国道一号線   作:datéshima

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第13話

 入り江での出来事から、一月ほどが過ぎた。

 

 政府は、検証報告書を公表した。百八十頁に及ぶその文書を、私は三度、通して読んだ。

 

 そこには、この国の言い分が、余すところなく書かれていた。

 

 曰く。当該集団の出現以降、民間人一名が殺害され、自衛隊員十七名が殉職し、多数の重軽傷者が出た。国の大動脈たる国道一号線は三週間にわたり麻痺し、経済損失は数千億円規模に達した。政府は武力によらない解決を再三模索した。宿営地として城郭の提供を申し出たが、拒否された。話し合いの席を二度設け、二度目には帰郷のための輸送手段まで準備したが、応じられなかった。最終通告に対しても、武装解除の意思は示されなかった。武装した千名の集団が応戦の構えを見せた以上、国民の生命を預かる政府に、他の選択肢は存在しなかった――。

 

 腹立たしいことに、この文書には、どこにも嘘が書かれていない。

 

 死者の数も、経済の損害も、拒まれた提案の数々も、全て事実である。そして、武装集団の進軍を国家が容認できないというのも、近代国家の理屈としては、ぐうの音も出ないほど正しい。

 

 だが、私は知っている。嘘のない文書と、正しい文書は、別物である。

 

 あの報告書には、彼らが民間人に最後まで刃を向けなかったことが、一行しか書かれていない。彼らが求めていたのが領土でも支配でもなく、ただの帰り道だったことは、二行だった。彼らが何を食べ、何に笑い、誰の名を呼びながら歩いたのかは――零行である。

 

 百八十頁のうち、百七十七頁分の正しさと、三行分の真実。その配分こそが、あの入り江で起きたことの、本当の姿なのだと思う。

 

 世論は、割れたまま、今も揺れ続けている。

 

 

『政府は間違ってたのか?』

 

『間違ってたと言い切れないのが、一番つらいんだよ』

 

『じゃあお前、武装した千人が自分の街に歩いてきても同じこと言えるの』

 

『言えないよ。言えないけど、あの人たちの葬式で泣いてるのも俺なんだよ』

 

『全員が正しくて、全員が負けた。そういう事件だったんだと思う』

 

 

 海外の反応は、より単純で、より激しかった。

 

 

 欧州のある新聞は一面にこう掲げた。

 

『彼らは四百年歩いて、故郷まであと数十キロだった』。

 

 別の国の論説は政府対応を「合法的で、完璧で、取り返しがつかない」と評した。

 

 擁護する論調も、確かにあった。「主権国家として他にどんな選択があったのか、批判者は具体案を示せ」と書いた軍事専門誌の記事は、皮肉なことに、日本政府の報告書より雄弁に日本を弁護していた。

 

 国連では非殺傷兵器の運用指針を巡る特別会合が開かれ、各国の士官学校は「クツキ事例」を教材に加えたという。四百年前の男たちは、死してなお、世界中の教範を書き換え続けている。

 

 そして、どこの国の報道より世界を駆け巡ったのは、滋賀の小さな谷のニュースだった。

 

 

『日本の小さな村、四百年遅れの帰郷者のために「毎年、迎え火を灯す」と発表』

 

 

 このニュースだけは、どの国の言葉に翻訳されても、論争にならなかった。ただ世界中の人間が、静かに泣いた。

 

 ――さて、私自身の一月についても、少し書いておく。

 

 一月ぶりの研究室は、綺麗に掃除されていた。植木は青々と茂り、郵便物は日付順に揃えられ、冷蔵庫は空っぽで、庫内に付箋が一枚だけ貼ってあった。

 

『未来のおにぎりは処分しました。過去のおにぎりになっていたので。――准教授』

 

 私はその付箋を、しばらく剥がせなかった。今も、剥がしていない。

 

 復帰後、最初の講義の日。私の講義は、雨の日には出席率が三割を切る。それがこの職場の、揺るぎない気象法則だった。その日は、朝から土砂降りだった。

 

 教室は、満席だった。立ち見が出て、廊下にまで学生が溢れていた。二十年守られてきた気象法則が、音を立てて崩壊していた。

 

 

「……教室を、間違えたかな」

 

「先生の教室ですよ!」

 

 

 最前列から声が飛んだ。見たことのない顔だった。他学部だろう。他大学かもしれない。

 

「――休講が続いて、申し訳なかった。補講は、以前告知した通り、とびきりの一次史料付きでやる。今日は、近江国衆・朽木氏の話をする。……長い話だ。なにしろ、先月、タイムスリップされてきた方々と世界で唯一会話できたからな」

 

 笑いが起きて、それから、妙にしんとした。学生というのは、勘のいい生き物である。九十分、誰も居眠りをしなかった。雨の日なのに、である。

 

 ――そして、この週末、私は朽木谷にいた。

 

 谷の小さな寺の裏手に、ごく内々に、供養の場が設けられることになったのだ。

 

 招かれたのは、対策本部に関わった数名と、寺の住職、そして私。それから、招かれてもいないのに、当然の顔で助手席に座っている男が一人。

 

「行きますよ、当たり前でしょう。口上まで読み上げた仲です。今さら他人のふりはできません。それに――」

 

 准教授は、後部座席の風呂敷包みを、ちらりと見た。中身が何かは、伝えてあった。

 

「――お供の一人や二人、連れて行くのは構わない。そういう決まりだったんですよね、あちらでは」

 

「……よく覚えているな」

 

「先生の報告書は、全部読みましたから。縅糸の記述が長すぎる箇所も、全部」

 

 私たちは車を安曇川沿いの町に置き、最後の道のりを、歩くことにした。

 

 言い出したのは私である。将には、足で参るな、筆で参れと言われた。筆は、これから何年でも執る。だが、この最後の数里だけは、どうしても、この足で歩きたかった。彼らがついに歩けなかった、最後の数里である。

 

「歩くんですか。……歩くんでしょうね。知ってました」

 

 准教授は、諦めた顔でリュックを背負い直し、コンビニの袋を掲げてみせた。

 

「おにぎり、買ってあります」

 

「気が利くな」

 

「六個あります」

 

「……四個でいい」

 

「え、減りましたね!?」

 

 鯖街道、と呼ばれる古い道である。若狭の海から京へ、鯖を担いで越えた峠道。朽木谷は、その中継ぎの地として、何百年も旅人を通してきた。

 

 山が、両側から迫ってくる。安曇川の瀬音が、道連れになる。杉の匂い。石垣の上の畑。――ああ、と思った。将が見たがった谷とは、これか。

 

「先生、速い、速いです」

 

「これでも隊列の後方の速度だ」

 

「私は隊列に入ってません!」

 

 准教授が音を上げるたび、私は少しだけ、あの行軍の中に戻った。息を整えるのに腰まで曲がる男は、四百年前にも、廊下二メートル先にもいる。人類は、あまり進歩していない。だから愛おしいのだと、今なら思う。

 

 谷が開けた。

 

 そして、私は足を止めた。

 

 横断幕が、まだ、掛かっていた。

 

 

『おかえりなさい 朽木へ』

 

 

 雨風に晒され、端が少しほつれ、それでも、集落の入り口に、しっかりと掛かっていた。

 

「――外さないんですか」

 

 畑にいた古老に、准教授が尋ねた。あの、道を掃いていた古老だった。

 

「外す理由が、あるかいな」

 

「……もう、その」

 

「帰ってきはるがな」

 

 古老は、まっすぐに言った。

 

「四百年かけて、あそこまで帰ってきはったんや。あと少しくらい、なんぼでも待つがな。武士っちゅうんは、義理堅いもんなんやろ」

 

 私は、何も言えなかった。准教授も、何も言えなかった。ただ、二人して、深々と頭を下げた。古老は「なんや、あんたら」と笑って、畑に戻っていった。

 

 供養の朝。

 

 寺の山門の前に、見慣れない黒塗りの車列が、静かに停まった。

 

 降りてきた人物を見て、私は思わず声を上げそうになった。

 

 ゆで卵のような禿頭に、熊のような口髭。あの内閣府の担当者である。ござる稽古の教え子であり、生涯一度の名乗りを上げた男であり、あの朝、准教授のマイクを守った男である。喪服姿で、彼は山門をくぐってきた。

 

 私が歩み寄って挨拶をしようとした、その時だった。

 

 住職が先に進み出て、深々と一礼し、こう言ったのである。

 

「――ようこそお越しくださいました、熊谷大臣」

 

 大臣。

 

「……大臣?」

 

 私は、間の抜けた声を出した。禿頭の男――熊谷氏は、ばつが悪そうに口髭を撫でた。

 

「……防衛大臣を、拝命しております。熊谷と申します。正式に名乗るのは、これが初めてですな、先生」

 

 防衛大臣。

 

 あの、ござる稽古の。あの、陣羽織の。あの、「責任は私がとる」の。

 

「な……なぜ、内閣府の担当者などと」

 

「名乗らなかっただけです。あの現場では、肩書きを出せば、出した瞬間に政治になる。私は一人の連絡担当として、あの場にいたかった。……それに」

 

 彼は、少しだけ笑った。

 

「先生も、名乗らなかったでしょう」

 

 一本、取られた。この国で名乗りの作法を説いて回った男が、相手の名乗りを一度も求めなかったのである。灯台下暗しとは、まさにこのことだ。

 

 呆然としている私の袖を、准教授が、そっと引いた。

 

「先生。あの、言いにくいんですけど、対策本部の会議にいた眼鏡の方、官房副長官です。迷彩服の気難しい方は、統合幕僚長。外務省の疲れた顔の方は、外務審議官です」

 

「…………」

 

「そうそうたるメンバーだったんですよ、最初から。国家の中枢が、勢揃いです」

 

「……君は、知っていたのか」

 

「知ってましたよ。会議に出てましたから」

 

「なぜ教えてくれなかった」

 

「先生、知ってたら態度を変えました?」

 

「……変えなかったな」

 

「でしょうね。だから言いませんでした」

 

 言ってから、准教授は、急に青ざめた。

 

「……あれ。待ってください。ということは私、防衛大臣と官房副長官と統合幕僚長の前で、『四百年後に読み上げられて恥ずかしくない発言をしてください』って啖呵を切ったんですよね」

 

「切ったな」

 

「決裁文書を、テンプレートの匂いがするとも言いました」

 

「言ったらしいな」

 

「私の経歴、大丈夫でしょうか」

 

「安心しなさい。私は防衛大臣に発声指導をして、語尾で媚びるなと叱った」

 

「格が違いました。すみません」

 

 熊谷大臣は、私たちのやり取りを聞いていたのだろう、口髭の奥で、確かに笑っていた。それから、真顔に戻って、静かに言った。

 

「――お二人とも、あのままでいてください。肩書きを知って物を言う人間は、この国に掃いて捨てるほどいる。知らずに正しいことを言う人間は、ほとんどいない。対策本部で一番役に立ったのは、あなた方二人の、その口です」

 

 供養は、静かに執り行われた。

 

 寺の裏手には、真新しい石碑が一つ。碑文は短く、名前は一つも刻まれていない。刻むべき名を、この国の誰も知らないからだ。……いや。全てではないが、いくらかの名と顔なら、知っている男が一人いる。その男の仕事は、これからだ。

 

 読経が始まる頃、門の外に、気配が集まり始めた。地元の人々だった。招かれてもいないのに、中に入ろうともせず、ただ門の外の道に、三々五々、静かに立って、手を合わせていた。

 

 読経が終わる頃、あの鯖寿司の組合長が、寺の台所にそっと包みを届けてきた。

 

「――千人前は、できんかった。五十人前や。うちらの精一杯や。……仏さんの数には、足りんけども」

 

「足ります」

 

 私は、言った。声が少し、震えた。

 

「彼らは、分け合って食べるのが、とても上手な人たちでした」

 

 組合長は、口を真一文字に結んで、何度も頷いて、帰っていった。

 

 焼香の段になって、熊谷大臣は、随行員から細長い包みを受け取り、祭壇の脇に、静かに供えた。

 

 陣羽織だった。

 

 あの日、彼が生涯一度の名乗りのために袖を通した、あの借り物の陣羽織である。綺麗に洗われ、丁寧に畳まれていた。

 

「……倉庫に返す気に、どうしてもなれませんでね」

 

 彼は、誰にともなく言った。

 

「政府の立場は、報告書に書いた通りです。あの決定は、覆せない。国民の命を預かる者として、同じ状況が来れば、私はまた同じ決定をするでしょう。それが私の背負う正しさです。――ですが」

 

 彼は、石碑に向き直った。

 

「正しさを背負った人間にも、悔いを供える権利くらいは、あるはずです」

 

 深々と、彼は頭を下げた。防衛大臣としてではなく、名乗りを上げた一人の男として。その禿頭が、山の朝日を受けて光っていた。あの日、名乗りの台の上で光っていたのと、同じ光だった。

 

「……大臣。一つだけ、伺っていいですか」

 

 准教授が、遠慮がちに聞いた。

 

「始末書は、書き終わったんですか。あの朝の分」

 

「百枚は書きました」

 

 大臣は、事もなげに答えた。

 

「役人は、書くのが仕事です。……もっとも、あの百枚は、生涯で一番、書く価値のある百枚でした」

 

 私は、頼まれるまま、その場で短い言葉を述べた。

 

「彼らは、四百五十年以上の時を超えて、この国に現れました。何を信じ、何のために歩き続けたのか。……いえ」

 

 用意していた言葉を、私はそこで、やめた。

 

「――知っています。私は、知っています。彼らが何を食べ、何に笑い、誰の話で夜更かしをし、何を信じて歩いたのか。この一月、私はそれを、この目で見て参りました。彼らは、忠義という言葉だけでは語り尽くせない、確かな人としての情を持った、私の……」

 

 言葉は、そこで途切れた。

 

 友人でした、と言うつもりだった。言えなかった。それ以上は、うまく続けられなかった。参列の誰も、続きを促さなかった。

 

 野営地で草鞋を繕っていた、あの若い雑兵の顔を思い出す。似顔絵の礼にと、私の椀に飯を多めに盛ってくれた、あの手を思い出す。許嫁の話で盛り上がっていた、あの二人組の笑い声を思い出す。しょっぱいわ、と海に向かって叫んだ声を思い出す。川辺で弱音を漏らした、あの人の背中を思い出す。「先生」と、焚き火の輪の中で、当たり前のように呼ばれた、あの声を思い出す。

 

 供養が終わり、人が引けた後、私は住職に願い出て、寺の奥の墓所へ案内してもらった。

 

 元綱公の墓は、山際の静かな一角にあった。

 

 苔むした石が、四百年の分だけ、丸くなっていた。墓前は、綺麗に掃き清められていた。あの日、テレビの中継で見た通りに。「お迎えの支度をして、何かおかしいですか」と言った通りに。

 

 私は、風呂敷包みを解いた。

 

 一枚の絵である。

 

 月明かりと篝火の下で描いた、生涯でいちばん時間をかけた似顔。思うたより悪くない、と本人の検分も済んでいる。良い面構えに描く約束も、果たしたつもりである。約束が違えば化けて出ると言われたが、まだ枕元に立たれていないので、合格だったのだろう。

 

 私はその絵を、墓前に、そっと供えた。

 

「――お連れしました」

 

 それだけを、声に出して言った。

 

「あなたの隊で、いちばん義理堅く、いちばん冗談の分かりにくい方です。どうか、ようやくの帰参を、お許しください。……四百年の遅参ですが、本人は、道草を食った覚えは一切ないそうです」

 

 山の風が、杉の梢を鳴らした。

 

 笑ったのだと、思うことにした。

 

 傍らで、住職が静かに経を上げてくれた。読み終えて、彼は私に尋ねた。

 

「失礼ですが、あなた様は、あの方々とは、どのようなご縁で」

 

 私は、少し迷ってから、名乗った。

 

 住職は、目を見開いた。それから、何かを深く得心したように、その場で私に向き直り、深々と、頭を下げた。

 

「――ようこそ、お帰りなさいませ」

 

 お帰りなさいませ、と。

 

 この谷で、その言葉は、私に向けられたのだった。

 

 集落の入り口の横断幕が、脳裏に浮かんだ。おかえりなさい、朽木へ。あの言葉が誰を待っていたのか、その端の一枚に、私も連なっていたのだと――この谷は、そういうことに、するつもりらしい。

 

 帰り道、夕暮れの谷道を並んで歩きながら、准教授が、ぽつりと言った。

 

「先生。僕、ずっと言えなかったことが、あるんですけど」

 

「なんだ。まだ大臣の正体級の隠し玉があるのか」

 

「それより古い隠し玉です。……名簿とか、研究室の表札とか、論文の署名とか。この一件の間、目に入るたびに、そわそわしてたんですよ。だって、あの人たちの探し物と同じ名前で、あの隊列の中を歩いてたんですから」

 

 やはり、気になっていたか。

 

「本部の誰にも言わなかったのか?」

 

「言えませんよ。先生ご本人が名乗らないものを、僕が口にするわけには。……それで、その、聞いてもいいですか。あの人たちには名乗ったんですか?」

 

 私は、少し考えた。考えたが、答えは、とうに自分の中にあった。

 

「――名乗らない、と決めていた。最初の日からだ」

 

「どうしてです」

 

「名乗れば、彼らの旅が、私で終わってしまいかねないからだ。四百年歩き続けた人たちの終点が、コンビニのおにぎりを頬張る中年学者では、あんまりだろう」

 

「それは……まあ、はい」

 

「否定しなさい、そこは」

 

 准教授は吹き出し、それから、少しだけ真顔に戻った。

 

「でも、それじゃ、あの人たちは、探し物に会えないまま――」

 

「――会えていたさ」

 

 気づけば、そう答えていた。自分でも驚くほど、迷いのない声だった。

 

「向こうが気づいていなかっただけで、朽木は、ずっと隣を歩いていた。一緒に富士山を眺めて、同じ飯を分けてもらって、頼まれて絵まで描いた。行軍にも、野営にも、最後の朝にも、朽木はちゃんと、そこにいたんだ。……四百年ぶりの再会にしては、上出来すぎるくらいだと思わないか」

 

 准教授は、しばらく黙って歩いてから、言った。

 

「……壮大な話のわりに、最後が飯なんですよね、先生の話は」

 

「飯は大事だ。彼らに教わったことの半分は、飯の話だった」

 

 安曇川の音が、ずっとついてくる。あの夜の川辺と、同じ音がする。

 

 もう、寂しい音には、聞こえなかった。

 

 谷を出る間際、公民館の前に、新しい貼り紙が出ているのに気づいた。

 

『お知らせ 今年から毎年、夏の晩に、旧道沿いへ迎え火を灯します。帰ってきはる方が、道に迷わんように』

 

 今年から、毎年。

 

 この谷は、四百年でも待った者たちの末裔の土地である。この先も、何百年でも待つ気なのだ。横断幕も、迎え火も、恐らく、外れることはない。

 

 実にいい土地である。帰る先がこの谷で、あの人たちは、幸せ者だと思う。……その端に連なる者として、少しだけ、鼻が高い。

 

 東京に戻った夜、私は書斎の机に向かった。

 

 真新しい原稿用紙の束を、どんと置く。将との約束の、四百年分の行軍の、最初の一歩である。足で参るな、筆で参れ。真顔の注文は、断れない相手なのだ。

 

 白紙の四百年を、これから埋めに行く。彼らが何を食べ、何に笑い、誰の話で夜更かしをし、何を信じて歩いたか。政府の報告書が三行で済ませたものを、私は三百頁かけて書く。私なりの返答である。

 

 書名だけは、もう決めてある。彼らが歩いた、あの道の名前である。

 

 書き出しも、決めてあった。全てが始まった日の、あの研究室から始めよう。

 

 私は筆を執り、最初の一行を書いた。

 

『六月というのは、学者にとって存外ありがたい季節である』

 

 窓の外では、雨が降り始めていた。

 

 学生の出席率が落ちる、あの、ありがたい雨である。もっとも、あの法則は先月崩壊したので、明日の教室は、雨でも満席なのだろう。それはそれで、悪くない世界である。

 

 この雨が上がる頃には、少しは良い話が、書けているはずだ。

 

 

 

東京大学 戦国史部門 教授/朽木 知綱

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