無職転生×異伝   作:からし明太子

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第十六話 三つの距離

 

 

 翌朝、ルーデウスはギレーヌに頭を下げた。

 

「お願いがあります」

 

 庭の端。

 

 朝の稽古が始まる前だった。

 

 エリスはすでに木剣を握り、今にもレンへ斬りかかりそうな顔をしている。

 

 レンは木刀を持ったまま、ルーデウスの横に立っていた。

 

 昨日の夜に話したこと。

 

 三人での動き。

 

 それをルーデウスが本当に言い出したのだ。

 

 ギレーヌは腕を組んで、ルーデウスを見下ろしている。

 

「何だ」

 

「エリス様、レン君、僕の三人で、連携の稽古をさせてください」

 

 エリスはすぐに反応した。

 

「やるわ!」

 

「まだ許可が出ていません」

 

「出るわよ!」

 

 エリスは自信満々だった。

 

 根拠はない。

 

 ギレーヌはレンを見る。

 

「お前も同じ考えか」

 

「はい」

 

「理由は」

 

「倉庫では、一人では足りませんでした」

 

 レンは正直に答えた。

 

「俺は動けました。でも見落としました。ルーデウスが魔術で隙を作ってくれなければ、エリス様を外せませんでした。エリス様が抵抗していなければ、もっと遅れていました」

 

 エリスが少しだけ胸を張る。

 

「そうよ。私は抵抗したわ」

 

「縄をかけられかけていたがな」

 

 ギレーヌが言うと、エリスはむっとした。

 

「次はかけられる前に殴るわ」

 

「殴る前に見る、でしたね」

 

 ルーデウスが言う。

 

「分かってるわよ!」

 

 ギレーヌは三人を順に見た。

 

 エリス。

 

 レン。

 

 ルーデウス。

 

 剣士としての性質はまるで違う。

 

 エリスは前へ出る。

 

 レンは外し、崩し、繋ぐ。

 

 ルーデウスは距離を取り、魔術で場を作る。

 

 一人一人では未熟。

 

 だが、組ませれば何かが生まれるかもしれない。

 

 ギレーヌはそう判断したのか、短く頷いた。

 

「やってみろ」

 

「よし!」

 

 エリスが叫んだ。

 

「ただし」

 

 ギレーヌの声が重くなる。

 

「遊びではない」

 

「分かってるわよ」

 

「エリス様は前に出すぎるな。レンは一人で抱え込むな。ルーデウスは魔術を撃つ前に味方の位置を見ろ」

 

 三人は同時に返事をした。

 

「分かったわ!」

 

「はい」

 

「はい」

 

 ギレーヌは庭の中央を指した。

 

「まずは距離を決める」

 

「距離?」

 

 エリスが首を傾げる。

 

「三人で戦う時、一番危ないのは味方の邪魔をすることだ」

 

 ギレーヌは木剣で地面に線を引いた。

 

「エリス様は前。正面を受ける。レンは半歩後ろの斜め。エリス様が外した相手、横へ抜けた相手、武器を持つ相手を見る。ルーデウスはさらに後ろ。魔術の射線を確保しながら、二人の足場を壊さない位置に立つ」

 

 エリスは不満そうだった。

 

「私が一番前なのね」

 

「そうです」

 

「ならいいわ」

 

 前に立てるなら文句はないらしい。

 

 ルーデウスは少し苦笑した。

 

「僕は後ろですね」

 

「魔術師だからな」

 

「近づかれないようにします」

 

「近づかれたら?」

 

 ギレーヌが問う。

 

 ルーデウスは一拍置いて答えた。

 

「まず距離を取ります。取れなければ、土で足元を崩すか、水で視界を塞ぎます。それでも駄目なら……」

 

「泣く?」

 

 エリスが言う。

 

「できれば泣く前にレン君かエリス様に助けてもらいます」

 

「情けないけど正直ね」

 

「正直は大事です」

 

 レンは木刀を握り直した。

 

 ギレーヌの引いた線を見る。

 

 エリスの斜め後ろ。

 

 近すぎれば、エリスの剣に巻き込まれる。

 

 遠すぎれば、抜けた相手へ間に合わない。

 

 半歩。

 

 その半歩が難しい。

 

 道場では、自分の間合いだけを考えればよかった。

 

 ギレーヌとの護衛訓練では、エリスを守る位置を考えた。

 

 今はさらに、ルーデウスの魔術の射線も考えなければならない。

 

 自分が横へ外れた先に、ルーデウスの水弾が飛ぶかもしれない。

 

 自分が下がった場所に、土魔術で作った段差があるかもしれない。

 

 味方が増えることは、単純に楽になることではない。

 

 考えるものが増えるということだ。

 

 ギレーヌは木剣を肩に乗せる。

 

「最初は私一人が相手をする」

 

 エリスの目が輝く。

 

「ギレーヌと戦うの?」

 

「お前たち三人で、私に触れさせるな」

 

「誰に?」

 

「ルーデウスにだ」

 

 ルーデウスが目を瞬かせた。

 

「僕ですか」

 

「そうだ。私はルーデウスを狙う。エリス様とレンは止めろ。ルーデウスは逃げながら支援しろ」

 

 エリスは木剣を構えた。

 

「分かりやすいわね」

 

「分かりやすくしている」

 

 ギレーヌは一歩引いた。

 

 そして、空気が変わった。

 

 訓練とはいえ、ギレーヌが相手だ。

 

 レンの背筋に緊張が走る。

 

 エリスも本能で感じたのか、口を閉じた。

 

 ルーデウスは後ろへ下がり、両手を軽く上げる。

 

「始める」

 

 ギレーヌが消えた。

 

 いや、消えたように見えた。

 

 低く、速く、正面から来る。

 

 狙いはルーデウス。

 

 エリスが前に出る。

 

「止める!」

 

 木剣を振り下ろす。

 

 真っ直ぐで重い。

 

 だが、ギレーヌは真正面から受けない。

 

 半歩ずれて、エリスの剣を外す。

 

 そのままエリスの横を抜けようとする。

 

 レンは動いた。

 

 エリスの剣を外した先。

 

 そこへ木刀を置く。

 

 雷電型第一式の壱。

 

 踏み込み、手元を狙う。

 

 ギレーヌの木剣がレンの木刀に触れた。

 

 弾かれる。

 

 壱が死ぬ。

 

 なら、弐。

 

 肘へ。

 

 ギレーヌは肘を畳んでかわす。

 

 参へ繋げる前に、ギレーヌの足が前へ出た。

 

 レンとエリスの間を抜ける角度。

 

 速い。

 

 ルーデウスが小さく息を吸う。

 

 地面がわずかに盛り上がった。

 

 ギレーヌの足元ではない。

 

 ギレーヌが次に踏み込む位置。

 

 そこへ小さな段差ができる。

 

 ギレーヌの足がそれを避ける。

 

 ほんのわずか、軌道が変わった。

 

 レンはその一瞬へ木刀を滑らせた。

 

 水龍型第一式、逆鱗。

 

 受けに見せた線をずらし、ギレーヌの木剣の外側をなぞる。

 

 エリスも反応した。

 

 外された剣を力任せに戻すのではなく、足を踏み直して横薙ぎに繋げる。

 

 三人の動きが、初めて噛み合いかけた。

 

 だが、ギレーヌは止まらない。

 

 木剣を低く回し、レンの木刀を下から跳ねる。

 

 同時に体を沈め、エリスの横薙ぎの下を抜ける。

 

 ルーデウスへ届く。

 

 木剣の先が、ルーデウスの胸元で止まった。

 

「終わり」

 

 ギレーヌが言った。

 

 あっという間だった。

 

 エリスは悔しそうに叫ぶ。

 

「今の、もう少しだったわ!」

 

「届いていない」

 

「でも、ちょっと避けさせた!」

 

「それはそうです」

 

 ギレーヌは淡々と認めた。

 

 エリスの目が少し輝く。

 

 レンは荒く息を吐いた。

 

 確かに、今のは少し噛み合った。

 

 ルーデウスの土魔術でギレーヌの足が変わり、そこへレンが入った。

 

 エリスも剣を戻そうとした。

 

 だが、ギレーヌには足りない。

 

 ほんの少し動かしただけで、すぐに抜けられた。

 

「反省」

 

 ギレーヌが言う。

 

 エリスがすぐに言った。

 

「私の剣が外された」

 

「なぜ外された」

 

「ギレーヌが避けたから」

 

「それは答えではありません」

 

「む」

 

 エリスは唇を尖らせる。

 

 レンが言う。

 

「エリスの振りが大きかった。外された後、戻すまでに時間があった」

 

「大きい方が強いじゃない」

 

「当たれば」

 

「当てればいいのよ」

 

「ギレーヌさんには当たってない」

 

 エリスは言い返そうとして、黙った。

 

 悔しそうだが、納得はしているらしい。

 

 ルーデウスが続ける。

 

「僕の段差も小さすぎました。避けられはしましたけど、足止めにはなっていません」

 

「いや、あれがなければ俺は入れなかった」

 

 レンが言う。

 

「でも、次に同じことをしても避けられます」

 

「それはそう」

 

「なら、段差じゃなくて、足元を少しだけ緩くする方がいいかもしれません」

 

 ルーデウスは考え込む。

 

「完全に崩すと、エリス様やレン君も巻き込む。でも、一歩だけ力を逃がすなら……」

 

「ルーデウス」

 

 ギレーヌが低く呼ぶ。

 

「はい」

 

「味方の足元を変える時は、必ず声を出せ」

 

「はい」

 

「魔術師が考えなしに地面を変えれば、味方が死ぬ」

 

「分かりました」

 

 ルーデウスは真剣な顔で頷いた。

 

 レンはそれを聞きながら、足元を見る。

 

 味方の魔術で足場が変わる。

 

 敵の魔術なら警戒する。

 

 だが、味方の魔術でも同じだ。

 

 知らずに踏めば、踏み込みが死ぬ。

 

 雷電型は特に危ない。

 

 速さを乗せた瞬間に足場が変われば、体勢ごと崩れる。

 

 だから、連携には合図がいる。

 

 剣士同士の呼吸だけでは足りない。

 

 魔術師と組むなら、言葉も必要だ。

 

 ◇

 

 二本目。

 

 今度は、ルーデウスが先に言った。

 

「足元、右を緩めます!」

 

 声と同時に、ギレーヌの右前方の土がわずかに柔らかくなる。

 

 大きな変化ではない。

 

 見ただけでは分かりにくい。

 

 だが、踏めば沈む。

 

 エリスが真正面から行く。

 

「はあっ!」

 

 木剣が落ちる。

 

 今度は振りが少し小さい。

 

 それでも力は乗っている。

 

 ギレーヌは横へ外れる。

 

 その先は、ルーデウスが緩めた場所。

 

 ギレーヌは踏む前に気づいた。

 

 足の置き場を変える。

 

 その一瞬。

 

 レンは影縫で外へずれた。

 

 ギレーヌの視線がエリスと土へ向いた隙を使う。

 

 真横ではない。

 

 斜め後ろ。

 

 木刀を短く返し、ギレーヌの手元を狙う。

 

 普通の手首打ち。

 

 流派の技ではない。

 

 だが、今はそれでいい。

 

 大きな技を出すより、隙へ小さく刺す方が早い。

 

 木刀がギレーヌの手首へ近づく。

 

 当たる。

 

 そう思った瞬間、ギレーヌの木剣の柄がレンの胸に入った。

 

「ぐっ」

 

 息が詰まる。

 

 ギレーヌは体勢を崩していない。

 

 見ていた。

 

 エリスも、土も、レンも。

 

 全部を見ていた。

 

 さらにギレーヌはルーデウスへ踏み込む。

 

 だが、エリスが戻ってきた。

 

 先ほどより早い。

 

 大振りをやめた分、剣が返る。

 

 ギレーヌの進路に、エリスの木剣が置かれる。

 

 ギレーヌが初めて止まった。

 

 止まったと言っても、ほんの一瞬。

 

 だが、止まった。

 

 ルーデウスが水を生み、ギレーヌの足元へ撃つ。

 

 攻撃ではない。

 

 濡らして滑らせるため。

 

 ギレーヌは後ろへ下がる。

 

 レンは胸を押さえながらも前へ出た。

 

 木刀を構える。

 

 エリスも横に並ぶ。

 

 ルーデウスは二人の後ろ。

 

 三人の位置が、最初に決めた形へ戻った。

 

 ギレーヌは木剣を下ろした。

 

「そこまで」

 

 エリスが驚く。

 

「勝ったの?」

 

「勝ってはいません」

 

「じゃあ何で止めるのよ」

 

「形ができたからです」

 

 ギレーヌは三人を見た。

 

「今のは悪くない」

 

 エリスの顔が明るくなる。

 

「悪くない!」

 

「喜ぶほどではありません」

 

「でも悪くないんでしょ!」

 

「はい」

 

 エリスは勝ったような顔をした。

 

 レンは胸の痛みをこらえながら息を吐く。

 

 今のは確かに、少しだけ形になった。

 

 ルーデウスが声を出した。

 

 エリスが振りを小さくした。

 

 レンが隙へ入った。

 

 ギレーヌに止められはしたが、その後エリスが戻って進路を塞いだ。

 

 ルーデウスが足元を濡らし、ギレーヌを下げた。

 

 三人が、互いの動きを見た。

 

 それだけで、昨日とは違う。

 

 ルーデウスも少し嬉しそうだった。

 

「連携って、難しいですね」

 

「難しいから稽古する」

 

 ギレーヌが言う。

 

「それ、ギレーヌさんも玄斎師匠と同じこと言いますね」

 

「良い師は同じことを言う」

 

「なるほど」

 

 レンは少し笑った。

 

 ◇

 

 その日の午後、座学の時間にも変化があった。

 

 ルーデウスは板に簡単な図を書いた。

 

 三つの点。

 

 前にエリス。

 

 斜め後ろにレン。

 

 さらに後ろにルーデウス。

 

「今日は文字の授業の前に、さっきの訓練を図にします」

 

 エリスは珍しく身を乗り出した。

 

「これなら分かるわ」

 

「では、エリス様がここにいます。敵が正面から来た場合、どうしますか」

 

「斬る」

 

「敵が横へ逃げたら?」

 

「追う」

 

「追いすぎると、僕の射線に入ります」

 

「射線?」

 

「魔術が飛ぶ線です」

 

「じゃあ、ルーデウスが私を避けて撃ちなさい」

 

「努力しますが、エリス様が急に飛び出すと危ないです」

 

「む」

 

 エリスは不満そうだが、考えてはいる。

 

 レンは図を見ながら、線を引いた。

 

「エリスが正面を塞ぐなら、俺はこの外側を見る。ここに敵が抜けた時、俺が止める」

 

「その時、僕は足元か視界を狙います」

 

 ルーデウスが別の線を引く。

 

「ただし、エリス様がここにいると水弾は撃てません」

 

「じゃあ私はどこにいればいいのよ」

 

「ここです」

 

 レンが指を置く。

 

「敵の正面から少しだけずれた場所。正面を押さえながら、ルーデウスの線を塞がない」

 

「細かいわね」

 

「細かいけど、たぶん大事」

 

 エリスは眉間に皺を寄せながら、図を見ていた。

 

 普段の読み書きよりずっと集中している。

 

 ルーデウスはそれを見て、すぐに授業へ繋げた。

 

「では、この位置を言葉で書いてみましょう」

 

「え?」

 

「作戦を伝えるには、言葉と文字が必要です」

 

 エリスの顔が一気に嫌そうになる。

 

「騙したわね」

 

「いいえ。実戦に必要な読み書きです」

 

「むう……」

 

 エリスは唸った。

 

 だが、逃げなかった。

 

 板の上の図と、文字。

 

 それを見比べながら、ぎこちなく書き始める。

 

 正面。

 

 右。

 

 左。

 

 後ろ。

 

 下がる。

 

 進む。

 

 止まる。

 

 これまで嫌がっていた文字が、急に意味を持ち始めた。

 

 レンも隣で書く。

 

 ルーデウスの教え方はやはりうまい。

 

 剣と魔術と座学を繋げてしまう。

 

 エリスにとって、勉強はただの退屈だった。

 

 だが、戦いに必要なものだと分かれば、彼女は食いつく。

 

 ギレーヌも同じだった。

 

 彼女は真剣な顔で、文字をなぞっている。

 

「右。左。前。後ろ」

 

 低い声で読みながら、丁寧に書く。

 

 剣王級の剣士が、子供たちと並んで文字を書いている。

 

 奇妙な光景だった。

 

 だが、誰も笑わなかった。

 

 ギレーヌは本気だった。

 

 なら、笑う理由はない。

 

 ◇

 

 夕方。

 

 再び庭で三人の連携稽古が行われた。

 

 今度は、ギレーヌだけでなく、ボレアス家の護衛二人も加わった。

 

 ギレーヌほどではないが、大人の剣士だ。

 

 一人が正面。

 

 一人が横。

 

 ギレーヌは後ろから全体を見る。

 

「目的は勝つことではない」

 

 ギレーヌが言う。

 

「ルーデウスに触れさせないこと。三人の位置を崩さないこと。危険なら声を出すこと」

 

「分かったわ!」

 

 エリスが前に立つ。

 

 レンは斜め後ろ。

 

 ルーデウスはさらに後ろ。

 

 護衛二人が木剣を構えた。

 

 開始。

 

 正面の護衛がエリスへ来る。

 

 エリスは受ける。

 

 強い。

 

 だが、踏み込みすぎない。

 

 ギレーヌに何度も言われたことを意識している。

 

 横の護衛がレンを抜け、ルーデウスへ向かう。

 

 レンはそちらへ動いた。

 

 雷電型第一式、落雷。

 

 壱で手元。

 

 弐で肘。

 

 参へ繋げようとした瞬間、護衛が下がる。

 

 訓練慣れしている。

 

 簡単には当たらない。

 

 レンは追わない。

 

 追いすぎれば、エリスとの距離が開く。

 

「右、抜ける!」

 

 レンが声を出す。

 

「足元、右!」

 

 ルーデウスの声。

 

 土がわずかに盛り上がる。

 

 護衛の足が止まる。

 

 そこへレンが木刀を返す。

 

 水龍型第一式、逆鱗。

 

 受けに来た木剣の外側を滑り、手首へ寸止め。

 

「一本」

 

 ギレーヌの声。

 

 だが、正面ではエリスが押されていた。

 

 大人の護衛の剣は重い。

 

 エリスは力で押し返そうとして、足が前へ出る。

 

「エリス、下がる!」

 

 レンが叫ぶ。

 

「命令しないで!」

 

 怒鳴りながらも、エリスは下がった。

 

 半歩。

 

 その半歩で、護衛の木剣が空を切る。

 

 エリスはすぐに踏み直し、横薙ぎ。

 

 護衛が受ける。

 

 そこへルーデウスの小さな水弾が、護衛の足元へ弾けた。

 

 攻撃ではない。

 

 足を止めるため。

 

 護衛の体勢がわずかに崩れる。

 

 エリスの目が光った。

 

 木剣を肩口へ寸止め。

 

「一本。エリス様」

 

「取った!」

 

 エリスが叫ぶ。

 

 レンも少し笑った。

 

 ルーデウスがほっと息を吐く。

 

 初めて、三人の連携で大人の護衛から一本を取った。

 

 もちろん、相手は本気ではない。

 

 ギレーヌほどの壁でもない。

 

 それでも、大きな一歩だった。

 

 ギレーヌは頷いた。

 

「今のは良い」

 

 エリスは満面の笑みを浮かべた。

 

「良いって!」

 

「喜ぶ前に、何が良かったか考える」

 

「む」

 

 ギレーヌは容赦しない。

 

 だが、エリスはもう逃げなかった。

 

「私が下がった」

 

「それから?」

 

「踏み直した」

 

「それから?」

 

「ルーデウスが足を止めた」

 

「それから?」

 

「私が打った」

 

「そうです」

 

 ギレーヌは次にレンを見る。

 

「レン」

 

「はい。俺が右を止めた後、エリスの方を見て声を出しました」

 

「見るのが少し遅い」

 

「はい」

 

「だが、声はよかった」

 

「はい」

 

「ルーデウス」

 

「はい。水弾の位置は、エリス様に当たらないよう足元にしました。ただ、少し遅かったです」

 

「そうだ。だが、味方には当てなかった」

 

「はい」

 

 三人とも、褒められている。

 

 同時に直されている。

 

 それでも、悪い気はしなかった。

 

 エリスは木剣を握り直す。

 

「もう一回!」

 

 今度は誰もすぐに止めなかった。

 

 ギレーヌも頷く。

 

「もう一回」

 

 ◇

 

 日が落ちる頃、三人は庭に座り込んでいた。

 

 エリスは芝の上に大の字になっている。

 

 貴族の娘としては完全に失格の姿勢だった。

 

 ルーデウスは息を切らしながら、膝に手を置いている。

 

 レンも肩で息をしていた。

 

 何度も動いた。

 

 何度も失敗した。

 

 エリスが前に出すぎ、レンが追いすぎ、ルーデウスの魔術が味方の邪魔になりかけた。

 

 それでも、最後の方には少しだけ形が見えた。

 

 エリスが正面を押さえる。

 

 レンが横を崩す。

 

 ルーデウスが場を変える。

 

 三人の距離。

 

 三人の役割。

 

 それが、少しだけ身体に入り始めている。

 

 エリスが空を見上げたまま言った。

 

「ねえ」

 

「何?」

 

 レンが答える。

 

「三人でやるの、面白いわね」

 

「うん」

 

 ルーデウスも頷く。

 

「難しいですけど」

 

「難しいから面白いのよ」

 

「エリス様がそれを言いますか」

 

「何よ」

 

「いえ。成長したなと」

 

 エリスが起き上がった。

 

「先生面しないで!」

 

「先生です」

 

「むかつく!」

 

 エリスが手近な草を投げる。

 

 ルーデウスは笑いながら避けた。

 

 レンはそれを見て、少しだけ目を細める。

 

 ボレアス家に来たばかりの頃。

 

 エリスは一人で前へ出ていた。

 

 ルーデウスは、どこか一人で考えていた。

 

 レンも、自分の剣がどこまで通じるかばかり見ていた。

 

 だが今、三人は同じ庭で、同じ失敗をし、同じ一本を喜んでいる。

 

 それは不思議な感覚だった。

 

 前世で、剣道部の仲間と稽古した記憶が少しだけ蘇る。

 

 だが、それとも違う。

 

 ここでは、本当に命に繋がる。

 

 遊びではない。

 

 けれど、楽しい。

 

 レンは木刀を膝に置き、空を見た。

 

 この時間がずっと続くわけではない。

 

 そんなことは分かっている。

 

 この世界には、魔物もいる。

 

 貴族の思惑もある。

 

 いつか、もっと大きな災厄も起きるかもしれない。

 

 けれど今は。

 

 この庭で、三人で強くなる。

 

 それだけでいい。

 

 ギレーヌが遠くから声をかけた。

 

「明日もやる」

 

 エリスが飛び起きる。

 

「当然!」

 

 ルーデウスは苦笑する。

 

「筋肉痛になりそうです」

 

「情けないわね」

 

「僕は魔術師なので」

 

「なら魔術師も鍛えなさい」

 

「はいはい」

 

「はいは一回!」

 

「はい」

 

 レンは笑った。

 

 エリスが睨む。

 

「何笑ってるのよ」

 

「いや、三人でやるのも悪くないと思って」

 

 エリスは一瞬黙った。

 

 それから、そっぽを向く。

 

「当たり前でしょ」

 

 ルーデウスが微笑む。

 

「ですね」

 

 夕日の中、三人の影が庭に伸びていた。

 

 前に出る赤髪の少女。

 

 斜めに構える木刀の少年。

 

 後ろから場を変える魔術師の少年。

 

 まだ未熟。

 

 まだ危うい。

 

 それでも、三つの距離は少しずつ形になり始めていた。

 

 レン・クロガネは木刀を握り直す。

 

 大亀流の剣は、一人で立つための剣だった。

 

 だが、今は違う。

 

 誰かと並ぶために。

 

 誰かの力を借りるために。

 

 そして、共に生き残るために。

 

 そのための剣を、レンはこの庭で学び始めていた。

 

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四番隊の一般隊士、実は卍解持ちの激強死神でした(作者:獅子論)(原作:BLEACH)

ほんの思い付きでとりあえず書いてみたものです。▼皆さんの目に少しでも面白いと思ってくれたら幸いです。


総合評価:603/評価:5.75/短編:36話/更新日時:2026年07月09日(木) 11:29 小説情報


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