翌朝、ルーデウスはギレーヌに頭を下げた。
「お願いがあります」
庭の端。
朝の稽古が始まる前だった。
エリスはすでに木剣を握り、今にもレンへ斬りかかりそうな顔をしている。
レンは木刀を持ったまま、ルーデウスの横に立っていた。
昨日の夜に話したこと。
三人での動き。
それをルーデウスが本当に言い出したのだ。
ギレーヌは腕を組んで、ルーデウスを見下ろしている。
「何だ」
「エリス様、レン君、僕の三人で、連携の稽古をさせてください」
エリスはすぐに反応した。
「やるわ!」
「まだ許可が出ていません」
「出るわよ!」
エリスは自信満々だった。
根拠はない。
ギレーヌはレンを見る。
「お前も同じ考えか」
「はい」
「理由は」
「倉庫では、一人では足りませんでした」
レンは正直に答えた。
「俺は動けました。でも見落としました。ルーデウスが魔術で隙を作ってくれなければ、エリス様を外せませんでした。エリス様が抵抗していなければ、もっと遅れていました」
エリスが少しだけ胸を張る。
「そうよ。私は抵抗したわ」
「縄をかけられかけていたがな」
ギレーヌが言うと、エリスはむっとした。
「次はかけられる前に殴るわ」
「殴る前に見る、でしたね」
ルーデウスが言う。
「分かってるわよ!」
ギレーヌは三人を順に見た。
エリス。
レン。
ルーデウス。
剣士としての性質はまるで違う。
エリスは前へ出る。
レンは外し、崩し、繋ぐ。
ルーデウスは距離を取り、魔術で場を作る。
一人一人では未熟。
だが、組ませれば何かが生まれるかもしれない。
ギレーヌはそう判断したのか、短く頷いた。
「やってみろ」
「よし!」
エリスが叫んだ。
「ただし」
ギレーヌの声が重くなる。
「遊びではない」
「分かってるわよ」
「エリス様は前に出すぎるな。レンは一人で抱え込むな。ルーデウスは魔術を撃つ前に味方の位置を見ろ」
三人は同時に返事をした。
「分かったわ!」
「はい」
「はい」
ギレーヌは庭の中央を指した。
「まずは距離を決める」
「距離?」
エリスが首を傾げる。
「三人で戦う時、一番危ないのは味方の邪魔をすることだ」
ギレーヌは木剣で地面に線を引いた。
「エリス様は前。正面を受ける。レンは半歩後ろの斜め。エリス様が外した相手、横へ抜けた相手、武器を持つ相手を見る。ルーデウスはさらに後ろ。魔術の射線を確保しながら、二人の足場を壊さない位置に立つ」
エリスは不満そうだった。
「私が一番前なのね」
「そうです」
「ならいいわ」
前に立てるなら文句はないらしい。
ルーデウスは少し苦笑した。
「僕は後ろですね」
「魔術師だからな」
「近づかれないようにします」
「近づかれたら?」
ギレーヌが問う。
ルーデウスは一拍置いて答えた。
「まず距離を取ります。取れなければ、土で足元を崩すか、水で視界を塞ぎます。それでも駄目なら……」
「泣く?」
エリスが言う。
「できれば泣く前にレン君かエリス様に助けてもらいます」
「情けないけど正直ね」
「正直は大事です」
レンは木刀を握り直した。
ギレーヌの引いた線を見る。
エリスの斜め後ろ。
近すぎれば、エリスの剣に巻き込まれる。
遠すぎれば、抜けた相手へ間に合わない。
半歩。
その半歩が難しい。
道場では、自分の間合いだけを考えればよかった。
ギレーヌとの護衛訓練では、エリスを守る位置を考えた。
今はさらに、ルーデウスの魔術の射線も考えなければならない。
自分が横へ外れた先に、ルーデウスの水弾が飛ぶかもしれない。
自分が下がった場所に、土魔術で作った段差があるかもしれない。
味方が増えることは、単純に楽になることではない。
考えるものが増えるということだ。
ギレーヌは木剣を肩に乗せる。
「最初は私一人が相手をする」
エリスの目が輝く。
「ギレーヌと戦うの?」
「お前たち三人で、私に触れさせるな」
「誰に?」
「ルーデウスにだ」
ルーデウスが目を瞬かせた。
「僕ですか」
「そうだ。私はルーデウスを狙う。エリス様とレンは止めろ。ルーデウスは逃げながら支援しろ」
エリスは木剣を構えた。
「分かりやすいわね」
「分かりやすくしている」
ギレーヌは一歩引いた。
そして、空気が変わった。
訓練とはいえ、ギレーヌが相手だ。
レンの背筋に緊張が走る。
エリスも本能で感じたのか、口を閉じた。
ルーデウスは後ろへ下がり、両手を軽く上げる。
「始める」
ギレーヌが消えた。
いや、消えたように見えた。
低く、速く、正面から来る。
狙いはルーデウス。
エリスが前に出る。
「止める!」
木剣を振り下ろす。
真っ直ぐで重い。
だが、ギレーヌは真正面から受けない。
半歩ずれて、エリスの剣を外す。
そのままエリスの横を抜けようとする。
レンは動いた。
エリスの剣を外した先。
そこへ木刀を置く。
雷電型第一式の壱。
踏み込み、手元を狙う。
ギレーヌの木剣がレンの木刀に触れた。
弾かれる。
壱が死ぬ。
なら、弐。
肘へ。
ギレーヌは肘を畳んでかわす。
参へ繋げる前に、ギレーヌの足が前へ出た。
レンとエリスの間を抜ける角度。
速い。
ルーデウスが小さく息を吸う。
地面がわずかに盛り上がった。
ギレーヌの足元ではない。
ギレーヌが次に踏み込む位置。
そこへ小さな段差ができる。
ギレーヌの足がそれを避ける。
ほんのわずか、軌道が変わった。
レンはその一瞬へ木刀を滑らせた。
水龍型第一式、逆鱗。
受けに見せた線をずらし、ギレーヌの木剣の外側をなぞる。
エリスも反応した。
外された剣を力任せに戻すのではなく、足を踏み直して横薙ぎに繋げる。
三人の動きが、初めて噛み合いかけた。
だが、ギレーヌは止まらない。
木剣を低く回し、レンの木刀を下から跳ねる。
同時に体を沈め、エリスの横薙ぎの下を抜ける。
ルーデウスへ届く。
木剣の先が、ルーデウスの胸元で止まった。
「終わり」
ギレーヌが言った。
あっという間だった。
エリスは悔しそうに叫ぶ。
「今の、もう少しだったわ!」
「届いていない」
「でも、ちょっと避けさせた!」
「それはそうです」
ギレーヌは淡々と認めた。
エリスの目が少し輝く。
レンは荒く息を吐いた。
確かに、今のは少し噛み合った。
ルーデウスの土魔術でギレーヌの足が変わり、そこへレンが入った。
エリスも剣を戻そうとした。
だが、ギレーヌには足りない。
ほんの少し動かしただけで、すぐに抜けられた。
「反省」
ギレーヌが言う。
エリスがすぐに言った。
「私の剣が外された」
「なぜ外された」
「ギレーヌが避けたから」
「それは答えではありません」
「む」
エリスは唇を尖らせる。
レンが言う。
「エリスの振りが大きかった。外された後、戻すまでに時間があった」
「大きい方が強いじゃない」
「当たれば」
「当てればいいのよ」
「ギレーヌさんには当たってない」
エリスは言い返そうとして、黙った。
悔しそうだが、納得はしているらしい。
ルーデウスが続ける。
「僕の段差も小さすぎました。避けられはしましたけど、足止めにはなっていません」
「いや、あれがなければ俺は入れなかった」
レンが言う。
「でも、次に同じことをしても避けられます」
「それはそう」
「なら、段差じゃなくて、足元を少しだけ緩くする方がいいかもしれません」
ルーデウスは考え込む。
「完全に崩すと、エリス様やレン君も巻き込む。でも、一歩だけ力を逃がすなら……」
「ルーデウス」
ギレーヌが低く呼ぶ。
「はい」
「味方の足元を変える時は、必ず声を出せ」
「はい」
「魔術師が考えなしに地面を変えれば、味方が死ぬ」
「分かりました」
ルーデウスは真剣な顔で頷いた。
レンはそれを聞きながら、足元を見る。
味方の魔術で足場が変わる。
敵の魔術なら警戒する。
だが、味方の魔術でも同じだ。
知らずに踏めば、踏み込みが死ぬ。
雷電型は特に危ない。
速さを乗せた瞬間に足場が変われば、体勢ごと崩れる。
だから、連携には合図がいる。
剣士同士の呼吸だけでは足りない。
魔術師と組むなら、言葉も必要だ。
◇
二本目。
今度は、ルーデウスが先に言った。
「足元、右を緩めます!」
声と同時に、ギレーヌの右前方の土がわずかに柔らかくなる。
大きな変化ではない。
見ただけでは分かりにくい。
だが、踏めば沈む。
エリスが真正面から行く。
「はあっ!」
木剣が落ちる。
今度は振りが少し小さい。
それでも力は乗っている。
ギレーヌは横へ外れる。
その先は、ルーデウスが緩めた場所。
ギレーヌは踏む前に気づいた。
足の置き場を変える。
その一瞬。
レンは影縫で外へずれた。
ギレーヌの視線がエリスと土へ向いた隙を使う。
真横ではない。
斜め後ろ。
木刀を短く返し、ギレーヌの手元を狙う。
普通の手首打ち。
流派の技ではない。
だが、今はそれでいい。
大きな技を出すより、隙へ小さく刺す方が早い。
木刀がギレーヌの手首へ近づく。
当たる。
そう思った瞬間、ギレーヌの木剣の柄がレンの胸に入った。
「ぐっ」
息が詰まる。
ギレーヌは体勢を崩していない。
見ていた。
エリスも、土も、レンも。
全部を見ていた。
さらにギレーヌはルーデウスへ踏み込む。
だが、エリスが戻ってきた。
先ほどより早い。
大振りをやめた分、剣が返る。
ギレーヌの進路に、エリスの木剣が置かれる。
ギレーヌが初めて止まった。
止まったと言っても、ほんの一瞬。
だが、止まった。
ルーデウスが水を生み、ギレーヌの足元へ撃つ。
攻撃ではない。
濡らして滑らせるため。
ギレーヌは後ろへ下がる。
レンは胸を押さえながらも前へ出た。
木刀を構える。
エリスも横に並ぶ。
ルーデウスは二人の後ろ。
三人の位置が、最初に決めた形へ戻った。
ギレーヌは木剣を下ろした。
「そこまで」
エリスが驚く。
「勝ったの?」
「勝ってはいません」
「じゃあ何で止めるのよ」
「形ができたからです」
ギレーヌは三人を見た。
「今のは悪くない」
エリスの顔が明るくなる。
「悪くない!」
「喜ぶほどではありません」
「でも悪くないんでしょ!」
「はい」
エリスは勝ったような顔をした。
レンは胸の痛みをこらえながら息を吐く。
今のは確かに、少しだけ形になった。
ルーデウスが声を出した。
エリスが振りを小さくした。
レンが隙へ入った。
ギレーヌに止められはしたが、その後エリスが戻って進路を塞いだ。
ルーデウスが足元を濡らし、ギレーヌを下げた。
三人が、互いの動きを見た。
それだけで、昨日とは違う。
ルーデウスも少し嬉しそうだった。
「連携って、難しいですね」
「難しいから稽古する」
ギレーヌが言う。
「それ、ギレーヌさんも玄斎師匠と同じこと言いますね」
「良い師は同じことを言う」
「なるほど」
レンは少し笑った。
◇
その日の午後、座学の時間にも変化があった。
ルーデウスは板に簡単な図を書いた。
三つの点。
前にエリス。
斜め後ろにレン。
さらに後ろにルーデウス。
「今日は文字の授業の前に、さっきの訓練を図にします」
エリスは珍しく身を乗り出した。
「これなら分かるわ」
「では、エリス様がここにいます。敵が正面から来た場合、どうしますか」
「斬る」
「敵が横へ逃げたら?」
「追う」
「追いすぎると、僕の射線に入ります」
「射線?」
「魔術が飛ぶ線です」
「じゃあ、ルーデウスが私を避けて撃ちなさい」
「努力しますが、エリス様が急に飛び出すと危ないです」
「む」
エリスは不満そうだが、考えてはいる。
レンは図を見ながら、線を引いた。
「エリスが正面を塞ぐなら、俺はこの外側を見る。ここに敵が抜けた時、俺が止める」
「その時、僕は足元か視界を狙います」
ルーデウスが別の線を引く。
「ただし、エリス様がここにいると水弾は撃てません」
「じゃあ私はどこにいればいいのよ」
「ここです」
レンが指を置く。
「敵の正面から少しだけずれた場所。正面を押さえながら、ルーデウスの線を塞がない」
「細かいわね」
「細かいけど、たぶん大事」
エリスは眉間に皺を寄せながら、図を見ていた。
普段の読み書きよりずっと集中している。
ルーデウスはそれを見て、すぐに授業へ繋げた。
「では、この位置を言葉で書いてみましょう」
「え?」
「作戦を伝えるには、言葉と文字が必要です」
エリスの顔が一気に嫌そうになる。
「騙したわね」
「いいえ。実戦に必要な読み書きです」
「むう……」
エリスは唸った。
だが、逃げなかった。
板の上の図と、文字。
それを見比べながら、ぎこちなく書き始める。
正面。
右。
左。
後ろ。
下がる。
進む。
止まる。
これまで嫌がっていた文字が、急に意味を持ち始めた。
レンも隣で書く。
ルーデウスの教え方はやはりうまい。
剣と魔術と座学を繋げてしまう。
エリスにとって、勉強はただの退屈だった。
だが、戦いに必要なものだと分かれば、彼女は食いつく。
ギレーヌも同じだった。
彼女は真剣な顔で、文字をなぞっている。
「右。左。前。後ろ」
低い声で読みながら、丁寧に書く。
剣王級の剣士が、子供たちと並んで文字を書いている。
奇妙な光景だった。
だが、誰も笑わなかった。
ギレーヌは本気だった。
なら、笑う理由はない。
◇
夕方。
再び庭で三人の連携稽古が行われた。
今度は、ギレーヌだけでなく、ボレアス家の護衛二人も加わった。
ギレーヌほどではないが、大人の剣士だ。
一人が正面。
一人が横。
ギレーヌは後ろから全体を見る。
「目的は勝つことではない」
ギレーヌが言う。
「ルーデウスに触れさせないこと。三人の位置を崩さないこと。危険なら声を出すこと」
「分かったわ!」
エリスが前に立つ。
レンは斜め後ろ。
ルーデウスはさらに後ろ。
護衛二人が木剣を構えた。
開始。
正面の護衛がエリスへ来る。
エリスは受ける。
強い。
だが、踏み込みすぎない。
ギレーヌに何度も言われたことを意識している。
横の護衛がレンを抜け、ルーデウスへ向かう。
レンはそちらへ動いた。
雷電型第一式、落雷。
壱で手元。
弐で肘。
参へ繋げようとした瞬間、護衛が下がる。
訓練慣れしている。
簡単には当たらない。
レンは追わない。
追いすぎれば、エリスとの距離が開く。
「右、抜ける!」
レンが声を出す。
「足元、右!」
ルーデウスの声。
土がわずかに盛り上がる。
護衛の足が止まる。
そこへレンが木刀を返す。
水龍型第一式、逆鱗。
受けに来た木剣の外側を滑り、手首へ寸止め。
「一本」
ギレーヌの声。
だが、正面ではエリスが押されていた。
大人の護衛の剣は重い。
エリスは力で押し返そうとして、足が前へ出る。
「エリス、下がる!」
レンが叫ぶ。
「命令しないで!」
怒鳴りながらも、エリスは下がった。
半歩。
その半歩で、護衛の木剣が空を切る。
エリスはすぐに踏み直し、横薙ぎ。
護衛が受ける。
そこへルーデウスの小さな水弾が、護衛の足元へ弾けた。
攻撃ではない。
足を止めるため。
護衛の体勢がわずかに崩れる。
エリスの目が光った。
木剣を肩口へ寸止め。
「一本。エリス様」
「取った!」
エリスが叫ぶ。
レンも少し笑った。
ルーデウスがほっと息を吐く。
初めて、三人の連携で大人の護衛から一本を取った。
もちろん、相手は本気ではない。
ギレーヌほどの壁でもない。
それでも、大きな一歩だった。
ギレーヌは頷いた。
「今のは良い」
エリスは満面の笑みを浮かべた。
「良いって!」
「喜ぶ前に、何が良かったか考える」
「む」
ギレーヌは容赦しない。
だが、エリスはもう逃げなかった。
「私が下がった」
「それから?」
「踏み直した」
「それから?」
「ルーデウスが足を止めた」
「それから?」
「私が打った」
「そうです」
ギレーヌは次にレンを見る。
「レン」
「はい。俺が右を止めた後、エリスの方を見て声を出しました」
「見るのが少し遅い」
「はい」
「だが、声はよかった」
「はい」
「ルーデウス」
「はい。水弾の位置は、エリス様に当たらないよう足元にしました。ただ、少し遅かったです」
「そうだ。だが、味方には当てなかった」
「はい」
三人とも、褒められている。
同時に直されている。
それでも、悪い気はしなかった。
エリスは木剣を握り直す。
「もう一回!」
今度は誰もすぐに止めなかった。
ギレーヌも頷く。
「もう一回」
◇
日が落ちる頃、三人は庭に座り込んでいた。
エリスは芝の上に大の字になっている。
貴族の娘としては完全に失格の姿勢だった。
ルーデウスは息を切らしながら、膝に手を置いている。
レンも肩で息をしていた。
何度も動いた。
何度も失敗した。
エリスが前に出すぎ、レンが追いすぎ、ルーデウスの魔術が味方の邪魔になりかけた。
それでも、最後の方には少しだけ形が見えた。
エリスが正面を押さえる。
レンが横を崩す。
ルーデウスが場を変える。
三人の距離。
三人の役割。
それが、少しだけ身体に入り始めている。
エリスが空を見上げたまま言った。
「ねえ」
「何?」
レンが答える。
「三人でやるの、面白いわね」
「うん」
ルーデウスも頷く。
「難しいですけど」
「難しいから面白いのよ」
「エリス様がそれを言いますか」
「何よ」
「いえ。成長したなと」
エリスが起き上がった。
「先生面しないで!」
「先生です」
「むかつく!」
エリスが手近な草を投げる。
ルーデウスは笑いながら避けた。
レンはそれを見て、少しだけ目を細める。
ボレアス家に来たばかりの頃。
エリスは一人で前へ出ていた。
ルーデウスは、どこか一人で考えていた。
レンも、自分の剣がどこまで通じるかばかり見ていた。
だが今、三人は同じ庭で、同じ失敗をし、同じ一本を喜んでいる。
それは不思議な感覚だった。
前世で、剣道部の仲間と稽古した記憶が少しだけ蘇る。
だが、それとも違う。
ここでは、本当に命に繋がる。
遊びではない。
けれど、楽しい。
レンは木刀を膝に置き、空を見た。
この時間がずっと続くわけではない。
そんなことは分かっている。
この世界には、魔物もいる。
貴族の思惑もある。
いつか、もっと大きな災厄も起きるかもしれない。
けれど今は。
この庭で、三人で強くなる。
それだけでいい。
ギレーヌが遠くから声をかけた。
「明日もやる」
エリスが飛び起きる。
「当然!」
ルーデウスは苦笑する。
「筋肉痛になりそうです」
「情けないわね」
「僕は魔術師なので」
「なら魔術師も鍛えなさい」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はい」
レンは笑った。
エリスが睨む。
「何笑ってるのよ」
「いや、三人でやるのも悪くないと思って」
エリスは一瞬黙った。
それから、そっぽを向く。
「当たり前でしょ」
ルーデウスが微笑む。
「ですね」
夕日の中、三人の影が庭に伸びていた。
前に出る赤髪の少女。
斜めに構える木刀の少年。
後ろから場を変える魔術師の少年。
まだ未熟。
まだ危うい。
それでも、三つの距離は少しずつ形になり始めていた。
レン・クロガネは木刀を握り直す。
大亀流の剣は、一人で立つための剣だった。
だが、今は違う。
誰かと並ぶために。
誰かの力を借りるために。
そして、共に生き残るために。
そのための剣を、レンはこの庭で学び始めていた。