色々問題がありまくりだった武神祭も、ついに幕を下ろした。
ローズ王女のあれこれは、王都中に噂が広まっていた。
行方不明のローズ王女は密かに仇討ちの機会を窺っているとか、同じく行方不明のドエム・ケツハットは組織から粛清されたとか。
正しいものも、尾鰭が付いているものも数多くあるけれど、一般貴族である私には関係なく、そして学園も関係なく、明日からは普通に二学期が始まる。
優勝したお姉ちゃんも、騎士団のお偉いさんたちとの挨拶回りで忙しいみたいだけど、夏休みの最終日の今日だけは予定が空いていた。
というのも、そのお偉いさんにも予定があったからだ。
その予定というのが、
「それじゃあシェイ、よろしくね」
「…うん」
私が講演を開くことになっているからだ。
私の性格をよく分かっているのが、弟子であり王女のアレクシアだ。
本来なら私も諸々の挨拶回りをしなくてはならないのだが、それを講演として一度にまとめたと、事後報告をしてきた。
断るのも難しく、そもそも何度も挨拶回りをするほうが面倒くさいため、受け入れざるを得なかった。
「改めまして、魔剣士学園1年、シェイ・カゲノーです。皆さん、本日はよろしくお願いします」
学園に幾つかあるうちの、一番広い闘技場。その中心で、ぺこりと頭を下げる。
アレクシア、アイリス王女の王族姉妹。
騎士団長や、紅の騎士団副団長のグレンさんを始めとする、騎士団の幹部たち。
騎士団の制服に身を包む、おそらくは将来の幹部として期待されている若者たち。
学園に在学する高位貴族、つまりはトップクラスの精鋭たち。
王都に滞在しているアンネローゼさん。
あとはお姉ちゃんと、それに連れられたシド。
この場には、何とも錚々たる顔ぶれが集まっていた。
「まず始める前に、少しだけ確認させていただきます。大前提として、魔剣士は魔力が多いほうが強いです。圧倒的な魔力の差は、ある程度の技術を無効化します」
圧倒的なフィジカルがあれば、多少の技は無視できる。お父さんから最初に教わった「魔力をたくさん込めて、思いっきり振れ!」という教えも、あながち間違いではない。
「なので魔力が多い人は、技術よりその魔力を思い切りをぶつける訓練のほうが伸びます」
言外に、みんな魔力が多いんだから私いらないと思うなぁと言う。だが、真面目な顔で頷くアイリス王女を筆頭に、誰も帰らない。
「あと、アレクシアに教えてるときのように、お口が悪くなるかもしれません。気になる方はご遠慮ください」
学生の、しかも貧乏田舎男爵家の次女にボロカス言われるなんて、我慢ならないでしょと伝えるも。
アンネローゼさんは腕を組んだまま聞く気満々。騎士団長たちも動かない、何なら口元に笑みを浮かべている人までいる。
誰も、帰らない。
「……では始めましょうか」
私は諦めた。
◆
〜アンネローゼ視点〜
シェイ・カゲノー。魔剣士学園の1年生。
アレクシア第二王女の師であり、1年生ながら学園最強の名を与えられ、さらには王国最強アイリス・ミドガルとも肩を並べる強者。
アレクシアのやや強引な根回しにより、アンネローゼたちは彼女の強さを知る機会に恵まれた。
「魔剣士が強いのは、魔力があるからです。今日はその魔力について、お話と実演をします」
錚々たる面子の視線を浴びながら、シェイは気負いの欠片もない。
「まずここにいる皆さんの殆どが、魔力の使い方が下手くそです」
そして、その穏やかな口調のまま、とんでもない暴言をかました。ただこれまでの実績を前に、誰も反論はできなかった。
「魔力っていう、魔剣士が当たり前に使うもの。戦いの中で特に重要なのが、最大出力と瞬発的な出力です。この2つがあれば、強く、速い攻撃ができます」
シェイはそう言うとアンネローゼを呼ぶ。
予め伝えられていたため困惑することもなく歩み寄り、二人で木剣を手にした。
「最大出力は言うまでもなく、どれだけ魔力を込められるか」
シェイが木剣を大きく振りかぶって、そのまま振り下ろす。アンネローゼが正面で受けると、木剣が折れた。シェイの剣だ。
「この分野では、正直私はカスです。この場にいる中で一番下だと思います」
そこに異論はない。シェイ・カゲノーは、姉のクレアと違い、魔力量は平均を大きく下回る。
それでも彼女が強い理由は、
「もう一つが、瞬発的な出力。必要な魔力を、如何に速く使えるか」
シェイの強さの秘訣。観衆の意識が、ぐっと引き締まる。
「例えば、バケツを使って大量に水を汲むのと、コップで少しだけ水を汲むの、後者のほうが圧倒的に速く、正確にできます。魔力も、それと同じです」
彼女はそう例えると、アンネローゼに「もう一度行きますね」と声をかけてきた。その手に、剣はない。
「貴女、剣は?」
「要らないです」
「……そう」
それはつまり、お前なんて無手で十分だということ。
苛立ちはあるが、彼女ならそれも可能かもしれないと、アンネローゼも理解している。
少し離れて、警戒。構えを解いて、狙うはカウンター。
距離はおよそ5メートル、魔剣士であれば一瞬で詰められる間合い。僅かな油断も持たず、意識を集中させる。
集中していた、そのはずだった。
「えっ」
気づけば、シェイの姿が消えていた。
アンネローゼは考える前に動いた。
その時、僅かな空気の揺れに反応できたのは、意識してのことではない。身体に染み付いた感覚が、動いてくれたにすぎない。
それでも、間に合わなかった。
肩に、軽い衝撃。ゆっくりと視線を落とすと、シェイの掌が当てられている。
僅かに持ち上がった剣は、逸らされている。柄に添えられた手が、完全に見切られていたと教えてくれる。
「見えました?」
「少しだけ」
問い掛けてくる声に、短く答える。
シェイが動いたことは、分かった。分かっただけで、手遅れだった。
落ち着け。
動揺している。動揺を悟られるな。自分にそう言い聞かせながら、アンネローゼは身体の震えを抑え込んだ。
「これが、瞬発的な出力です」
シェイはアンネローゼから離れて、観衆に向く。
「魔力の興りが速ければ、それだけ先手を取れます。魔力に無駄がない……溢した水が少なければ、相手に察知されにくくなります」
身体強化では、該当の部位に魔力を込める。
間合いを詰める際には足に、剣を振るう際には腕に、インパクトの瞬間には剣に、実際は無意識の動作ではあるが、魔力で強化するにはそれぞれの瞬間に魔力を込める必要がある。
当然そこには魔力の移動があり、魔剣士同士の戦いではその流れを見て相手の動きを予測する。
だが、シェイにはそれがほとんど見えなかった。
気付いたら相手が迫っていて、反応が一拍遅れる。その刹那は、魔剣士にとって致命的な遅れだった。
「私が以前、アイリス王女と打ち合えたのも、タライやバケツで汲もうとするアイリス王女に、コップで汲んだ魔力で邪魔をしたから。そのチカラを発揮させなかったからです」
話題に上がったアイリスに視線を向けると、彼女は深く頷いていた。
そして、目が合う。薄く笑うアイリスに、アンネローゼも苦い笑みが漏れる。
攻守を交代して、次はアンネローゼが打つこととなった。
アンネローゼは少し距離を取り、構える。シェイは変わらず無手のままだが、それに反発するつもりはない。
ただ、一矢報いる。そのために。
「ふっ────!」
地を蹴り、一瞬で間合いに入ったアンネローゼは、気合と共にシェイに斬りかかっ──
「うぐっ……」
──否、鳩尾を軽い衝撃が襲った。
シェイの拳が、アンネローゼの腹部に食い込んでいた。
加減はされていた。だが、受ける衝撃が小さかったのは、それだけが理由じゃない。
(私は今、踏み込めなかった……!)
勢いが弱かった。腰が引けていた。
攻撃するつもりで、攻撃できていなかった。
シェイの予備動作のない反撃に、怯えていた。
「大丈夫ですか?」
「…ええ、平気よ。加減してくれたのね」
「はい、アンネローゼさんの狙いが正確でしたから」
シェイほどの魔剣士であれば、アンネローゼの弱気に気付いているはず。それを目溢しされ、さらには周囲に向けてフォローされる始末。
己の弱さ、その恥辱に塗れながら、アンネローゼなんとか平静を装う。
「魔剣士は、剣で戦います。相手の攻撃は怖いですし、斬られれば当たり前に痛いです」
シェイの魅せた攻防に、その後に語られる論理に、観衆は聞き入っていた。
「攻撃が届かない場所まで行けば、絶対に安心です。だからガッと踏み込んでバッと離れる、そんな大味な戦いなら、正直楽です。難しいことを考えなくても成立します」
「でも本当に大事なのは、剣が届く間合いでどう動くか。自分の攻撃が当たる、なおかつ相手の攻撃に反応できる距離。その2つが交わるギリギリ、その人の適正な間合いで、ちゃんと動けること」
「相手の動きをどこまで視れるか、自分の動きをどこまで制御できるか──世界を如何に細かく感じて、そしてそれに適応できる身体を作ること」
「これが私の……『シェイ・カゲノー』の強さだと思っています」
シェイはそう言い切って、周囲を見渡す。
「ひとまずこれで区切りなんですが、何か質問はありますか?」
「では私から」
手を挙げたのは、紅の騎士団副団長『獅子髭』のグレン。
「まずは感謝を。シェイさんの強さ、その理由の一端は理解した」
「ありがとうございます」
「して、その強さをどうやって手にしたのか。カゲノー男爵は優れた魔剣士ではあったが、それなりの実力でしかなかったはず。父親に教わったわけではないのだろう?」
「素振りと見取り稽古ですね」
「ほう」
興味深そうに口元を歪めるグレンに、シェイはこう語った。
「ただ虚空を斬るくらいなら、たくさん打ち合ったほうがいい。そういう理屈も、理解はできます」
「私がそうだったように、初心者が最初に教わるのが型です。ここにいる人たちは、型がある程度できている人ばかりだと思います。ですが、
「先ほど言った間合いや感覚など、マス稽古でしか得られないものもありますが……何もないところですらちゃんと振れないのに、動いている人間をちゃんと斬れるわけがないんです」
「今本気で型をやれば、より深く自分に向き合えますし、少しずつ得られるものもあるはずです。そしてその『少し』が、対人戦の勝敗を分ける一瞬に、大きな差になって表れる」
「とはいえずっと自分にばかり意識が向くのも、それはそれでよくないので、見取り稽古や、それこそ実践稽古も必要だと。そう思っています」
頷きながら聞いたグレンは、最後になるほどと口に出した。
「シェイさんの剣は、技の多い剣ではない。その印象は初めて剣を見たときも、今も変わっていない」
「ありがとうございます」
「だが武神祭、あれほど多種多様な、特性の違う武器を扱えたのは、何か他に理由があるのではないか?」
アンネローゼは、グレンのそれが質問ではないと理解した。他にも両手に数えられる程度には、理解した顔の者がいる。
これは、教えだ。もっと深く続きを皆に話してくれという要請だ。そのためにグレンほどの強者が訊ねている。
「別にないですよ」
シェイも、その無言の要請に応じた。
「両手剣であろうと、双剣やハルバードであろうと、何なら無手であろうと。求められる技術はいつだってシンプルです。なので基礎がちゃんとしていれば、経験の組み合わせである程度までは楽に上達します」
そのある程度が、武神祭本戦を勝ち上がるという途方もない水準であることを除けば、シェイの答えはグレンの望むものであった。
「そうか」
グレンは満足そうに頷いた。
「ではこの後は、その素振りを見てもらいたいのだが、いいだろうか」
「はい。私だけじゃ見きれないので、何人かこっち側に来てほしいですが」
「構わない」
そこからはシェイに替わり、グレンが指揮を執り始めた。
騎士団長など騎士団幹部が講師役を担い、大人数での素振りが始まる。アンネローゼも講師側に回された。
少ない魔力量で、素早く動き出すこと。
今までよりも、己を深く、細かく感じられるように。
意識強く素振りを繰り返す者たちに、アンネローゼは気になった点を告げながら巡回する。
精強なるミドガル騎士団。
これだけの精兵が一堂に会すのは、それこそ大事のときのみ。武神祭という国家の威信を賭けた祭典直後、まさに今しか無理であった。
そんな贅沢すぎる環境で、誰もが必死に剣を振るう。
アンネローゼの顔には、知らずのうちに笑みが刻まれていた。
感想・お気に入り登録・評価、お待ちしてます。