※主人公(運び屋)の出自にFallout4の要素を含みます。
あの満月の夜。ロブコ社製のロボット、ヴィクターが急患がいる、と機械音声で真夜中に私を呼んだあの日。診療所の扉を開け、抱きかかえられた女性が頭から血を流しているのを見た時、冷静さを失ってはいけない職業に就いているにもかかわらず、身体中から一瞬血の気が引き、心臓は動悸を訴えた。それは彼女の髪の色、それに顔かたちが亡くした妻にあまりにもよく似ていたからだった。
夜通し続いた手術は終わり、ブラインド越しに朝の光が横たわる彼女に差し込んでいた。血の汚れが拭われ、青白い顔をしているが穏やかに眠っている女性はやはり妻によく似ている。疲れ切った私は頭に包帯を巻かれて横たわる彼女をぼんやりと見つめるうちに自らの劣情にふと気づいてしまった。疲労による勃起だと頭ではわかっていても眠る彼女から目を離せず、ついには下肢に手を伸ばして明らかに熱と硬さを持った陰茎を自覚しそして握り込んだ。脳裏には妻と過ごした日々やグッドスプリングス郊外に何度も参った墓のことが思い出されたが抑止には至らず、それどころか妄想を冗長させてしまう。眠る彼女の唇に、下着に隠された乳房に、下生えの繁った先に潜むであろう蜜壺に、今は亡き妻の若かりし頃を見出してあられもなく乱れた姿を映し込むことを心の底から申し訳無く思いながらも、いつぶりかもわからない自慰行為は止め処がなく、やがてひとり呻いて右手を精液で汚した。
一応は医者であるというのに、あろうことか患者に凌辱行為を働いてしまった。正気に戻った私に襲い来る罪悪感は凄まじいものであったが、一度箍の外れてしまった性的衝動もまた同じように凄まじく、そして抗えなかった。彼女が昏睡から目覚めるまでの数日間のうち、ガーゼや包帯の取り替えで顔や髪に触れるときや、褥瘡を防ぐための体位の入れ替えで肉感を感じ取ってしまったときに私の自制心はいちいち折れ曲がり、自慰行為に及ぶに至った。グッドスプリングスという狭い集落にある訪れる者がたまにしかいない診療所という密室は事後に二度とすまいと誓うも、衝動に負けてまた下肢に手を伸ばすという繰り返しを重ねる場所となった。行為がエスカレートしなかったのはか細く残った倫理観あってのことだったが、彼女が目覚めるのがもう数日遅ければどうなっていたかわからない。
「私の名前は、……運び屋、だと思う」
「そうか。君が言うなら、それが君の名前なんだろう」
妻とよく似ていると感じていた顔かたちではあったが、問診という形でいざ話してみると妻よりも快活で妻よりもおそらくは豪胆だということが伺い知れて、当然ではあったがまったくの別人だということを思い知らされた。そんな彼女は頭を撃たれた後遺症であるのか、記憶の一部を朧気に感じているようだった。活力テスターの診断結果に知能がやや低いと表されたのはこれも遠因なのかもしれない。どこかしら不安げな彼女に対して私の庇護欲は高まり、これまでの愚行に至った劣情は鳴りを潜めてくれた。おかげで私は努めて優しく、医者らしく振る舞うことに成功した。
彼女から私に対しても質問をいくつかされ、受け答えもしっかりと出来ていたことで送り出しても問題ないという所見を持った私は、下着だけを纏う彼女に妻の形見でもあるVAULT21のジャンプスーツといくつかの医薬品を手渡してあとは見送るだけという局面まで辿り着いた。心の内には惜しむ気持ちと、これでもう心乱されることはなくなるという安堵の気持ちがないまぜになっていたのだが、扉の前で彼女が振り返ったことで予想は脆くも崩れ去ることになる。
運び屋は私に微笑みかけて言った。
「ね、先生。この診療所はいつもこんな、イカくさいの?」
言葉を選ばず単刀直入に問われた途端に身体から汗が噴き出るのを感じた。活力テスターで感知力が高いという診断結果が示されていたことが脳裏をよぎる。
「責めてるわけじゃないのよ。けど、私に何か、後ろめたいことをしたなら、教えてほしいの」
ジャンプスーツを纏う、妻によく似た運び屋はなおも真っ直ぐにこちらを見つめている。怒っているというわけではなかった。それどころか、好色さを覗かせていた。
「す、すまなかった」
「もう、言ったでしょ。責めてるわけじゃないんだってば。で?何したの?」
再度問われた私はたまりかねて白状した。
「君が、亡くした妻にあまりにも似ていて……」
白状しながら私は自分の股間が張り詰めていくのを感じていた。鳴りを潜めていたはずの劣情はにわかに湧き上がり心は乱されていく。私の罪の告白を聞き終えた運び屋はきょとんとした顔をしている。
「見抜き?それだけ?」
「それ以外は、誓って、なにも」
彼女は声を上げて可笑しそうに笑った。
「先生ったら、ひかえめな人なのね」
目の端に浮かぶ涙を指先で拭った運び屋は次に先ほど着込んだジャンプスーツのジッパーを引き下げて脱ぎ捨てた。突然に始まったストリップに目を奪われたのを彼女は恥じらいつつも微笑んでみせる。足元にわだかまった服から一歩踏み出すとゆっくりとした動作でブラジャーも、そしてショーツも脱ぎ捨ててしまい、やがて一糸纏わぬ姿となった。
「私、先生のこと気にいっちゃった。貴重な薬や血液袋も使って私の命を救ってくれたし、やらしいことしたって正直に話してくれたし、」
そうして両手を上げながら私に歩み寄ると首に腕を回し身体を密着させてきた。
「私が一文無しなのになにか寄越せとか言わないないし、それどころかいろいろ持たせて送り出してくれそうになるし。ちょっとぐらい貰ってもらわないとさすがに悪いわ」
互いの息遣いすらわかるこの距離では鼓動が跳ね上がっているのも、呼吸が落ち着かなくなっているのも、勃起して存在感の増したものも気づかれているに違いない。
「……それに先生のお顔ね、私の好みなの」
禿げ上がった頭頂部をさすり口髭を唇で啄んだ運び屋は、そうして私の唇にくちづけた。されるがままではいらなくなった私はくちづけ返すだけでは収まらず、鼻息荒く舌を伸ばし、絡め、貪った。滑らかな太ももを撫であげ柔らかな尻の肉を掴み、屹立したものをそこに穿ちたいと獣のように性急に擦り付けた。明るく笑う声が浅ましい行動すべてを許しているように聞こえて、それまで倫理観や医者としての矜持で抑えつけていた欲望はすべて曝け出されてしまった。
運び屋の出立はそれから三日ほど遅れた。その三日の間に私たちの関係がグッドスプリングスという狭い集落に知れ渡ったかどうかは周りの反応からして明らかだったが、近隣を騒がせていたパウダーギャングを彼女が鮮やかに追い払ったのを境に陰口らしきものはぱたりと止んだ。それから少しして彼らを壊滅させたという噂が聞こえる頃には彼女は賞賛される存在となり、私はといえば住民たちから白い目で見られていると思うこともなくなった。代わりのように明け透けな質問が飛んでくるようになり、年甲斐もなくと形容できることをしてしまったのは事実ではあるのだが、それでも踏み込み過ぎたそれに閉口するようなこともままあった。運び屋がグッドスプリングスに立ち寄って怪我や放射能の治療を望み、私と一夜を過ごし、それを見送ったあとなどは特に。
運び屋はピロートークに自分が何を見聞きし誰と会い、何を体験したのかをよく話してくれた。ノバックという街で恐竜の土産物を手に入れたこと(私の診療所にひとつ飾ってある)。アポカリプスの使徒と知り合い行動を共にしようと持ちかけたが断られたこと。VAULT21で私の昔話を聞いたこと(その話をする彼女にはしきりに臀部を触られた)。ニューベガスで運び屋を撃ったという男と対決したこと。そして、Mr.ハウスという男と知り合ったこと。うとうとと微睡みながら相槌をうち、そして寝入ってしまうことも多々あったが、ニューベガスを影から取り仕切る彼と街の治安を守っているというセキュリトロンの話を聞いた夜は眠りに就けなかった。
あの満月の夜。運び屋を抱えてきたヴィクターから銃弾を二発撃ち込まれていると聞かされていなければ検分だけで時間を取られ、一命を取り留めるに至らなかった可能性があった。それほどまでに急を要する状態であったから、彼女にとって本当の命の恩人は私ではなく的確な判断をしたヴィクターであり、つまりはMr.ハウスだということになる。Mr.ハウスという一個人、あるいは組織はグッドスプリングスに私という医者がいるのを知っていて、私が確実に運び屋を治療するように彼女の姿かたちを妻に似せるように仕向けていたのだろうか。私が運び屋に心乱すことも仕組まれたことだったのだろうか。考え過ぎかとも思うが、“彼”は200年前の大戦以前から今に至るまでストリップ地区の支配者だと噂されている。これまでにあらゆる事態を予測し、理想を現実のものとしてきたというのならそれぐらいのことをやりかねない。いまや彼女が歩む道はただの運び屋の仕事に収まらず、ニューベガスの命運を左右するものとなり始めている。命の危険が付き纏う道のりを歩ませたMr.ハウスに対しては怒りが沸くが、自分がその片棒を担がされていたという事実を思うと私は怒りのやり場を途端に失ってしまうのだった。
「先生」
機械音声が扉の外から呼びかけてきたのはゲッコーに噛みつかれたという住民を送り出して少ししてからのことだった。その声が聞き馴染みのあるヴィクターのものではないことに違和感を覚えながら扉を開けるとセキュリトロンのディスプレイに映り出されているのは髭を蓄えた男性だった。
「こんにちは、グッドスプリングスのドクターミッチェル」
オールディーズの流れるラジオでMr.ニューベガスが曲の合間にニュースを読み上げている。機械の中の男は自分をMr.ハウスだと名乗った。
「それとも、久しぶりと言ったほうがふさわしいかな?」
最近になってミード湖に現れたという怪物についての進展は特に語られなかった。MCは曲の紹介を始め、ラジオはまたオールディーズを奏でている。
「治療が必要には見えないが、私に何か用かな」
ニューベガスを牛耳っていると言っても過言ではない者がこんな片田舎の町医者を訪ねてくる意図が分からず、私は手のひらに冷たい汗が滲むのを感じていた。用件といえば用件か、などと独りごちてから、男は話し始める。
「君は、運び屋がおしゃべりなことに辟易したことはないかね?」
ここにはいない運び屋を唐突に話題に振ってきた表情の変わらない、変えることのない画面上の男はしかしため息らしき音を吐き、自分は辟易しているのだと言った。
「今まで人との交流も表に出ることすらも控えていたというのに彼女と関わった途端に私の人となりや言葉は思わぬところに拡散されていく」
「人の口に鍵は掛けられないものだろう」
「それでもだよ。これまでイメージされていたミステリアスな支配者は今やあらゆる策を講じて手駒を操る独占欲の強い不気味な存在だ。……運び屋と懇意にしている君は特にそう思っているはずだな、ドクターミッチェル」
Mr.ハウスが自らを形容した言葉は以前運び屋に語りかけたものと一言一句同じだったことに気づいた途端に手のひらだけでなく背筋にも嫌な汗を感じる。
「ヴィクターの機体で出歯亀をしていたのか?あまりいい趣味とは言えないな」
「確かにいい趣味とは言えない。しかし何事にも目を光らせておかないと不安になってしまうたちなんだ」
悪びれる様子もなく彼は続ける。
「私のことを詳しく知るものは今のところ運び屋ただ一人だが、次いで詳しいのはおそらく君だろう。……だから頼みがある」
ラジオから流れるオールディーズの曲に混じってカチリと金属音が鳴り、ヴィクターの機体から大量のキャップが零れ出た。
「ネリス空軍基地を懐柔してくれた彼女に次は大事な大事な仕事を任せたくてね。君にこれ以上余計な知識を仕入れてほしくないんだ。私の人となりや言葉はふたりだけの秘密にしておきたい」
キャップの山にキャップがひとつ、またひとつと落ち続ける。運び屋と縁を切れと暗に告げているその音は甲高く、そしてあまりにも軽い。
「君はもう役目を終えた。見せ場は過ぎ去ったのだよ」
その発言から画面の中の男に人間性というものが完全に失われてしまっていることを私は思い知った。そして、彼がすべて金で思い通りに動かせると心底から思っているということも。ふつふつとした感情が私の奥底から沸いてくる。運び屋が私の亡くした妻にあまりにも似ているということ。その理由についてあるときから考えが浮かび、しかしあまりに非人道的すぎるとその考えを打ち消していたが、画面の中の男がこのありさまなら私の予測は当たっていたのかもしれない。
「ひとつ、教えてほしい」
「なにかね」
「運び屋が私の妻によく似ているのは、偶然なのか」
ふっふ、と画面の中の男は笑った。
「君は知りたがりなのだな。しかし私も君のことは知っているぞ。君と君の奥さんがVAULT21出身で幼なじみだったいうことや、君が小さい頃は妙なあだ名で呼ばれていたことなんかをな」
「……運び屋から聞いたのか?」
「いいや?この目で見ていた。我が街に暮らしていた住民のことなら長い間、しかも四六時中、ずっとね」
物心つく前からセキュリトロンがニューベガスの街を歩き回っていた記憶が朧気に、しかし確かに蘇った。初老に差し掛かっている私をかつて見守っていた大人たちはもうほとんとがすでにこの世を去っている。にも関わらず、さも見てきたかのように言い放つこの男の異様さは一体何なのだろう。200年前の大戦以前から今に至るまでストリップ地区の支配者と噂されている存在は背筋を粟立たせた私に朗々と語り始める。
「君がグッドスプリングスに住んでいて、しかも医者をやっていることはたまたまだった。私の大切な荷物が見つかった。その荷物を“本命”が運ぶ途上にグッドスプリングスがあった。私の配下が悪い気を起こしたのもたまたまだ。すべてたまたまそこにあった。
そこで私は考えた。どうすれば私の思った通りに物事が起こるか。どうすれば私に都合よく物事が運ぶか。悪い気を起こしたやつがどこでなら荷物を奪いやすいと判断するか。不幸にも撃たれてしまった運び屋をどんな姿にすれば近場の医者が見捨てず助けてくれるか。
……答えは簡単だ。私に都合のいい駒を作ればいい。
マサチューセッツのあたりには昔から研究施設が数多くあってね。大戦によって地表のものは壊滅したが、私のように先を読んでいた人々は地下深くにその拠点を移していた。彼らは私の財力を認めると技術を提供すると言ってくれたよ。髪の毛一本でも有れば人ひとりを複製できるという技術をね。
だが完全には再現することはできないということだった。あの核爆弾のせいで遺伝子情報が傷ついているせいだとか言っていたかな。複製品に欠陥が現れる率はなかなか高くてね。君の奥さんにそっくり、かつ使い物にになる“運び屋”を造るまでに“廃棄品”がたくさん出たそうだ。時間も金もずいぶんと掛けさせられたよ」
声を上げて笑い始めた画面に映る男はもはやミステリアスでもなんでもなく、自分の偉業をしゃべりたくて仕方のない、人とも呼べぬものだった。
「人を、なんだと思っている……!」
あまりにも身勝手な化け物に対する怒りは恐ろしさに立ち尽くしていた私の手にライフルを取らせ、プロテクトロンのモニターに迷いなく発砲させた。モニターに映った男の顔は消え失せ、数発の弾痕だけが残った。撃鉄が空を撃つ音に気づいた次は銃身を振りかぶっては鉄の塊に何度も打ち付けた。狭い集落であるグッドスプリングスに住まう人たちがみな診療所に集まっていることに気づいた時にはヴィクターであった機体は物言わぬままあちこちをへこませて煙を一筋立ち昇らせていた。
「先生、」
声のする方を向くとそこには私の妻によく似た女性が立っていた。VAULT21のジャンプスーツを纏い、ネリス空軍基地のフライトジャケットを羽織った彼女は驚いた顔をしていた。人々は運び屋のために道を空け、彼女はひしゃげた銃を握ったままの私に駆け寄り、怒りから解き放たれた私はといえば握りしめていた銃をようやく離して彼女に抱きついた。縋り付くと言ったほうが正しかったかもしれない。運び屋は声を堪えて涙を流し始めた私を宥めすかしながらあとは私に任せて、と住民たちにも声を掛け、診療所の中へと導いてくれたはずだが、このときのことを私はほとんど覚えていない。
柔らかな身体の持ち主は優しげな声で何度もこう言っていた。
「何も心配いらないわ。先生のことは私が守るから」
私を慰めてくれた運び屋の姿は目覚めた時に隣に居なかった。手のしびれと身体のあちこちに感じる鈍い痛みはプロテクトロンを叩き壊すなどという慣れないことをしたせいだろう。ノロノロと起き上がり、いつもの倍ほど時間をかけて身支度を整えながら、私は墓地に眠る妻のことや無下に命を散らされた複製体たちのこと、そして運び屋のことを思っていた。彼女とは朝食を共にして見送りに行くまでがいつものことであったから、何も言わずに出立を決めたといういつにない行動には軽い胸騒ぎを覚え、心配をしていた。
ラジオの電源を入れて椅子に腰掛け、処置台をぼんやり見つめる私の耳にオールディーズが流れてくる。Mr.ニューベガスが曲の合間に短いニュースを読み上げるその調子はいつも通りのものだった。
『Mr.ハウスが死んだ』
耳を疑う報せに椅子から半身を浮かせたが筋肉痛でおぼつかず、また背もたれに体重を戻す羽目になってしまった。昨日のヴィクターの姿を借りた彼との邂逅や、激高の末の私の行動が脳裏を過ぎる。
「何も心配いらないわ。先生のことは私が守るから」
そして運び屋が何度も言い聞かせてくれたあの言葉も。ラッキー38に大戦以来初めて立ち入った人物が彼女であると知る人ならば、Mr.ハウスの死因に関わる者もまた彼女だと想像しているだろう。しかしラジオの語り部はMr.ハウスが死んだというそれ以上でも以下でもない内容をその次もそのまた次のニュースでも同じことを言い続け、私は椅子に体重を預けたまま様々のことに思いを馳せた。
「先生、」
ラジオのオールディーズとニュースが幾度流れただろう。行き先も告げず私の元を離れていた運び屋が椅子に座ったままだった私の前に立っていた。彼女はどこかしら不安げな表情で私を呼んだきり、立ち尽くすことしかできないようだった。私の庇護欲は高まり、節々の身体の痛みも忘れて椅子から立ち上がると彼女を抱き寄せる。
「Mr.ハウスとお別れしてきたわ」
ごく新しい硝煙の香りがジャンプスーツから漂っている。そうか、とだけ返して労いと慰めの意を込めて背中をぽんぽんと叩いているとおずおずとした手は私の身体を彷徨って、ついにはひしと抱き返してきた。縋り付くと言ったほうが正しかったかもしれない。彼女の抱える不安は自らの正体に因むものか、それとも彼と決別せざるをえなかったことの後悔だろうか。運び屋がこれから何を求めるとしてもすべて受け入れられるという漠然とした予感を私は持っていた。私は彼女を愛している。彼女が私の妻の複製体であろうと。ニューベガスの支配者を屠った断罪者であろうと。この街の命運をその身に背負い、滅ぼすことすら可能なただひとりの存在であろうと。
耳馴染みの良いオールディーズと互いの体温を感じ取れるだけの時間がただ過ぎていく。妻の面影を纏う愛しい運び屋を胸に抱きながら、私は彼女からあらゆる不安が取り除かれ心穏やかであれるようにと慰め慈しみ、願い続けていた。