この素晴らしい世界にゾルディック家三男を!   作:カトタンバ

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ちょっと長めです。


第13話「アクセル ✕ ニ ✕ サヨナラ」

「(……そういえばコーヒーを飲み忘れていたな)」

 

 

 深夜、もうじき日付が変わろうかという時。

 外回りから戻ってきたオフィスの主─────クラピカは眉をひそめる。

 

 今朝に世話焼きな同僚が淹れてくれたコーヒーはゆうに半日以上もの間、山積みの書類が置かれたデスクの隅に放置されていた。

 芳醇な風味を漂わせていた液体も今や台無し。常温でこれほど長時間放置されたコーヒーは雑菌が著しく繁殖し、酸化を通り越して腐敗すら起こしていることだろう。

 

 ……もう捨てるしかあるまい。

 

 

「すまないな、センリツ…」

 

 

 同じく戦争の如き激務に忙殺されているにもかかわらず気遣ってくれる同僚に詫びつつ、クラピカは背広を脱ぎ捨てた。……未だ着慣れぬダークスーツも、所詮は亡きクルタ族の同胞への鎮魂をいずれ果たすためだけの道具。

 

 ネオン=ノストラードの予知能力が失われた今、クラピカの属するマフィア・ノストラードファミリーは最大の収入源であった占い業を廃止せざるを得なくなり、存亡の危機に陥っていた。

 そこでクラピカの発案により現在は、合法の護衛業および賭博業によって組織の立て直しを図る方針が取られている。

 

 全ては、裏の人間(アウトロー)との幅広いコネクションを得ることで緋の眼──幻影旅団の凶行によって滅んだクルタ族の眼を手に入れた人体収集家を見つけ出し、奪還すると共に同胞を手厚く弔うための過程である。

 

 

「(休んでなどいられない。だが、そろそろ休暇を取らねば彼女がいよいよ本気で怒りそうだな)……ふふっ」

 

 

 申し訳無いからやはり飲むかと暫し悩んだものの渋々コーヒーをシンクに流し込んだ。これを淹れてくれた戦友の心配顔を想像してつい苦笑が漏れる。

 

 ピロン、ブー…ブー…ブー…

 

 背広のポケットに入れたままのスマートフォンが鳴っているようだ。通知された名前を見てクラピカは思わず大きな声を出す。

 

 

「ゴン…!」

 

 

 迷わず応答した。

 

 

「もしもしゴン?…キルアの件か?」

 

『あ、クラピカ!ごめんね、こんな遅くに。オレ今日(・・)の朝にG.I行ってきて、ゲームマスターの人に話を聞いてきたんだ。キルアがどこかに消えてしまったことに何か心当たりはありませんかって』

 

「仕事が確実に終わっている時間帯での電話を希望したのは私だ、お前が謝ることはないよ。それでゲームマスターに話を聞いてみてどうだった?」

 

 

 話相手は目の前にいないのにクラピカは身を乗り出す。

 

 

『それがね…エレナさんって人と話したんだけど、のらりくらりと適当にはぐらかされちゃって何も手がかりを得られなかったんだ。あの感じは何も知らないんじゃなくて、知った上で隠してるような…そして何か隠してることをわざと悟らせようとしてるような…そんな風に見えた』

 

「……………。」

 

『もしかしたら何かの罠かもしれないけど……それでも──』

 

 

 クラピカの中性的な容姿が強張る。サラサラとした金髪が目元を覆い隠し陰影を描き出した。

 

 

「………なるほどな。それで私の力を借りたくなったということか?」

 

『うん、やっぱりクラピカは話が早いね。メチャメチャ忙しいのに申し訳無いとは思ってるけど…』

 

「構わないさ。近日中に何とか休めそうなんだが、その時でいいだろうか?」

 

『うん!ありがとう、クラピカ!』

 

 

 電話越しに聞こえる無邪気な声にクラピカは頭を抱えつつも口元を緩ませる。どうにもゴンと話していると不思議なほど毒気を抜かれてしまう。

 ……その本質が決して無邪気なだけの少年ではないということなど百も承知であるにもかかわらず。

 

 

『それでクラピカ…オレが今から言うことを笑わないで聞いてくれるかな?』

 

「…何だ?」

 

『キルアはもしかしたら…オレ達の世界とは違う世界に飛ばされてしまったかもしれないんだ』

 

「違う世界…?………言うなれば異世界といったところか。何故そう思う?」

 

 

 ゴンは時折周囲の度肝を抜くようなことを言うことはあっても、何の根拠も無く荒唐無稽な発言をするような人間ではない。少なくともクラピカはそう考えている。

 

 

 

 

『ジン……親父がそう言ってたから』

 

「それは………非常に確度の高い根拠だな」

 

 

 

 

 ゴンの父親であるジン=フリークス。

 かつてクラピカがその手で調べようとしても一切情報を得られなかった人物。電脳ネットワークの極秘会員に登録するには、一国の大統領クラスの権力と莫大な金が必要になるのだが、一介のハンターの身でその域に到達するとはどれほどの実力者なのか…。

 

 

『ジンが言うには、呪文(スペル)カードの《磁力(マグネティックフォース)》を使えばジンの所に、《同行(アカンパニー)》を使えば弟子のカイト…カイトさん(・・)の所に飛ぶようになってたらしい。…そういう風に決めた理由は教えてくれなかったけど』

 

「それでゴンは《同行》を使ったのに父親の方に飛ばされたんだったな?」

 

『そうなんだ。ジンはエレナさんに頼んで、カードごとに飛ぶ先を変えてもらったって言ってた。…なのにジンの指定通りになってなくて、しかもオレと一緒に《同行》を使ったキルアがはぐれたとなると、やっぱりエレナさんが何か知ってる可能性が高いと思う』

 

「妥当な推測だな」

 

『………ジンと一緒にあんな凄いゲーム作った人を本当は疑いたくないんだけど』

 

 

 クラピカはネクタイを緩めて目を瞑る。

 どうもキルアは想像以上に大変な事態に巻き込まれているらしい。

 

 

『オレ、ジンにキルアのことを最高の友達だって紹介するつもりだったんだ。なのに………』

 

「ゴン…」

 

 

 先日G.Iをクリアしてジンと再会したばかりのゴンが報告してきた時も、ようやく父親に会えた感慨といったものは一切語らず、キルアへの心配ばかりを口にしていた。レオリオもゴンから同じ内容の連絡を受けたという。

 エレナという人物が企てたことなのかはまだ分からないが、折角の再会を台無しにした犯人に憤るレオリオの気持ちはクラピカにもよく分かった。

 

 

『キルア……別の世界でも上手くやっていけてるかな?』

 

「確かに…。異世界にも人間のような知的生命体も然ることながら、こちらの常識が通用しない固有の生物も存在することだろう。それに気候、地形、地質、土壌、植生、水文などというような自然地理的環境も──」

 

『ああ、いや…そうじゃなくて…あ、もちろんそういうのもあるんだけど………』

 

「?」

 

『キルアは独りで心細く無いかなって…。右も左も分からない世界で孤独を強いられるって、オレ達には想像の付かないような苦しみがあるんじゃないかな…きっと』

 

「何も分からない世界で孤独、そうだな………」

 

 

 クラピカの脳裏に蘇る。初めて村の外に出てまもない頃に親友も家族も喪ったこと、ゴン達と出会うまでの数年間のこと。

 

 

『向こうでもいい仲間に出会えてるといいな…キルア』

 

 

「………ふむ。そうだな…キルアは器用な世渡り上手に見えて不器用な所が結構あるからどうだろうな?…私に言わせてもらえば、一見すると不器用なウドの大木にしか見えないくせして意外に器用なレオリオの逆だ」

 

 

 ゴンは何か言いたげに苦笑交じりに口をもごもごさせる。

 

 

『う〜〜〜〜ん………………どうかな』

 

 

〝お前がオレ達のこと仲間とも対等とも思えないなら、どんな手使ってでも協力してもらうぜ!!″

 

 

「(けれど、あの不器用さは嫌いじゃない。……ヨークシンでのキルアの言葉、正直耳が痛かった)」

 

『じゃあクラピカ、今日はこの辺で!』

 

「ああ、休暇がいつか決まったら連絡しよう。では、これで…」

 

 

 ………数秒後、通話の終了を知らせる電子音が耳に流れ込んできた。

 

 クラピカはスマホを背広に仕舞い直し、そして今度は自分でコーヒーを淹れるため湯を沸かす。

 ……クラピカとて少しでも睡眠時間を確保した方が良いのは重々承知していたが、仕方無い。どうしても温かいコーヒーを飲みたい気分になってしまったのだから。

 

 

「………良き仲間に巡り合わんことを」

 

 

 窓から見える星空に、柄にも無く願いを託しつつ。

 ネクタイを締め直したクラピカは再び背広を纏う。一日でも早く…否、一分一秒でも早く、仕事に一区切り付けるために。

 

 

 

***

 

 

 

 異世界にて。

 

 すっかり日が沈み、暗がりにぽつんと佇む公園の中。魔道具式の街灯が発する儚い光だけが世界に色彩を与えていた。

 

 

「───おい。今すぐそいつを離せ。そうすりゃテメーを痛み無く一瞬で殺してやるから…」

 

 

 その場にいた誰もが、キルアの言葉に我が耳を疑う。

 

 

「キルア、お前何言ってんだよ………殺すって、人を…?人間を…?」

 

 

 何とか声を絞り出したカズマが皆の疑問を代弁する。己の聴覚が掬い上げてしまった情報が否定されることを願って。

 

 

「そうだけど?それが何?」

 

「それが何って…………冗談だろ…?」

 

 

 冗談だと思いたかった。子供の虚勢と笑い飛ばしたかった。

 しかし当人の放つ有無を言わさぬ威圧感がそうさせてくれない。

 

 初めて出会った日は一緒にカエルを倒して風呂にも入ったのに。

 この世界の理不尽なキャベツへのモヤモヤ感を共有したのに。

 ダクネスからパーティーメンバーでなくても仲間と言われて嬉しそうにしてたのに。

 アクアに金のことで泣き付かれて二人で頭を抱えたのに。

 めぐみんと他愛無い勝負をして満更でも無さそうだったのに。

 

 ………普段は生意気でも、意外に可愛げがあって憎めない奴だったはずなのに。

 

 

「冗談なわけねえだろ……そのクソ女はオレ達の大事な仲間に手ェ出してんだぞ!!」

 

 

 どす黒い憤怒、いや憎悪のマグマを煮え滾らせるキルア。

 

 

「そ、そうだけどよ……」

 

 

 烈火の如き形相に味方のカズマすら口籠ってたじろぐ。

 

 

「キルア…!あなたは──」

 

 

 人質となっているめぐみんが口を開くも、

 

 

「ひぅっ…!……わた、わ、私っ…!!」

 

「クレメア、逃げるんだ!」

 

「早く!その女の子から離れて!」

 

 

 クレメアの悲鳴やミツルギ、フィオの叫び声でかき消される。

 

 目の前の少年が醸し出す、体中の皮膚を形なき無数の刃で切り刻むような鋭い殺気にクレメアの心身は竦み上がった。

 瞬き一つ…呼吸一つ…それしきのこともままならず、心臓の音だけがドッドッドッと鼓膜を揺らす。喉は枯れ井戸のように干からびて、生唾一滴も湧いてこない。

 少年の底知れない怒りを湛えた眼光が放つ殺意…ただただ、それだけが今この世界を支配していた。

 

 

「ただ…ちょ、ちょっとだけ……女神様にはキョウヤと一緒にいて欲しくて、つい………」

 

 

 怖い…。

 

 

「誰が喋っていいって言ったよ?」

 

 

 闇の中音も立てず近付いてくる姿、怖い…。

 

 

「ご、ごめっ…なさっ………」

 

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…。

 

 

「いいか?今から十数える。その間にそいつを解放しろ」

 

 

 た、助かる…!?でも今更──

 

 

「い〜〜ち…2,3,4,5,6,7,8,9,じゅ──」

 

「っ…!!!」

 

 

 早口のカウントに焦り、クレメアの突き付けていた剣先がブレた瞬間。キルアの足が地を離れようとした、その時。

 

 

「とうっ!」

 

「うぶっ!?」

 

 

 機を伺っていためぐみんの杖がクレメアの鼻っ柱を強打する。

 めぐみんは魔法職の少女といえど、筋力の値はカズマより高い。前衛職の力には無論及ぶべくもないが、その杖の一撃は決して侮れない威力となる。

 

 

「めぐみん、こっちだ!」

 

 

 クレメアが自らの顔を押さえている間にダクネスが素早く呼びかけ、めぐみんを引き寄せると共に一歩前に出る。これでもう心配はいらないだろう。

 

 

「やったわよ!それっ! 花鳥風…げっ!?」

 

「やめんか、空気読め!」

 

 

 カズマがアクアの頭にチョップをかまし、宴会芸スキル『花鳥風月』の発動を阻止する。めぐみんが無事助かったとはいえ、間違いなく今はふざけた宴会芸など披露している場合ではない。

 

 

「いったぁああ!仲間の無事を祝福しようとした女神をカズマさんがぶったんですけどぉ!…ねえ謝って!女神様の下々の者への心遣いを台無しにしたこと謝って!」

 

「んなことより!今はこいつらにどうやって落とし前を付けさせるか話し合うとこだろうが…」

 

 

 そう言って、未だ呆然とした様子のミツルギ達をカズマは顎で指す。

 もっとも口では反発しつつも、この緩い空気が彼にはたまらなく心地良かったのだが…。あの地獄のような一時はもう懲り懲りだ。

 

 

「………そうだよな、キルア?」

 

「…………。」

 

 

 キルアは黙したまま応えない。

 街灯の放つ光が逆光になっていて、その表情はハッキリとは読み取れなかった。それでも先程のような激情は感じられずカズマは安堵する。

 

 

「(やっぱこいつが人を殺すなんてありえないよな…)」

 

 

 さっきのはあくまでブラフ。これが本来のキルアなのだとカズマは解釈した。

 

 

「キルア〜!」

 

 

 ダクネスを伴っためぐみんもにじり寄る。

 

 

「さっきはありがとうございました!あなたの脅しのおかげであの人に隙が出来たので助かりましたよ!」

 

 

 めぐみんが視線を向けた先ではクレメアが力無く座り込んでいた。これからどうしたらいいのか分からず、立ち上がることすら出来ないでいるようだ。

 剣だけは変わらずその手にしっかり握り締められたままだった。

 

 

「さてさて、どんな風に落とし前を付けてもらいましょうかね?うーむ…迷惑料を支払ってもらうとか、あるいはしばらく我々の専属マネージャーという名の奴隷になってもらうとか、他には──」

 

 

 意地悪くドヤ顔するめぐみんが言葉を続けようとした時、

 

 

「死んでもらうとか?」

 

「………え?」

 

 

 辛うじて聞き取れた一言の意味を彼女の脳が解析する前に。

 一つ、目を見張るような異変が起きる。

 

 

 

 

 

「「「「 !? 」」」」

 

 

 

 

 

 突如キルアを覆う空気が一変した。

 ちょうど傍で彼を囲んでいた四人は、すぐさまこのただならぬ"オーラ"に気付く。

 

 

「何、何!?…女神である私を差し置いて、このちょっと眩しく光ってるのは一体何なの!?」

 

 

 まずアクアがけたたましく騒ぎ立てた。

 

 

「………うーん、眩しいと言う程ではないですが…」

 

「うっすらとした淡い光がキルアの全身を覆っているのは見える気がする……」

 

 

 次いでめぐみんとダクネスが本人達なりに見たままのことを述べる。

 

 

「その光、俺にも見えてるぜ!……うん」

 

 

 嘘だった。ただの見栄である。実際の所、カズマには全く何も見えてはいない。

 それでもキルアの周囲の砂粒や小石がまるで無重力空間のように浮かび上がる不思議な光景に、尋常ならざる力を感じるのは確かであった。

 

 

「………ウソだろ!?お前ら、オーラ見えんのかよ!?」

 

 

 力を解き放った張本人が困惑している。

 

 

「(さっき僕の一太刀を彼が受け止めた時、あの淡い光が手を覆っているのを見たぞ!そんなにハッキリと見えたわけじゃないから自信が無かったが、やはり見間違いではなかったのか…)」

 

 

 何とか骨折の痛みに慣れ、冷静に思考出来るようになったミツルギも、魔法とは全く異なる謎の力を再認識する。

 そして彼が次に考えたこと、それは…

 

 

「(あの子は今、何のためにあの力を?…何をする気だ?)」

 

 

 その答えは早々に明らかとなった。

 

 

「おい、あんた!」

 

「!?」

 

「あんたにゃ今から実験台になってもらうぜ?人体実験のな」

 

 

 キルアの見据える先にはクレメアがいた。

 人体実験という不穏な単語に彼女は「ひっ…」と小さく鳴き、慌てて立ち上がろうとするも足がもつれ無様に転倒する。

 

 

「…………。」

 

 

 その惨めな姿に対し一切の斟酌無く、キルアは自身の胸の前に両手をかざす。

 するとバチッ、バチッ、と何かが弾けるような音が両掌の間で鳴るや否や、青白い光が闇を払った。

 

 

「あんた、まさかそれ電気じゃないの!?」

 

「御名答」

 

 

 キルアはニヤリと笑う。

 

 

「おい電気だって!?」

 

「でんき…?」

 

「雷属性の魔法に似てますね…そのでんきとやら」

 

 

 アクアが驚愕し、カズマも彼女の言葉に目を剥き、ダクネスとめぐみんは首を傾げる。

 

 

「("隠"を使ってないとはいえ、こいつら"発"も見えるんだな…)」

 

 

 バチバチという音と光は一層激しくなり、ついにはキルアの髪の毛もピリピリと帯電して逆立つ。

 

 発とは念能力者によって一人一人異なる固有能力…いわば必殺技であり、隠はオーラ知覚者(基本的には念能力者)にオーラを見えなくする技術である。

 隠もしくは他の要因で見え辛くなった他者のオーラを完璧に視認するには、凝によって自身の目にオーラを集中させなければならない。

 

 

「ちょっと待ってくれ!その電気のような技で君はクレメアに何をするつもりなんだ…?」

 

 

 ミツルギが不安げに問いかける。

 

 この時点では誰も夢にも思っていなかった。……笑みを浮かべたキルアのやろうとしていることが、決して冗談では済まされないような残酷さを帯びていることに。

 

 

「まあ見てなって。これは…こーすんの!」

 

 

 キルアは電気オーラを蓄えた両掌をクレメアに向ける。鼻歌でも歌い出しそうな気楽な口調で。

 

 

 

 

「雷掌(イズツシ)!」

 

 

 

 

 ──電光が爆ぜた。

 

 

「あっ、あぁぁーーーッ!?」

 

「「クレメア!?」」

 

 

 キルアの手から放たれた電撃が数メートル先(・・・・・・)のクレメアに直撃する。

 彼女はガクガクと痙攣し、悲鳴とも言い難い苦悶の呻きをあげた。ミツルギとフィオが真っ青になって見守る中、ずっと大事に握り締めていた愛用の片手剣…かつて誕生日にミツルギにプレゼントしてもらったそれがとうとう地面に落ちる。

 

 

「ん〜…試しに放出系の要素を組み込んで遠距離から撃ってみたけど、やっぱ威力落ちちまうか。あの程度の雑魚、普通の雷掌なら心肺停止はいけそうなんだけど…」

 

 

「ちょっと待ちなさいよ!今の技って相手をちょっとだけビリビリさせるくらいのものかと思ってたんですけど!」

 

「……おいキルア、さすがにもういいよな?落とし前としちゃこんなもんだろ?」

 

「私はもう十分過ぎるほどスカッとしましたから…」

 

「ぁ…ぁっ……ぁぁぁ……………」

 

 

 未だ白目を向いて悶えるクレメアから目を逸らし、アクア、カズマ、めぐみんは堪らず声をかける。普段なら自分に置き換えて妄想を繰り広げるであろうダクネスも心配げにクレメアを見つめているようだ。

 周りからしたらさっぱり訳の分からない…それでいて恐ろしい趣旨の発言を淡々と口にするキルアに、一同はまたしても恐怖を感じていた。

 

 

「…………。」

 

 

 キルアは無言のまま歩み出す。誰も止められない。

 ミツルギの傍に置かれっぱなしな魔剣グラムの柄に足をかけると、真上に蹴り上げ器用に右手でキャッチした。

 

 

「ふーん、切れ味は悪くなさそーじゃん?」

 

「何をする!それは僕の…やっ!?」

 

 

 キルアは無感情に魔剣を振った。ブンッと鋭利な風切り音が鳴って、ミツルギの鼻先に触れるかどうかという所で寸止めされる。

 

 

「もういい加減あんたの負けってことでいいだろ?これはこっちのもんだ」

 

「わ、わかった…」

 

「あんたはさ…さっきこうやってカズマから無理矢理アクアを引き離そうとしてたわけだよな。合ってるか?」

 

「…………。」

 

 

 振り下ろされた魔剣、いや言葉の持つ鋭い刃がミツルギの胸を容赦無く切り裂く。また歩き出したキルアの後ろ姿を、彼は大人しく見守るしか無かった。

 

 

「ね、ねえキルア?魔剣もらったんなら、もう帰りましょ」

 

 

 空気を読まないことに定評のあるアクアが声をかける。ただこの時ばかりは不自然に上ずった声だったが。

 

 

「………ほら、武器屋が閉まっちゃう前に売りに行かなきゃ!売ったお金で私、朝までシュワシュワ飲みたいんですけど!」

 

 

 場違いなほど明るい声だった。

 

 

「大丈夫。そんなに長くかけないから」

 

「長く…?あんた何を──」

 

「キルア…!? まさかお前!」

 

 

 アクアが困惑する一方、キルアの意図を察したダクネスが彼の肩を掴もうとするが遅かった。

 

 

「悪いね…あんたを殺すのはやめだ」

 

 

ドゴッ

 

 

「ぁ…!?」

 

 

 気付いた時にはキルアはクレメアの傍らにいた。彼女の髪の毛を掴み上げ、そのまま無造作に地面に叩き付ける。

 彼女の頭部を中心として、乾いた砂地にじわじわと赤い染みが広がってゆく。喉の奥から絞り出したようにか細く、それでいて苦痛に満ちた悲鳴と共に。

 

 

「ぉ…ぉぉぉぁぁあっっっ……!!!」

 

 

 気まぐれでウソつきな変化系は新たな裁定を下す。

 

 

「代わりに壊してやるよ。殺して欲しいと願うくらいに」

 

 

 カズマ達の耳にクレメアの悲鳴は届かなかった。

 されど彼女の顔が嫌でも目に入ってしまう。暗闇の中で痛痒と絶望に彩られた、蝋人形のような土気色の顔が。

 

 

「……良かった、麻痺してる状態でもちゃんと痛覚は機能してるっぽいな。これなら…」

 

 

 ブチブチと数本抜けた彼女の頭髪を手からゴミのように払い落とすと、キルアは満足げな声を出す。その声には些少の躊躇も見受けられない。

 そして魔剣を逆手に持ち替えると迷うこと無く振り下ろした。仄かな月光を浴び刀身が妖しく煌めいた刹那、

 

 

 

 

「やめてくださいキルアッ!!!!」

 

 

 

 

 めぐみんの叫び声。それを言語として認識するよりも早く、キルアの手が反射的に止まった。刃先は今まさにクレメアの眼球に触れるか触れないかギリギリの瀬戸際。

 

 

「……あ?何だよ?」

 

 

 キルアは彼女の方を振り返らずに声だけ出す。ほんの少し棘のある声を…。

 

 

「さっきもう十分スカッとしたと言ったはずです!あなたは何をしているのですか!」

 

「オレがまだスカッとしてねーんだよ。だから今この剣でこいつの目ん玉抉り出そうとしてたとこ」

 

「な…!?」

 

 

 あまりに非道な答えにめぐみんは息を呑む。

 

 

「こんなのっ!……こんなの私の知ってる優しいキルアではありません!!」

 

 

 キルアはめぐみんに微笑(わら)う。そしてクレメアを嘲笑(わら)う、嗤(わら)う。

 

 

「………こいつはな…対等なルールの試合で自分の仲間が負けたからって、何もかもひっくり返そうと汚え真似しやがったんだ。……お前の命を人質に取ってな」

 

 

 彼に言わせれば、この女は天空闘技場にいた小賢しい下衆(クソ)共と同じ穴の狢だ。

 

 

「だったらオレがこいつの命を好きにしてもイーブンなはずだぜ?」

 

 

 無論キルアとて元はその道のプロ。冷静さを失った彼女がふと"魔が差して"めぐみんを人質に取ったことなど分かりきっていた。

 かつて自分が一度目に受けたハンター試験の最終試験にて、イルミからのプレッシャーで恐慌状態に陥りボドロを殺めて失格になってしまった時と、似たような心理状態だったのではないかと推測している。

 

 だが、それでも──

 

 

「ゆっ…るぅっ……し………て」

 

 

 めぐみんの命を脅かした輩に温情をかける理由には、断じてなり得なかった。

 

 

「許して欲しい…? じゃ、せいぜい苦しみ抜いて果てちまいな。テメーの仲間が何より大事にしてるこの剣で」

 

 

 既に痺れはほぼ取れているにもかかわらずクレメアの呼吸器はろくに機能しない。顔中をガタガタと震わせ、言葉にならない嗚咽を漏らし続けていた。

 眼球に添えられた刃に時折震える彼女の睫毛が当たる。魔剣の柄を握るキルアの手元がほんのミリ単位でも狂えば剥き出しの粘膜に刃先が接触することだろう。瞬き一つ許されない絶望の中で、彼女の瞳孔は極限まで開き切っていた。

 涙と鼻水が口に入り込んでも喉の奥が詰まりそうになっても、白刃の先端に否応無く全神経を集中し、必死に意識を保っている。

 

 

「キルア、早まるな!こんなことでお前の手を汚しては駄目だ!」

 

 

 ダクネスの叫びにキルアは微動だにしない。余計なお世話だと言わんばかりに。

 

 

「(何で…何で…何でこんなことになったんだ!? あいつにこんなことやめさせるには一体どうすりゃいい!? 俺に何が出来る!?)」

 

 

 カズマはギリリッと歯噛みする。幾ら考えても何の手立ても思い浮かばない。

 仲間が──どこか弟分のようにすら感じつつあった仲間が、残虐な行為に及ぼうとする姿をただ指をくわえて眺めることしか出来なかった。

 

 一体どうしたら………

 

 

 

 

「キルアって、ほんっとにメンドーよね…」

 

「アクア…」

 

 

 思わぬ所から声が上がり、カズマはハッと目を向ける。

 

 

 

 

「ねえ!もしかしてキルアさんってバカなの?てか絶対バカでしょ。小学校の足し算引き算からやり直した方がいいんじゃないの?」

 

「…ああん!?」

 

 

 キルアは今度こそ後ろを振り返って、アクアをしっかと睨み付ける。

 

 

「もっぺん言ってみろ!誰がバカだって?」

 

 

 魔剣を油断無く突き付けたまま、語気を強めて問い質した。

 

 

「あんたよ、あんた。その魔剣を人の血で汚そうとしてるあんた!」

 

「……は?」

 

「『は?』じゃないわよ!めぐみんにあんなことしたその子が許せないのは分かるけどね…その剣これからすぐ売りに行かなきゃいけないのにあんたの勝手で汚させないわ!この自己中(ジコチュー)ポンコツキルアッ!!!!(今日のクエストに着いてきてないキルアは私の浄化能力を知らないはず!これなら信じるでしょ!)」

 

「アクア!お前こんな時に何を欲丸出しな心配してんだ!?」

 

 

 場違いなことをうるさく喚き散らすアクアに、カズマは本気で怒鳴るも冷静に考え直す。

 

 

「(別にこいつの力なら血だって水に変えてしまえるんじゃないか?まさか…)」

 

 

 キルアは魔剣を振り上げ迷っていたが…

 

 

「ふんっ…」

 

 

 実利面を指摘されたら何も言えなかったらしく、地面にザッと突き刺した。頭から冷水を浴びせられたかのように鼻白んだ顔で。

 

 

 

「すまない!ちょっと話を聞いてくれ!」

 

 

 と、ここで間髪入れずミツルギが躍り出たかと思うとキルアの前で両手を付いて土下座した……折れた右手も含む両手を付いて。激痛に震えながら。

 

 

「何?」

 

「きょ、今日のことは本当に申し訳なかった。もちろん謝っただけで許されることでないのはわかってる…」

 

「だから?」

 

「魔剣グラムだけでなく僕の……全ての財産を君達に譲る!およそ2000万エリスだ!だからどうかクレメアをこれ以上痛め付けるのは勘弁してもらえないだろうか? お願いだ!頼む!」

 

「私のお金も全部出すから…だから、お願いします……」

 

 

 フィオも未だ上半身を縛られたまま手が使えない状態ながらも、膝を地に付き倒れるように頭を垂れた。

 

 

「………けっ…」

 

 

 彼らの言葉を聞き流し、クレメアの方を一瞥する。

 

 

「(あんなクソみてえな真似しやがったこいつを金で手打ちにしろってのか?そんなのできるわけ──)」

 

「ヒール!」

 

「……お、おい!?」

 

 

 アクアの回復魔法を受け、クレメアの顔色が徐々に良くなる。………もっとも生き地獄を垣間見たその目に光が戻ることは無かったが。

 

 

「何してんだよ、アクア?まだまだこれからだってのに…」

 

 

 実の所、キルアとしてはこの女を死の淵まで壊し切ってから治してもらうつもりでいたのだ。こんなものでは生温いにも程がある…。

 

 

「俺が治すように言ったんだ。悪いかよ?」

 

 

 カズマが肩をすくめて言う。

 

 

「女神の力を以てすれば一々確認しなくてもわかるわ。あんた以外の全員が、無抵抗の人を傷付けることでなくお金を選ぶと」

 

「2000万なんて小金でも…か?」

 

 

 キルアには信じられなかった。

 この世界の物価を見る限り、エリスの貨幣価値は元の世界のJ(ジェニー)と大差無いように思える。2000万程度そこまでの大金にはとても感じられなかった。

 あの女のやったことに釣り合うと言えるのだろうか。

 

 

「………キルアは何を言っているのです? 2000万エリスなんて私の実家を五回、いや下手すりゃ十回は買い取れる金額ですよ!これはもらうしかありませんとも!」

 

「めぐみん、でもお前──」

 

「いい加減にしろ、キルア!!」

 

 

 ダクネスの激昂する声が夜の公園に響き渡った。彼女は怒りと悲しみが綯い交ぜになった目でキルアと正面から向き合う。

 

 

「私がデュラハンに呪いをかけられ奴と戯れ合っていた時、自分が言ったことをお前は覚えているか?」

 

「…………うん」

 

 

 横から聞くカズマは「戯れ合(・)っていた」という部分にツッコミを入れたくなったが我慢した。

 

 

「あの時お前は、私がめぐみんの悲痛な想いを顧みなかったことに怒ったのだろう?…違うか?」

 

「まあ………そうだったかな」

 

 

 キルアはバツが悪そうに頭を掻き彼女の足元に視線を落とす。

 

 

「仲間の想いを蔑ろにする者を許せなかったお前が……何故今は自分の怒りや憎しみにばかり囚われているのだ!私はあの時、お前に尊敬の念すら抱いたというのに…」

 

 

 唇を噛み締め拳をぎゅうっと握り締めるダクネスに代わり、めぐみんが静かに口を開く。

 

 

「キルア……あなたが私のために怒ってくれたのはわかります。今までは中々言い切ってくれなかったのに"大事な仲間"とハッキリ言ってくれたのも本当に嬉しかった」

 

 

 と、そこで彼女は声を大にする。

 

 

「でもあんな酷いことをして欲しかったわけではないのです!キルアが残酷な行いに手を染めるのは私…絶対嫌です!!」

 

 

 めぐみんは震える声を必死に絞り出し、一心に哀願した。いつもの優しいキルアに戻って欲しい一心で。

 

 

「………………残酷な行いねぇ…今更だな。」

 

「キルア…?」

 

 

 彼は数歩ふらふらと歩いたかと思うと、ドサッと地べたに座り込んだ。

 

 

「なあ、ちょっとオレの話聞いてくれよ…」

 

 

 イタズラがバレてしまった子供のような、眉を下げた困り笑いを浮かべて。

 一体どんな話をするのだろうと一同は身構える。ここまで来て、年相応の子供らしい微笑ましいエピソードが明かされて終わる可能性なんぞ万に一つも無いというのは、火を見るより明らかだった。

 

 

「………実はオレん家さ」

 

 

 遮る声が一つも無いのを発言権が認められたものと解釈し、

 

 

 

 

「暗殺稼業を営んでるんだよ、先祖代々。もちろんオレも殺しのやり方を徹底的に叩き込まれてる」

 

 

 

 

 キルアは俯いたままポツポツと語り始める。さながら今己を支える大地に語りかけるかの如く。

 

 

「初めて人を殺したのは……物心付くか付かないかぐらいの時だったかな」

 

 

 誰もが話に口を挟まなかった。というよりむしろ、口を挟む余地を見つけられなかったと表す方が正確かもしれない。

 カズマもアクアもめぐみんもダクネスも…。跪いたままのミツルギとフィオも。

 こんなまだ声変わりもしていない、あどけなさの残る少年が殺し屋だなんて常識的に考えれば荒唐無稽にも程がある話だ。しかしほんの短い間に彼が見せた冷徹な嗜虐心は、その一見して荒唐無稽にしか思えない話にこの上無い信憑性を持たせていた。

 

 

「なんでもオレの才能は凄いらしくて、親や兄弟からそれはもうウザいくらいに期待されてた。三歳の頃にはもう修行をやらされてたよ。……でもぶっちゃけ殺し屋継ぐのダルいしぃ?自分の将来は自分で決めるって言ったんだ。そしたら家族に死ぬほどキレられたもんだからよ、母親と兄貴を刺して家を飛び出してやったのさ!……そん時のあいつらの顔ときたらホント傑作だったぜ?」

 

 

 一度語り出せば止まらなかった。誰かが息を呑む音が聞こえ、キルアは吹き出す。

 

 

「ククク………ハッハッハッハッハッ!」

 

 

 過去を開示すればするほど破滅に向かってゆくという自覚はキルアにも当然ある。頭の中の冷静な自分が「今からでも全て冗談だと言い繕え」と指示を下していた。

 しかし分かっているのに、いや分かっているからこそ、破滅願望が満たされたまらなく心地いい。罪悪感も…背徳感も…虚無感も…あらゆる負の感情が、脳内麻薬として極上のスパイスと相成った。

 

 

「「ひっーー!?」」

 

「(おーおービビってやんの。これだよ、これ)」

 

 

 今の自分と同じくらいの高さにまで顔を下げているミツルギ達を見てみれば、彼らの目に浮かぶのは純然たる恐怖。まさに望んだ反応だ。

 檻から放たれた猛獣でも見るような怯えた目に、仄暗い達成感がキルアの胸にじわじわと湧き出していた。ちょっとそちらに視線を向けただけで竦み上がるその姿は百点満点のリアクションと言えよう。

 

 

「へっ…」

 

 

 キルアは満足げに足を投げ出して、何気無く顔を上向ける。

 

 

「キルア………」

 

 

 そのせいで目が合ってしまった。

 

 

「……そんな無理して笑わないでください」

 

 

 彼女の紅玉(ルビー)のように輝く瞳の端が濡れて、赤く熱を帯びている。

 

 

「正直な所、キルアが殺し屋の家で育ったと聞いてもまだ実感が湧かないです。あなたが小さい頃から人殺しをやらされてどれほど嫌だったのか…あなたが家族にどれほど苦い想いを抱いてるのか…ちょっと話を聞いただけの私にはよくわかりません」

 

「……めぐみん」

 

「…………それでも今キルアが、心から笑ってないことはわかります」

 

「……………。」

 

 

 ここでめぐみんはしゃがみ込んでキルアに目線を合わせる。

 自分のちっぽけな見栄など容易く見透かされてしまいそうな気がして…。

 吐息が届きそうなほど近くで紅々と潤む目を直視出来ず、未だ立ったままのカズマ達に目を向ける。どこか縋るような気持ちで。

 

 

「なあ……お前らはオレのこと知って何か言うことないのか?無いならいいけど」

 

 

 カズマ、アクア、ダクネスを順々に見つめる。普段はやかましいアクアすら沈黙を貫いているのが不気味で仕方無かった。

 

 

「………キルア、一つ良いか?」

 

「ああ…」

 

 

 口火を切ったのはダクネスだった。

 今もなおカズマが呆然としアクアが何か考え込んでいる一方で、彼女は酷く弱り切った顔をしている。

 

 

「私はお前のことが分からなくなってしまったよ。仲間のことを想ってあれだけ私を罵ってくれた…あ、いや叱責してくれたキルア。今日のように時として人の命を奪うことも厭わないキルア。本当にどちらも一人の人間なのかと……しかも暗殺者として育てられたなど寝耳に水だ」

 

「そうだな…正直オレだって自分自身が本質的にどんな人間かなんてよく分かってねーけどよ…」

 

 

 キルアは、ふうっと溜め息を吐く。

 

 

「それでも家を出て色んな価値観や想いを抱えた人達と出会ってきたからこそ学べたこともある。人間、別に仲間想いなことと残忍性を持ってることは矛盾しないと思うぜ?」

 

 

 ダクネスは彼の言葉に真剣に耳を傾ける。

 

 

「オレが前に敵対した盗賊団のオッサン…ああクリスみたいな盗賊じゃなくてマジモンの強盗殺人集団なんだけどさ、そのオッサンは仲間と一緒にたくさんの人間を平気で殺してきたくせに自分の仲間が殺られたら泣いてたんだ」

 

「……それは何とも身勝手な考え方をした凶賊だ」

 

「まあな…。んで、そいつにオレの友達が言ったんだ。何でその気持ちをほんの少しでもお前らが殺した人達に分けてやれなかったんだ!…ってな」

 

「至って正論だな。自分達は散々他の人々を殺しておいて…」

 

「オレもそう思う。……でもオレ実はそのオッサンの方にも共感出来ちまったんだ。笑っちまうだろ?なーんかオレもそういうクソみたいな連中と同類なのかもしれねーな…」

 

「…………別に笑う気はないさ」

 

 

 先日クリスと一杯やった時の会話をダクネスは思い浮かべる。

 もし彼女が罪人…例えば暗殺者だったとしても贔屓心で庇い立てしてしまうかもしれないとあの時自分は言ってしまったのだ…。もちろん本心からの言葉だ。

 

 

「(クリスのあの時の仮定はまさにキルアのことそのもの…まさかクリスはキルアの境遇を知っていた?いやありえないか。おそらく偶然クリスの読んだ物語とキルアの状況が似ていたのだろう)」

 

 

 ダクネスは微苦笑を浮かべる。「こうあるべき」と掲げていた己の倫理観に反して、人を殺めたはずの目の前の少年をどうにも悪し様に言う気にはなれないことを自分自身でも皮肉に思いながら。

 

 

「……しかしキルア、お前も家のことで大変だったろうに良き友を持ったものだな。恐ろしい悪党を相手にしても、己を曲げずにしっかりと物を言うのは誰にでも出来ることじゃない」

 

「ああ。オレの最高の友達さ!」

 

 

 キルアは笑って…今度こそ自然に笑って、きっぱり明言するのだった。

 

 

「さてと…行くか」

 

「………キルア、お前どこ行くつもりなんだ?」

 

 

 立ち上がって歩き出すキルアを見て、ようやくカズマが掠れ声を出す。彼は全身の血がサッと引いていくような衝撃から回復し、何とかまともに言葉を発せられるようになった所であった。

 

 

「んー…今言った友達んとこ?オレそいつ探しに行かなきゃいけねえからこの街を出る予定なんだ」

 

「そうか。……その友達に会えるといいな」

 

「おう…めぐみんもアクアもダクネスも元気でな…」

 

 

 

 

 一言だけ返事をすると、キルアは足早に走り去って行った──。

 

 

 

 

「キルア…!?待ってください!友達を探すなら手伝いますから!行かないでください!…キルアッ!!!!」

 

 

 めぐみんの涙声が虚しく響き渡る。

 それでもキルアは一度も振り返らない。あたかも纏わりつく未練全てを断ち切るかのように。

 

 

「(これでいいんだろ?エリス…いやクリス。あんたがオレに持ちかけた話をあいつらに、特にダクネスにバラさなかったのは貸し一にしとくぜ?)」

 

 

 キルアの姿は星一つ見えない夜闇の市街地に紛れ、もう誰の目にも見えない。

 

 

「こんな別れ方納得できるわけありません!私はキルアを追いかけ──」

 

「やめろ、めぐみん!バカなことするんじゃねえ!」

 

 

 カズマが怒鳴り付ける。

 

 

「あいつ言ってたろ?もう俺達には今後関わっちゃいけないんだって。きっとあいつにも色々あるんだよ。実際相当なワケあり人生だったのが話聞いて分かったしな」

 

「でも…」

 

「あいつがまずどこに行く気か知らんが、どっちみちあいつの足にはお前じゃ追い付けっこないだろ?………現実に合わせて気持ちを切り替えるんだ。今後も冒険者やってりゃ、仲間が死んだり行方不明になったりそういう突然の別れなんてきっと珍しいことじゃないはずだ。だから、こういうことにも慣れていかねえと。俺もだけどさ……」

 

「………………。」

 

「分かったか?じゃあミツルギ達に今からどうしてもらうか細かいこと話し合うぞ。いいな?」

 

 

 到底納得出来ないという顔のめぐみんをたしなめて、カズマがミツルギに指示を出そうとしたその時。

 

 

 

 

「アクシズ教教義──迷った末に出した答えはどちらを選んでも後悔するもの。どうせ後悔するのなら、今が楽ちんな方を選びなさい」

 

 

 

 

「お、おいアクア?急にどうした?なんか唐突に駄目人間作り方講座を始めやがって」

 

 

 ジト目のカズマには目もくれず、アクアはめぐみんにニッコリと微笑みかける。それはもう女神を名乗るに相応しいほどの優しい微笑みだった。

 

 

「ねえ、めぐみん?キルアを追いかけて後悔するのと、追いかけなくて後悔するのとだったら…あなたはどっちがいい?」

 

 

 めぐみんはローブの袖で涙を拭き拭きすると、とんがり帽子のつばを掴み目深に被り直す。これは彼女の十八番の決めポーズだ。

 

 

「……………ふ…ふふっ…決まっているではありませんか!爆裂魔法は最長の飛距離を持つ魔法。逃げ惑うキルアを狙い、我が爆裂魔法の贄としてくれましょう!我が魂(うつわ)の渇きはあの憎たらしい男の血を以て初めて潤うのですから…」

 

「じゃ、いってらっしゃーい!」

 

「ではこれにてドロン!」

 

「いや待て行くなっ!爆裂魔法なんぞ使ったら血も一滴残らず蒸発するわ。戻ってこーい!!……お前も何、幼気な少女に余計なこと吹き込んでんだ駄女神!」

 

 

 当然ながらカズマの怒りの矛先はアクアにも向けられる。

 

 

「(ふーむ…アクシズ教の教えが人に活力を与えることもあるとは侮れんな。いつかエリス教にも教義を新しく定められないか、クリスと話し合ってみるか…それにやはりキルアのことを何か知っているのかもしれないし)」

 

 

 カズマに追い回されるアクアを羨みつつ、自身もまた大切な友に思いを馳せるダクネスなのであった。

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