魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第12話「Lifeline(02/02)」

 拍手の音が、聞こえた。

 

 天翼兵の残機が、一斉にスピーカーと化して、ゆっくりとした、芝居がかった拍手を、谷に響かせた。

 

『——ブラボー。実にいい観測班だ。ああ、そうとも。よく気づいた』

 

 あの声だった。うっとりと、心底楽しそうに、歌う声。

 

『まさか気づかずに撃ってくれるかとも思ったが……いや、これはこれで、いい顔が見られた。ねえ、砲の君。今、どんな気分だい? 四年間探した宝物の命綱に、照準を合わせて、引き金に指をかけた気分は』

 

「……てめえ……最初から……」

 

『最初から? ああ、無論だとも。首輪と命綱を同じ線で編む——飼育の、基本だよ』

 

 声は、囁くように続けた。

 

『管理局が彼女を撃てば、私は指一本汚さず最高戦力の"殉教"を手に入れる。撃たなければ、彼女は君らを殺し続ける。撃っても、撃たなくても、私が勝つ。……この盤面を作るのに三年かけた。楽しんでもらえたかな?』

 

 マーカーの翡翠光を首に灯したまま、金色の指揮官機は、何事もなかったかのように反転し、霊峰へと帰投していく。追う脚は、二人のどちらにも、残っていなかった。

 

『ああ、それと——時間は、あと五十七時間だ。ゆっくり絶望したまえ』

 

 拍手が、止んだ。

 

 ゼルベロスの作戦室は、通夜のようだった。

 

 残り時限、五十四時間。鹵獲作戦の権限失効まで、二十四時間。卓上の投影板には、あの男の「盤面」が、解析図として冷たく展開されていた。

 

「……整理します」

 

 グレアの声は、疲労で掠れていた。

 

「受信機構の破壊は、不可能になりました。あれはデッドマン装置です。制御信号の受信が途絶した瞬間、生命維持系が連鎖停止する。……つまり、末端(フェイトさん)側で線を切る限り、彼女は死にます。ですが」

 

 解析図が、切り替わった。霊峰。その中腹の、高密度魔力反応。

 

「線には、必ず、もう一方の端がある。——送信源です。指令波の発信元。ここを制圧し、送信を"途絶"ではなく"掌握"の形で停止できれば……つまり、機材ごと押さえて、正規の停止シークェンスを吐かせれば、生命維持系を落とさずに、制御だけを切れる」

 

「……送信源の位置は」

 

「霊峰中腹、敵本陣。『終末の牙』の設置予定地点と、同一区画です。トゥーサーズの湧出源のど真ん中。天翼兵の巣の、奥の奥。……そして十中八九、あの男の、手元です」

 

 沈黙が、落ちた。

 

 艦隊の総攻撃は、期限の最終局面まで動かせない。なのはを本陣攻略に投入すれば、前線の防衛線が崩れ、退避中の百二十万に牙とトゥーサーズの群れが届く——そもそも本陣にはフェイトがいる。撃てない敵の巣に、撃つことしかできない砲を送り込むのは、ただの自殺行為だ。

 

 誰も、口にしなかった結論を、リョウが、口にした。

 

「——潜り込むしかねえな。一人で」

 

 全員の目が、リョウに集まった。

 

「戦力で押す場所じゃねえ。守りの厚い場所ってのは、裏を返せば、撃たれる前提の場所だ。撃たれなきゃいい。当たらなきゃいい。……回避特化、空戦S+。攻撃の成績は下から数えた方が早い半端者。——なあ課長殿。あんた、言ったよな。俺の適性は『生き延びること』だって」

 

 リンディは、答えなかった。答えないまま、目を閉じた。長い、長い沈黙だった。艦長として、この作戦の成功率を計算する沈黙で、母親として、もう一人の子供を送り出す痛みを呑み込む沈黙だった。

 

「……単独潜入、承認します」

 

 目を開けたリンディは、艦長の顔をしていた。

 

「二十時間あげる。それまでに送信源を掌握できなければ、権限失効。以後は……排除命令に、従うことになる。それが、期限」

 

「上等。二十時間もありゃ、昼寝つきだ」

 

 軽口は、いつもより、少しだけ滑った。滑ったことに、気づかないふりを、全員がした。

 

 出撃デッキ。単独潜入用の減装備に身を固めたリョウを、なのはが、待っていた。

 

 もう、待ち伏せには驚かない。だが、その手にあるものには、驚いた。

 

 少女は、両手で、一発のカートリッジを捧げ持っていた。

 

 規格はミニットマンの標準弾倉と同じ。だが色が違った。薬莢は透き通るような白で、その中で——桜色の光が、渦を巻いていた。密度が、尋常ではなかった。デッキの照明の下でも分かる。あの小さな筒の中に、砲撃一射分の、彼女の魔力が、圧縮されている。

 

「……おい。まさかこれ」

 

「昨日の夜から、医療班と整備班に手伝ってもらって、詰めました。……わたしの、一発です」

 

 なのはは、カートリッジを、リョウの手に、押し付けるように渡した。

 

「リョウさんの体で撃てる限界まで、圧縮率は調整してあります。それでも、ミニットマンごと右腕が保つのは、たぶん一回だけ。……最後の、切り札にしてください」

 

「馬鹿、おまえ、これ詰めるのだって、削れ——」

 

「削れました。少しだけ」

 

 少女は、遮った。まっすぐに、リョウの目を見て。

 

「でも、リョウさんが言ったんです。撃たせないことじゃなくて——撃つ価値のある一発以外、撃たせないことだって。……これは、わたしが自分で選んだ、価値のある一発です。リョウさんを、生きて帰らせるための一発なら、絶対に、損じゃないです」

 

 ぐうの音も、出なかった。四ヶ月かけて叩き込んだ理屈で、完璧に、外堀を埋められていた。

 

「……あと、これも、決めてきました」

 

 なのはは、一度、息を吸った。

 

「わたしはリョウさんの砲身で、リョウさんはわたしの引き金です。だから、その弾は——撃つ場所も、撃つ時も、リョウさんが決めていい。三秒も、要りません。確認も、要りません」

 

 少女は、宣言した。四ヶ月前、薄闇の射撃区画で交わした契約の、完全な、裏返しを。

 

「——クリア、です。最初から、ずっと、クリアです」

 

 リョウは、手の中の白いカートリッジを見た。渦を巻く桜色を見た。それから、目の前の、焦げ茶のサイドポニーの少女を見た。

 

 五ヶ月前、標的との距離を測る目でしか人を見なかった少女が。誰にも叱られたことのなかった少女が。自分の命に値札を付け間違えていた少女が——今、自分の一部を正しい値段で切り分けて、生きて帰れ、と押し付けてくる。

 

 (……ったく)

 

 (育ったなあ、おい)

 

「……預かった」

 

 リョウは、カートリッジを胸の弾帯の、一番深い位置に差した。それから、拳を突き出した。

 

「行ってくる。留守番——じゃねえな。前線は、頼んだ。フェイトの奴が出てきたら、無理に止めるな。時間だけ稼げ。殺させなきゃ、それで満点だ」

 

「はい。……こっちは、任せてください」

 

 小さな拳が、こつん、と当てられた。契約書代わり。故郷の風習……ということになっている儀式。

 

「リョウさん」

 

 射出口へ歩き出した背中に、声が追ってきた。

 

「生きて、帰ってきてください。……帰ってきたら、唐揚げ、十個あげます」

 

「はっ……基準が不明瞭なんだよ、お互いにな」

 

 振り向かずに、片手だけ上げて、リョウは夜の射出口から、身を投げた。

 

 眼下に、敵の谷が広がっている。トゥーサーズの遠吠えが谷を満たし、霊峰の中腹では、牙の巣が赤黒く明滅している。あの奥に、送信源がある。あの男がいる。首輪の、根元がある。

 

 残り時限、五十二時間。権限失効まで、二十時間。

 

 引き金は、砲身から離れて——単身、狼の巣へ、降りていった。

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