「力が欲しいか?」と言いたくて!   作:桃たろす

11 / 11
主人公不在のただのA'sを見てそのまま文字にしたやつです


新たなデバイスふたつ

 

 二本の杖が、新しい身体を与えられた。

 

 同じ声。

 

 同じ記憶。

 

 同じ主を選んだ心。

 

 けれど、その姿は以前とは違う。

 

 より大きな力を扱うために。

 

 今度こそ、届くために。

 

 二本の杖は、生まれ変わった。

 

 翌日の放課後。

 

 アースラの整備区画では、最後の点検が行われていた。

 

 透明な隔壁の向こうに、二つの光が並んでいる。

 

 赤。

 

 金。

 

 新しい外装が、白い照明を反射していた。

 

 魔力伝導。

 

 フレーム強度。

 

 カートリッジの装填。

 

 固定。

 

 排出。

 

 試験用の空薬莢が、硬い音を立てて受け皿へ落ちる。

 

 その音を聞くたび、なのはの肩がわずかに動いた。

 

「緊張してる?」

 

 隣に立つフェイトが尋ねた。

 

 なのはは隔壁を見つめたまま答える。

 

「ちょっとだけ」

 

「ちょっとだけ?」

 

「……すごく」

 

 フェイトが小さく笑った。

 

 なのはも笑い返す。

 

 二人とも、手には何も持っていない。

 

 なのはの首元に、赤い宝石はない。

 

 フェイトの胸元にも、金色の三角形はなかった。

 

 整備へ預けてから、何度も手が空を探した。

 

 学校へ行くとき。

 

 家へ帰るとき。

 

 眠る前。

 

 戦わない時間でさえ、いつもそばにいた。

 

 離れていたのは、ほんの数日。

 

 それなのに。

 

 ずいぶん長い時間のように感じられた。

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

 端末を抱えたエイミィが、整備区画の奥から歩いてくる。

 

 その後ろにはクロノとユーノもいた。

 

「待たせたね。最終点検、全部終了」

 

 エイミィが隔壁へ手を触れる。

 

 淡い光が走り、透明な壁が左右へ開いた。

 

 二人の整備員が、それぞれのデバイスを運んでくる。

 

 なのはは息を止めた。

 

 赤い宝石を中心に組み上げられた白い杖。

 

 以前より太く、強固になったフレーム。

 

 先端には、カートリッジの自動装填機構が組み込まれている。

 

 その隣。

 

 金色のコアを守る黒い装甲。

 

 衝撃へ耐えるために覆われた回転式弾倉。

 

 魔力刃を形成する機構も、以前より頑丈になっていた。

 

「レイジングハート……」

 

 なのはが名前を呼ぶ。

 

 赤い宝石が光った。

 

『I am here, my master.(ここにいます、我が主)』

 

 聞き慣れた声。

 

 通信越しではない。

 

 すぐ目の前から返ってきた声。

 

 なのはの表情が明るくなる。

 

「おかえり、レイジングハート」

 

『Thank you, my master.(ありがとうございます、我が主)』

 

 両手で受け取る。

 

 以前とは重さが違った。

 

 重量だけではない。

 

 手の中にある力の密度が、明らかに増している。

 

 けれど。

 

 赤い光の温かさは変わらない。

 

 なのはは杖を胸元へ引き寄せた。

 

 もう壊さない。

 

 今度こそ守る。

 

 そう言いたくなった。

 

 けれど、それでは違う。

 

 自分が一方的に守るのではない。

 

 一緒に戦う。

 

 一緒に失敗する。

 

 一緒に強くなる。

 

 そう約束した。

 

「これからも、よろしくね」

 

『Yes, my master.(はい、我が主)』

 

 隣では、フェイトが黒いデバイスを受け取っていた。

 

「バルディッシュ」

 

『Yes, sir.(はい、サー)』

 

「無理してない?」

 

『No problem.(問題ありません)』

 

「本当に?」

 

『Yes, sir.(はい、サー)』

 

 即答だった。

 

 フェイトは、それでも心配そうに新しい外装を確かめる。

 

 傷はない。

 

 光も安定している。

 

 改修前より、強い魔力が内部を流れている。

 

「そっか」

 

 フェイトは、ようやく笑った。

 

「おかえり、バルディッシュ」

 

『Thank you, sir.(ありがとうございます、サー)』

 

 空だった手に、重みが戻る。

 

 それだけで。

 

 フェイトは、自分の一部が戻ってきたように感じた。

 

「それからね」

 

 エイミィが二人の前へ立った。

 

「新しい身体に合わせて、この子たちの正式名称も変わってるの」

 

 端末を操作する。

 

 二つのデバイスの立体映像が表示され、その横に文字が浮かんだ。

 

 レイジングハート・エクセリオン。

 

 バルディッシュ・アサルト。

 

 なのはは表示された名前を、ゆっくりと読んだ。

 

「レイジングハート・エクセリオン」

 

『Yes, my master.(はい、我が主)』

 

 赤い光が応える。

 

 フェイトも、手の中の相棒を見る。

 

「バルディッシュ・アサルト」

 

『Yes, sir.(はい、サー)』

 

 金色の光が明滅した。

 

「人格と記憶領域は、改修前のまま」

 

 エイミィが説明する。

 

「変わったのは、外装と魔力伝導系。それから、カートリッジシステムに対応するための内部機構だね」

 

 仕組みと危険性については、すでに何度も説明を受けていた。

 

 圧縮された魔力を、瞬間的にデバイスへ流し込む。

 

 大きな出力を引き出せる代わりに、デバイスにも術者にも負荷がかかる。

 

 特に、なのはのリンカーコアはまだ回復途中だった。

 

「なのはちゃん」

 

 エイミィが念を押す。

 

「使えるからって、何発も続けて使わないこと」

 

「はい」

 

「痛みが出たら、すぐに止める」

 

「はい」

 

「息苦しくなっても止める」

 

「はい」

 

「少しでもおかしいと思ったら――」

 

「分かってるよ、エイミィさん」

 

 なのはが困ったように笑った。

 

「無茶はしません」

 

 クロノが腕を組む。

 

「その言葉は信用しづらいな」

 

「クロノくんまで」

 

「君には前例がある」

 

「今回は本当にしないよ?」

 

 クロノは答えない。

 

 ユーノも、わずかに目を逸らした。

 

 フェイトは心配そうになのはを見ている。

 

 三人分の視線を受け、なのはは頬を膨らませた。

 

「みんな、信用してない」

 

「信用していないんじゃないよ」

 

 ユーノが言った。

 

「なのはは、自分では無茶だと思っていないことがあるから」

 

「それ、もっとひどくない?」

 

「事実だろう」

 

 クロノが即座に答える。

 

「むう」

 

 なのはが不満そうな声を出した。

 

 その手の中で、レイジングハートが小さく光る。

 

『Safety first, my master.(安全を最優先に、我が主)』

 

「レイジングハートまで?」

 

『Yes.(はい)』

 

 今度こそ、全員が笑った。

 

 受け渡しが終わると、一行はそのまま訓練区画へ移動した。

 

 広い室内には、実戦を想定した複数の標的が浮かんでいる。

 

 壁面と床には防護術式。

 

 天井近くには、出力を計測する観測機器。

 

 隔壁の向こうでは、クロノとエイミィが端末を確認していた。

 

 ユーノとアルフも一緒にいる。

 

『まずはフェイトちゃんから』

 

 通信機を通し、エイミィの声が聞こえる。

 

『いきなり全力は駄目。カートリッジは一発だけ。設定した上限を超えそうになったら、こっちで停止させるからね』

 

「分かりました」

 

 フェイトが黒いデバイスを構える。

 

「行くよ、バルディッシュ」

 

『Yes, sir.(はい、サー)』

 

 金色の魔法陣が広がった。

 

 光がフェイトの身体を包み、普段着が黒いバリアジャケットへ変わっていく。

 

 同時に、手の中のデバイスが展開した。

 

 黒い柄。

 

 金色の刃。

 

 追加された装甲。

 

 回転式の弾倉が、わずかに動く。

 

『Assault Form.(アサルトフォーム)』

 

 フェイトは一度、バルディッシュを軽く振った。

 

 以前より重い。

 

 だが、重心は手元に近い。

 

 振り回されるような重さではなかった。

 

 刃を止めたとき、余分な揺れが少ない。

 

「動けそう?」

 

 少し離れた場所から、なのはが声をかける。

 

「うん」

 

 フェイトは標的へ視線を向けた。

 

「試してみる」

 

『Cartridge Load.(カートリッジ装填)』

 

 弾倉が回転する。

 

 硬い音。

 

 薬莢が叩かれた。

 

 次の瞬間。

 

 金色の魔力が噴き出し、フェイトの全身を包んだ。

 

「っ!」

 

 床を蹴る。

 

 直後。

 

 フェイトの姿が消えた。

 

 先ほどまで立っていた場所には、金色の残光だけが残っている。

 

 一つ目の標的が両断された。

 

 二つ目。

 

 三つ目。

 

 金色の線が訓練区画を横切るたび、標的が遅れて崩れていく。

 

 最後の一つへ刃を振り下ろす。

 

 その直前。

 

 フェイトの身体がわずかに外へ流れた。

 

 加速が想定より大きい。

 

 刃の軌道が、標的の中心から外れる。

 

 フェイトは無理に停止しなかった。

 

 踏み込む足の角度を変える。

 

 余った力を回転へ変える。

 

 身体を半回転させ、その勢いのまま横薙ぎを放った。

 

 金色の刃が標的を切り裂く。

 

 フェイトは数メートル先へ着地した。

 

 片足がわずかに滑る。

 

 それでも倒れない。

 

 バルディッシュを構えたまま、動きを止めた。

 

「フェイトちゃん!」

 

「大丈夫」

 

 フェイトが振り返る。

 

 呼吸は少し速い。

 

 けれど、表情に苦痛はなかった。

 

『Output stable.(出力、安定)』

 

「うん」

 

 フェイトは、自分が通った軌道を見る。

 

「思っていたより加速が強かった」

 

『Yes, sir.(はい、サー)』

 

「次は、踏み込みを浅くする。身体も前へ倒しすぎない」

 

『Yes, sir.(はい、サー)』

 

 フェイトは一つ残っていた予備標的へ向き直った。

 

「もう一度、いいですか?」

 

『カートリッジを使わないならね』

 

 エイミィが答える。

 

 フェイトは腰を落とした。

 

 先ほどより浅く踏み込む。

 

 金色の光が走った。

 

 一度目より、わずかに遅い。

 

 だが、軌道に乱れはない。

 

 標的の手前で正確に停止する。

 

 振り上げられた刃が、中心だけを切断した。

 

 今度は、着地した足も滑らなかった。

 

『Good control, sir.(良好な制御です、サー)』

 

「ありがとう、バルディッシュ」

 

 隔壁の向こうで、クロノが端末を確認している。

 

「一度目のずれを、すぐに修正したか」

 

「フェイトちゃんは元々、速度の変化に慣れてるからね」

 

 エイミィが答える。

 

「バルディッシュの補助もあるけど、それだけじゃない。身体の使い方を知ってるんだよ」

 

 フェイトが訓練区画から下がる。

 

 なのはとすれ違うとき、小さく笑った。

 

「思っていたより、ずっと速くなるよ」

 

「うん」

 

 なのはは自分の杖を見る。

 

「ちゃんと気をつける」

 

『本当に気をつけてくれ』

 

 隔壁の向こうから、クロノが言った。

 

「分かってるよ」

 

 なのはが訓練区画の中央へ進む。

 

 胸の奥。

 

 リンカーコアがある場所へ意識を向けた。

 

 昨日よりは歩ける。

 

 階段を上った直後に、必ずふらつくわけでもない。

 

 けれど、元通りにはほど遠かった。

 

 身体の奥に、薄い空洞が残っている。

 

 普段は意識しなければ忘れられる。

 

 そこへ魔力を通すときだけ、はっきりと分かった。

 

 まだ、全部は戻っていない。

 

「レイジングハート」

 

『Stand by, ready.(待機、準備完了)』

 

「セットアップ」

 

 桃色の魔法陣が広がった。

 

 光がなのはの身体を包む。

 

 白と青のバリアジャケット。

 

 赤い宝石を中心に、杖が新しい姿へ展開する。

 

 なのはは両手で構えた。

 

 重い。

 

 けれど、嫌な重さではない。

 

 以前よりも杖の先端が安定している。

 

 砲撃の反動を受け止めるための重さだった。

 

「まずは、いつも通りに」

 

『Yes, my master.(はい、我が主)』

 

 正面に標的が浮かぶ。

 

 なのはは狙いを定めた。

 

「ディバイン――」

 

 桃色の魔力が集まる。

 

「バスター!」

 

 光が放たれた。

 

 標的の中心へ命中する。

 

 防護術式が威力を受け止め、数値へ変換していく。

 

 反動は小さい。

 

 胸の痛みもない。

 

『通常出力、安定してるよ』

 

 エイミィの声。

 

『次はカートリッジを使う。なのはちゃん、少しでも変だと思ったら――』

 

「すぐに止める」

 

『よし』

 

 なのはは杖を握り直す。

 

 先ほどと同じ標的。

 

 同じ距離。

 

 同じ砲撃。

 

 違うのは。

 

 新しく加わった一発だけ。

 

『Cartridge Load.(カートリッジ装填)』

 

 装填機構が動く。

 

 薬莢が叩かれた。

 

 硬い作動音。

 

 直後。

 

 レイジングハートの内部に、巨大な力が満ちた。

 

 なのはの目が見開かれる。

 

 強い。

 

 予想していたよりも。

 

 フェイトの加速を見た。

 

 エイミィの説明も聞いた。

 

 それでも。

 

 実際に手の中で膨れ上がる力は、想像とは違った。

 

 なのはは、これまでと同じ大きさの砲撃を組み上げようとした。

 

 いつもと同じ量の魔力を流す。

 

 いつもと同じ感覚で術式を広げる。

 

 そこへ、カートリッジの力が重なった。

 

『Master, output rising.(我が主、出力上昇)』

 

「え――」

 

 桃色の光が急激に膨れ上がった。

 

 なのはの身体より大きい。

 

 標的だけではない。

 

 その周囲まで飲み込むほどの魔力。

 

『なのはちゃん、術式を縮小して!』

 

 エイミィが叫ぶ。

 

 なのはは出力を抑えようとする。

 

 だが、遅い。

 

 すでに術式は放出段階へ入っていた。

 

 ここで無理に消せば、行き場を失った魔力が逆流する。

 

 撃つしかない。

 

「ディバイン――バスター!」

 

 砲撃が放たれた。

 

 訓練区画が桃色に染まる。

 

 標的を飲み込み、その後方の防護壁へ激突した。

 

 一枚。

 

 二枚。

 

 三枚。

 

 複数の防護術式が同時に作動し、巨大な砲撃を受け止める。

 

 衝撃が空気を揺らした。

 

「っ!」

 

 なのはの身体が後ろへ押される。

 

 靴が床を滑る。

 

 両腕が跳ね上がった。

 

 レイジングハートを離さないよう力を込めた瞬間。

 

 胸の奥へ、鋭い痛みが走った。

 

「あ……」

 

 呼吸が止まる。

 

 足から力が抜ける。

 

『Master!(我が主!)』

 

「なのは!」

 

 フェイトが駆け出した。

 

 なのはの身体が傾く。

 

 倒れるより先に、フェイトが肩を支えた。

 

「なのは、しっかりして」

 

「大丈夫……」

 

「大丈夫じゃない」

 

「うん。ちょっと、大丈夫じゃなかったかも」

 

 冗談めかして言おうとした。

 

 けれど、声は掠れていた。

 

 隔壁が開く。

 

 クロノたちが訓練区画へ入ってきた。

 

「試験は中止だ」

 

 クロノが告げる。

 

「まず検査をする」

 

「待って」

 

「待たない」

 

「クロノくん」

 

「駄目だ」

 

 なのはが続けるより先に、拒否された。

 

「胸部痛が出た。出力も設定値を大幅に超えている。続行を許可できる状態じゃない」

 

「でも、原因は分かったよ」

 

「原因が分かっても、身体への負担が消えるわけじゃない」

 

「そうじゃなくて」

 

 なのはは息を整えた。

 

 胸の痛みは、少しずつ弱くなっている。

 

 呼吸も戻り始めていた。

 

 フェイトに支えられたまま、レイジングハートへ視線を向ける。

 

「今の、いつもと同じ大きさの砲撃を作ろうとしたからだよね」

 

『Yes, my master.(はい、我が主)』

 

「カートリッジで強くなる分を考えずに、最初からいつも通りに組んじゃった」

 

『Yes.(はい)』

 

 自分の魔力。

 

 砲撃術式。

 

 カートリッジによって強化されたデバイスの出力。

 

 それらを、今までと同じ感覚で重ねてしまった。

 

 大きくなった後で抑えようとしても、間に合わない。

 

「次は、最初から小さく作る」

 

「なのは」

 

 フェイトが止めるように名前を呼ぶ。

 

「カートリッジで大きくなることを考えて、砲撃の土台を小さくする。そこから、少しずつ形を整える」

 

「今すぐ試す必要はない」

 

 クロノが言った。

 

「記録を確認し、改めて調整すればいい」

 

「でも、今の感覚が残ってるうちに、レイジングハートと合わせたいの」

 

「君の身体で確認する必要はない」

 

「無理に撃たせてって言ってるんじゃないよ」

 

 なのはは、すぐに続けた。

 

「検査して。本当に駄目なら、今日はやめる」

 

 クロノはエイミィを見る。

 

 エイミィは携帯端末をなのはへ向けた。

 

 淡い光が全身を走る。

 

「リンカーコアの出力は落ち着いてきてる。今のところ、損傷は確認できない」

 

「今のところ、だ」

 

「うん。だから、もう一回撃つなら、術式側に強制制限をかける」

 

 エイミィが端末を操作する。

 

「さっきの半分以下。上限を超えたら、レイジングハート側で自動停止。どうする、クロノ君?」

 

 クロノは、なのはを見た。

 

「痛みは」

 

「もう、ほとんどないよ」

 

「ほとんど、という言葉は信用しない」

 

「……少しだけ残ってる」

 

「正直なのは結構だ」

 

 クロノは息を吐いた。

 

「次で最後だ。わずかでも痛みが強くなれば、その場で中止する」

 

「うん」

 

「許可した範囲を絶対に超えるな」

 

「分かった」

 

「フェイト」

 

「うん」

 

 言われる前に、フェイトはなのはのすぐ隣へ立った。

 

 いつでも支えられる距離。

 

 なのははレイジングハートを正面へ構える。

 

「もう一度、お願い」

 

『Yes, my master.(はい、我が主)』

 

 新しい標的が展開された。

 

 今度は。

 

 最初から大きな砲撃を作ろうとしない。

 

 細く。

 

 小さく。

 

 必要な形だけを組み上げる。

 

『Cartridge Load.(カートリッジ装填)』

 

 硬い作動音。

 

 力が流れ込む。

 

 なのはは、それを無理に押さえ込まなかった。

 

 小さく作った術式へ、カートリッジの力を重ねる。

 

 桃色の光が、段階的に大きくなる。

 

 先ほどのように、急激には膨らまない。

 

『Output stable.(出力、安定)』

 

「うん」

 

 狙いを定める。

 

 胸の痛みは強くならない。

 

 呼吸も乱れていない。

 

「ディバイン――」

 

 レイジングハートと呼吸を合わせる。

 

「バスター!」

 

 桃色の光が放たれた。

 

 先ほどより細い。

 

 けれど、通常出力の砲撃よりは明らかに強い。

 

 標的の中心を正確に撃ち抜き、後方の防護術式へ吸収された。

 

 なのはの身体がわずかに後ろへ押される。

 

 それでも。

 

 今度は姿勢を崩さなかった。

 

「できた……」

 

 なのはが息を吐く。

 

 額には薄く汗が浮かんでいた。

 

 一度目とは違う。

 

 自分が何をしているのか、分かっていた。

 

 レイジングハートも、なのはの制御に合わせている。

 

「今度は、一緒にできたね」

 

『Yes, my master.(はい、我が主)』

 

 フェイトは、なのはの肩へ置いた手を離さなかった。

 

「次は、最初からそうしてね」

 

「うん」

 

「本当に?」

 

「本当だよ」

 

「さっきも、気をつけるって言ってた」

 

「う……」

 

 なのはが言葉に詰まる。

 

 隔壁の向こうで、アルフが声を上げて笑った。

 

 ユーノも、安堵したように息を吐いている。

 

 クロノだけは笑わなかった。

 

「高町なのは」

 

「はい」

 

「君は今から医務室だ」

 

「でも」

 

「異論は認めない」

 

「……はい」

 

 なのはは肩を落とした。

 

「フェイトも付き添え」

 

「うん」

 

「どうしてフェイトちゃんまで?」

 

「君が途中で逃げないようにだ」

 

「逃げないよ!」

 

 今度はエイミィも笑った。

 

 それでも。

 

 医務室へ向かう前。

 

 クロノは二人へ、もう一度だけ言った。

 

「今日の失敗を忘れるな」

 

 なのはとフェイトが振り返る。

 

「訓練なら、失敗した後に原因を考えられる。次の一回で修正することもできる」

 

 クロノの声は厳しかった。

 

「だが、実戦では次があるとは限らない」

 

 二人の表情から笑みが消える。

 

「新しい力を得たからといって、勝てると決まったわけじゃない」

 

「うん」

 

 なのはが頷いた。

 

「忘れないよ」

 

「わたしも」

 

 フェイトも答える。

 

 新しい力。

 

 それは、勝利を約束してくれるものではない。

 

 ただ。

 

 もう一度、手を伸ばすための力だった。

 

 ◇

 

 その夜。

 

 八神家の食卓には、湯気の立つ料理が並んでいた。

 

 煮物。

 

 焼き魚。

 

 味噌汁。

 

 白いご飯。

 

 いつもと同じ夕食。

 

 いつもと同じ家族。

 

「ヴィータ、ご飯もう一杯いる?」

 

「いる」

 

「シグナムは?」

 

「いただきます」

 

「ザフィーラの分も、あとで置いとかなあかんな」

 

 はやては笑いながら、大皿へ右手を伸ばした。

 

 昨日、鉛筆を落とした手。

 

 少し休めば戻ると思っていた。

 

 朝になれば、また動くようになると思いたかった。

 

 けれど。

 

 指先が皿の縁へ触れたところで、動きが止まった。

 

 力が入らない。

 

 皿を持ち上げられるほど、指が曲がらない。

 

 はやては何も言わず、左手へ持ち替えようとした。

 

「はやて」

 

 ヴィータが見ていた。

 

「右手、まだ戻ってねえのか」

 

「昨日よりはましやよ」

 

「だったら、右手で持ってみろ」

 

「意地悪言うなあ」

 

 はやては笑う。

 

 ヴィータは笑わなかった。

 

「シャマル」

 

「はい」

 

 すでに立ち上がっていたシャマルが、はやての隣へ移動する。

 

「はやてちゃん。右手を見せてください」

 

「ご飯のあとでもええやろ?」

 

「今、お願いします」

 

 優しい声。

 

 けれど、引くつもりはない。

 

 はやては困ったように笑った。

 

「みんな、ほんまに心配性やなあ」

 

「当然です」

 

 シグナムが答える。

 

「主の身を案じることは、我らの務めです」

 

「そういうんやなくて」

 

 はやてはシグナムを見る。

 

「家族やから心配しとるんやろ?」

 

 シグナムが一瞬、言葉に詰まる。

 

「……はい」

 

「ほんなら、しゃあないな」

 

 はやては右手を差し出した。

 

 シャマルが両手で包む。

 

 緑色の光。

 

 診察用の魔法陣が、小さく広がった。

 

 指先。

 

 手首。

 

 腕。

 

 肩。

 

 魔法の光がゆっくりと移動していく。

 

「痛みはありますか?」

 

「ないよ」

 

「冷たいとか、熱いとかは?」

 

「それもない」

 

「触られている感じは分かりますか?」

 

「分かるで」

 

 シャマルが人差し指へ触れる。

 

「ここは?」

 

「分かる」

 

「指を順番に動かしてください」

 

 はやては指を曲げようとした。

 

 人差し指。

 

 中指。

 

 薬指。

 

 小指。

 

 どれも動く。

 

 けれど、反応が遅い。

 

 指先には、昨日よりはっきりとした震えが残っていた。

 

「ほら、動くやろ」

 

 はやてが笑う。

 

「ちょっと言うこと聞かへんだけや」

 

「それを大丈夫とは言わねえ」

 

「せやけど、今すぐ何もできんようになったわけやないよ」

 

 はやての声は穏やかだった。

 

 自分の身体に何が起きているのか。

 

 すべて理解しているわけではない。

 

 けれど。

 

 ただ疲れているだけではないことくらい、分かっていた。

 

 昔から動かない足。

 

 少しずつ白くなっていく顔。

 

 増えていく眠気。

 

 そして今度は、右手。

 

 料理ができなくなるかもしれない。

 

 本の頁も、自分ではめくれなくなるかもしれない。

 

 着替えさえ、一人ではできなくなるかもしれない。

 

 怖くないわけがなかった。

 

 それでも。

 

 怖いと言えば。

 

 ヴィータたちは、自分以上に苦しむ。

 

 家族が自分のために苦しむ顔を、はやては見たくなかった。

 

「まだ左手は元気や」

 

 はやては、左手を軽く上げてみせる。

 

「車椅子も動かせるし、ご飯も食べられる。今すぐ困ることはあらへんよ」

 

「今すぐじゃなかったら、いいのかよ」

 

 ヴィータが低い声で言った。

 

「ヴィータちゃん」

 

 シャマルが制する。

 

 はやては少しだけ目を伏せた。

 

「よくはないよ」

 

 小さな声。

 

 すぐに、いつもの笑顔へ戻る。

 

「せやから、今日は何もせんと休む。それでええ?」

 

 シャマルは、はやての右手を包んだまま答えた。

 

「……はい」

 

「でも、明日も残るようなら、もう一度詳しく診ます」

 

「分かった」

 

「約束ですよ」

 

「約束や」

 

 はやては左手で茶碗を持った。

 

「ほら、ご飯冷めてまうで」

 

 食事が再開される。

 

 ヴィータは何度も、はやての右手を見た。

 

 テーブルの下。

 

 膝の上へ置かれた手。

 

 指先が、わずかに震えている。

 

 それでも。

 

 はやては、いつも通りに話した。

 

 シグナムの剣道場のこと。

 

 シャマルが買い物先で聞いた話。

 

 近所の老人たちと、ヴィータがしたゲートボールのこと。

 

 笑っている。

 

 いつもと同じように。

 

 だからこそ。

 

 ヴィータには、それが無理をしていると分かった。

 

 昨日。

 

 学校で見た白い少女も、同じだった。

 

 顔色を悪くしながら。

 

 仲間に身体を支えられながら。

 

 それでも、笑っていた。

 

 心配をかけたくない人間は、大丈夫だと言う。

 

 本当に大丈夫ではないときほど。

 

 その夜。

 

 はやてが眠ったあと。

 

 四人は照明を落としたリビングへ集まっていた。

 

 扉の向こう。

 

 はやての部屋から物音は聞こえない。

 

「どうなんだよ」

 

 ヴィータが小声で聞く。

 

「はやての手」

 

 シャマルは膝の上で両手を組んだ。

 

「闇の書との融合が、以前より進んでいます」

 

「やっぱり、あの本のせいなのか」

 

「はい」

 

 シャマルは、はっきりと答えた。

 

「主との接続が深くなりすぎています。闇の書が本来蓄えるはずの力を、はやてちゃんの身体から補おうとしている」

 

「止められねえのか」

 

「今の私には……」

 

 シャマルが唇を噛む。

 

「接続を切れば、はやてちゃんの命に関わります。かといって、このままにしておけば、侵食はさらに進む」

 

「完成させれば」

 

 シグナムが尋ねる。

 

「闇の書を完成させれば、主の身体は安定するのだな」

 

「そのはずです」

 

 断言ではなかった。

 

 それでも。

 

 今の守護騎士たちには、それ以外の道がなかった。

 

「進行が、予想より早いんです」

 

 シャマルは続ける。

 

「これまでは疲労と眠気、それに手足の震えだけでした。でも、昨日からは右手の動きそのものに影響が出ています」

 

 沈黙。

 

 時計の針が動く音だけが聞こえた。

 

 ヴィータは膝の上で拳を握る。

 

 右手。

 

 床へ落ちた鉛筆。

 

 震えていた指。

 

 学校へ行きたいと笑った、はやて。

 

 その未来が。

 

 このままでは、来ないかもしれない。

 

「あと、どれくらいだ」

 

 ヴィータが聞いた。

 

「完成まで、あとどれくらい集めればいい」

 

「まだ、目標量には届いていません」

 

「だから、どれくらいだよ」

 

「ヴィータ」

 

 シグナムが制する。

 

「急かしても、残りの頁は減らん」

 

「分かってる!」

 

 声が大きくなる。

 

 全員が、はやての部屋へ視線を向けた。

 

 物音はない。

 

 ヴィータは声を落とした。

 

「分かってるけど……」

 

 俯く。

 

「あんなの見て、ゆっくりやってられるかよ」

 

 誰も答えられなかった。

 

 シグナムも同じだった。

 

 闇の書を完成させる。

 

 主を救う。

 

 そのために、何度も蒐集を行った。

 

 人里を離れた場所。

 

 管理局の目が届きにくい世界。

 

 大きな魔力を持つ、人ではない存在。

 

 できる限り被害を抑えようとしてきた。

 

 それでも。

 

 管理局はこちらの存在を知った。

 

 白い魔導師と金色の魔導師にも姿を見られている。

 

 次は、前回よりも大きな追跡が来る。

 

 分かっていた。

 

 だが。

 

 止まることはできない。

 

「蒐集を急ぐ」

 

 シグナムが言った。

 

「明日から、予定を変更する」

 

「シグナム」

 

 シャマルが顔を上げる。

 

「今までより危険になります」

 

「承知している」

 

「管理局も警戒を強めています」

 

「それも承知している」

 

「また、あの子たちが来たら」

 

 白い少女。

 

 金色の少女。

 

 まだ幼い二人。

 

 何も知らないまま、こちらを止めようとした。

 

 シグナムは目を閉じる。

 

「退ける」

 

「傷つけることになっても?」

 

「主を失うことだけは、できん」

 

 迷いのない声。

 

 迷いがないように聞こえる声。

 

 ヴィータには、それが自分自身へ言い聞かせる言葉だと分かった。

 

「明日は、あたしが行く」

 

「私も同行しよう」

 

 ザフィーラが言った。

 

「ヴィータ一人では、前へ出すぎる」

 

「出ねえよ」

 

「今日の主を見たあとでもか」

 

 ヴィータは反論できなかった。

 

「俺が対象を抑える。お前は蒐集と周囲の警戒に集中しろ」

 

「……分かった」

 

「シャマルは闇の書の制御と転移の準備」

 

「はい」

 

「私は別地点の捜索を続ける。異常があれば、すぐに合流する」

 

 シグナムが全員を見る。

 

「必ず完成させる」

 

 小さな声。

 

 それでも。

 

 騎士たちにとっては、誓いだった。

 

「主の未来を、ここで終わらせはしない」

 

 翌日。

 

 人の住まない管理外世界。

 

 乾いた岩場。

 

 赤黒い大地。

 

 空には厚い雲が広がり、遠くで雷が鳴っている。

 

 巨大な魔力生物が咆哮した。

 

 四本の脚。

 

 岩のような外皮。

 

 背中から突き出した複数の角。

 

 一歩進むたび、大地が揺れる。

 

「ザフィーラ!」

 

「承知!」

 

 青い光が走った。

 

 ザフィーラが魔力生物の正面へ踏み込む。

 

 振り下ろされた前脚を、両腕で受け止めた。

 

 衝撃で足元の岩盤が砕ける。

 

「今だ!」

 

「おう!」

 

 ヴィータが空から降下する。

 

「グラーフアイゼン!」

 

『Raketenform.(ラケーテンフォーム)』

 

 カートリッジが作動した。

 

 鉄槌の後方から噴き出した炎が、ヴィータの身体を加速させる。

 

「ラケーテン――」

 

 回転。

 

 全身の力を、鉄槌へ乗せる。

 

「ハンマー!」

 

 鉄槌が魔力生物の頭部へ直撃した。

 

 岩の外皮が砕ける。

 

 巨体が大きく傾いた。

 

 ザフィーラが受け止めていた脚を払い、均衡を崩す。

 

 地響き。

 

 魔力生物が大地へ倒れ込んだ。

 

「シャマル!」

 

『準備できています!』

 

 緑色の魔法陣が展開される。

 

 倒れた魔力生物の身体へ、複数の光輪が絡みついた。

 

 胸部。

 

 魔力の中心。

 

 光が引き出されていく。

 

 遠く離れた場所で、闇の書が開く。

 

 白紙の頁へ文字が刻まれ始めた。

 

「早くしろ」

 

 ヴィータは周囲を見回す。

 

 岩。

 

 雲。

 

 雷。

 

 人影はない。

 

 魔力反応もない。

 

 それでも。

 

 落ち着かなかった。

 

「ヴィータ」

 

 ザフィーラが呼ぶ。

 

「何だよ」

 

「焦るな」

 

「焦ってねえ」

 

「攻撃が荒い」

 

「倒したんだからいいだろ」

 

「必要以上に外皮を破壊した。蒐集対象そのものを損ないかねん」

 

「次は気をつける」

 

 ヴィータはグラーフアイゼンを肩へ担いだ。

 

 帰りたい。

 

 早く終わらせたい。

 

 はやてのところへ戻りたい。

 

 右手が動くようになったか。

 

 痺れは消えたか。

 

 朝。

 

 はやては笑っていた。

 

 昨日より少し楽やと。

 

 けれど。

 

 右手でスプーンを持とうとはしなかった。

 

 それを見ないふりをして。

 

 ヴィータたちは家を出た。

 

「まだかよ」

 

『もう少しです』

 

「もう少しって、どれくらいだ」

 

『ヴィータちゃん、落ち着いて』

 

「分かってるよ!」

 

 通信へ怒鳴る。

 

 直後。

 

 ザフィーラの表情が変わった。

 

「ヴィータ」

 

「あ?」

 

「監視術式だ」

 

 空の一角。

 

 目では見えない魔力の波が、岩場の上を通り過ぎた。

 

 一度。

 

 二度。

 

 周囲を探るように往復する。

 

「管理局か」

 

 ヴィータはグラーフアイゼンを構える。

 

「ちょうど蒐集の最中に……!」

 

『こちらでも確認しました!』

 

 シャマルの声が響いた。

 

『転移反応が近づいています。複数です!』

 

「蒐集は」

 

『あと少しです!』

 

「だったら続けろ!」

 

 ◇

 

 同じ頃。

 

 アースラの管制室に、警報が響いていた。

 

「管理外世界で蒐集反応!」

 

 エイミィが端末を操作する。

 

「闇の書によるものと断定。現地映像、出します!」

 

 中央画面に、赤黒い岩場が表示された。

 

 鉄槌を持つ少女。

 

 青い守護獣。

 

 倒れた魔力生物。

 

 その胸元から、緑色の魔法陣へ流れ込む光。

 

 なのはの手に力が入った。

 

「あの子……」

 

 自分を襲った少女。

 

 赤い髪。

 

 鉄槌。

 

 忘れるはずがない。

 

「ザフィーラもいる」

 

 アルフが言った。

 

 フェイトの表情も硬くなる。

 

「シグナムは映っていない」

 

 クロノが画面を確認した。

 

「別行動か。異常を察知すれば、すぐに合流する可能性が高い」

 

「武装隊を先行させます」

 

 リンディが告げる。

 

「包囲を優先。蒐集対象の保護と、闇の書の確保。ただし、無理に接近しないように」

 

「了解!」

 

 エイミィが転送座標を入力する。

 

 複数の光が管制室の画面上から消え、現地へ送り込まれた。

 

「クロノ」

 

「僕も出ます」

 

 クロノはすでにデバイスを手にしている。

 

「ユーノ。転送座標の補助を頼む」

 

「分かった」

 

「アルフは――」

 

「待って」

 

 なのはが声を上げた。

 

 クロノが振り返る。

 

「なのは」

 

「わたしも行く」

 

「駄目だ」

 

 予想していた答え。

 

 それでも、なのはは引かなかった。

 

「昨日の試験結果を忘れたのか」

 

「忘れてないよ」

 

「医務室では異常なしと診断されたが、リンカーコアが完全に回復したわけじゃない」

 

「分かってる」

 

「昨日、カートリッジを一発使っただけで痛みが出た」

 

「それも分かってる」

 

「なら――」

 

「だから、同じ失敗はしない」

 

 なのははレイジングハートを握った。

 

「今度こそ、あの子と話したいの」

 

「現場には武装隊がいる。僕も行く」

 

「クロノくんが聞いても、答えてくれないかもしれない」

 

「君なら答えると?」

 

「分からない」

 

 なのはは正直に答えた。

 

「でも、わたしはあの子と戦った」

 

「一方的に襲われたんだ」

 

「それでも」

 

 画面の中。

 

 ヴィータは、倒れた魔力生物のそばを離れようとしない。

 

 逃げる機会がないわけではない。

 

 それでも、蒐集が終わるのを待っている。

 

 前回もそうだった。

 

 なのはを傷つけることだけが目的ではなかった。

 

 焦っていた。

 

 急いでいた。

 

 何かを完成させようとしていた。

 

「あの子には、何か理由がある」

 

「理由があれば、君を襲ったことが許されるわけじゃない」

 

「うん」

 

「また同じことをされる可能性もある」

 

「分かってる」

 

「今度は、前回のように助かる保証はない」

 

「それも分かってる」

 

 なのはは目を逸らさない。

 

「だから、負けないために強くなった」

 

『Yes, my master.(はい、我が主)』

 

 赤い光が応える。

 

 クロノは眉を寄せた。

 

「強くなったから戦いたいのか」

 

「違うよ」

 

 なのはは首を振る。

 

「話を聞いてもらうため」

 

 戦いたいわけではない。

 

 仕返しをしたいわけでもない。

 

 奪われた力を取り返すことだけが目的でもない。

 

 知りたい。

 

 どうして。

 

 何のために。

 

 あの子が、あれほど必死になっているのか。

 

「フェイト」

 

 クロノが視線を移す。

 

「君はどうなんだ」

 

「行きたい」

 

 フェイトは即答した。

 

「なのはを止めるんじゃなかったのか」

 

「回復するまで。デバイスが戻ってくるまで待とうって言った」

 

 フェイトはバルディッシュを握る。

 

「今は、バルディッシュもいる」

 

『Yes, sir.(はい、サー)』

 

「それに」

 

 画面の中のヴィータ。

 

 その背後を守るザフィーラ。

 

 この二人がいるなら。

 

 シグナムも、近くにいるかもしれない。

 

「わたしも、あの人に聞きたい」

 

「シグナムに?」

 

「うん」

 

 なぜ戦うのか。

 

 何を集めているのか。

 

 何を守ろうとしているのか。

 

 あの剣には、迷いがなかった。

 

 けれど。

 

 撤退するとき。

 

 倒れたなのはを見たとき。

 

 一瞬だけ。

 

 苦しそうな目をした。

 

「次は、焦らない」

 

 フェイトは言った。

 

「なのはのところへ行くことだけ考えて、目の前の相手を見失ったりしない」

 

 バルディッシュが望んだ。

 

 次は、届く。

 

 そのための新しい身体。

 

 そのための力。

 

「二人とも」

 

 クロノの声は厳しい。

 

「これは訓練じゃない」

 

「うん」

 

「失敗しても、やり直せるとは限らない」

 

「分かってる」

 

「カートリッジの使用は、こちらが許可した範囲だけだ」

 

「はい」

 

「異常が出れば、即座に撤退する」

 

「はい」

 

「勝手に敵を追わない。包囲から外へ出ない。僕か現場指揮官の指示に従う」

 

「分かりました」

 

 なのはとフェイトが答える。

 

 クロノは二人を見た。

 

 二人の目に。

 

 戦いたい者の色はなかった。

 

 ただ。

 

 今度こそ届きたいと願っている。

 

 その意志だけがあった。

 

「……許可する」

 

 クロノが言った。

 

「ただし、僕たちの後方から入れ。まず武装隊と合流する」

 

「ありがとう、クロノくん」

 

「礼を言うのは、全員無事に戻ってからにしろ」

 

「うん」

 

 なのははレイジングハートを見る。

 

 前回。

 

 一緒に負けた。

 

 一緒に傷ついた。

 

 何も聞けなかった。

 

 何も届かなかった。

 

 けれど。

 

 今は違う。

 

 負けたことを知っている。

 

 相手が強いことも知っている。

 

 自分が、思っていたより弱かったことも。

 

 新しい力があれば、必ず勝てるわけではない。

 

 昨日の試験で、もう分かっている。

 

 強すぎる力は。

 

 扱えなければ、自分を傷つける。

 

「行こう、レイジングハート」

 

『Yes, my master.(はい、我が主)』

 

 フェイトも、バルディッシュを胸元へ寄せる。

 

「今度こそ、届こう」

 

『Yes, sir.(はい、サー)』

 

 転送魔法陣が広がった。

 

 桃色。

 

 金。

 

 二つの光が、管制室から消える。

 

 ◇

 

 赤黒い大地へ、青い転送光が降り注いだ。

 

 武装隊員。

 

 前方。

 

 側面。

 

 上空。

 

 魔法陣を展開しながら、ヴィータとザフィーラを取り囲む。

 

「時空管理局だ!」

 

 隊員の一人が声を上げた。

 

「武装を解除し、投降しろ!」

 

「誰がするかよ」

 

 ヴィータの鉄槌へ、赤い光が集まる。

 

「ザフィーラ」

 

「ああ」

 

 二人は背中合わせに立った。

 

 魔力生物の胸元では、蒐集が続いている。

 

 止めるわけにはいかない。

 

 あと少し。

 

 あと少しで。

 

 この頁を持って帰れる。

 

「抵抗するなら、実力で拘束する!」

 

「やってみろ!」

 

 ヴィータが飛び出そうとする。

 

 その直前。

 

 通信機からシグナムの声が響いた。

 

『ヴィータ!』

 

「シグナム?」

 

『そちらへ向かっている。無理に突破しようとするな』

 

「でも!」

 

『蒐集が終わるまで、ザフィーラと防御に徹しろ』

 

「分かったよ!」

 

 答えながら。

 

 ヴィータは前へ出た。

 

 飛来した拘束弾を鉄槌で打ち落とす。

 

 ザフィーラが背後へ防護壁を展開した。

 

 青い光が何度も弾ける。

 

 武装隊員は、一斉には踏み込んでこない。

 

 距離を保つ。

 

 包囲を狭める。

 

 増援を待っている。

 

「ちっ」

 

 ヴィータが舌打ちした。

 

「めんどくせえ戦い方しやがって」

 

「相手も、我らの力を学んでいる」

 

「だったら、学んだことごとぶっ潰す!」

 

 グラーフアイゼンを振り上げる。

 

『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 

 複数の鉄球が赤い魔力をまとった。

 

 包囲の一角へ向け、一斉に放つ。

 

 武装隊員たちが防護壁を展開した。

 

 赤と青の魔力が衝突する。

 

 一発。

 

 二発。

 

 防護壁に亀裂が走る。

 

 三発目が命中すれば、包囲の一角が崩れる。

 

 その直前。

 

 桃色の魔法陣が、両者の間へ展開された。

 

 赤い鉄球が障壁へ激突する。

 

 衝撃。

 

 桃色の光が大きく揺れる。

 

 それでも。

 

 障壁は壊れなかった。

 

「なっ――」

 

 ヴィータが空を見上げる。

 

 知っている魔力。

 

 忘れられない白い少女。

 

 厚い雲の向こうから、二つの光が降りてくる。

 

 桃色。

 

 金色。

 

 白いバリアジャケット。

 

 赤い宝石。

 

 以前より大きく、強固になった杖。

 

 その隣には、黒いバリアジャケット。

 

 新しい装甲に覆われたデバイス。

 

「あいつら……」

 

 ヴィータの顔が歪んだ。

 

 自分が倒した。

 

 リンカーコアを奪った。

 

 立つことさえできなくした。

 

 それなのに。

 

 また来た。

 

 前よりも強い光をまとって。

 

 ヴィータの視線が、なのはの持つ杖へ向かう。

 

 装填機構。

 

 強化されたフレーム。

 

 一目で分かった。

 

「あれ……カートリッジシステムかよ」

 

 ザフィーラも空を見上げる。

 

「以前とは違うようだ」

 

「見りゃ分かる」

 

 ヴィータはグラーフアイゼンを握り直した。

 

 フェイトは金色の光をまとい、ザフィーラと武装隊の間へ降りていく。

 

 なのはは、ヴィータと向き合う位置で止まった。

 

 杖は構えている。

 

 だが。

 

 砲口をヴィータへ向けてはいない。

 

 攻撃できる距離。

 

 逃げられない距離。

 

 それでも。

 

 言葉を交わせる距離。

 

 なのはは、ヴィータを真っすぐに見つめた。

 

「また来たのかよ」

 

 ヴィータが吐き捨てる。

 

「うん」

 

 なのはは答えた。

 

 胸の奥には、まだ薄い空洞が残っている。

 

 カートリッジを使えば、また痛みが走るかもしれない。

 

 怖くないわけではない。

 

 目の前の鉄槌に、一度負けた。

 

 また負けるかもしれない。

 

 それでも。

 

 なのはは目を逸らさなかった。

 

「今度こそ」

 

 レイジングハートを握る。

 

 赤い宝石が光った。

 

「ちゃんと話を聞いてもらうよ」

 

『All right, my master.(了解しました、我が主)』

 

 ヴィータが鉄槌を構える。

 

 赤い魔力が燃え上がった。

 

 桃色の光と。

 

 赤い光。

 

 二つの魔力が、荒野の空で向かい合った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

転生したら異世界の宇宙最強の龍でした!〜0から星と生命を作り出して一大文明の支配者になったので現代日本へ帰還します。自分は日本が一番暮らしやすい。〜(作者:電動ガン)(オリジナル現代/コメディ)

目覚めたら無だった。何も無い。宇宙さえも。自分の身体を見る。銀色の甲殻、長い尻尾これモンスターだ!?よく見ると俺の他にも二頭のモンスターが。ドラゴンだこれ!!▼俺たち三頭の女神龍は宇宙創成の前の世界にいる。俺たちを生み出した主神の指示で世界を作り生命を繁栄させることとなったけど・・・・・・それ何年掛かるの?▼何億年も掛けて生命が宿れる星を何個も作り、失敗し、…


総合評価:2148/評価:7.7/連載:91話/更新日時:2026年07月16日(木) 12:12 小説情報

真祖吸血鬼、まだ存在しないアメリカに寄生する 〜合法的な血液供給のため、建国前から国家運用保守を始めました〜(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル歴史/冒険・バトル)

アメリカ建国250年おめでとうございます記念小説です。▼欧州の吸血鬼貴族ヴァレンシュタイン家に転生したルカは、始祖の血を濃く継ぐ「真祖の中の真祖」だった。▼霧化、影操作、自己再生、記憶読取、そして前世の記録から現代の物品や情報を引き寄せる力。▼無法なまでのチートを持って生まれたルカだったが、両親の価値観は最悪だった。人間牧場、血統管理、血の風呂。現代日本人の…


総合評価:861/評価:6.72/連載:22話/更新日時:2026年07月16日(木) 17:39 小説情報

紐になりたいといったな。あれは冗談だった。(作者:紺南)(原作:魔法少女リリカルなのは)

将来は紐になりたいと冗談を言った主人公。▼それを真に受け、受け入れる準備を始めたフェイト。▼そこから始まるドタバタコメディ。


総合評価:4779/評価:8.22/連載:8話/更新日時:2026年07月16日(木) 19:20 小説情報

パーフェクトイケメン救世主(偽)(作者:七夕ナタ)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

▼ 気がつけばどこかで見たパーフェクトイケメン。▼ なんだか見覚えのある救世主顔だけど人違いです。▼ 違うったら違います。▼ (救世主じゃ)ないです。▼ ※作者はにわかです。


総合評価:8127/評価:9.09/連載:15話/更新日時:2026年03月10日(火) 19:00 小説情報

鋼は錬金術師(作者:むつきばな)(原作:魔法科高校の劣等生)

▼十三束 鋼。▼いまの俺の名前だ。▼どうやら魔法科高校の劣等生の世界に憑依転生してしまったらしい。▼お兄様がヒャッハーする世界で生きてくとかマジで嫌なんだけど…。▼まぁ、転生してしまったのだから仕方ないか。▼


総合評価:12634/評価:8.12/連載:19話/更新日時:2026年06月30日(火) 00:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>