FAIRY TAIL ―継ぎ接ぎのS級魔導士― 作:七草空斗
カチャリ、と静かな鍵の音が響き目の前の扉が開け放たれる。
窓から差し込む午前中の柔らかな陽光が、埃一つないフローリングの床を白く照らしていく。
「さあ、入ってヴェル! 今日からしばらく、ここが貴方の家よ」
自分の体ほどもある大きな荷物を抱えたミラが振り返り、悪戯っぽく微笑む。
いつものギルドで見せる給仕用のロングドレスではなく、動きやすそうなサマーニットにロングスカートという小綺麗な私服姿。見慣れているはずの彼女がいつもとは少し違って見えて、朝の光を背負ったその姿が妙に眩く映る。
「お邪魔します……。本当に、何から何までありがとう」
「もう、水臭いお礼は禁止って言ったでしょ? これくらい、お安い御用よ」
退院手続きを終え、マグノリアの心地よい朝風を浴びながら辿り着いた久しぶりの日常。ほんのりと甘い焼き菓子の香りが残るリビングへ足を踏み入れた途端、ファントムとの激闘以来どこか身体の奥に残り続けていた緊張が、ようやく緩んでいく。
促されるままソファーへ腰を下ろせば、柔らかな座面に沿うように身体が深く沈み込む。それだけのことで、穏やかな日々へ戻ってきた実感が遅れて身体へ染み込んでくるようだった。
「はい、まずは温かいハーブティー。普通の食事だとまだ胃腸もびっくりしちゃうだろうから、お昼は消化にいいスープとお粥にするわね」
「ありがとう。本当に至れり尽くせりだね」
「ふふ、看病されるのは患者さんの特権よ。今すぐ準備するからゆっくりしててね」
「あぁ、お言葉に甘えて休ませてもらうよ」
ウキウキな表情を浮かべたミラが台所へ戻っていくのを見送り、改めて部屋を見渡す。
──いつぶりだろう。
以前訪れた時とは家具の配置も調度品もガラリと変わっている。それでも少し古びた木柱の匂いや室内の穏やかな空気は変わらず、目に映るものが違うからこそ余計にはっきりと感じられた。
仕事を詰め込みすぎた僕をミラが半ば無理やりここへ連れ帰ったり、四人で同じ机を囲んで夜遅くまで食事をしたりすることもあったな。当時はそれを特別なことだと思っていなかったけれど、今ではそんな些細な光景の一つひとつが大切な記憶になっている。
リサーナが笑い、エルフマンが照れくさそうに肉を頬張り、それを見たミラが呆れながらも優しく微笑んでいた──あの四人の食卓。
今の部屋へ昔の光景を重ねていると、湯気の立つ皿を載せたお盆を手にミラが台所から戻ってきた。
「はい、お待たせ様!熱いからよく冷まして食べてね」
「……なんだか、ここでこうやって食事をするのも久しぶりな気がするよ」
「そうね……。あなたがSS級クエストに行く前が最後だから、もう一年くらい前かな?」
「あれ?もうそんなに前なのか」
「あなたってば仕事ばっかりで全然帰ってこなかったんだもの。私、いつも心配してるんだからね?」
そう言ってミラは机の上で両腕を重ね、そこへ顔を伏せながらプクっと子供のように頬を膨らませる。
ギルドの看板娘としていつも誰にでも柔らかな笑顔を向けている彼女が、僕の前では昔と変わらず不満も心配もそのまま表情に出してくる。そのことが何故だか少し擽ったくて、僕は困ったように笑いながら視線を逸らした。
「ごめん。これからはもう少し顔を出すよ」
「……本当に?街に戻ってきたら、真っ先にギルドのカウンターに来てよね?」
上目遣いに僕の顔を覗き込んでいたミラから、ふっと悪戯っぽい笑みが消える。
ハーブティーから立ち昇る湯気越しに向けられた瞳は柔らかく、それでいて先ほどまでとは違う僅かな寂しさを帯びていた。
「……それにね、こうしてまた貴方がこの家にいてくれるの本当はちょっと嬉しいのよ?」
「え……?」
不意に落とされた声に小さく跳ねる心臓。
何か返さなければと思うのに言葉が出てこず、僕が黙ったまま彼女を見返していると、ミラはそんな空気を自分から払うように再びいつもの楽しげな笑みを浮かべた。
「ほら、口を尖らせないで。あーん、ってしてあげましょうか?昔みたいに」
「なっ……!いいよ、自分で食べられるから!」
からかうように目を細めるミラから逃げるようにカップへ手を伸ばす。頬に集まった熱をごまかすには、まだ湯気を立てているハーブティーは少し熱すぎた。
──そんな少し気恥ずかしくも穏やかな時間を重ねながら、日々は瞬く間に過ぎていった。
僕の身体は医師の見立てを上回る速さで回復していた。最初こそ寝台から起き上がるだけで全身の傷が悲鳴を上げていたものの、三日も経つ頃には日常の動作で感じる痛みもかなり軽くなり、深く刻まれた傷にはまだ生々しい赤みが残っている一方で浅い裂傷のほとんどはすでに塞がり始めている。
ただ、痛みが引けばつい身体を動かしたくなるのが人の性というものだ。
「もう、ヴェルったら!安静にしなきゃダメって言ったでしょ!」
部屋の片隅でミラに隠れてストレッチを始めたところを見つかり、フライ返しを片手に本気で叱られたのは同居を始めて四日目。
僕としてはほんの少し身体を伸ばしただけのつもりだったのだが、療養という言葉の意味を理解していないと一通り説教された挙句、その日は普段以上に厳しく監視される羽目になった。
もっとも、僕自身の予想を上回る回復ぶりを一番近くで見ていたのもまたミラだった。
「本当に呆れた回復力ね……。もう私の特製スープじゃ物足りないかしら?」
「いや、ミラの料理はどれも美味しいよ。ただ、その……もう少し噛みごたえのあるものが恋しくなってきた……と言いますか」
その言葉をきっかけに、食卓には少しずつ噛みごたえのある料理へ戻っていった。肉の炒め物やスパイスの効いた大皿料理が増え食事の量が戻るにつれて、身体の奥から抜け落ちていた力まで少しずつ満たされていく。
ミラの淹れてくれる紅茶の豊かな香り。廊下をパタパタと歩く足音と時折キッチンから聞こえてくる小さく心地よい鼻歌。
そんなものを特別意識することもなく毎日の一部として受け取るようになった頃には、傷そのものは残っていても普段の生活を送る上で大きな不自由を感じることはなくなっていた。
読みかけの魔導書をゆっくりと閉じ、机の上へそっと置く。文字を追っている間は気にも留めなかった背中の強張りが、読み終えた途端に意識へ上ってきた。ずいぶん長く前屈みになっていたらしい。背筋を伸ばせば鈍い心地よさが広がり、深く吐いた息とともに身体の力が抜けていく。
「少し外の空気を吸ってこようかな。このままずっと部屋の中に居たら鈍っちゃいそうだし」
「ええ、気をつけてね。でも、絶対に無茶なトレーニングはしちゃダメよ?私、ちゃんと見てるんだから」
「分かってるよ」
「本当に?」
「本当に大丈夫だよ。のんびりマグノリアを散歩するだけだから」
妙に念を押してくるミラの視線に先日のことを思い出し、これ以上余計なことを言えばまた話が長くなりそうだと苦笑する。
エプロン姿の彼女に送り出され、僕は数日ぶりにマグノリアの街へと歩みを進めた。
―――――――――――――――――――――――――――
フラフラと街中を回り、最後に向かった目的の場所はファントムとの戦いで完全に崩壊したギルドの再建現場──その横に建てられた、大きな仮設テントの臨時ギルド。
カンカンと木槌の音が青空へ響き渡り、崩れた瓦礫を運ぶ者。新しい木材を組み上げる者。その横で冗談を飛ばし合う者と周囲には慌ただしく動き回る仲間たちの姿がある。
話には聞いていた。それでも実際に、長年当たり前のようにそこにあった建物が崩れている光景を自分の目で見れば胸の奥が僅かに重くなる。
けれど、そこにいる皆まで失われたわけではない。
壊れたものを前に俯くでもなく、いつものように騒ぎながら次の場所を作っている。その姿を眺めていると沈みかけた気持ちも自然と持ち上げられていった。
「そこはもう少し右だ!いや、待て!その柱は先に固定した方がいい!」
作業の中心から、周囲の木槌の音にも負けない凛とした声が響く。
「おお、ヴェルク!体調は良いのか?無茶はするなよ!」
こちらに気づき、黄色のヘルメットに現場服という珍しい出で立ちで歩み寄ってきたのはエルザだった。
ファントム戦では彼女も決して軽傷ではなかったはずだが、今では疲労らしいものもほとんど見えず、僕へ向けられる真っ直ぐで力強い笑顔はいつもと変わらない。
「ああ、もう大丈夫だよ。心配をかけたね。それよりも……なんだか中がいつも以上に騒がしいみたいだけど何かあったのかい?」
仮設テントの奥から聞こえてくるナツやグレイたちの怒号に視線を向ける。
すると、それまで明るく笑っていたエルザが僅かに表情を引き締めどこか複雑そうに腕を組みなおす。
「ああ。実はな……ロキのことだ」
「ロキ?」
その名前に眉をひそめた次の瞬間、テントの奥から凄まじい勢いでナツが飛び出してきた。
「あいつ、人間じゃなくて星霊だったんだよ!知ってたかヴェルク!?」
「……星霊?」
突然肩を掴まれ、そのまま前後に揺さぶられる。
「何年も俺たちの前で普通に人間のフリしてやがったんだぞ!」
「落ち着けって。病み上がりをそんな勢いで揺らすな」
ロキと一緒に後ろから追いついてきたグレイが呆れた顔でナツの腕を払い落とす。
「星霊レオ……それがロキの本当の姿らしい。全く、大したもんだよな。あれだけ長い間一緒にいて誰にも気づかせなかったんだから」
「ロキが星霊……」
聞かされた言葉を頭の中でもう一度反芻しながら二人の向こうへ視線を向けると、話題の中心にいる本人がまるで今までと何も変わらないような顔で歩いてくる。
「ヴェルクも気づいてなかった?」
「いや……まったく」
「なら良かった。ヴェルクに見抜かれてたら僕もちょっと自信なくすところだったよ」
いつもの調子で笑うロキを見ても、彼が人間ではなく星霊なのだという実感はなかなか湧いてこない。僕が療養している間にも色々とあったらしく、テントの奥にいるルーシィへ目を向ければ、こちらの視線に気づいた彼女がどこか照れくさそうに笑った。
……まぁ、詳しい事情は後で聞けばいいかな。少なくとも今ここにいるロキの表情を見る限り、悪い結末を迎えたわけではなさそうだった。
ひとしきり皆から弄られたロキは困ったように笑いながら話を切ると、懐から一枚の招待券を取り出した。
「それで、これ。高級リゾート地『アカネリゾート』の特級宿泊券なんだけど、色々世話になった皆への僕なりの感謝とプレゼントだよ。どう?ナツ、グレイ、エルザも誘って、みんなで行ってこないか?」
「な、なんだと……!?ビーチやカジノも備え付けてあるという、あのアカネリゾートか!?」
つい先ほどまでの複雑そうな顔はどこへやら、エルザの目が子供のように輝く。
その反応を皮切りにナツやグレイ、ルーシィまで巻き込まれ、ロキの正体について騒いでいたはずのテントは、今度は旅行の話で一層賑やかになった。
アカネリゾート。広大な私有地の中に最高級のホテルだけでなく、土地や地理を生かした娯楽施設まで備えた有名な高級リゾートだ。話に聞いたことくらいはあるが、当然ながら僕自身が足を運んだことはない。
「ヴェルク、お前は行かないのか?」
皆の話を少し離れた場所から眺めていると、その輪から外れたナツがこちらへ歩み寄ってきた。
「……いや、僕は遠慮しておくよ。まだ傷が治りきってないし、ミラたちの家で大人しく療養させてもらうかな」
せっかくの誘いだ。普段なら多少無理をしてでも同行したかもしれない。
けれど今の状態でついて行けば、楽しみに出かける皆へ余計な気を遣わせるだけだ。それなら今は大人しく身体を治すことを優先した方がいい。
「そうか、残念だな!じゃあ、お前のお土産の分まで俺が遊んできてやるよ!」
「それ、お土産を買ってくる気ないだろ」
「あはは。土産話だけでも楽しみに待ってるよ」
翌日、いつも通り騒がしく出発していくナツたちを笑顔で見送り僕は一人ミラの家へと戻った。
さらにその翌日──
トントントン、とキッチンから小気味よい包丁の音が響いている。漂ってくる匂いからして、今日の夕飯はシチューらしい。
療養がてら読み耽っていた魔導書から視線を外し、窓の外を見る。
空は燃えるような茜色に染まり、差し込んだ夕日が室内へ長い影を落としていた。
「ヴェル、もうすぐご飯できるからねー。今日のは自信作なんだから」
エプロンの紐を結び直しながら、ミラがリビングへ顔を出す。
「あぁ、楽しみに待ってるね」
軽く手を振って答えると彼女は満足そうに笑い再びキッチンへ戻っていった。
やがて、途切れていた包丁の音が再び響き始める。
――パキッ、と。
その中に混じって、間借りしている自室から何かが小さく割れるような鋭い音がした。
「……っ!」
心臓が凍りつく。
考えるより先に身体が動き、椅子を蹴るように立ち上がるとそのまま自室へ駆け込んだ。
荷袋を乱暴に開けば、暗がりの奥で──ドクン、ドクンと、あのラクリマが血のような禍々しい赤色で明滅している。
『……聞こえるか。シモンだ』
ノイズ混じりの声がラクリマから響く。あの夜とは違い、低く押し殺したその声音には僅かな余裕も感じられなかった。
『――残念だがタイムリミットだ。これからアカネリゾートを北上し、楽園の塔へ向かう』
「──っ!」
一瞬で背筋が冷えた。
アカネリゾート。昨日、エルザたちが向かった場所だ。
そこから、楽園の塔へ。
──始まったんだ。
ラクリマを肩掛け袋へ押し込み、壁に掛けていた上着を掴む。
行かなければ。
今すぐに。
「ヴェル?」
自室を飛び出したところで声を掛けられ、振り向く。
リビングとの境目にエプロン姿のミラが立っていた。突然飛び出してきた僕に驚いたのか、その手にはまだ料理に使っていた木べらが握られている。
「どうしたの?そんな血相を変えて」
「ミラ……」
シモンが何をしたのかまでは分からない。けれど、今になってアカネリゾートから楽園の塔へ向かうとわざわざ知らせてきた意味を考えれば、楽観できる余地なんてほとんど残っていなかった。
早く行かなければならない。
玄関へ一歩踏み出しかけ、そこで足が止まる。
──その時は、もう自分一人の中だけで答えを出さない。
数日前、自分で口にした言葉が嫌になるほど鮮明に蘇った。
あの時だって僕には僕なりの理由があった。戦いに行くわけではない。ただシモンと話をして、今の自分では協力できないと伝えて帰るだけ。誰かへ話すほどのことではないと自分一人で判断して病室を抜け出し、結局は傷口を開いて帰った挙句、ミラに散々叱られた。
だが今、シモンから預かったラクリマは実際に光った。もう僕だけが知っていれば済む段階ではない。
逸る気持ちを押さえるように一度だけ深く息を吸い、玄関へ向けていた身体をミラの方へ戻した。
「……ミラ。聞いてほしいことがある」
僕の声から何かを感じ取ったのか、ミラは表情を引き締めた。
「数日前、僕はシモンっていう男に会った。エルザの昔の知り合いらしい」
「エルザの?」
「ああ。その時にジェラールって男と『楽園の塔』について聞いた。詳しいことまでは僕も知らないけど、そのジェラールがエルザを塔へ呼び戻そうとしていることだけは聞いてた」
肩掛け袋の奥でラクリマが赤い光を漏らし、ミラの視線がそこへ落ちる。
「そのラクリマは……?」
「何かが起きたら知らせるためにシモンから預かったものだよ。それが今、光った」
「じゃあ……」
「ああ。シモンは今、アカネリゾートを離れて楽園の塔へ向かってる」
ミラの顔が強張った。
「アカネリゾートって……エルザたちがいる場所よね」
「ああ。だから、たぶんエルザに何かあった」
ミラはそれ以上何が起きたのかを尋ねず、僕の次の言葉を待っている。
「僕は楽園の塔へ行く」
「待って」
予想していた通り、ミラの眉が寄る。
「まだ身体が完全に治ってないのよ。お医者様からだって──」
「分かってる」
反射的に言葉を重ねかけたものの、そのまま口を閉じた。大丈夫だと笑って押し切ってしまえば話は早いし、以前の僕ならきっとそうしていた。けれど、ここ数日ずっと僕の傷を見てきたミラに、それを言ったところで何になる。
「……分かってるよ。まだ傷が残ってることも、この身体で海を越えるのが無茶だってことも」
それでも、本当にエルザが塔へ連れていかれたのなら身体が治るまで待っている時間はない。
「だから、僕は先に行く。でも一人で全部やろうとは思ってない」
「え……?」
「頼みがあるんだ」
ミラを真っ直ぐに見る。
「マスターに伝えてほしい」
「……マスターに?」
「ああ。さっき話したシモンとジェラール。それから『楽園の塔』について。ジェラールがエルザを塔へ呼び戻そうとしていたことと、今シモンがアカネリゾートから楽園の塔へ向かってることも」
ミラはすぐには答えず、僕を見つめたまま黙り込んでいた。返事を急かしたくなるのを堪えて待っていると、やがて小さく息を吐き、手にしていた木べらを脇の台へ置く。
「……分かったわ」
その一言に、張り詰めていた肩から僅かに力が抜けた。
「ありがと──」
「でも」
強い声に思わず口を閉じる。
「分かったのは、マスターに伝えることだけよ。怪我が治りきってない貴方が一人で海を越えていくことまで納得したわけじゃないんだから」
「……うん」
「本当に無茶はしないで」
「約束する──とは、今は簡単に言わない方がいいかな」
困ったように笑うと、ミラは一瞬だけ呆れたように目を細める。けれどすぐに真剣な眼差しへ戻った。
「なら、これだけは約束して」
「何?」
「危ないと思ったら、一人でどうにかしようとしないで」
その言葉に、左手へ巻かれた白い布に目が落ちる。病室でこの手を差し出し、二人で交わした約束を思い出しながら頷いた。
「……約束する。危ないと思った時は、ちゃんと頼る」
「ええ」
それ以上ミラは何も言わなかった。僕も、もう大丈夫だとは言わなかった。
玄関の扉を開くと、夕暮れから夜へ移り変わり始めた冷たい風が一気に家の中へ流れ込んでくる。外へ出て背中へ魔力を集中させた。
──『
光の翼が大きく展開され、薄暗い軒先を照らし出す。
飛び立つ直前に一度だけ振り返ると、玄関先に立つミラと目が合った。
「ミラ。マスターのこと、頼んだよ」
「任せて」
その返事に頷き、僕は地面を蹴る。
茜色から深い群青色へと移り変わるマグノリアの夜空へ、一気に加速する。
眼下で遠ざかっていく街の灯りを振り切り、僕は前方に広がる海だけを見据えた。