愚者は妖精と踊る 作:千年香
散々に遊び倒したその日の夜。
白いシャツに黒いパンツ姿のラフな格好となったユーゴは、質の良いベッドに横になって何をするでもなく天井を見上げていた。
「楽しかったな……」
ぐったり横になるまで遊んだ経験の無かったユーゴは、満ち足りた疲労の中に居る。
遠泳、素潜り、水上ボートにスイカ割り。砂の城を作って波にさらわれ、ビーチバレーに海の家。
初めての経験ばかりだったが、その全てを楽しめた。少年は、今日一日を胸を張ってそう宣言できる。
そのまま寝てしまいそうだったユーゴ。その彼の意識を引き戻したのは、部屋に通じる扉から響いたノックの音だった。
扉を開け、入って来るのはグレイ。
「お、居たかユーゴ」
「どうしました?」
「いやな。このホテルの地下にカジノがあるらしいんだ。行ってみないか?」
「カジノ……面白そうですね」
「んじゃ、決まりだな。表でナツとハッピーも待ってるぜ」
先導するグレイに続きながら、ユーゴは右手に手袋をつける。異形と化した右腕は、見た目が悪い。手元をよく見るカジノではよくないかもしれないが、周囲への配慮を兼ねて着けていた。
「よっしゃー!カジノに殴り込みじゃー!」
「じゃー!」
気炎を上げるナツと、真似をするハッピー。昼にも見た光景だが、割と彼らはいつもこんな感じ。
騒がしい二人を前に行かせながら、ユーゴは隣を歩くグレイへと水を向ける。
「そう言えば、ルーシィさん達はどうしたんです?」
「シャワーを浴びてから行くってさ。ま、折角のバカンスだしな。身綺麗にしたいって思うのが女心って奴なんじゃねぇか?」
「成程……そう言えば、グレイさんはカジノは経験ありですか?」
「賭けに関しては何度かな。つっても、特別強くはねぇぞ?つーか、ギャンブルがツエー奴なんて魔法とは別枠のスキル持ちみたいなもんだ。ま、程々に楽しむのが賢明だな。遊びだし」
「それもそうですね」
そんなやり取りをしながら、三人と一匹は地下フロアへと足を踏み入れる。
スロットマシンの騒がしさに、更に人々の一喜一憂する歓声や雑踏が入り混じり中々に騒がしい。
「ユーゴは初心者だったよな?とりあえず、取っ掛かりだけ教えといてやるよ」
「あ、はい。よろしくお願いします、グレイさん」
そうして始まる、グレイ・フルバスターによるカジノ講座。
「まず、このカウンターで金をチップに換える。じゃねぇと遊べねぇからな」
「色がたくさんありますね」
「だな。大抵の場合は白が一番レートの低いチップになる。ま、今回はお遊びだしコレで良いだろ」
慣れた様子で、グレイはチップへと交換。真似するようにユーゴもこれに続く。
軍資金を携えて、向かうのはゲームコーナー。
「初めてだしな。人読みとかしなくちゃならねぇ対人のゲームよりもこういうスロットの方が良いだろ」
「スロット……絵柄を揃えれば良いんですか?」
「ああ。絵柄によってレートもある。一回のコイン投入数は、三枚までだな。ここはチップがそのままコインの役割も果たしてるらしい」
やってみな、と勧められてユーゴは目についた台のスツールへと腰掛けた。
チップを投入して、ドラムが回転。この間に、彼は台の上に設けられた役柄の並びを確認していた。
「ん……」
絵柄が掠れて見える速度のドラムリール。
大抵の場合は、何度か
だが、
「おっ」
後ろから見ていたグレイが声を上げる。
大抵、スロットマシンをプレイするギャンブラーは出目を止める際に親指でボタンを押す。
しかし、完全な初心者であるユーゴはドラムリールとボタンの位置で視線を何度も往復させながら左手人差し指でボタンを押していた。
たどたどしい手つきで、ボタンが押される。
そして、
「…………マジか?」
絵柄が揃う。
揃った役は、上から三つ目のもの。特別珍しい訳ではないが、それでも高配当のものだ。
「おー……当たりました?」
「お、おお。スゲェな、一発目から当たり引きやがるとか」
「そう、なんですか?」
「ま、兎に角あとは自分でやってみな。オレも行ってくるからよ」
何やら良くないものを呼び起こしてしまった様な気がしないでもないグレイだったが、彼とてカジノにはお守ではなく遊びに来ている。
自身の軍資金を手に別のゲームへと足を向けた。
一方、残ったユーゴはというと台の回転率など無視した完全なマイペースでゆっくりとゲームを回していた。
えっちらおっちらコインを入れて、ボタンとドラムリールを何度も視線で往復させながらゆっくりと押していく、その繰り返し。
それで、当たる。
最初は、小さな当たりだった。最初の三等から、四等、五等と低いものを繰り返すばかり。
だが、等級が低かろうと当たりは当たりだ。同時に、何度も同じ事を繰り返せば初心者も慣れてくるというもの。
徐々にボタンとドラムを往復する目の動きがなくなり、ドラムリールを見たままボタンを押せるようになってきた。
すると、当たりの等級も上がって来る。
三等、二等と交互に何度か繰り返し、先程までの当たりの連打で観客が集まった頃、
「――――あ」
誰かの吐息と共に零れた一文字。
金の縁取りに赤地の7。それが横一列に並ぶ。
賑やかなファンファーレと共に、台はゲーミングカラーに大発光。
「おおおお!出たぞ!ジャックポットだ!」
「スゲェや!オレ、初めて見た!」
「誰か、カメラ持ってねぇか!?」
周囲が大盛り上がり。一方で、大当たりを引き当てた当人は困惑していた。
ユーゴとしては、感覚のままに押しただけ。目押しもクソも無い、ある程度リールの動きは見切っていたもののそれはそれとしてあっさりと当たりを引き過ぎていた。
「ヤベェもの呼び起こしたか?」
少し離れた台でスロットを回していたグレイは、冷や汗を一筋流す。
グレイから見て、ユーゴ・カガリという少年は欲が薄い。ガツガツと前に出るよりも、一歩後ろに下がってほとぼりが冷めた辺りで残り物を断りつつ貰っていくようなタイプ。戦闘時では率先して味方の盾になりながら、強襲も熟すのだから日常とのギャップはかなりのモノ。
その欲の薄さと、戦闘時に発揮される動体視力が美味い具合に噛み合った。
「こりゃ、大勝かね。ナツは大損してそうだし」
場合によっては出禁を食らうかもしれないが、こんなリゾートに来る機会など早々無い。
程よく遊んで、ついでに後の日数で楽しめるような軍資金が稼げるのなら猶の事良し。
「グレイ様」
「ん?」
そんな事を考えながら、スロットのレバーを下げていると不意に声を掛けられた。
見れば、そこに居たのは青髪の美女。胸元に輝くのは妖精の尻尾のエンブレム。
「ジュビア、来ちゃいました」
「ぶほっ!?お、おお、お前は……!?」
元エレメント4の紅一点、ジュビア・ロクサーその人が立っていた。
慌ててスツールから立ち上がるグレイ。
敵意は感じないが、それはそれとして抗争でぶつかり合った相手。その実力のほどは、よく知っているというもの。
若干不穏な空気となるが、ジュビアとしてはぶつかり合う事は望む所ではない。
「少し、お話をしたいな、と思って」
「…………はぁ……とりあえず、場所変えっか」
調子が狂う。頭を掻いて、グレイはカジノ内に設置されたバーカウンターを親指で示した。
カウンター周りは、ゲームがある程度遠ざけられてカジノの中心と比べても比較的静か。
横並びになる様に座り、一杯注文。
「んで?単刀直入に行くが、話ってのは?」
「……グレイ様は、
「ああ、聞いてる……で、その紋章って事は」
「はい。ジュビアは、妖精の尻尾に入りたいと思っています」
「あー……」
予想していたとはいえ、ジュビアの言葉を受けてグレイは頭を掻く。
一応、元幽鬼の支配者所属の魔導士としてユーゴが居る。だが、彼の場合はそもそもの抗争で妖精の尻尾に対して明確な敵対状況になかった。寧ろ、自身のギルドマスターを止めるために奔走していた。
ぶつかったにしてもエルフマン位だが、その後に共闘した事もあって寧ろギルド内では仲の良い二人だったりする。
一方でジュビアは違う。
明確な敵として戦い、そしてグレイが打倒した。
ユーゴと違い、受け入れられるための素地とも言うべき部分が無い。
言葉を濁すグレイに、ジュビアは頷く。
「ジュビアも分かっています。ですが、再び立ち上がる為には厳しい環境に身を置くべきだと思うのです」
「……まあ、腹決まってるなら言う事ねぇけどよ」
本人が決めた事に、とやかく言うのは違う。想定される反発が頭を過るが、グレイは口を噤んだ。
敢えて何も言わない相手に、胸をときめかせながらしかしジュビアは一旦その高鳴りを脇に置く。
「それと、その……ユーゴは大丈夫でしょうか?」
「あん?ユーゴ?……大丈夫ってぇと……」
「彼に魔導士としての仕事を教えたのは、ジュビアたちエレメント4ですから。あ、元、ですけど」
右も左も分からないような状態だったユーゴに知識を仕込んだのは、エレメント4。もとい、主に兎々丸とジュビアの二人だったりする。アリアとソルは、魔導士としての実力はあっても教育者としての才覚が無かった為。
ジュビアの言葉を受けて、グレイは頷いた。
「成程な。ユーゴか……まあ、仕事は一緒に出来てねぇけど実力は確かだ。人当たりも良いし、特に敵視もされてねぇよ」
「……良かった」
フッ、とジュビアの表情が和らぐ。
淡い慈愛を感じさせるその表情に、グレイは目を丸くした。
一から色々と教えたからか、ジュビアは何処かユーゴを弟分のように見ている節がある。
「……?」
見蕩れる自分に首を傾げ、話題を変えようとグレイは顔を上げ。
「きゃっ!?」
突然、大きな手が二人の間に割り込んだかと思えば、ジュビアの体が横方向へと殴り飛ばされる。
スツールを薙ぎ倒して転がるジュビア。
「いきなり何だ!」
スツールを蹴り倒す勢いで立ち上がったグレイ。相対するのは、筋骨逞しい大男。
左目に眼帯を付け、顎に金属製の補助具を付けた男は残った右目で無機質にグレイを見下ろしてくる。
「グレイ・フルバスターだな」
「何者だ、テメェ」
「質問は、一つ――――エルザは何処だ?」
闖入者は、妖精女王を所望する。