―――死にたいなら逃げ給え
ふらりとやって来た彼はそう言った。
◇◇◇
「・・・」
本日何度目かわからないため息をつく。
嫌なこと、やりたくない事、やりたくてもできない事、やらなきゃいけないけどできない事。
いろんな事が頭の中を纏まらずぐるぐると回っていく。
―――死にたい
そう、思ってしまった事に自己嫌悪を抱く。
死んだからどうなると言うのだろうか?
死ぬことを『楽になる』、とは言うが“楽になる”とは一体何の事を指してそう言うのだろう。
生きる事?
それとも死にたいと思った原因から?
―――ばかばかしい
全く持って意味不明だ。
だってそういう状態の人間がそんな細かい事を考えている筈が無いのだから。
頭痛に幻聴、誰かの声は嘲りに、考える頭は鈍く、考える事も
そんな人間が何を考えられると言うのか。
―――助けて欲しい
ああ、そうだろうとも。
誰もが、そう、誰もがそう思っている筈だ。
生きるのは苦しくて、辛くて、だから誰か私を助けて欲しい。
なんて。
当たり前の事だろうから。
人は独りでは生きられない。
それは社会的な意味でも、心理的な意味でもそうだ。
『独り』ならば比較は生まれないし、言葉だって、思考力だって要らないだろう。
何故か?
持論になるが、それは『目標』が意味を成さないからだ。
『目標』
それは誰にだってあるだろう。
そんなもの無い、と言う者も居るだろう。
だが、それは無い。
だって心臓が動き、思考して、生命活動をしているのだから。
生きる、極端に言えば『死んでいない』という状態は『死んでいる』状態と比較しなければわからない。
『独り』なら「生きる事ってなんだろう?」という疑問すら浮かばないだろう。
だって教えてくれるものも、人も居ない『独り』ぼっちだから。
―――故に
人は真の意味で『独り』で生きる事は出来ないのだ(多分)。
◆◆◆
「そこな童よ。『死にたい』、と。そう言ったか」
「ええと、私は童という歳では無いのですが・・・」
「童だろうよ。暗い道で一人、立ち止まって俯いている。これが童でないと?」
そうかもしれない。
その胡散臭くて古風っぽい変な喋り方をする彼は「失礼」と言って私の隣に腰掛けた。
「なあ、童よ」
「はあ」
「逃げ給え」
「はい?」
「死にたいと言うのなら逃げ給え」
―――その方がずっとましだ
―――ずっとずっとましな筈だとも
そう、彼は言った。
正直意味がわからなかった。
「ああ、意味がわからないだろう。気が狂っているのか、といった謗りは甘んじて受け入れよう。狂人の戯言だ。末短く忘れ給え」
「は、はあ」
「ああ、現実は暗く、どうしようもなく冷たいだろう。温もりは手放してから気付き、手放したものは遠く、ただ悔いるのみ。人間讃歌なぞ夢のまた夢だ」
彼は言う。
私にとって意味のわからない事も彼にとっては意味があるかのように朗々と語る。
「ああ、だからこそ我々は
「―――ああ、なんと哀れで、虚しく、愚かなことか!!」
「ばかばかしい、そう、ばかばかしいのだよ!!」
「投げ出すのは自由だ、選択もまた我々が持つ権利なのだから。故に、死に
「死を望むのなら逃げた結果や、追い詰められた結果ではなく、自分で決めろ」
「ああ、私は死ぬ。どうしようもなく死ぬのだ。ああ、世界に呪いあれ、人に呪いあれ!!ぐらい豪語せよ!!出来なければその死は価値すら失い、そこらの塵芥同然になり下がる!!」
「失って、喪って、うしなって!!その果てがゴミ!!ああ!!なんとばかばかしい!!」
「哀れで、愚かな虚しい最後の出来上がりだ!!はははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
「―――と、まあ語ったものの。狂人の戯言だ。末短く忘れ給え」
唯の狂人の戯言