不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごしていたら、知らないうちにレベルが限界を振り切っていた   作:無性主人公広めたい

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6話 毛玉、生まれる

 どれだけ、そうしていただろう。

 

 納屋の隙間から差しこむ光が、藍色から、白っぽい灰色へと変わりはじめた頃。両手のなかの卵が、ひときわ大きく、とん、と跳ねた。

 

 夜通し、飽きもせず包んでいた、そのぬくもり。それが、まるでオレの手のあたたかさに応えるみたいに——ぴし、と、小さな音を立てて、殻に、ひとすじのひびが走った。

 

 オレは、息を止めた。

 

 ひびは、ゆっくりと、けれど確かに、広がっていく。とん、とん、と内側から叩かれるたび、白い殻のかけらが、ぽろぽろと、オレの膝に落ちた。

 

「……出て、くるのか」

 

 声が、われながら、間抜けなくらい、上ずっていた。

 

 やがて、殻の割れ目から、白いものが、もぞ、と覗く。濡れて、頼りなくて、けれど——ふわふわの、毛だ。

 

 最後のひと押しで、殻が、ぱかりと、二つに割れた。転がり出てきたのは、オレの両手にすっぽりおさまる、まんまるの、毛玉だった。

 

 銀色がかった、白い毛。ころんと丸くて、手足がどこにあるのかも、毛に埋もれて、よく分からない。

 

 その毛のあいだから、黒くて、つぶらな目が、ふたつ。それが、きょとん、と、オレを見上げていた。

 

「……なんだ、お前」

 

 可愛いとか、そういう気の利いた言葉より先に、口をついて出たのが、それだった。

 

 この世界の、うさぎでも、猫でもない。強いて言うなら——チンチラ、に、少しだけ、似ているだろうか。もっとも、こんなに白くて、モフモフではなかった気がするけど。

 

「きゅ」

 

 毛玉が、鳴いた。

 

 鳴きながら、短い前足を——たぶん、前足だ——ぷに、とオレの親指に乗せてくる。まだ濡れているくせに、もう、あたたかい。

 

 その瞬間、なぜだか、鼻の奥が、つんとした。

 

 ……思えば。この世界に来てから、ずっと、独りだった。

 

 城を追い出されて、森を彷徨って、村の隅で、ただ黙って、働いて。「行くぞ」と、自分に言い聞かせるみたいに声をかけたって、返ってくるものなんて、なかった。

 

 それが、いま。

 

「きゅう」

 

 その、頼りない鳴き声が。なぜだか、オレに応えているみたいに、聞こえた。

 

 ……いや。そんなわけが、ない。孵ったばかりの獣が、人の言葉なんて、分かるものか。分かっているはずが、ない。

 

 それでも。オレが「腹、減ってるか」と訊けば「きゅい」と鳴き、「寒くないか」と言えば、「きゅ、きゅ」と、鳴く。まるで、話が噛み合っているみたいな——そんな、妙な間が、あった。

 

「……気のせい、だよな」

 

 毛玉は、答えるみたいに、また、ぷにぷにと、オレの指を踏んだ。

 

 とりあえず、腹が減っているのは、たぶん、本当だろう。オレだって、そうだ。

 

 困った。何を、食わせればいい。オレは、ゆうべの器に残っていた、最後のパンの端切れを思い出して、小さくちぎり、毛玉の鼻先に、そっと差し出した。

 

 毛玉は、くん、と匂いを嗅いで——もむ、もむ、と、その小さな口で、ちゃんと食べた。

 

 食べながら、器用に、オレの制服の袖口の奥へと、もぐりこんでくる。この世界の誰も着ていない、妙な仕立ての、擦り切れた一着。その袖の中が、よほど、あたたかいらしい。

 

「……くすぐったいって」

 

 袖の中で、もぞもぞと丸くなる、その感触に。オレは、思わず、笑ってしまった。ずいぶんと、久しぶりに。

 

「名前、いるよな。お前」

 

 膝に戻した毛玉を見おろして、オレは、少し、考えた。ころんと、白くて、やわらかい。

 

 ……そういえば。つい、この間まで、いた世界に。こういう、白くて、まんまるで、口に入れるとふわっと溶ける、やわらかい菓子が、あった。名前は、たしか——

 

「マシュ……マロ、とか」

 

 毛玉は、ぴくりとも、しなかった。

 

「じゃあ……マロ、は」

 

「きゅ!」

 

 毛玉が、はねた。ころん、と一回転して、また、きょとんと、オレを見上げる。

 

「……マロで、いいのか」

 

「きゅう」

 

 こいつが、どこまで分かって鳴いているのか。それは、分からない。分からないけど。

 

「そうか。じゃあ、マロだ」

 

 そういうと、マロは満足そうに「きゅう」と鳴いた。

 

   *

 

 マロのことを、村の連中に隠す気は、なかった。隠したところで、袖から顔を出すし、隙あらば、肩によじ登ってくる。

 

 それに——妙な生き物を懐に隠している方が、よっぽど、あやしいかもだし。

 

 案の定、はじめて肩にマロを乗せて畑に出たオレを見て、まっさきに駆けてきたのは、あの子供だった。テオ、という名前らしい。

 

「なにそれ! もふもふ! さわっていい?」

 

「……そっと、な」

 

 テオが、おそるおそる、マロの背に触れる。そのとたん、まんまるの目を、ぱあっと、輝かせた。

 

「やわらかい! ねえ、なんて名前?」

 

「マロ、だ」

 

「マロ!」

 

 大人たちは、あいかわらずだった。オレが見慣れない獣を連れていても、ちらりと目をよこすだけで、誰も、話しかけては、こない。

 

 どこの馬の骨とも知れない余所者が、どこの馬の骨とも知れない獣を拾った。——ただ、それだけのこと。相変わらず、オレは、この村では、よそ者のままだ。

 

 それで、いい。悪い癖かもしれないが、目立たないに、越したことはない。

 

 その日も、日が暮れるまで、土にまみれた。石を拾い、草を抜く。かがみこむたび、伸びた前髪が、はらりと、目にかかった。

 

 ……そういえば。この世界へ来てから、一度も、髪を切っていない。鋏なんて上等なものは、オレは持っていない。放っておけば、伸びる一方だ。汗で額に貼りついたそれを、手の甲で払う。

 

 短く整えていた、前の世界の頭を思えば——ずいぶんと、見られない格好に、なったものだ。肩の上のマロは、我関せずと、まるくなって、寝ていた。

 

   *

 

 その晩。納屋の藁の寝床で、マロと、二人、丸くなる。懐が、あたたかい。ゆうべまでの、卵ひとつ分の熱とは、比べものにならない。

 

 まぶたの裏に、いつもの窓が、浮かんだ。

 

『デイリーリワード――経験値 +1』

 

 ……今日は、1。ゆうべは、2だった。あいかわらず、気まぐれな数字だ。レベルは、びくとも、しない。

 

 それでも。今日は、なんだか、悪くなかった。数字がひとつ増えたことより——懐で、小さな寝息が、聞こえること。そっちの方が、よっぽど。

 

 目を、閉じかけた。その時。

 

 村の方から、犬が、けたたましく吠える声がした。一匹が、二匹に。二匹が、三匹に。何かに怯えるみたいな、切れ切れの声。

 

 袖の中で、マロが、ぴく、と、身じろぎをした。

 

「……なんだ?」

 

 返事は、ない。あるわけが、ない。

 

 ただ、その夜。犬たちの声は、しばらく、やまなかった。

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