止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第51刻 仲間だからこそ

シャルバ・ベルゼブブの姿は、もうどこにも残っていなかった。

 

 一誠君が放った凄まじい一撃によって、少し前まで僕たちが走り回っていた神殿はほとんど原形を失い、周囲には大きく抉れた地面と山のように積み上がった瓦礫だけが残されている。先ほどまで絶え間なく響いていた崩落の音も次第に遠ざかり、舞い上がっていた粉塵も少しずつ薄れ始めていたけれど、その光景を見ても戦いが終わったような気分には到底なれなかった。

 

 シャルバという明確な敵は倒したのだから、本来ならこれで終わっているはずだった。それなのに、瓦礫の向こうに立つ一誠君から溢れ続けている赤い魔力は少しも衰えておらず、全身を覆う異形の鎧にも解除される様子がない。むしろ戦う相手がいなくなったことで、先ほどまでは激しい戦闘の中に紛れていた一誠君自身の異常な圧力だけが、今まで以上にはっきりと感じられるようになっていた。

 

「一誠……?」

 

 部長が不安そうに名前を呼んだけれど、一誠君から返事はなかった。聞こえていないのかと思ったのか、今度は先ほどよりも強い声でもう一度呼びかける。それでも一誠君は低く身体を沈めたまま動こうとはせず、兜の奥にある眼だけをゆっくりと動かして周囲を見渡していた。

 

 その視線を見ているうちに、胸の奥へ嫌な感覚が広がっていく。

 

 僕たちが無事なのか確かめているようには見えなかった。むしろ周囲に存在するものの中から次に動く何かを探し、それが自分へ害を与えるものなのかどうかを見極めようとしているように感じられる。少なくとも、これまで何度も隣で戦ってきた一誠君が仲間へ向けていた視線とは、明らかに違っていた。

 

「……おかしい」

 

 思わずそう漏らした直後、それまで周囲を探っていた一誠君の視線が、僕たちの中の一人を捉えたところでぴたりと止まった。

 

 その先に立っていたのはミライさんだった。

 どうして、ミライさんなんだ?

 僕たちは全員、一誠君からそう遠くない場所にいる。それなのに、一誠君の視線は他の誰にも迷うことなく、最初から彼女だけを捉えていた。

 理由を考える暇はなかった。

 

「……一誠?」

 

 自分へ視線が向けられていることに気づいたらしく、ミライさんも表情を僅かに強張らせながら、手にしていた携帯砲を警戒するように持ち上げる。

 

それとほとんど同時だった。

 一誠君の姿勢が変わった。

 

 それまででも十分に低かった身体をさらに深く沈め、両脚へ力を込める。その動きを見た瞬間、何をしようとしているのか考えるより先に身体が反応した。

 

「ミライさん!」

 

 叫び終わる頃には、一誠君の姿はすでに僕の視界から消えていた。

 直後、耳を打つような激しい金属音が周囲へ響き渡り、少し離れた場所にいたミライさんの身体が大きく横へ押し流される。

 

 一誠君の爪は、彼女が咄嗟に構えた大きな砲身へ叩きつけられていた。

 あの箱型の携帯砲は、その形だけを見れば盾としても使えそうに見えるけれど、ミライさんは一誠君の攻撃を真正面から受け止めようとはしていなかった。今の一誠君がどれほどの力を持っているのかは、シャルバとの戦いを見ていた僕たち全員が知っている。たとえ武器そのものが耐えられたとしても、その衝撃を正面から受ければ、支えているミライさんの身体まで無事で済む保証はない。

 

 だからなのか、ミライさんは爪が接触する直前に砲身の広い面を僅かに傾け、ぶつかった瞬間には腰と肩を捻ることで、真正面から押し込まれるはずだった力を斜め横へ流していた。

 それでも完全に受け流せるほど、一誠君の一撃は軽くない。

 

「くっ……!」

 

 ミライさんの靴底が地面を激しく削り、身体ごと何メートルも横へ滑っていく。携帯砲そのものは壊れなかったものの、逸らされた一誠君の爪は彼女のすぐ脇を通り抜け、そのまま地面へ叩きつけられたことで、硬い地面を大きく抉っていた。

 

 もしミライさんが今の攻撃を真正面から受けていたらどうなっていたのかと考えた瞬間、背筋へ冷たいものが走った。

 

「全員、一誠から離れて!」

 

 部長の声が響き、それで我に返った僕はすぐさま両手へ聖魔剣を形成しながら前へ出た。一誠君はミライさんへ追撃しようとしているのか、すでにもう一度身体を沈めていたため、そのまま二人の間へ割って入り、両手の剣を構える。

 

 こうして真正面から向き合うと、今の一誠君が放っている魔力の異常さが改めてよく分かった。

 

 これまでにも、近づくだけで身体が押し潰されそうになるほど強大な力を持つ相手とは何度か戦ってきた。それでも今の一誠君から感じるものは、そうした相手とはどこか違う。強大な悪魔やドラゴンがそこに立っているというよりも、あまりにも大きすぎる力そのものを無理やり人の形へ押し込め、その器が今にも壊れそうになっているような危うさがあった。

 

「一誠を止めるわ! でも、絶対に殺しては駄目よ!」

 

 背後から響いた部長の言葉に、僕とゼノヴィアはほとんど同時に返事をした。

 

「はい!」

 

「ああ!」

 

 もちろん、そんなことは言われるまでもない。

 

 目の前にいるのは敵ではなく、一誠君だ。これまで一緒に戦い、何度も助け合い、普通に笑い合ってきた仲間を殺すつもりなど最初からなかった。

 

 ただし、だからといって簡単に止められるわけでもない。

 

 先ほどの戦いで、一誠君はオーフィスの力によって前魔王級にまで強化されたシャルバをほとんど一方的に追い詰め、最後には巨大な神殿そのものを崩壊させるほどの一撃を放っている。その力が今も失われておらず、しかも次の標的として僕たちを認識し始めているのだとすれば、手加減をしながら止めるというのは、シャルバを倒すこととはまったく別の難しさがあった。

 

 それでも、ここで誰かが前へ出なければならない。

 

「僕から行くよ!」

 

「任せた!」

 

 ゼノヴィアの返事を聞きながら、僕は両手の聖魔剣を握り直して一誠君との距離を測った。

 

 真正面から力比べをして勝てるとは思っていない。先ほどまでの戦いを見れば、今の一誠君へ正面からぶつかるのがどれほど無謀なのかは分かっているし、それなら僕が頼れるのは速さと剣技だった。

 

 狙うのは鎧を破壊することでも、一誠君へ大きな傷を負わせることでもない。何とか動きを止めるか、ほんの僅かでも隙を作り、部長たちが一誠君を正気へ戻すための時間を稼げればそれでいい。

 

 そう考えながら地面を蹴り、一気に間合いを詰める。

 

 一誠君がこちらの動きを捉えるより先に視界の外へ回り込むつもりで身体を低くし、そのまま両手の聖魔剣を振るった。

 

 一気に距離を詰め、まず右の聖魔剣を一誠君の肩へ叩き込むと、甲高い音とともに刃が弾かれた。そこで止まらず身体を半回転させ、今度は左手の剣を脇腹へ滑り込ませるように押し当てる。

 

 刃は通らない。それでも、二撃目を押し込んだ瞬間、一誠君の身体が僅かにずれたのは確かだった。 だったら、鎧を破ることに拘る必要はない。体勢を崩し、動きを制限することならできるかもしれない。

 

 そう判断した直後、一誠君の右腕がほとんど予備動作もなく動き、巨大な爪が横から僕の頭を薙ぎに来た。

 

 咄嗟に身を沈めてその下を潜り抜けたものの、今度は間を置かず背中の翼が横薙ぎに迫ってくる。避け切るには距離が近すぎたため、二本の聖魔剣を交差させて翼へ当て、接触した瞬間だけ力を上方向へ逃がしながら、自分から後方へ跳ぶことでまともに衝撃を受けるのを避けた。

 

 それでも両腕には強い痺れが残り、握っていた聖魔剣が一瞬だけ震えた。完全に受け止めたわけでもないのにこれほどの衝撃なのだから、真正面から力比べをすれば一撃で押し潰されかねない。

 

 着地した僕を逃がすつもりはないらしく、一誠君は四つ足になる寸前まで姿勢を低くすると、その巨体からは考えられない速度で一直線に突進してきた。

 

 僕は真正面から距離を取るのではなく、右へ一歩、さらに半歩だけ身体をずらしながらぎりぎりまで引きつける。一誠君の兜の眼がこちらを完全に捉え、そのまま巨大な爪が振り下ろされた瞬間、僕は大きく叫んだ。

 

「スイッチ!」

 

 爪の軌道の内側へ潜り込み、肩を掠めるほど近い位置を駆け抜ける。

 

 その瞬間、僕が正面から外れたことでできた空間へゼノヴィアが飛び込み、両手で握り締めたデュランダルを一誠君へ向けて力いっぱい振り下ろした。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 凄まじい轟音とともにデュランダルが鎧へ叩きつけられ、一誠君の両足が地面を深く削りながら後方へ押されていく。

 

 一メートル、二メートルと一誠君の巨体が下がっても、ゼノヴィアはそこで止まらなかった。一撃目を振り下ろした反動をそのまま利用して剣を返し、今度は胴体へ向けて横薙ぎの一撃を叩き込む。

 

 鎧そのものには傷一つつかなかったものの、その衝撃によって一誠君の身体は大きく横へ流された。

 そして、それを理解したのはこちらだけではなかったらしい。

 

 一誠君は横へ流されながら片足を強引に地面へ食い込ませ、上半身だけを大きく捻った。

 

 次の瞬間、巨大な尾がゼノヴィアへ向かって横薙ぎに振るわれる。

 

「ゼノヴィア!」

 

「見えている!」

 

 ゼノヴィアはすぐにデュランダルを縦へ構え、その尾を真正面から受け止めた。

 けれど、一誠君の力を殺し切ることはできず、衝撃を受けた瞬間に身体が地面から浮き上がる。

 そこで僕は、すぐに次の合図を送った。

 

「スイッチ!」

 

 ゼノヴィアも意図を理解していたらしく、無理に踏ん張ろうとはせず、自分から後方へ跳ぶことで一誠君の尾の勢いを逃がした。

 

 僕は入れ替わるようにその下を潜り抜け、一誠君の正面へ入る。

 

 まず肩へ右の聖魔剣を叩き込み、そのまま胸、脚へと左右の剣を続けざまに振るった。どの一撃も鎧を斬り裂くことはできなかったものの、衝撃が重なるたびに一誠君の身体は僅かに揺れ、動きにもほんの一瞬ずつ遅れが生まれていく。

 

 その小さな変化を見逃さなかったのは、小猫ちゃんだった。

 

「裕斗先輩、上です!」

 

 声を聞いた瞬間に横へ跳ぶ。

 直後、一誠君の翼がさっきまで僕のいた場所へ叩きつけられ、地面を大きく砕いた。

 

 その攻撃によって一誠君の背後が開いた瞬間には、すでに小猫ちゃんが懐へ潜り込んでいた。

 腰を落とし、仙術を込めた掌底を一誠君の腰へ深く叩き込む。

 鎧そのものに目立った傷はつかなかったものの、仙術による衝撃は内部まで届いているらしく、一誠君の身体が一瞬だけ大きく揺れた。小猫ちゃんもその手応えを感じ取ったのか、すぐにその場から離れながら僕たちへ視線を向ける。

 

「効いてはいます。でも、これだけでは止まりません」

 

 僕も同じことを感じていた。

 一人一人の攻撃で鎧を破ることはできなくても、動きをずらし、体勢を崩すことはできる。だったら、その一瞬を全員で繋いでいくしかない。

 

 問題は、それを一誠君がいつまで許してくれるかだった。

 それでも、小猫ちゃんの掌底が入った瞬間、一誠君の身体の軸がほんの僅かにずれた。

 

「今です!」

 

「スイッチ!」

 

 その小さな隙を逃さず、再びゼノヴィアが正面へ飛び込む。低い姿勢からデュランダルを一気に振り上げると、分厚い鎧に包まれた一誠君の巨体が僅かに浮き上がり、そこへすかさず部長の声が飛んだ。

 

「朱乃!」

 

「はい!」

 

 返事と同時に眩い雷光が走り、まだ空中にいる一誠君へ真正面から直撃する。雷そのものが鎧を傷つけた様子はなかったものの、踏ん張ることのできない状態で受けた衝撃によって身体は大きく横へ弾かれ、少なくとも着地点をこちらの望む位置へ変えることには成功していた。

 

 僕は一誠君が落ちてくる場所を見極め、すぐさま先回りする。

 地面へ着いた一誠君がこちらへ向き直った瞬間、背後から部長の指示が飛んできた。

 

「裕斗、左!」

 

「はい!」

 

 言われた通り左へ走りながら一誠君の注意を引きつけると、兜の眼が僕を捉え、そのまま地面を蹴って追ってくる。背後から迫る気配は異常なほど速く、振り返らなくても巨大な爪がすぐそこまで来ていることが分かった。

 

 あと少しで背中へ届くというところで、横から大きな砲身が滑り込んだ。

 

「させない!」

 

 ミライさんは一誠君の爪を真正面から受け止めるのではなく、広い砲身を斜めに差し込み、接触した瞬間に身体ごと回転させながら表面を滑らせるように軌道を変えていく。

 

 先ほどと同じ受け流し方だったが、それでも衝撃まですべて消せるわけではなく、ミライさん自身も地面を削りながら数歩分横へ押し流された。

 

 それでも武器は壊れず、僕へ向かっていた爪も大きく外れる。

 

「今です!」

 

「任せろ!」

 

 ミライさんが作った隙へ、ゼノヴィアのデュランダルが容赦なく叩き込まれた。

 狙われたのは胴体だった。

 

 今度も鎧を斬り裂くまでには至らなかったものの、その一撃で一誠君の巨体が大きく押される。僕はすぐに背後へ回り込み、一誠君がこちらへ振り向こうとしたところで、小猫ちゃんが軸足へ鋭い一撃を叩き込んだ。

 

 ほんの一瞬だけ動きが鈍る。

 その僅かな遅れを利用して朱乃さんの雷が進路を塞ぎ、最後に部長の滅びの魔力が正面から押し寄せることで、一誠君の身体はさらに後方へ押し戻された。

 

 ここまで続けて、ようやく僕たちのやるべきことが見えてきた。

 一誠君の鎧を破る必要はない。

 誰かが体勢を崩し、その一瞬を次の誰かが拾う。さらにそこで生まれた隙を別の誰かへ繋ぎ、一誠君が自由に動ける時間そのものを奪っていく。

 一人では無理でも、全員で途切れさせずに繋げればいい。

 少なくとも今までは、それで一誠君を押し留めることができていた。

 

「ギャスパー、まだよ。私が言うまで待って!」

 

「は、はい!」

 

 部長の声に、後方で待機していたギャスパー君が強く頷く。

 彼の能力は今の一誠君に対しても通じる可能性がある。だからこそ、焦って使わせるのではなく、確実に効果を発揮できる瞬間まで温存するつもりなのだろう。

 

 そうしている間にも、一誠君は再び僕へ襲いかかってきた。

 振り下ろされた爪を身体ごと横へずらしてかわし、間を置かず追ってきた二撃目には聖魔剣を斜めに合わせて軌道だけを外へ逸らす。続いて横から迫った尾は身を低くして潜り抜けたものの、その直後に振るわれた翼までは避け切れず、横からミライさんが携帯砲を差し込んでくれたことで、ぎりぎり直撃だけは免れた。

 

 一誠君はそこで一度動きを止めると、今度は両手まで地面へつき、まるで獣のような低い姿勢を取った。

 嫌な予感がした次の瞬間、四肢へ込められた力が一気に解放される。

 一誠君の身体は地面そのものを抉りながら、こちらへ向けて一直線に突進してきた。

 

「左右へ!」

 

 部長の指示を聞いた僕とゼノヴィアは、ほとんど同時に左右へ散った。

 どちらを追うのかを見極めるために視線だけを一誠君へ向けた瞬間、兜の眼が僕を捉える。

 一誠君が選んだのは――僕だった。

 

「こっちだ!」

 

 一誠君の注意をこちらへ引きつけたまま、振り下ろされた爪を紙一重でかわし、すれ違いざまに聖魔剣を一撃叩き込む。すぐに振り返って追撃し、二撃目を鎧へ当てたところで片方の聖魔剣が砕けたけれど、構わず新しい剣を作り直して間合いを保ち、一誠君の視線が僕から外れないように動き続けた。

 

「スイッチ!」

 

 僕が横へ抜けるのと同時に、ゼノヴィアが飛び込む。

 

 ――はずだった。

 

 一誠君の兜が、僕ではなく横から迫るゼノヴィアへ向いた。

 

「なっ――!」

 

 巨大な爪が、まだデュランダルを振り切る前のゼノヴィアへ向かって振るわれる。

 

「ゼノヴィア!」

 

「くっ!」

 

 ゼノヴィアは咄嗟に攻撃を中断し、デュランダルを盾にして爪を受けた。激しい金属音が響き、その身体が大きく後方へ弾き飛ばされる。

 今までとは違い、一誠君は僕を追っていなかった。僕が離れた直後に誰が入ってくるのかを、最初から分かっていたかのように先回りしたのだ。

 

「……読まれた」

 

 背筋が冷える。

 一誠君にまともな理性が残っているようには見えない。それなのに、戦えば戦うほど、こちらの動きだけは確実に覚えている。

 同じやり方を繰り返せば、次はもっと早く対応される。

 

「裕斗先輩!」

 

 小猫ちゃんの声で我に返る。

 ゼノヴィアを弾き飛ばしたことで一誠君の上半身が僅かに開いていた。

 

「今だ!」

 

 僕は横から飛び込み、二本の聖魔剣を続けざまに叩きつける。

 一誠君がこちらへ向き直ろうとした瞬間、体勢を立て直したゼノヴィアも反対側から踏み込み、今度こそデュランダルを胴体へ叩き込んだ。

 

 凄まじい衝撃で巨体が横へ流れる。

 その先には、すでに小猫ちゃんが待ち構えていた。

 姿勢を崩した一誠君の腰へ仙術を込めた一撃が突き刺さり、その身体がさらに大きく揺れる。

 

「今よ、ギャスパー!」

 

「止まってくださいっ!」

 

 部長の指示に合わせ、後方で機会を窺っていたギャスパー君が能力を解放した。

 その瞬間、あれほど激しく動き続けていた一誠君の巨体が、完全に静止した。

 けれど、それも長くは続かない。

 

「う……っ!」

 

 ギャスパー君が苦しそうに顔を歪めた直後、停止した一誠君の指先が僅かに震える。

 能力そのものは通っているものの、今の一誠君を押さえ続けるには、あまりにも力の差が大きすぎた。

 効果が続いたのは、本当に僅かな時間だった。けれど、これまで一瞬の隙を全員で繋ぎ続けてきた僕たちにとっては、それだけあれば十分だった。

 

「行くよ!」

 

「ああ!」

 

 僕とゼノヴィアが左右から同時に踏み込み、聖魔剣とデュランダルを一誠君の身体へ叩き込む。正面からの二撃によって巨体が揺れたところへ、小猫ちゃんが背後から仙術を重ね、さらに朱乃さんの雷が頭上から降り注いで一誠君の全身を包み込んだ。

 それでも誰も動きを止めない。

 今作った隙を、ここで終わらせるわけにはいかなかった。

 

「一誠――戻りなさい!」

 

 最後に部長が両手を前へ向ける。

 その掌へ滅びの魔力が凝縮されていくが、普段のように対象そのものを消滅させるためのものではない。威力を抑え、鎧ごと一誠君を吹き飛ばすために調整された魔力だった。

 それが真正面から解き放たれる。

 赤黒い魔力が一誠君の巨体を完全に呑み込み、次の瞬間には激しい爆発が起こった。

 そこで初めて、戦場に僅かな静けさが戻った。

 

 僕は聖魔剣を構えたまま、いつの間にか荒くなっていた呼吸を整える。隣にいるゼノヴィアも肩を大きく上下させており、小猫ちゃんもすぐに動ける姿勢を保ってはいるものの、何度も仙術を使った影響は隠し切れていない。朱乃さんの額にも汗が浮かび、たった一度能力を使っただけのギャスパー君でさえ顔色を悪くしていた。

 

 それでも、今の連携は誰一人として外していない。

 僕とゼノヴィアの同時攻撃、小猫ちゃんの仙術、ギャスパー君の停止能力、朱乃さんの雷、そして最後には部長の滅びの魔力まで、用意していた攻撃をすべて一誠君へ叩き込んだ。

 

 これまでの攻撃とは違う。

 今度こそ、少なくとも動きを鈍らせるくらいはできたはずだと、ほんの一瞬だけそう思った。

 

「気を抜かないで」

 

 部長の低い声が、その考えをすぐに打ち消した。

 僕たちは誰一人として構えを解かず、粉塵の向こうを見つめる。

 やがて、白く霞んだ奥から赤い光が浮かび上がった。

 

「……っ」

 

 次に見えたのは、一誠君の輪郭だった。

 ゆっくりと歩きながら粉塵の中から姿を現したその身体には、僕たちがあれだけ攻撃を重ねたというのに、目立った傷がほとんど見当たらない。鎧の表面も大きく壊れた様子はなく、足取りにも鈍さは感じられなかった。

 

「あれだけ、やったのに……」

 

 思わず声が漏れる。

 攻撃はすべて当たった。

 実際、一誠君の身体を何度も押し戻し、ギャスパー君の力で一瞬とはいえ完全に動きを止めることにも成功した。

 それでも、僕たちが全員で作り上げた連携は、一誠君の鎧に決定的な傷一つ残せていなかった。

 

「まだ動ける!」

 

 ゼノヴィアが息を整えながらデュランダルを構え直した。その言葉に背中を押されるように、僕も両手の聖魔剣を握り直す。

 

「そうだね。もう一度行こう!」

 

 さっきの連携が通じなかったわけではない。

 一誠君を押し返し、ギャスパー君の力なら一瞬だけでも止めることができる。

 けれど、同じやり方を続けることはできない。

 もう一誠君は、僕たちの連携を覚え始めている。

 

「次は同じようにはいかないよ」

 

「ああ。なら、こちらも変えるだけだ」

 

 ゼノヴィアの返事に頷き、僕は聖魔剣を構え直した。

 止められる保証なんてない。

 それでも、ここで退くという選択肢もなかった。

 僕たちはもう一度、一誠君へ向かって走り出した。

 




シャルバの時より一誠弱くね?と思うかもしれませんが、シャルバ戦では殺る気スイッチが完全に入っていたのに対し、今回はそこまでではありません。
加えてリアス達の側にも、「一誠を取り戻す」という状況による精神バフがかなり掛かっています。別に一誠が仲間だから無意識に手加減しているわけではないです。

ブルアカで一番好きなメインストーリーは? 2026/9/4現在、公開されている範囲でお答えください。

  • Vol.1 対策委員会編 1&2章
  • Vol.1 対策委員会編 3章
  • Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編 
  • Vol.3 エデン条約編 1&2章
  • Vol.3 エデン条約編 3&4章
  • Vol.4 カルバノグの兎編
  • Final. あまねく奇跡の始発点 1&2章
  • Final. あまねく奇跡の始発点 3&4章
  • Vol.5 百花繚乱編
  • Vol.6 過ぎ去りし刻のオラトリオ編
  • Vol.EX デカグラマトン編
  • 第2部 Vol.EX ロア追跡編
  • 第2部 Vol.1 炎と影編
  • 第2部 Vol.2 オデュッセイア編
  • メインストーリーをほとんど知らない
  • ブルアカ未プレイ
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