男の娘しかいない世界で俺は今日も純愛を叫ぶ 作:雨ノ日のブランコ
どんな部屋なのだろうか……。
アパートの扉の前でインターホンを鳴らそうとしている手が汗ばんでいくのを感じた。
何気ない会話が始まりだった。佐崎と普段どんな事を家でしてるのか、そんな話をしていたらいつの間にか佐崎の家でデートをすることになっていた。
ほかに理由を付けたすとするなら日焼けが取れないからあまり外には出たくないらしい。
可愛い女の子の部屋はいい匂いがすると相場で決まっている。まあ今からお邪魔するのは男の家なのだが。
「よーし、押すぞ。押すぞぉ」
震える手を抑えてインターホンに触れる。
ピンポーン
押しちゃったぁ~、大丈夫だよな? 部屋間違ってないよな?
すぐに部屋の中から足音が近づいてくる。ドアの前でそれは止まってドアノブが回って、佐崎が出て――こない。
「えっと……その」
出てきたのはフードを被った紫長髪。人が来るなんて思ってなかったのだろう、髪はぼさぼさで下は履き忘れたのかいつもそうなのかはわからないが、パンツのまま。
完全に部屋を間違えました!
「すみません間違えました!」
「あ、ちょちょ、待って!」
袖を掴んで男は俺を止める。
「あの……あなた、春渡さんですよね」
「そうだけど……あ、もしかして佐崎さんの知り合いですか?」
「えぇ、ひゃっひゃい。その通りです!」
「ああ良かった。佐崎さんの家と間違えちゃって――」
「間違えてないですよ」
「え?」
「急用があるって出かけちゃって、待たせるのも悪いから部屋に上げて欲しいっ
て……」
「なる……ほど?」
「だからどうぞどうぞ……入ってください」
なんか色々と雰囲気のある人だけど、知り合いということなら多分大丈夫だろう。
中は少し思っていたものと違った。全体的に暗くて、捨て忘れたゴミ袋だったり、食べ終わったカップ麺のゴミがシンクの横に置いてある。
まるで一人暮らしを失敗した大学一年生。
リビングはと言うと隅に付きっぱなしのピカピカと輝くパソコン、シーツの乱れたベッド、物の散乱したテーブル。所謂、汚部屋だ。
本当にここ佐崎の部屋ですよねぇ⁉
あんな純朴そうな感じだしといて悪魔なのか? あいつも一条と同じ悪魔なのか⁉
「あのー……どうかしました?」
「いや、何でもない……です」
部屋に入っただけなのにどっと疲れた気分だ。
言われるがまま、座布団の上に座る。
「お茶持ってきますね」
そう言って男は台所に消えていく。あまり良くないことだとはわかっているが……目の前のこの光景がどうしても気になってしまう。このテーブルには一体何が置かれているんだ?
ぱっと見でわかるのは漫画、ラノベ、アニメ雑誌……趣味分かりやすいな。
この世界のアニメを知らないから話したことがなかったけど佐崎って意外とオタク趣味なのか?
気になる手が止まらない、気が付けばテーブルに手が伸びて物を搔き分けている。
指先に少し湿ってしわのできたような髪が当たった。それを引き抜く。
夏のビーチに照らされる雪のように白い肌。エロ本だぁぁぁぁぁ!
そりゃあるよねぇ! 男の家だもん。さて佐崎はどんなジャンルがタイプかな。
……見ないほうがいいこともあると、この時俺は初めて知った。
超簡単にまとめると緊縛ハード無理やりえ〇ち。佐崎がSかMかなんて正直知ったこっちゃない。だが、問題は俺がこれに付き合わされる可能性があるということ。
この世はやはりそんなにうまくはいかないらしい。
「お待たせしまし……ビギャァァァ⁉ 何持ってるんですか⁉」
「いやいやいやこれはここに置いてあったやつで!」
「え⁉ あ、ちょ見ないでください!」
押し倒す勢いで迫ってくる。顔は可愛くても力は男、運動音痴で年中引きこもりの俺では厳し……くない。勢いだけで全くと言っていいほど力がない。
マッサージチェアの強度中ぐらいの強さだ。
「えい」
ちょっと力を入れるだけで簡単に弾き飛ばせる。
体を支えきれず、男は床に寝転がって顔を隠した。
「ひぃん、このまま無理やり服を脱がされて私の初めて奪われちゃうんだぁ」
「奪わねえよ! 俺のことなんだと思ってるんだ!」
男は心底驚いたような表情をして俺を見つめる。
「年頃の男なんて性欲ザルで可愛いのが寝転がってたら襲うものでしょう!」
「どこのエロ漫画だ! 妄想も大概にしろ!」
「う、うそだ……私のデータと違う」
「エロザルのデータキャラがいてたまるか!」
何なんだこいつ。ドアを開けた時から少しおかしいと思っていたが今まで会ってきたやつでぶっちぎりだ。やばい、こいつは明らかにヤバイ。
逃げよう、そうしよう。
「あ、ちょっとコンビニ行ってくるから」
足首に冷たい感触が染み渡る。
「逃がしませんよ?」
「ハハハ、逃げるだなんてそんな」
さっきよりも力が強い。逃がすまいと必死になっているのがわかる。
だがここで負けるわけにはいかない……意地でも童貞を守り抜かねば!
緊張した空気の中、それをぶち壊してくれる軽快な音楽が鳴り響く。スマホの着信音だ。
ポケットに触れようとする俺の手が止められる。
「こ~んな可愛い子が目の前にいるのに電話に出る必要なんてあるんですか?」
貞子のように床を這い蹲って、俺の体にしがみ付いてくる。
怖い怖い怖い怖い。やっぱ結局一番怖いのは人間なんですね!
「えへ、ふへへ、大人しく諦めてセ〇クスしましょうよ」
「今こいつセ〇クスって言った! 完全にセ〇クスって言った!」
くそっ、完全にヤリモクだ。純愛もくそもねぇ。
「も、もう……どうにでもなれ」
背中に一気に重りが付いたのが一瞬で分かった。足も完全にロックされて身動きが取れない、それに――こいつ首絞め始めやがった! プロレスでも首絞めは禁止ですよ!
さ、酸素が……意識、が。
「何やってんですか!」
意識が途切れる寸前、腹部に強烈な痛みが走る。固められたまま耐えられるはずもなく、男共々勢いよく床に叩きつけられた。
「グへぇ」
そこそこの衝撃だったらしく、下敷きにされた男はザコ敵のようなやられボイスを発して泡を吹いて倒れている。
「大の男がメス一人にやられてどうするんですか」
「一条……今回ばかりは素直に感謝を伝えておこう」
「ちゃんと毎回伝えてください」
後ろでは佐崎があわあわしながら俺と男、交互に視線を移している。
「気遣いは嬉しいんだが……もう少し人選をどうにかしてくれないか」
「え? なんのことかよくわかんないですけどごめんなさい」
「ちょっと待て、こいつ知り合いじゃないのか?」
「顔見知りではありますかね、お隣さんですし」
今、俺の中で点と点が線で繋がった。
「ここって佐崎の部屋じゃないの?」
「いえ、僕の部屋は隣ですけど」
すぅっー。
両手と膝を床につき、顔面を床に叩きつける。己の人生で最も綺麗な土下座をした。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
「本当ですよ、一人でまともにお出かけもできないとは」
「反論の余地もございません」
くそ、一条に頭を下げることになるなんて人生最大の屈辱だ。死にたい、今すぐ死にたい。
「てかタイミング良すぎるし場所とかどうやってわかったんだよ」
「前にも言ったじゃないですか、ご主人のち〇ち〇には発信機が付いてるって」
「あれ嘘だって言ったじゃん!」
「まさか首を絞められて勃起しているとは思いませんでした」
「は、はぁ!? してねーし! してないよね? してないって言って!」
……。
「ねえ、なんで黙るの? お喋りしようよ!」
「あはは、普通にスマホのGPSを辿っただけなので大丈夫だと思いますよ」
「また騙そうとしたなクソメイド! 前言を撤回する、お前には感謝もしないし謝罪もしない!」
「そうですか、ではもう一度蹴ってあげますね」
「嘘ですごめんなさい。大変感謝しております」
そんなこんなをしていると背後から呻き声が聞こえてくる。どうやら男が気絶から回復したらしい。
「うぅ……痛い、痛いよぉ」
「起きましたかゲロブタ」
「げ、ゲロブタ!? ま、まあ悪くないですね」
悪くないのかよ。
「そ、そうだ。私選ばれたんですよね?」
「何の話ですか?」
「え? この人が来たってことは合格ってことじゃないんですか?」
「だーかーら何の話ですか?」
「えっと、その……あの、子作りの被検体に」
「は? 違いますけど」
「えぇ!? 私の事知りませんか?
市出身現住所は東京都───」
絶対いらん情報まで言ってるだろ。
「知りませんね。私が知らないということは書類審査で落ちているのでしょう」
「書類落ちー!? なんで、どうしてこんなに可愛いのに!?」
「私より可愛くなってから言ってください」
男が可愛いで張り合うなよ。
「まあとりあえず勘違いだったってこと?」
「は、はい。てっきり子作りに来たのかと」
だが待てよ、こいつの発言をよく思い出せ。
「でもお前佐崎さんが急用で居なくなった代理とか言ってたよな」
「あ……」
「あ、じゃねーよ! やっぱ嘘じゃねーか!」
「ヒィーン、ムラムラしてて仕方なかったんですよぉ許してくださぃ。それに応募してたのは本当ですから〜」
「ではご主人と佐崎さんはお家デートをお楽しみください。それの処理は私がしますので」
「それってそんな物みたいな……ふへへ」
ダメだ。こいつはもう救いようのない程のマゾだ。
うん、俺の手には負えない。一条にすべて任せるとしよう。
「佐崎さん」
「はい、何でしょうか?」
「ここは一条に任せて僕らは予定通り、お家デートをしよう。ここでは何もなかった、いいね?」
「え? あ……わかりました」
「ちょ、ちょっと待――」
背後から悲鳴と歓喜が混ざったような叫び声が聞こえてくる。
俺は何も見てないし、何も知らない。
初めてのお家デート楽しみだなぁー!