英霊ズとTS転生者の楽しい生活 作:立てば変人座れば牡丹歩く姿はただの奇人
世界地図の左下、ヨルビアン大陸に存在する都市"ヨークシン"。裏では日々マフィアが鎬を削るこの街を、一人の青年が袋を片手に歩いていた。
白髪褐色の青年は、白いTシャツに黒いズボンというラフな格好で歩いていた。しかし、シャツを押し上げるほどのたくましい筋肉は、彼がただ者ではないことを雄弁に物語っている。すれ違う女性たちはその端正な顔立ちに色めき立ち、男達もまた、隙のない肉体に思わず目を奪われていた。
周囲の視線を無視して歩いてゆき、一つのアパートの前へと辿り着く。そこは他にある高級そうな場所とは違い、少し安っぽさの感じるアパート。そんなアパートの軋む階段を昇ったエミヤは、一つの扉の前へと辿り着くと、ドアノブへと手を掛けて優しく開いた。
「マスター、帰ったぞ」
青年はどこか安心するような、女性も男性もほれぼれさせるほどの良い声で部屋の中へと呼びかける。すると、部屋の奥からドンガラガッシャンというギャグのような音が鳴り響いた後、ドタバタと廊下を走る音が聞こえ、一人の少女が玄関へとやってきた。
「エミヤ! おっかえりぃ!」
腰まで届く茶色の髪、ふにゃふにゃと気の抜けた琥珀色の目、サイズの合ってないTシャツ一枚からは白い肩が片方だけ出ており、下は裾で隠れているが細い太ももが半ばまで露出している。
右手の甲には中心に置かれた杯を守るように二匹の蛇がお互いの尾を噛みながら囲み、その全てを封じるかのように鎖が巻きついている赤色の紋様が刻まれていた。
「……ハァ。マスター、シャツ一枚で歩き回るのはやめろと言わなかったかね? それともあれか? 君は露出狂なのか?」
エミヤは袋を持つ手とは反対の手でこめかみを揉みほぐしつつ、呆れたように言葉を発する。
「失礼な! 俺は変態じゃない! というか俺は男なんだから別にいいだろ!」
「今の君は女性のはずだが? というか、二度も人生を歩んでいるのならばそれくらい分かるはずだが?」
少女は心外だと腰へ手を置いて胸を張るが、見た目はどう見ても女性である。
そもそもエミヤが聞いた話によれば、少女の年齢は前世を含めると*4歳のいい年した大人だ。いくら精神は肉体に引っ張られるからと言ってもさすがに引っ張られすぎだ、とエミヤは眉間を揉みながらため息をつく。
「そんなことより! ゲームはあった!?」
「……ああ、多分。これだろう?」
怒られると思ったのか、少女は大きな声で話題を変えようとする。エミヤは分かっていながらも乗ってあげることにしたのか、袋の中をガサガサと漁って一つのパッケージを取り出した。
「それ! さっすがエミヤ! さぁ~て、早速遊ぼ……」
取り出されたパッケージを見た少女は目を輝かせて手を伸ばすが、指が触れる直前にゲームのパッケージが消え去った。
少女がゲームの行方を捜して上を見上げると、エミヤが少女の手の届かない頭上へと揚げている。
「ちょっ、早くちょうだい!」
エミヤの手からパッケージを取ろうとぴょんぴょん飛び跳ねるが、140cm程度しかない少女では180cmを超えるエミヤの頭上へはどうあがいても届かない。
次第に疲れてきたのか呼吸が荒くなる少女へ、エミヤは念のためと言った感じで言葉を発する。
「まあ待て。これを渡す前に……条件は忘れていないだろうね? アマギ」
「ギクッ」
やかましく騒いでいた少女──アマギはエミヤの言葉に身体を硬直させる。
どう見ても動揺しているアマギに、エミヤの目つきは徐々に鋭くなっていく。
「まさか、できていないのかね?」
「ももももちもちもちできていいいるよ?」
アマギは目を泳がせ、冷や汗をダラダラと垂らし始める。どう見ても"条件"を達成していない様子に、エミヤの目つきが冷ややかになっていく。
「もしもできていなければ、分かっているな? 言っておくが罰の緩和はしないぞ。なぁに、できていれば問題ないことだ」
そう言って、エミヤは奥の部屋へと歩みを進める。
「え、エミえもん~、わたし、ごはんがたべたいなぁ~?」
そんなエミヤに焦った表情をしたアマギは、歩を進めるエミヤをウルウルと瞳を潤ませた目で見つめながら、とても媚びたような声を出し始める。そこには男勝りな少女はおらず、まるで悪戯がバレた子犬のようだった。
「誰がエミえもんだ。あとご飯は罰を受けてからだ」
「受けてからって言った!? ねえ今受けてからって言った!? もう確定済み!?」
エミヤは騒がしいアマギを無視し、辿り着いた扉に手を掛ける。
「わーっ! 待って待って! 1分、いや! 10分くらい待って!」
だがアマギがダラダラと汗を掻きながら、ドアノブを握るエミヤの腕を抑えた。振り払うこともできるエミヤだったが、とりあえず理由を聞こうと小さいアマギを見る。
「ほう、何故だ?」
「それは、えーっと、ほら! パンツとかは置いたままだからさ! やっぱり恥ずかしいというか!」
「君の下着を見た所で何も思わないから安心したまえ」
「わーっ!!」
そう言って、エミヤはアマギの抑えを無視して扉を開いた。
先に広がっていたのはとても散らかった部屋。少しボロイ床を隠すようにゴミやら衣服が散らばり、それはゲーム機とモニターの近くに集まっている。
汁の残ったカップ麺やお菓子の袋が放置され、パンツとズボンは適当に投げ捨てられたのかゲーム機の少し遠くに落ちていた。
「あわ、あわわわわ」
見られてしまった、と手のひらを口の前に添えて脚をガクガクと震わせるアマギは、高い位置にあるエミヤの顔を見上げる。エミヤの表情は先ほどと変わりないが、どこか異様な威圧感を感じた。
「ふむ、アマギ」
「はいっ!」
アマギは手を身体の横に付けて指の先まで伸ばし、訓練された兵士のように背筋をピシっと正した。
「一か月ゲーム禁止だ」
「いぃぃぃぃやぁああああああ!!!」
エミヤの無慈悲な宣告に、アマギは頬へと手を当てて無駄にが鳴りを入れて叫び始める。まだ余裕はあるようだが、彼の口撃は止まらなかった。
「ああそうだ、追加で一か月召喚禁止だ」
エミヤがふと思い出したかのように新たな罰を口にした瞬間、世界が止まった。
いや、正確に言えばアマギの動きが止まった。まるで死んでいるかのように微動だにせず、目も見開かれている。見た目
なんだか全体的に白くなっていくアマギを放置して、エミヤは扉を出て行く。しばらくして戻ってきた彼の手には、先ほどまで持っていた小さな袋ではなく、大きなゴミ袋があった。
彼は無言で足元に置いてあるゴミを拾い、次々と袋の中へと入れていく。何故か置かれている謎のピンク色の小瓶や食器も全て。
それが終われば袋の代わりに掃除機を持ってきて、床に散らばった食べかすを一つ残らず吸い取っていった。
「……え?」
「おや、戻ってきたか」
掃除機をかけ終え、扉を出ようとした時、アマギの口から声が発せられた。ようやく何を言われたのか理解したようで、色の戻ったアマギは油の刺さってないブリキロボットのように頭をエミヤへと向ける。
「しょうかん、きんし?」
「何度言っても聞かないマスターには相応しい罰だと思わないか? それに、どうせ変なのしか出ないだろう」
エミヤがそう言うと、アマギは再び真っ白に戻っていった。相当嫌だったのだろう、次第に身体の力が抜けていき、手と膝を地面に付けて「ゆめ、これはゆめ」とうわ言のように呟き始める。
「なに、私も鬼じゃない。これから私の手伝いをしてくれるのならば、罰は二週間にまけようじゃないか」
エミヤは周りにキノコが生えているように見えるアマギを哀れに思ったのか、腕を組んで目を閉じながら優しい声色でそう言った。
「っ! やります! やらせていただきます!」
その言葉を聞いたアマギは瞬時に立ち上がり、右手を上に挙げながら元気よくそう言った。まるで地獄に垂らされた一本の糸を見つけたような表情で。
「では初めに風呂の掃除をして貰おうか」
「はいっ!」
アマギはエミヤの言葉を聞いてすぐに走り出し、扉を乱雑に開けてドタバタと去っていった。
「全く、掃除道具がどこにあるか知らないだろうに。仕方のないマスターだ」
「エミヤぁ! 掃除道具どこぉ!?」
エミヤは風呂場の方から聞こえてくる声に額に手を置いてやれやれと首を振り、「どこだぁー!?」と騒ぎながら何かを倒す音を出すアマギの方へと向かい始める。
これ以上散らかされないように、ダメなマスターへと忠告をしながら。
「それ以上散らかしたら罰を増やすぞ!」
「はいっ!」
****
夜。エミヤと共に食卓を囲むアマギは疲労困憊といった様子で椅子に座り、机へ置かれたオムライスをのそのそと口に運んでいた。オムライスの卵はぷるぷるふわふわ、ライスはケチャップの味がよく染み渡り、紛れているソーセージを噛み切れば肉汁が溢れ出てくる。
「マスター」
「ん~? なに~?」
エミヤは半分程度を食べ終えたタイミングで、ふと思い出したかのようにアマギの名前を呼んだ。呼ばれたアマギはふにゃふにゃと気の抜ける声で返答しつつ、口へとオムライスを運んで咀嚼する。
「そろそろ手持ちが少なくなってきている。このままいけば、来月の家賃は払えないかもしれん」
「最近は修理の依頼も来ないもんね~」
アマギは机にモチモチの頬を付けてオムライスを頬張りながら、懐から取り出した携帯で残高を確認する。エミヤの言った通り、そこには来月分の家賃は入っていなかった。
「そうだ。原因は不明だが、このままでは家を失うぞ」
「う~ん、どうしようかな」
アマギはそう言いながら、手元の携帯で「楽なお金の稼ぎ方」と入力する。当然だが、出てくるのは怪しいサイトばかり。だがその中で一つだけ、実現性の高い方法を発見した。
「エミヤ~、これは~?」
「ふむ、天空闘技場か」
天空闘技場。高さ991mにも及ぶ世界で四番目に高い建造物。一日に4000人以上の腕っぷしが集まり、日々戦いを繰り広げている事から別名"野蛮人の聖地"とも呼ばれる。
階層は全部で251階。スタートは全員一階であり、200階未満は武器無しで、勝てばファイトマネーとしてお金を支払われる。100階まで辿り着けば専用の個室を与えられ、宿にも困ることは無くなる。
「ということか。確かに良いが、まさか俺に素手で戦えと言うつもりか?」
「そんなまさか~」
納得したエミヤの疑問にアマギは軽く答える。そして顔を上げて机に肘を付いたアマギは、いつもとは違う真面目な様子で言葉を発する。
「黒服達みたいなのが平均なら余裕だろうけど、俺はまだこの世界のことを知らないからね。英霊召喚ができるってことは、魔力か何かのエネルギーは存在している。もしもそのエネルギーで
アマギは語り終えるといつものだらしない彼女へと戻って、もそもそとオムライスを食べ始める。
「ならばどうするつもりだ?」
「う~ん、一番いいのはそういうのにも対処できる英霊に
「二週間はダメだ」
アマギの上目遣いは、エミヤには一切効かなかったようだ。ただアマギはそう言われるのは理解していたようで、特に動揺することも無く話を続ける。
そもそもエミヤと出会ってから一日に一度は召喚を試しているが、出てくるのは麻婆豆腐やら小瓶やらばかり。仮にあと二週間ずっと召喚したとしても、そう簡単には来てくれないだろう。
「だよねー。ならどうしよっかなぁ」
アマギはそう言いながら手元で残高を確認した後、天空闘技場の観戦料金を調べ始める。ネットによると、一階の料金はかなり安いようだ。
「うん、実際に見に行ってから決めればいいか。ついでにこの世界の平均を知ることができれば今後の役に立つし」
「分かった。では遠出のための準備をせねばならんな」
「そっちはおねがい~。俺は飛行船のチケットを取っておくよ~」
結論が付いたタイミングで食べ終えたアマギは「ごちそうさまでした」と手を合わせて言ってから立ち上がる。そして空になった食器を持ち、同じく持ったエミヤと共に流し台へと置くと、携帯で予約を調べ始めた。
「うわっ、直近の予約埋まってるじゃん。んー、出発は一週間後にするわ」
「わかった」