「おい十代ィ! 貴様、大佐のコートも着ずに何をしとるんじゃ! それにその手にあるものは何じゃ!」
マリンフォードの海軍本部、ガープの執務室。重々しい扉を開けて入ってきた俺の姿を見て、ガープじいちゃんはいつものように煎餅を口に放り込みながら豪快に笑おうとした。だが、俺が机の上に静かに置いたものを見て、その動きがピタリと止まる。
机の上に置かれたのは、丁寧に畳まれた大佐の制服と、俺の階級を示す階級章。
そして、一枚の退役願だった。
「おじいさん。俺、海軍を辞めるよ」
「……バカモンが」
ガープの顔から一瞬で笑みが消え、部屋の空気がずしりと重くなる。覇気を使っているわけでもないのに、その眼光だけで並の海兵なら気絶するほどの威圧感だった。
「冗談なら今のうちに拳骨一つで許してやる。貴様がこの3年、どれだけの期待を背負ってここまで来たか分かっとるんか! センゴクも、お前を次代の大将候補として──」
「冗談なんかじゃないさ」
俺は真っ直ぐに、その鋭い眼光を見つめ返した。いつもなら「十代ノリ」で適当にはぐらかすところだけど、今日だけは、俺の本当の魂の言葉をぶつけなきゃいけない。
「おじいさん、俺はずっと迷ってた。任務で行く先々の島で、海軍の支部が海賊と手を組んで民を泣かせてるのを見た。お上の目を盗んで私腹を肥やす海兵たちを、俺はこの手でいくつも叩き潰してきたよ。だけど、どれだけ倒してもキリがないんだ!」
「それは……どこの組織にだって多少の膿は──」
「多少じゃない!!」
俺の叫び声が執務室に響き渡る。これまでの3年間、誰にも言えずに胸の奥に閉じ込めて、一人で抱え込んできたドス黒い本音が、堰を切ったように溢れ出した。
「シャボンディ諸島で見たんだよ! 天竜人が平然と民間人を虫ケラみたいに痛めつけて、奴隷にして連れ去っていくところをさ! そして、俺たち海軍が……『正義』を背負った海兵たちが、その悪行を止めるどころか、頭を下げて護衛してた! おじいさん、これが俺たちの命を懸けて守る『正義』の正体なのか!?」
「十代……」
「俺の相棒(HERO)たちは、誰かを虐げる奴らの盾になるためにいるんじゃない! 人の明日を奪う奴らをぶっ飛ばして、みんなでニッと笑い合うためにいるんだ! 世界政府や天竜人の都合のいい道具にされるのは、もうこれ以上ごめんだよ……! 俺は、俺自身の信じる本物のヒーローになる!」
ガープは拳を握りしめ、深く帽子を目深にかぶった。その顔は影になり、どんな表情をしているのかは見えない。ただ、実の孫であるルフィやエースが海賊になると言った時と同じような、あるいはそれ以上の深い苦渋が、その大きな背中から滲み出ていた。
「……ここを出れば、お前は世界政府を敵に回す『反逆者』じゃ。お前ほどの力を、政府が放っておくはずがない。ワシの手で、お前をここに組み伏せてでも止めねばならん」
ガープじいちゃんがゆっくりと立ち上がる。その両拳が、どす黒い『武装色の覇気』で染まっていく。本物の、海軍の英雄としての殺気。生身の俺じゃ、一撃で消し飛ばされかねない圧倒的なプレッシャー。
だけど、俺の心にはもう、1ミリの迷いもなかった。
「いいぜ。おじいさんがその正義で来るなら、俺は俺の魂で応えるだけだ! ──現れろ、俺の最高の相棒!!」
シュバッ!! と胸のポケットから抜き出したカードを掲げると、執務室の窓を突き破るほどの凄まじい突風と炎が巻き起こった。
一対の異形の翼──緑の猛禽の翼と、炎を纏った竜の翼を広げ、気高き戦士が俺の背後に降臨する。
「──『E・HERO フレイム・ウィングマン』!!」
激しい炎の熱風が室内の書類を巻き上げ、ガープの視界を一瞬だけ遮る。フレイム・ウィングマンは俺の意志を完全に汲み取り、その逞しい腕で俺の身体をがっしりと抱え上げた。
「おじいさん。俺を鍛えてくれて、本当にありがとう。……でも、俺のターンはここからなんだ!」
フレイム・ウィングマンが力強く床を蹴り、割れた窓ガラスを突き抜けて、マリンフォードの青い大空へと飛び出した。
「十代ィーーー!!」
背後から、ガープじいちゃんの引き裂くような叫び声が聞こえた。だけど、その拳が俺たちに追いつくことはなかった。じいちゃんは、あえて追撃の拳を放たなかったんだ。
「ハハ……どこまでも甘いな、おじいさんは」
風を切り裂き、白い雲を突き抜けていく。
眼下に小さくなっていく海軍本部を見つめながら、俺は胸の奥がすっきりと晴れ渡っていくのを感じていた。
コートはもうない。肩書きもない。だけど、俺のポケットにはいつだって、頼れる最高の仲間たちがいる。
「よし……ガッチャ! 最高の旅立ちだぜ!」
青空の向こう、まだ見ぬ本当の自由と冒険が待つ海へ向かって、俺とHEROたちは真っ直ぐに突き進んでいくのだった。
これにて海兵編は終了です!短いと感じるかもしれませんがどうか受け入れて新しい章の幕開けを祝ってください!