前回前書きor後書きで書き忘れたのですが、細かいことですが異名(今のところ琥太郎のプロフェッサーだけだけど)のカッコを『』から【】に変更しました。これから先色々出てくることを考えると、プレイヤー名と混ざってややこしいと感じたので。
「……さて」
「うー?」
酒寄を見送ったのち、腕の中の赤ん坊に視線を落とす。流石にハイハイとかはまだ無理そうだが、それでも一晩で急成長したこともあって、かなり活発的になっている。故に好奇心と無知から悪戯や誤飲等が発生する可能性が跳ね上がる、片時も目を離すわけにはいかない。
俺にこの頃既に前世の意識があれば、赤ん坊の視界はどうなってるかとか、どのタイミングで何がしたくなるかとか、そういうのが客観視出来て多少は活かせたかもしれない。だが、生憎俺にそれが芽生えたのは、物心ついた辺りのこと。叢雲の話を参考にしつつ、探り探りでやっていくしかない。
――で、実際に色々やってみた結果。
「おー」
「ん、持ち上げて欲しいのか。ほれ」
「キャッキャッ♪」
それなりにやんちゃではあるものの、酒寄の部屋が綺麗な上そんなに物が多くないのもあってか、基本的に俺『と』遊ぶか俺『で』遊ぶかのどちらかで、そこまで頻繁に危ないことにはならなかった。赤ん坊がいじるとヤバそうなものは、机の上とかの手の届かないところにあるしな。
まあたまにおもちゃを口に入れようとする時はあったが、勿論全部阻止。気を付けるべきポイントはあるが、四六時中全力で気を張り詰めるまではせず、こんな調子でやっていけば恐らく大丈夫なのだろう。
ただ、問題は別のところにあった。
「ふえぇ……!」
「あーっと、今度は何だ?」
再びぐずり始めた赤ん坊を前に、色々考えを巡らせるが原因が思い当たらない。ミルクはまたあげた、オムツもまた交換したばっかで綺麗、抱っこはしてる、体調も特に異常無し――
(あ、昼寝か)
時刻は10時を過ぎた辺り。この位の成長具合なら、ここらで眠くなるはずだ。
よし、原因さえ分かってしまえば問題は無い。夜の内にRememberだって覚えたし、俺一人でも寝かし付けは出来るはず。そう思っていたのだが。
「ふええええええん!」
「うっそぉ……」
全然泣き止まないんだけど。何だ、俺の声じゃダメなのか?
念のためにと他にも覚えていた子守歌も歌ってみるが、それもまるで効果無し。酒寄と違って俺は付け焼刃だから、もしかしたらそこら辺がダメなのかもしれん。
なら歌以外――いや、ダメだ。赤ん坊は寝かし付けの手段が増えれば増えるほど、混乱してより寝付けなくなるらしい。歌がイケるのは昨日で立証済、なら出来る限りそれに絞るべきだ。となると。
(……やるしかないか)
前世の記憶を引っ張り出す。今世では歌には全然関わりが無かったが、前世では特に好きだった曲がいくつかあり、普段から良く口ずさんでいたこともあって、今世でも歌おうと思えば歌えないことは無い。その内一つは、Rememberと同じくアカペラならちょっと子守歌っぽくなる曲だ。
ただ、小さい頃ならともかく、今の俺には色々と合わない。だから、何年も前に頭の奥に追いやったのだが……酒寄に頼れない今、そんなことは言ってられない。
「――There you are in the darkest night」
「ふえぇ――え……?」
「――Nowhere to run just sitting there lonely」
前世で発売されていた、とあるゲームのエンディング。ギリギリの生活だったため、購入こそしていなかったが、ある日動画サイトで出会い頻繁に聴くようになった。日々困窮していた俺に活力を与えてくれた曲であり……前を向くことを完全に諦めてしまった今の俺には、きっともう、歌う資格すら無いであろう曲だ。
「――Don't close your eyes. No need to hold your breath」
「……ぁぅー」
「――Shouldn't be afraid to make another step」
段々と赤ん坊の声が小さくなっていき、やがて部屋には俺の声だけが流れていく。そうして二周歌い終える頃、静かな寝息が腕の中から聞こえるようになった。
「はぁ……ようやっと寝たか」
赤ん坊をマットレスの上にそっと置き、一息つく。寝てる間に汚れた布団の洗濯と、食事の用意と……それが終わったら、普通の子守歌の練習でももっとしてよう。今回は仕方なかったが、あの曲は今はちょっと精神的にくるものがあるから、出来る限り歌いたくない。
まあそれはそれとして、俺の声じゃ絶対ダメってわけじゃなくて本当に良かった。もしそうだったらマジで詰んでいた。生声じゃなくても寝てくれるかは分からないが、念のため酒寄に頼んで録音させてもらうか。
『……大切なメロディは――流れてるよ――あなたのハートに――』
そんなことを考えたせいか、昨日の光景がふと頭に浮かんでくる。赤ん坊を抱き、疲労困憊の中でも柔らかな笑顔と透き通った声で言葉を紡ぎ、腕の中を優しく見つめるあの姿。
(何がお父さんだ……こんな擦り切れた野郎より、お前の方がよっぽどお母さんらしいよ)
* * *
「ただいまー。いない間、何かあった?」
「いや、大丈夫だ。とりあえず何とかなってる」
「ホントに? 何か随分疲れてそうだけど」
「……まあ、慣れないことの連続だからな。少しずつ楽にはなっていくだろうよ」
正直この心労の大部分は俺自身の問題なのだが、とても話せる内容ではないので、怪しまれない程度に誤魔化しておく。以前調べたのだが、この世界にはあの曲も元のゲームも存在していなかった。そんな中で迂闊に話してしまうと、どっから持ってきたん?もしかして自分で作ったの?となって、非常にめんどいことになりかねない。
「で、実際問題その子どうする?」
「あぅー」
酒寄にシャワーを浴びてもらったのち、昨日後回しにした話し合いをする。ちなみに赤ん坊はバトンタッチして、現在酒寄の膝の上にいる。俺がこっちの部屋にいる間は基本俺がずっと見ようかとも思ったのだが、良く考えたらそれで俺にばかり慣れてしまって、俺がいないと駄目という状態になってしまったらマズいので、相談した結果上手いこと調整していこうという結論になった。
「俺としては、とりあえず数日様子を見たいと思ってるんだが。最低でもこの三連休は」
「私も。昨日の時点では正直迷ってたけど、一晩で急成長する赤ちゃんなんて、今の段階で何処かに預けたら大変なことになりそうだし」
そう、一番の問題はそれだ。この子がこの先どのように成長していくのかは分からないが、仮に同じようなペースだとして、預けた先でぐんぐん育っていくとなると、ロクな扱いを受けないのは目に見えている。運よくそれを受け入れてくれる人達に出会えれば良いが、人間とは基本的に、自分と根本的に違う存在に対して忌避感を覚える生物。無事でいられる可能性の方が低いだろう。
『――何だその目は。置いてやるだけありがたく思え』
前世の親戚達の、こちらを見下す光景が頭をよぎる。母の死後、幼い時分で何の力も持たず抵抗も出来ず、冷たい視線を浴びせられ続けた日々。ワケも分からぬまま、いたくもない場所をたらい回しにされた頃。あの時の想いを、目の前の無垢な赤ん坊にわざわざ味わってほしくはない。
だが、言ってしまうとそれはまだマシな方だ。今のネット社会では、非凡な情報なんて一瞬で拡散する。急成長する子供なんて、その手の輩にとっては絶好の獲物でしかない。そしてそうなった時は高確率で、本人だけでなく預けた俺達まで巻き込まれる。
まあ最後のに関しては、一切合切無視して身元を明かさず孤児院にでも置き去りにするとかで回避は出来なくもないが、流石にそれが出来るほど人間辞めてない。その程度の良心は残ってるし、酒寄に関しては言わずもがなだ。
「確認する限りじゃ、今朝の段階から特に大きくはなってない。あの急成長は昨晩限りのものかもしれないし、そうでなくとも数日中に収まるものかもしれん。その場合は、収まり次第遠慮なく休み明けに何処かに預けよう。そうじゃないなら……また考えるか」
「そうだね。それが良いと思う」
「収まらないなら、いっそ今日にでももっとでかくなってほしいけどな。ある程度ほっとける位になったら、こっちも支障無く生活出来る」
「えっ」
「……どうした?」
「あ、いや。うん、そうだよね。景浦もこの子にいつまでもかかりきりなんて出来ないもんね。うん、分かってる」
「?」
何故だか酒寄が、一瞬残念そうにしたのち、急に挙動不審になり始めた。俺が今のこの子に構ってると、何かあるのか? 別に何でも良いけど。
「まあ心配すんな、最悪俺の知り合いにでも頼み込んで預ける。ゲーミング電柱でも不思議な赤ん坊でも、俺の言葉なら多分信じてくれるさ。十分稼いでる人だし、結婚はおろか交際してる人もいないはずだから、そこら辺も問題無いはず」
「……アンタって、私達以外にそういうリアルの知り合いいたのね。ちょっとビックリ」
「お前は俺を何だと思ってんの? いやまあ、超少ないのは事実だけど」
そんな感じで話し合いはあっさり終了。午前中世話していて感じたことや、それ以外の育児に関する情報を伝えたりした後は、赤ん坊が起きてる間は世話、寝てる間に一緒に勉強や食事をしたりして一日が終わった。夜の配信?そんなものより寝かせてくれ。
ちなみにやはりというか何というか、昨日同様酒寄がRememberを歌うと、一番も歌い終わらない内に赤ん坊は寝息を立てていた。そんなに野郎の声はお気に召さないか、このお姫様は。
* * *
――そんなこんなで、三連休はあっという間に過ぎていった。子供が生まれると子供中心の生活になるらしいが、実際この三日間は子育てに無限に時間が溶けていった。今夜は金曜日ぶりの配信である。
:久しぶりだな。こんな期間空くのいつぶりだ?
:連休で最後の最後にしか配信しないとか初めてじゃね?
:てっきりぶっ通しでやるかと思ってたのに
:何かあったん? 体調崩した?
:まさか女でも出来たか
「出来るわけねえだろ。あと風邪とかじゃない。リアルが突然クソ忙しくなってただけだ。……まさか父親の真似事なんざするとは思わなかった」
:!?
:え、どういうこと?
:おい何か爆弾発言飛び出したぞ
:女とかそういうレベルじゃねえじゃん
:説明しろプロフェッサー
「説明も何も、言葉通りだ。隣人が急遽赤ん坊を預かることになってな。ただ、隣人も隣人で一人暮らしの上多忙だから、協力して世話してた。それで、三連休が吹っ飛んだって感じだ」
:え、お前近所の人とそんな親しい関係なの?
:てっきりリアルで仲良い人なんてそうそういないと思ってたわ
:お前そんなキャラだったっけ
:俺今度子供生まれるんだけどさ、参考までに聞かせて欲しいんだけど、特にきつかったことって何?
「やかましいわ。お前らまで俺のこと何だと思ってんの? ……で、きつかったこと? そこまで手はかからなかったが、まあ強いていうなら寝かし付けだな。隣人歌が上手いんだが、初っ端それで寝かし付けられてた影響か、俺が歌っても初回は中々寝てくれなかった。回数重ねるごとに普通に寝てくれるようにはなったが、まあ隣人とは比べ物にならん。やっぱり野郎の声じゃあんまり気に入らないんだろう」
:全然想像出来ないんだけど
:えー、歌声聞いてみたいな
:歌枠やれ歌枠
:てか、その言い方だとお相手女性なの?
「歌枠なんざ絶対やらん。人に聞かせるほど上等なもんじゃねえよ。あと隣人は女だが、それがどうかしたか?」
:おいメンバー皆に拡散しろ
:あのプロフェッサーにとうとう春が来るかもしれん。今夏だけど
:一緒に子育てなんて距離が縮まらねえわけないからな
:しかも元々配信取りやめてまで協力する位の仲だし、それが更にってなったら……ねぇ
:俺達のリーダーが遂に……
:ようやっとお相手が出来るかもしれないのか。安心したわ
:男女で協力して子育てって、そうそれ夫婦みたいなもんですやん
「張り倒すぞてめえら。そういう関係じゃねえよ。マジでやめろ、アーカイブ見られたらどうすんだ。……あー、もう良い。とっとと『KASSEN』始めるぞ。いい加減黙りやがれ」
そうして挑戦者達をちぎっては投げちぎっては投げ、気付けば時刻は午前1時過ぎ。前はこの後の時間もまだまだやっていたが、あの赤ん坊の世話がある以上そんなことは出来ない。
何せ明日は平日、学校がある日。完璧女子高生の酒寄に休ませるわけにはいかないし、朝から俺一人で相手をしなければならない。ということで配信を閉じ、色々準備をしたのちベッドに身を投げ出す。
(……明日はシグマさんに話しに行かなきゃな。それが無理だったら……雛菊にでも頼むしかないか?)
結局あの赤ん坊は、この三日間同じようなペースで成長を続けていた。となると、やはり普通の場所には預けられないと考えた方が良い。最終的な結論は朝に酒寄と出す予定だが、まあ特に大きく変わったりはしないだろう。
あの人はあの人で忙しいから、こんな面倒事を持ち込むのも心苦しくはあるが……四六時中俺一人で見続けるのはちとしんどい。ちょっとやそっと学校をサボるのは別に良いが、ずっと続くとなると出席日数の関係で、卒業が危うくなってしまう。朝に預けて、昼間は面倒見てもらって、学校終わったら回収して、っていうサイクルでどうにか出来るよう交渉してみようか。
――ヴーッ!ヴーッ!ヴーッ!
「……あ? んだよ、人が寝ようとしてる時に……」
うとうとし始めていた時、手元のスマホが繰り返しバイブ音を響かせた。画面に表示された文字は――酒寄?それもこんな時間に電話?
「どうしたぁ?」
「寝てるとこごめん! けどお願い、急いで部屋来て!」
「……まさか、あの子に何かあったか!?」
ただならぬ雰囲気に、朧気な意識が一気に覚醒し跳ね起きた。まさか、熱でも出したのかと身構えたが――
「いやっ、まああったことにはあったんだけどぉ……んんん、口で説明するより見た方が早いから、来て!」
「はぁ?」
切羽詰まってるのかと思いきや、絶妙に拍子抜けする口調に、頭の中に大量のクエスチョンマークが浮かぶ。とは言え何やら大事になってることは確からしいので、急いで隣室へと向かった。
「えーっと……」
そこには、見知らぬ少女がいた。年は恐らく10歳ほど、腰まで伸びた亜麻色の髪、暗がりでも分かるほど白い肌、カーテンの隙間から差し込む月光を反射し爛々と輝く瞳――
「彩葉、この人だれー?」
「こっちの台詞だ小娘」
いや、まあ何となく分かる。髪色は同じだし、顔の雰囲気も面影があるし。その上、当の本人は部屋の何処を見渡してもいないとなれば。
「酒寄。こいつ例の赤ん坊ってことで良いんだよな?」
無言で首を何度も縦に振る酒寄。まさかここに来て一気に成長するとは思わなかった。減速はともかく加速は聞いてねえよ。
(……まあ、これならシグマさんに迷惑かけずに済む、のか?)
つい額を抑えながら、混乱した頭の片隅で、そんな思考が流れていくのだった。