は、はい!」
ギャスパー君が再び意識を集中させる。
私はアストラノヴァへ力を込め、そのまま相手を押し返した。
「小猫さん、お願いします!」
「はい!」
相手の体勢が崩れた瞬間、小猫さんが低く踏み込み、拳を叩き込む。
敵が横へ吹き飛んだ。
私はそれを追わず、そのまま次を見る。
右側では、一誠の横から別の『兵士』が回り込もうとしている。
「一誠、右から来ます!」
「おう!」
私は相手の進路へアストラノヴァを滑り込ませ、そのまま前へ出るのを止めた。
一誠も、それだけで私の意図を理解したらしい。
「サンキュー、ミライ! そいつは頼んだ!」
「はい、そのまま前へ!」
私が止めた相手には構わず、一誠は本来狙っていた敵へ拳を叩き込む。
これでいい。
全部を私が倒す必要なんてない。
目の前だけを見るのではなく、戦場全体を見る。
グレイフィアさんとの訓練で、何度も叩き込まれたことだった。
自分が一番必要とされる場所へ動く。
前には小猫さん。
少し離れた位置にはギャスパー君。
さらにその向こうでは、ゼノヴィアが『戦車』二人を相手にしている。
こちらより数は少ないとはいえ、二人とも簡単な相手ではない。
一人の攻撃を受け流しながら、もう一人の横薙ぎをかわしているものの、それでもゼノヴィアの表情に焦りはなかった。
「アーシアは、最初に会った時から特別だった」
剣を振り抜きながら、ゼノヴィアが言った。
「私は最初、あいつを異端だと思っていた。教会から追放された魔女だと、そういう目で見ていたんだ」
もう一人の『戦車』が突っ込み、ゼノヴィアはその攻撃を真正面から受け止める。
「それでもアーシアは、私に普通に話しかけてきた。何も気にせず、友達になってくれた」
押し返す。
そのままデュランダルから膨大な力が溢れ出す。
「だから今度は、私があいつを助ける番だ!」
凄まじい斬撃が広間を走り、私は一瞬だけ息を呑んだ。
アーシアさんを助けたいのは、一誠だけじゃない。
ゼノヴィアも、リアス先輩も、朱乃先輩も、小猫さんも、ギャスパー君も、そして私も、みんな同じ気持ちでここまで来ている。
「ミライ先輩!」
「!」
ギャスパー君の声で意識を戻す。
まずい。
別の『兵士』が、私たちの間を抜けてギャスパー君へ向かっている。
この距離では、盾を構えるだけでは間に合わない。
私は一歩踏み込み、相手の攻撃をアストラノヴァの側面で逸らすと、そのまま懐へ飛び込んだ。
「はっ!」
腰を落として拳を叩き込む。
確かな手応えとともに、相手の身体が大きく後ろへ吹き飛んだ。
倒れたわけではない。
けれど、それで十分だった。
「小猫さん、そちらへ飛ばしました!」
「任せてください!」
小猫さんがすぐに追いかける。
これが、今の私の仕事だ。
「一誠!」
今度はリアス先輩が声を上げる。
「さっき話した作戦を使いなさい! ここなら有効なはずよ!」
「……部長、本当にやっていいんだよな?」
「ええ、許可するわ。今は手段を選んでいる場合じゃないもの!」
「よっしゃ、それなら遠慮なく!」
「……?」
一誠が妙に気合いを入れている。
敵は女性八人。
その時点で、なんとなく嫌な予感がした。
一誠が手を前へ出す。
そして次の瞬間、敵側から一斉に悲鳴が上がった。
「…………」
私は思わず固まった。
八人の服が、まとめて崩れ落ちている。
見間違いかと思ってもう一度見ても、やっぱりなくなっていた。
「……リアス先輩、これ、本当に作戦なんですか?」
「ええ、立派な作戦よ。相手が動揺するなら、それを利用しない手はないでしょう?」
「そうですか……そういうことなら、分かりました」
納得していいのか少し迷ったものの、今はそんなことを考えている場合でもない。
敵側は当然ながら大混乱に陥っていた。
「な、何を――!」
「今よ、ギャスパー!」
「はい!」
ギャスパー君が能力を発動すると、動揺していた八人の動きが一気に鈍り、そのうち何人かは完全にその場で停止した。
「小猫、今のうちよ!」
「はい!」
小猫さんが一気に駆ける。
拳、蹴り、そのどれもが以前より明らかに速く、そして重い。
「……すごい」
思わず声が漏れた。
夏休みの間に変わったのは、私だけじゃない。
ギャスパー君も、小猫さんも、ゼノヴィアも、一誠も、みんなそれぞれの場所で強くなっている。
「ミライ先輩、右です!」
「はい!」
停止を逃れた一人が、ギャスパー君へ回り込む。
私はすぐ前へ入り、その攻撃を盾で受け止めると、そのままアストラノヴァを横から叩きつけて、小猫さんの方へ押し戻した。
「小猫さん、お願いします!」
「はい!」
小猫さんの拳が入り、敵がその場へ崩れ落ちる。
私はすぐに視線を巡らせる。
あと何人動いているのか。
誰が危ないのか。
どこへ入るべきなのか。
その途中で、肩に鈍い痛みが走った。
「……っ」
さっきから何度も攻撃を受け続けているせいか、腕にも少し痺れが残っている。
あとでアーシアさんに診てもらえば――。
「……」
そこまで考えて、止まる。
違う。
そのアーシアさんを助けるために、私たちはここへ来ている。
胸の奥が少しだけ重くなる。
でも、それで止まるわけにはいかなかった。
「まだいけます」
自分へ言い聞かせるように呟き、アストラノヴァを握り直した。
その時、別方向から巨大な光が広がる。
「――!」
ゼノヴィア。
デュランダルとアスカロン。
二つの力が重なり、眩しい光が『戦車』二人をまとめて飲み込んでいく。
爆発のような光が消えたあと、そこに立っていたのはゼノヴィアだけだった。
「ゼノヴィア、大丈夫ですか!」
「問題ない! こちらは終わった、そっちはどうだ!」
「あと少しです!」
「よし、それなら一気に片付けるぞ!」
その言葉通りだった。
一誠、小猫さん、ギャスパー君の連携は最後まで崩れない。
私はその間を動き続け、攻撃を受け、進路を塞ぎ、崩れた相手を押し戻していく。
そして、最後の一人が床へ倒れた。
「……終わった、んですよね?」
ギャスパー君が息を整えながら周囲を見る。
「はい。もう動いている人はいません」
小猫さんも頷く。
一誠が拳を下ろし、そのまま奥へ視線を向けた。
「よし、だったら行こう! アーシアはもっと奥にいる!」
誰も、長く休もうとは言わなかった。
『戦車』二人。
『兵士』八人。
これで全部倒した。
でも、私たちの目的は敵を倒すことじゃない。
「ええ、急ぎましょう。ここで時間を使う必要はないわ」
リアス先輩が先へ向かう。
私は一度だけアストラノヴァの表面を確認した。
細かな傷は増えているものの、まだ十分に使える。
「ミライ、腕は大丈夫?」
朱乃先輩がこちらを見ながら訊く。
「はい、少し痺れているくらいなので、まだ問題ありません」
「無理だけはしないでね。アーシアちゃんがいない以上、今は簡単に治してもらえないのだから」
「分かっています。ありがとうございます、朱乃先輩」
そして、私たちは再び走り出した。
通路を抜け、広間を越え、その先にあるさらに長い通路を進む。
どれだけ進んでも、アーシアさんの姿はまだ見えない。
それでも、前へ進むしかなかった。
やがて次の神殿へ辿り着いたところで、一誠が低く呟く。
「……またいるな」
今度、私たちを待っていたのは三人だった。
左右に二人。
そして、その中央に一人。
さっき戦った相手とは、明らかに魔力の質が違う。
「『僧侶』が二名。そして中央にいるのが――『女王』ね」
リアス先輩が敵を見ながら言う。
私はアストラノヴァを構え直した。
けれど、その横からリアス先輩が一歩前へ出て、その反対側には朱乃先輩も静かに並ぶ。
「ここは私たちが相手をするわ。ミライたちは少し下がっていて」
「ええ、リアス。ここは私たち二人で十分ですわ」
二人が三人の悪魔へ向き直る。
一つ目の関門は越えた。
けれど、まだアーシアさんのところには辿り着いていない。
この先にも、まだ敵がいる。
だからこそ――ここでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
ブルアカで一番好きなメインストーリーは? 2026/9/4現在、公開されている範囲でお答えください。
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Vol.1 対策委員会編 1&2章
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Vol.1 対策委員会編 3章
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Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編
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Vol.3 エデン条約編 1&2章
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Vol.3 エデン条約編 3&4章
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Vol.4 カルバノグの兎編
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Final. あまねく奇跡の始発点 1&2章
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Final. あまねく奇跡の始発点 3&4章
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Vol.5 百花繚乱編
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Vol.6 過ぎ去りし刻のオラトリオ編
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Vol.EX デカグラマトン編
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第2部 Vol.EX ロア追跡編
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第2部 Vol.1 炎と影編
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第2部 Vol.2 オデュッセイア編
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メインストーリーをほとんど知らない
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ブルアカ未プレイ