止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第49刻 帰る場所

ようやく辿り着いたのは、神殿の最深部だった。

 内部へ足を踏み入れた瞬間、最初に目へ飛び込んできたのは、壁へ埋め込まれるように設置された巨大な円形の装置だった。あちらこちらに宝玉が埋め込まれ、その表面には見覚えのない紋様や文字がびっしりと刻まれており、ただ人を拘束するためだけの道具ではなく、何か大掛かりな術式そのものを一つの装置として組み上げたように見える。

 そして、その中央に――。

 

「アーシアァァァァァァッ!」

 

 一誠が叫んだ。

 装置の中央には、アーシアさんが磔にされるような形で拘束されていた。

 

「アーシアさん!」

 

 私も思わず名前を呼ぶ。

 両手両足を太い枷で固定され、それぞれが装置へ繋がっているものの、少なくとも見える範囲に大きな外傷はない。服も破れていなかったので、身体そのものを酷く傷つけられたわけではなさそうだった。

 

 けれど、顔を見た瞬間、別の意味で胸が締めつけられる。

 目元が真っ赤に腫れていた。

 どれだけ泣いていたのか、遠目からでも分かるほどだった。

 

「やっと来たんだね」

 

 装置の横から姿を現したのは、ディオドラ・アスタロトだった。

 こんな状況だというのに、その顔には穏やかとも言える笑みが浮かんでいる。

 

「……一誠さん?」

 

 一誠の声を聞いたアーシアさんが、拘束されたままこちらへ顔を向けた。

 

「ミライさん……皆さんも……」

 

 声が震えている。

 その姿を見た瞬間、一誠の表情が変わった。

 

「……ディオドラ。おまえ、アーシアに事の顛末を話したのか?」

 

 私にも、何を訊いているのかはすぐに分かった。

 少し前にフリードから聞かされた話。

 アーシアさんが教会から追放される原因となった悪魔はディオドラ本人であり、それさえ偶然ではなく、最初から彼女を手に入れるために仕組まれていたということ。

 絶対に、こんな形で本人へ知らされていい話ではない。

 けれどディオドラは、一誠の問いを聞くと、むしろ楽しそうに笑みを深くした。

 

「うん。全部、アーシアに話したよ」

 

「…………」

 

「彼女が、自分の人生で起きたことのほとんどが僕の思惑通りだったと知った時の顔は、本当に素敵だったよ。教会で大切にされていた女の子が、自分の信じていたものを失っていく瞬間というのは、何度見ても興味深い」

 

 装置の中から、アーシアさんの小さなすすり泣きが聞こえる。

 気づけば、アストラノヴァを握る手に力が入っていた。

 フリードから聞かされた時点でも最低だと思ったけれど、本人の口から平然と語られるのを聞くと、それ以上だった。

 

「でも、足りないと思うんだ。アーシアにはまだ希望がある。そう、キミたちだ」

 

 ディオドラは何でもないことのように続ける。

 

「特にそこの汚れた赤龍帝。キミがアーシアを救ってしまったせいで、僕の計画は台無しになってしまったよ」

 

 一誠の拳が固く握られた。

 

「あの堕天使の女――レイナーレが一度アーシアを殺したあと、僕が登場してレイナーレを殺し、その場で駒を与える予定だったんだ。キミが乱入してもレイナーレには勝てないと思っていた。そうしたら、キミは赤龍帝だという。偶然にしてはおそろしい出来事だね」

 

 その出来事なら、私も知っている。

 一誠がアーシアさんを助けに行ったこと。

 その後、リアス先輩の眷属となったアーシアさんが、今では私たちと一緒に学校へ通い、部室で笑っていること。

 ディオドラにとっては、それすら本来予定していなかったことだったらしい。

 

「おかげで計画はだいぶ遅れてしまったけれど、やっと僕の手元に帰ってきた。これでアーシアを楽しめるよ」

 

「黙れ」

 

 一誠の声は、驚くほど低かった。

 怒鳴ってはいない。

 だからこそ、いつも以上に怖かった。

 それでもディオドラは口を閉じようとはせず、アーシアさんを一人の人間ではなく、自分の所有物か何かのように扱う言葉を続けていく。

 そのたびに、一誠の身体から感じる魔力が強くなっていった。

 

「黙れェェェェェェェッ!」

 

 とうとう一誠が叫んだ。

 次の瞬間、膨大な赤いオーラがその身体から噴き上がる。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!』

 

「ディオドラァァァァァァッ! てめえだけは! 絶対に許さねぇッ!」

 

 赤い光が弾け、一誠の全身を《赤龍帝の鎧》が覆っていく。

 何度か見たことのある姿だった。

 けれど、今までとは纏っている空気がまるで違う。

 単純に力が増しているから、というだけではない。一誠自身が、本気で目の前の相手を叩き潰そうとしていることが、離れていても伝わってきた。

 

「部長、皆、絶対に手を出さないでください」

 

 一誠はディオドラから視線を外さないまま告げた。

 リアス先輩は僅かに目を細め、一誠の様子をしばらく確かめたあとで口を開く。

 

「イッセー。全員で倒すわ――と言いたいところだけれど、いまのあなたを止められそうもないわね。――手加減してはダメよ」

 

「ああ」

 

 一誠は短く答えると、左腕へ視線を落とした。

 

「ドライグ、聞こえるか?」

 

『なんだ、相棒』

 

「今回だけ、好きにやらせてくれ」

 

 僅かな沈黙のあと、低い声が返った。

 

『……わかった』

 

 私もアストラノヴァを下げる。

 一誠がここまで言った以上、今は信じるしかない。

 それに、神殿の最奥では今もアーシアさんが装置へ拘束されたまま、こちらを見つめている。

 

「アハハハハハッ! すごいね! これが赤龍帝! でも、僕もパワーアップしているんだ! オーフィスからもらった『蛇』でね! キミなんて瞬殺――」

 

 最後まで言わせなかった。

 一誠の背中にある魔力噴出口から、爆発するように赤い魔力が噴き出したと思った瞬間、その姿が視界の中で一度だけぶれる。

 次に捉えた時には、すでにディオドラの懐へ入り込んでいた。

 

「――がっ!」

 

 拳が腹部へ深く突き刺さる。

 一誠はそのまま拳をねじり込むように押し込み、ディオドラの身体をくの字へ折り曲げた。

 

「ごぼっ……!」

 

 その口から血と一緒に胃の内容物まで吐き出される。

 一誠は拳を引きながら、低く訊いた。

 

「瞬殺がどうしたって?」

 

「くっ……!」

 

 ディオドラは腹部を押さえながら後ずさる。

 少し前まで浮かべていた余裕のある笑みは、もう消えていた。

 

「こんなことで! 僕は上級悪魔だ! 現魔王ベルゼブブの血筋だぞ!」

 

 両手を前へ突き出すと、周囲へ無数の魔力弾が展開される。

 

「キミのような下級で下品な転生悪魔ごときに、気高き血が負けるはずがないんだッ!」

 

 魔力弾の雨が、一斉に一誠へ襲いかかった。

 

「一誠!」

 

 反射的に声が出る。

 けれど、一誠は大きく避けようとはしなかった。

 一歩、さらに一歩と正面から進みながら、飛来する魔力弾を手で弾き、拳で跳ね返し、鎧へ直撃したものさえほとんど気にせず、その中をまっすぐディオドラへ向かって歩いていく。

 

 無謀に突っ込んでいるわけではない。

 受けても問題ないものと、確実に弾かなければならないものを選んでいるように見えた。

 修行の成果なのだろう。

 一誠の動きには、以前よりもずっと無駄がない。

 

『単純なパワー勝負なら、現在のおまえはかなりのものだよ』

 

 ドライグの声が響く。

 ディオドラは一誠が目の前まで迫ると、ようやく魔力弾を止めて距離を取ろうとした。

 けれど。

 

「ゴォッ!」

 

 背中から再び魔力が噴き出し、一誠が一瞬で追いつく。

 ディオドラは慌てて、幾重もの防御障壁を作り出した。

 それを見ても、一誠は止まらない。

 

「ヴァーリの作った障壁よりも薄そうだな」

 

 拳が振るわれた。

 

「バリンッ!」

 

 何枚も重ねられていた障壁が、一撃でまとめて砕け散る。

 

「な――」

 

「ゴンッ!」

 

 続く拳がディオドラの顔面へ突き刺さり、その身体を大きく吹き飛ばして床へ叩きつけた。

 

「……痛い。痛い。痛いよ! どうして! 僕の魔力は当たったのに! オーフィスの力で絶大なまでに引き上げられたはずなのに!」

 

 一誠は何も答えず、倒れたディオドラの身体を引き上げた。

 腹部へ一撃。

 

「ぐわっ! がはっ!」

 

 さらに顔面へ一発。

 それでもディオドラは、まだ負けを認めようとはしなかった。

 

「こんな腐れドラゴンに僕がぁぁぁっ!」

 

 左手を前へ突き出し、これまでよりも分厚いオーラの壁を作り出す。

 一誠の拳が、そこへぶつかった。

 

「ガンッ!」

 

 今度は、さっきの障壁のようには砕けない。

 

「アハハハハッ! ほら見たことか! 僕のほうが魔力は上なんだ! ただのパワーバカの赤龍帝が僕に敵うはずがないんだよっ!」

 

 ディオドラの顔に、僅かに笑みが戻る。

 一誠はそんな相手を見ながら、低く返した。

 

「――そのパワーバカのパワーを見せてやろうか?」

 

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 神器から何度も音声が響き、一誠の身体を包む赤いオーラが一気に膨れ上がった。

 背中から吹き出す魔力もさらに強まり、それまで押し止められていた拳が、少しずつ前へ進んでいく。

 

「ビキッ!」

 

 障壁へ亀裂が入った。

 

「な……」

 

「バリンッ!」

 

 次の瞬間には、分厚い壁そのものが粉々に砕け散った。

 

「わりぃな。パワーバカだから、こんな風に力押ししかできねぇや。でも、いまのおまえ相手になら十分か」

 

「ひっ……!」

 

 一誠が真正面から踏み込む。

 

「俺ん家のアーシアを泣かすんじゃねぇよッ!」

 

 拳が振るわれ、ディオドラが咄嗟に前へ出していた左腕を叩き折った。

 そのまま勢いを殺すことなく、顔面へもう一撃を叩き込む。

 骨が軋むような音が神殿へ響き、ディオドラは背中から床へ叩きつけられた。

 

「クソォ! やられるはずがない! アガレスにも勝った! バアルにも勝つ予定だ! 才能のない大王家の跡取りなんかに負けるはずがない! 情愛が深いグレモリーなんか僕の相手になるはずがない! 僕はアスタロト家のディオドラなんだぞ!」

 

 痛みに顔を歪ませながら手を掲げる。

 すると、一誠の周囲へ鋭い円錐状の魔力が幾重にも現れ、その切っ先すべてが彼へ向けられた。

 次の瞬間、それらが一斉に射出される。

 一誠も今度は身を屈め、横へ跳び、いくつかを拳や蹴りで弾いていったものの、あまりにも数が多い。

 

「ぐっ!」

 

 数本が鎧の装甲の薄い箇所を正確に狙い、そのまま一誠の身体を貫いた。

 

「一誠!」

 

「一誠さん!」

 

 私の声と、神殿の最奥で拘束されたままのアーシアさんの声が重なる。

 血が床へ落ちた。

 それでも一誠は倒れず、身体へ刺さった魔力の棘を両手で掴むと、一気に引き抜いた。

 

「大丈夫だ!」

 

 拘束装置の中にいるアーシアさんへ顔を向ける。

 

「絶対に助けるから、そこで待ってろ!」

 

「……はい!」

 

 その返事を聞くと、一誠はすぐにディオドラへ向き直った。

 ディオドラが先ほどと同じ攻撃をしようと魔力を集め始める。

 けれど、その瞬間には一誠の背中から魔力が噴き出し、一気に距離を詰めていた。

 

「メキッ!」

 

 蹴りが、ディオドラの右大腿部へ叩き込まれる。

 

「ちくしょおおおおおおおおっ!」

 

 骨が砕けるような音とともに、ディオドラが悲鳴を上げた。

 それでも残った手を一誠へ向け、神殿全体の空気が震えるほどの魔力を集め始める。

 一誠も右手を突き出し、そこへ赤いドラゴンの力を集中させた。

 

「真正面から……」

 

 思わず呟く。

 二人とも退かない。

 ディオドラから極大の魔力弾が放たれ、一誠の右手からも赤い閃光が撃ち出された。

 神殿の中央で二つの力が激突し、周囲へ凄まじい衝撃が広がる。

 最初こそ互いに押し合っていた。

 けれど。

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!」

 

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 増幅された力が一気に流れ込み、赤いドラゴンショットがディオドラの魔力を真正面から押し返していく。

 

「そんな……!」

 

 ディオドラの攻撃が消し飛んだ。

 赤い閃光はそのまま進み――ディオドラのすぐ横を通過する。

 

「……外した?」

 

 一瞬だけ、そう思った。

 けれど、その先を見た瞬間に違うと分かる。

 一誠のドラゴンショットは神殿の壁を大きく抉り、そのまま壁そのものを突き抜け、外まで達していた。

 もし今の一撃がディオドラへ直撃していたら、どうなっていたのか。

 考える必要もなかった。

 それでもディオドラは、まだ何かをしようとして魔力を練ろうとする。

 その時だった。

 

「ドゴォォォォオンッ!」

 

 一誠が拳を床へ叩きつけた。

 神殿全体が大きく揺れ、床には拳一発だけで巨大なクレーターが生まれる。

 

「…………」

 

 ディオドラは、それを呆然と見つめていた。

 歯が小刻みに鳴り、身体まで震えている。

 一誠はゆっくりと歩み寄ると、ディオドラをもう一度引き上げた。

 鎧のマスク部分が収納され、一誠自身の顔が露わになる。

 そこにある怒りは、まだ消えていない。

 

「二度と、アーシアに近づくなッ! 次に俺たちのもとに姿を現したら、そのときこそ、本当に消し飛ばしてやるッ!」

 

「……っ」

 

 ディオドラの瞳には、もう戦意など残っていなかった。

 あるのは、はっきりとした恐怖だけだった。

 

『相棒。そいつの心はもう終わった。――そいつの瞳はドラゴンに恐怖を刻み込まれた者のそれだ』

 

「……そうかよ、ドライグ」

 

 一誠が手を離す。

 ディオドラは、その場で震えるだけだった。

 

「イッセー、トドメを刺さないのか?」

 

 ゼノヴィアがアスカロンの切っ先をディオドラへ向けた。

 その目は冷たい。

 

「アーシアにまた近づくかもしれない。いまこの場で首をはねたほうが今後のためじゃないのか?」

 

 ゼノヴィアは本気だった。

 一誠は少しだけ黙ったあと、首を横へ振った。

 

「……こいつもいちおう現魔王の血筋だ。いくらテロに荷担したからといって、殺したら部長や部長のお兄さんに迷惑をかけるかもしれない。もう十分に殴り飛ばしたさ」

 

 リアス先輩も怒りを隠してはいなかったけれど、ディオドラの処分まで自分たちがこの場で決めるべきではないと判断しているようだった。

 ゼノヴィアは心底悔しそうな顔をしながら、アスカロンを勢いよく床へ突き立てる。

 

「……わかったよ。イッセーが言うなら私は止める。――だが」

 

「ああ、そうだ」

 

 一誠とゼノヴィアが、それぞれ拳と剣をディオドラへ向けた。

 

「「もう、アーシアに言い寄るなッ!」」

 

 重なった声に、ディオドラは何度も頷く。

 そこでようやく、一誠たちはディオドラから離れた。

 

「アーシア!」

 

 一誠が神殿の最奥へ走る。

 私たちも、その後を追った。

 

「イッセーさん!」

 

 一誠は装置の前へ辿り着くと、拘束されたままのアーシアさんの頭をやさしく撫でた。

 

「助けにきたぞ、アーシア。ハハハ、約束したもんな。必ず守るって」

 

「一誠さん……!」

 

 アーシアさんの目から、また涙が溢れた。

 今度は、先ほどまでとは違う涙だった。

 ようやく助けられる。

 私もそう思った。

 けれど。

 

「――手足の枷が外れない」

 

 最初に異変へ気づいたのは裕斗だった。

 

「何?」

 

 一誠が枷を掴み、力を込める。

 

「クソッ! 外れねぇ!」

 

 《赤龍帝の鎧》を纏った一誠の力でも、枷はびくともしない。

 裕斗が聖魔剣を使い、ゼノヴィアも聖剣を当てる。リアス先輩と朱乃先輩も魔力を叩き込んだ。

 私もアストラノヴァを構えながら装置を観察したけれど、アーシアさんの身体へ直接繋がっている以上、構造も分からない状態で分解するわけにはいかない。

 さらに一誠が《譲渡》を使い、リアス先輩や裕斗たちの力まで引き上げた。

 それでも、結果は変わらなかった。

 

「なんなんだ、この枷……」

 

 その時、背後からディオドラの声が聞こえた。

 

「……無駄だよ。その装置は機能上、一度しか使えないが、逆に一度使わないと停止できないようになっているんだ。――アーシアの能力が発動しない限り停止しない」

 

「どういうことだ?」

 

 一誠が睨みつける。

 ディオドラは、もう抵抗する気力もないのか淡々と答えた。

 

「その装置は神滅具所有者が作りだした固有結界のひとつ。このフィールドを強固に包む結界もその者が作りだしているんだ」

 

「神滅具……?」

 

「『絶霧』。結界系神器の最強。所有者を中心に無限に展開する霧。そのなかに入ったすべての物体を封じることも、異次元に送ることすらできる。それが禁手に至ったとき、所有者の好きな結界装置を霧から創りだせる能力に変化した」

 

 嫌な予感がした。

 

「――『霧の中の理想郷』。創りだした結界は一度正式に発動しないと止めることはできない」

 

 裕斗がすぐに訊く。

 

「発動の条件と、この結界の能力は?」

 

「……発動の条件は僕か、他の関係者の起動合図、もしくは僕が倒されたら。結界の能力は――枷に繋いだ者、つまりアーシアの神器能力を増幅させて反転すること」

 

「反転?」

 

 リアス先輩の表情が変わる。

 私にも、その意味は分かった。

 アーシアさんの神器《聖母の微笑》は、人間だけではなく、悪魔や堕天使まで治療できるほど強力な回復能力だ。

 それを極端に増幅し、反転させる。

 

「効果範囲は?」

 

 裕斗がさらに訊く。

 

「……このフィールドと、観戦室にいる者たちだよ」

 

 その答えを聞いた瞬間、全員の表情が変わった。

 観戦室には、各勢力の重要人物たちが集まっている。

 もしアーシアさんの回復能力を極端に増幅した上で逆の効果へ変え、その力があそこまで届けば、どれほどの被害が出るのか想像もしたくなかった。

 

「会長との一戦で、そんな作戦が思いつかれたの?」

 

 リアス先輩が問う。

 ディオドラは首を横へ振った。

 

「……いや、随分前からその可能性が出ていたようだよ。ただ、シトリーの者がそれを実際におこなったことで計画は現実味を帯びたそうだ……」

 

 リアス先輩の表情が怒りに歪む。

 

「堕天使の組織に潜り込んだままの裏切り者がソーナに『反転』を貸すことでデータを集め、利用していたかもしれないのね!」

 

 今まで別々に起きていた出来事が、ここへ来て一つに繋がり始めていた。

 けれど、そんなことを考えている余裕はない。

 装置は今もアーシアさんを拘束したままだ。

 

「ドライグ、これをなんとかできないのか? おまえも神滅具なんだろう?」

 

『いや、『絶霧』はブーステッド・ギアよりも高ランクの神滅具だ。しかも禁手となったら、無謀に等しい。覚えておいてくれ、ブーステッド・ギアより強大な神滅具も存在しているんだよ』

 

「クソッ……!」

 

 一誠が床へ拳を叩きつける。

 その時、装置の中からアーシアさんが小さく声を出した。

 

「イッセーさん、私ごと――」

 

「バカなこと言うんじゃねぇッ!」

 

 一誠が即座に遮る。

 

「次にそんなこと言ったら、怒るからな! アーシアでも許さない!」

 

「一誠さん……」

 

 一誠はアーシアさんの肩へ手を伸ばし、正面からその顔を見た。

 

「俺は――俺は――二度と、アーシアに悲しい思いをさせないって誓ったんだ! だから絶対にそんなことをさせやしない!」

 

 声が震えている。

 

「俺が守る! ああ、守るさ! 俺がアーシアを絶対に守ってやる!」

 

「一誠さん……!」

 

「だから、一緒に帰ろう。家で父さんと母さんが待ってる。俺たちの家に帰るんだ!」

 

 アーシアさんの目から、また涙が溢れる。

 その直後だった。

 

「ギュウウウウウン……」

 

 低い駆動音が鳴った。

 

「……っ!」

 

 巨大な装置が動き始め、埋め込まれていた宝玉が次々と光り、刻まれた紋様へ魔力が流れ込んでいく。

 

「動き始めた……!」

 

 ディオドラが倒されたことが、発動条件になった。

 私たちは再び装置へ攻撃を加えた。

 魔力弾、聖剣、聖魔剣、一誠のドラゴンの力。

 それでも、まったく効かない。

 それどころか、装置から発生した結界はアーシアさん自身まで包み込み、彼女へ向かう攻撃や魔力まで強力に弾いていた。

 

「クソッ……!」

 

 一誠が装置を睨む。

 そして、突然何かに気づいたように動きを止めた。

 

「……いや、待てよ?」

 

「一誠?」

 

 一誠は、アーシアさんの手首へ密着している枷をじっと見つめた。

 

「ドライグ、俺はおまえを信じるぞ」

 

『どういうことだ、相棒?』

 

 一誠は枷へ直接手を触れる。

 

「ドラゴンの力をそのままぶつけても無理だった。でも、その力で俺自身の能力を限界まで引き上げれば……」

 

 何をするつもりなのかと思っていると、一誠がアーシアさんへ顔を向けた。

 

「アーシア、先に謝っておく」

 

「え?」

 

「助けるためだから、ちょっとだけ我慢してくれ!」

 

 一誠が能力を集中させる。

 

『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』

 

 鎧の宝玉が一斉に赤く輝き、その力が枷へ触れている手へ流れ込んでいった。

 

「ドレス・ブレイク――禁手ブーストバージョンッ!」

 

「いやっ!」

 

「バギンッ!」

 

 金属が砕ける音が響いた。

 アーシアさんの四肢を拘束していた枷が、一斉に木っ端微塵へ砕け散る。

 同時にシスター服まで能力の影響を受けたため、朱乃先輩がすぐさま魔力でアーシアさんの身体を覆った。

 

「外れた!」

 

 思わず声が出る。

 

「ギュウウウン……」

 

 アーシアさんが装置から解き放たれたからなのか、それまで動いていた装置も急速に停止していった。

 

「あらあら、大変ですわ」

 

 朱乃先輩がすぐに新しい服を用意し、アーシアさんを着替えさせる。

 その間にリアス先輩は、一誠の赤い鎧を軽く指で叩いた。

 

「よくドレス・ブレイクで壊せると思ったわね? あれって、身につけているものなら何でもいいの?」

 

「よ、よく分からないんですけど、枷は手首や足首に密着してたし、身につけているものの一部として扱えるかなって。普通にやったら無理だったと思います。禁手状態で、さらに何度もブーストしたから成功したんじゃないかと……」

 

「なるほどね。あなたの想像力も、こういう時には役に立つのね」

 

 どういう理屈なのか、私には最後までよく分からなかった。

 でも。

 アーシアさんは助かった。

 それだけは確かだった。

 

「一誠さん!」

 

 新しいシスター服へ着替えたアーシアさんが、一誠へ駆け寄った。

 まだ《赤龍帝の鎧》を纏ったままの一誠へ、そのまま抱きつく。

 

「信じてました……。イッセーさんが来てくれるって」

 

「当然だろう。でも、ゴメンな。辛いこと、聞いてしまったんだろう?」

 

 アーシアさんは首を横へ振り、涙を拭いながら笑った。

 

「平気です。あのときはショックでしたが、私にはイッセーさんがいますから」

 

 その言葉を聞いた一誠から、それまでずっと張り詰めていたものが少し抜けたように見えた。

 

「アーシア! 良かった! 私はおまえがいなくなってしまったら……」

 

 ゼノヴィアも目元を潤ませながら、アーシアさんを抱きしめる。

 

「どこにも行きません。イッセーさんとゼノヴィアさんが私のことを守ってくれますから」

 

「うん! 私はおまえを守るぞ! 絶対だ!」

 

 二人が抱き合う。

 小猫さんも、ギャスパー君も、裕斗も、朱乃先輩も、ようやく緊張を解いていた。

 

「部長さん、皆さん、ありがとうございました。私のために……」

 

 アーシアさんが深く頭を下げる。

 

「アーシア」

 

 今度はリアス先輩が彼女を抱き、やさしげな笑顔を浮かべた。

 

「アーシア。そろそろ私のことを家で部長と呼ぶのは止めてもいいのよ? 私を姉と思ってくれていいのだから」

 

「――っ」

 

 アーシアさんが目を見開く。

 そして、嬉しそうに笑った。

 

「はい! リアスお姉さま!」

 

「よかったですぅぅぅ! アーシア先輩が帰ってきてくれてうれしいよぉぉっ!」

 

 ギャスパー君まで泣き出し、小猫さんがその頭を撫でている。

 ようやく。

 本当に、ようやく終わった。

 

 私はそう思った。

 装置は止まった。

 ディオドラも、もう戦う力を失っている。

 そして、アーシアさんも無事に助け出せた。

 あとは先生たちのところへ戻ればいい。

 

「ミライさん」

 

「はい?」

 

「来てくださって、ありがとうございました」

 

 アーシアさんが私を見る。

 

「当然です。置いて帰るわけにはいきませんから」

 

「……はい」

 

 ようやく、いつものような笑顔を見ることができた。

 

「帰りましょう。今度こそ、みんなで」

 

「はい!」

 

 アーシアさんは笑顔で頷いた。

 これで終わり。

 そう思っていた。

 

「さて、アーシア。帰ろうぜ」

 

 一誠がそう声を掛ける。

 けれど、アーシアさんはすぐには動かず、天へ向かうように両手を組んで静かに目を閉じた。

 一誠が不思議そうに尋ねる。

 

「アーシア、何を祈ったんだ?」

 

 アーシアさんは少し照れたように笑った。

 

「内緒です」

 

 そう言って、一誠のもとへ走り寄ろうとした。

 その時だった。

 突然、まばゆい光が私たちの視界を埋め尽くした。

 

「――っ!?」

 

 反射的に目を細める。

 

「アーシア!」

 

 一誠の声が響いた。

 私も光の中へ手を伸ばす。

 

「アーシアさん!」

 

 けれど、何も掴めなかった。

 光は巨大な柱となってアーシアさんを完全に包み込み、神殿の内部を白く塗り潰していく。

 

 そして。

 消えた。

 

「…………」

 

 ゆっくりと目を開く。

 さっきまでアーシアさんが立っていた場所を見る。

 誰もいない。

 

「……アーシア?」

 

 一誠が呟いた。

 返事はなかった。

 ほんの数秒前まで、そこにいたはずなのに。

 

「アーシア!」

 

 一誠の声が神殿に響く。

 

「アーシア! どこだ! 返事しろ!」

 

 リアス先輩たちも一斉に動き出し、周囲の魔力や気配を探り始めた。

 私も何か痕跡が残っていないか、必死に周囲へ視線を走らせる。

 

 けれど。

 見つからない。

 

「……アーシアさん?」

 

 名前を呼んでも、返事はなかった。

 装置から助け出した。

 一誠と抱き合った。

 リアス先輩を「お姉さま」と呼んで笑った。

 私にも「ありがとうございました」と言ってくれた。

 今度こそ、みんなで帰れると思った。

 それなのに。

 光の柱が消え去った時、そこには――誰もいなかった。




ここからが本番

ブルアカで一番好きなメインストーリーは? 2026/9/4現在、公開されている範囲でお答えください。

  • Vol.1 対策委員会編 1&2章
  • Vol.1 対策委員会編 3章
  • Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編 
  • Vol.3 エデン条約編 1&2章
  • Vol.3 エデン条約編 3&4章
  • Vol.4 カルバノグの兎編
  • Final. あまねく奇跡の始発点 1&2章
  • Final. あまねく奇跡の始発点 3&4章
  • Vol.5 百花繚乱編
  • Vol.6 過ぎ去りし刻のオラトリオ編
  • Vol.EX デカグラマトン編
  • 第2部 Vol.EX ロア追跡編
  • 第2部 Vol.1 炎と影編
  • 第2部 Vol.2 オデュッセイア編
  • メインストーリーをほとんど知らない
  • ブルアカ未プレイ
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