「警戒されているみたいだなぁ……」
ロングビルからの忠告やすれ違った教師たちの態度から考え、一真は自身が学院内で監視されていることを察した。
実際のところ、それは適切な判断だろう。
決闘の件で目立ったのは才人もなのだが、一真は身なりから問題であった。
ヌーイとの決闘に関しては、彼の日頃の態度や騒動までの経緯から大きな問題にはされていなかった。だが、一真個人についてはそうもいかないらしい。
タバサに目立つなと言われた手前、おとなしく部屋に戻ろうと歩いていると見慣れた姿の生徒と顔を合わす。
「あら」
その生徒は、キュルケだった。
「こんにちは、傭兵さん。今日はタバサと一緒じゃないの?」
彼女もまた、一真が一人でいることに疑問を感じたようだ。まだ数日しか経っていないというのに、そんなに一緒に居ないのが不思議なのだろうか。
「彼女なら用事があるといって、出かけてしまったよ」
「あなただけを残して?」
「ああ。しかし、やれることがなくてな。ヒマになっている」
一真から事情を聞いたキュルケは、驚いた表情を浮かべた。
他人に興味を持たないあのタバサが自分の留守を任せる。一真は、それを単に放置されただけと思っているのだが、キュルケからしたら意外なことらしい。
「……じゃあ、今フリーってわけね」
小さく聞こえないほどの声で呟いたキュルケは、手をぽんと叩いてから一真に提案をする。
「ねえ、傭兵さん。よろしかったら、あたしに付き合ってくださらない?」
「付き合う?」
「ええ。あたし、今ものすごく夢中になっているものがあって、それを手伝ってほしいのよ」
早い話、暇なら自分に付き合えということである。
今までの一真なら、特にやることもないので二つ返事で了承したかもしれない。だが、今回は事情が違った。
「悪いけど、やめといた方がいい」
「あら、どうして?」
首を傾げるキュルケに対して、一真は周囲を見渡す。露骨な視線を向ける者はいないが、一真の姿を時折気にしている者がいる。
「どうも、学院側から警戒されているらしい。そんな危険な男と一緒にいても困るだろ?」
学院が監視する要注意人物。同行を断る理由としては十分だろう。
そう思っていた一真だったが、キュルケの反応は一味違った。
「ふーん……だったら、むしろあたしと一緒に居た方がいいんじゃない?」
「は?」
キュルケが誘いを諦めることはなかった。
「生徒が自分から傍に置く人なら危険はないって思うでしょ?」
「そう、なるのか……?」
キュルケの言う事にも一理ある。教師たちからの警戒を少しでも解けるならば、彼女の要求を飲むのも悪くない。一真にとっては、良い条件かもしれない。
「と、いうわけで……。よろしくね、傭兵さん♪」
そんなこんなでキュルケに同行することになった一真。しかし、やっていることは小間使いのようなものである。
荷物を代わりに持つ。雑談に付き合う。キュルケは、休み時間のたびに一真を連れ回した。
周りの生徒の視線が集まり、まるで見世物のようなものだったが、キュルケは満足そうであった。
「あなたが居てくれると周りが静かでいいわ~」
一番の変化は、これである。
キュルケの周囲には常にといってもいいほど男子生徒が集まることが多い。その優れた容姿で、何人もの男子生徒を魅了してきたのだ。
それについては、キュルケの性格というか本質に近いものなので、一真もとやかく言うつもりはない。
「俺は視線が多くて困るがな……」
問題はそんなキュルケと一緒にいることで、周りの男子生徒から嫉妬や妬みを含んだ視線を貰っていることである。
これが普通の学院の生徒だったら、彼らも因縁をつけてきたことだろう。しかし、キュルケの隣にいるのは、先日決闘で魔法も使わずにヌーイを倒したという傭兵だ。絡んでくることはなかった。
「これだと目立つだけな気がするんだけど?」
「いいじゃない。警戒されるよりマシでしょ?」
それ以前に目立つことを避けたいと思う一真。これで変な噂が立って、タバサの耳に入ったらどうしたものか。
そんなことを考え、悩む一真の顔を見つめるキュルケ。
「……あの子のお気に入りっぽいし。手を出すわけにはいかないわよね」
小さく呟いた彼女の言葉。
「ん? 何か言ったか?」
考え込んでいた一真には、その声は聞こえていなかった。
「いえ、別に? ……それじゃあ満足したし、そろそろ手伝いをお願いしようかしら?」
「……今までのは暇つぶしか。で、何をすればいいんだ? 言っておくが、出来ることは限られるぞ」
街への買出しなどを頼まれても、地理や硬貨すらも把握していない一真には出来ないことである。
しかしそんなことじゃない、と首を振るキュルケ。
「大丈夫。むしろ、あなたが適任だから」
一真に適任。
出会って間もないキュルケがそう思えるようなことがあるのだろうか。この学院でやったことといえば決闘ぐらいなのだが、彼女がそんな頼みをするとは思えない。
「最近、気になっていることがあるのよ。あなたなら、お願い出来ると思って」
いったい何かと一真が身構えていると、キュルケが口を開いた。
「ゼロのルイズが召喚した彼をあたしの部屋に連れて来て!」
心の中でズッコケた一真だった。
「気が進まないな……」
その日の夜。寮の廊下。一真は、ルイズの部屋から才人が出てくるのを待っていた。
油断していた。決闘を終えた次の展開ではキュルケが才人の事を気に入り、彼を誘惑してルイズが止めに入るという流れがしばらくのお約束になるのだ。
断ろうともしたのだが……
「断ってもいいけど……。学院内で変な噂が流れるかもしれないわね〜?」
……と半ば強制的に協力させられることになってしまったのだった。
無視して部屋に戻ることも出来るのだが、このタイミングで才人がキュルケの部屋に向かわなければ、この展開が変わってしまう可能性がある。一真としては、それは避けたいところ。
「はあ……」
座り込んでため息をつく一真に、キュルケの使い魔であるフレイムが近寄る。キュルケの部屋に向かうための口実として、彼女から一時的に預かったのだ。半分は監視の目的もあるかもしれないが。
「君は良い子だな、フレイム」
その人懐こさについフレイムの頭を撫でる一真。身体から出ている火は、思ったよりも熱くはなかった。撫でられて喜んでいるのか、フレイムはきゅるきゅると嬉しそうな鳴き声をあげてくれた。
フレイムの可愛さに癒されていると、扉が開く音が聞こえ、才人とルイズの声が聞こえてきた。
「なにすんだよ?」
「だって、寝ているときにわたしが忍び込んできたら困るでしょう?」
ルイズは、藁束をほっぽり出していた。たしか、才人が寝床として使っているものだったはずだ。
「部屋の外は、寒いんだけど」
「大丈夫よ。きっと、夢の中のわたしが暖めてくれるわ」
才人が毛布を持って部屋から出てくる。いや、追い出されたと言った方が正しいだろう。ドアが閉められ、ガチャリと音が聞こえた。
やれやれといった様子で才人は毛布に包まり、藁束に寝転び出した。
「……フレイム、行ってくれるか?」
一真が頼むと、フレイムは才人の方に向かって歩き出した。主人にそう命令されているからなのか、一真の指示にもちゃんと従ってくれる。使い魔というのは、どうも賢い子が多いようだ。
フレイムに才人が気づいたタイミングで、一真はフレイムの後を追うようにして歩き出す。
「な、なんだよお前……って、一真さん?」
「そんなところで何をしてるんだ?」
「い、いやぁ、授業中に寝てて見た夢の話をルイズに話したらこんなことに……」
「……ちなみに、どんな夢だ?」
「普段ツンツンしてるけど、ベッドの中じゃ甘えんぼさんだな……みたいな?」
「それと、何をしたんだ?」
「朝寝てる時に顔に落書きしたり……パンツのゴムを切ったり……」
しっかりと原作通りであった。このお調子者なところが彼の良さでもあり、悪さでもある。しかし、こう何度もルイズを怒らしているのは、さすがに自業自得といえるだろう。
「そ、そういう一真さんこそどうしてここに?」
一真の呆れた表情を見て、才人は話題を変えようとする。
タバサの部屋はここから近いというわけでもないので、この場所に一真がいる事が不思議なのだろう。
「ちょっと、この子の世話を頼まれてな。今から返しに行くところだ」
一真は、ルイズの隣の部屋……キュルケの部屋を指さしながら答えた。
もちろん、嘘である。才人が出てくるのを待っていたなどと言う訳にはいかない。
そんな話をしている内に、フレイムがちょこちょこと才人に近づいて上着の袖を咥えだした。
「おいやめろって。毛布が燃えるだろ」
才人がそう言っても、フレイムは離れようとしない。ぐいぐいとついてこいと言うように才人を引っ張る。さすがにフレイムだけの力で才人を引っ張るということは出来ないようだ。
「気に入られたみたいだな」
「何だって急に……」
「悪いけど、一緒にキュルケの部屋まで来てくれないか? そうすれば、この子も諦めるだろう。それに……」
一真は、藁束を見てから言葉を続ける。
「少なくとも、ここにいるよりは暖まれるだろう?」
「まあ、いいですよ。こいつ、あったかいし」
暖を取る、という名目でキュルケの部屋に入るという誘いを聞き入れる才人。
これで目的は達成なのだが、どうも一真の中には晴れない気持ちがあった。
「キュルケ、連れてきたぞ」
キュルケの部屋のドアをノックする一真。隣にはフレイムに引っ張られたままの才人が居る。この場合の連れてきたというのは、どちらのことを指しているのだろうか。
「開いてるわよ~」
キュルケの返事を聞いて、一真がドアを開けるとフレイムが一番に部屋に入ろうとする。フレイムに服の裾を咥えられている才人も、それにつられて部屋の中に入っていく。
一真はドアを開けただけで、その場からは動いていない。
「すまん……」
才人とフレイムがキュルケの部屋の中に入っていったところで、一真はドアを閉めた。
「え? 一真さん!?」
ドアの向こうから才人の声が聞こえたが、聞こえない振りをする。
「ねえ、こっちにきて?」
少ししてから、キュルケの声が聞こえた。妙に妖艶というか、色っぽい喋り方をしている。
じきに二人が会話をしだしたところで、一真はドアから離れた。これ以上、二人の会話に聞き耳を立てるのはまずいだろう。
「なにをやってるんだ、俺は……」
無事に原作通りに話を進めたといえばそうかもしれないが、そもそも自分が余計なことをしなければこんなことをする必要もなかったのではないかと後悔する。
一真がその場から去ろうとした時だった。
「どうしてもって言うなら部屋に入れてあげても……って、あれ?」
ルイズの部屋のドアが開き、ルイズが顔を出した。そこに居るはずの才人がいないことに首を傾げている。
ちなみに、今のルイズはネグリジェ姿だ。もう寝ようとしたところで才人の様子を確認しに出てきたのだろう。なんだかんだ優しい子である。
きょろきょろと周りを見渡している内に一真と目が合った。
「ちょっとあんた!」
部屋から出てきたルイズに呼びかけられた一真はやれやれと頭を搔く。どうやら、ここからすぐに去ることは許されないらしい。
「そんな格好で出歩くものではないんじゃないか?」
「そんなことより、あたしの使い魔がどこに行ったか知らない!?」
そんなことじゃないだろ、と思いながらも凄い剣幕で迫ってくるルイズに対してどう答えたものかと考える。
そんなやり取りをしていると、キュルケの部屋の中が騒がしくなってきた。
「待ち合わせの時間はとっくに過ぎているぞ!」
「そいつは誰だ!」
「恋人はいないって言ってたじゃないか!?」
そんな叫び声が聞こえたかと思えば、小さな爆発音が鳴り響く。それが何度か繰り返された。
声の正体は、おそらくキュルケの取り巻きの男子生徒たちだ。約束の時間になっても彼女が現れないため、キュルケの部屋に窓から乗り込むも、才人との時間を邪魔されないようにとキュルケが炎魔法で吹き飛ばしたところだろう。
「この部屋で何が起きてるの!?」
一真を問い詰めるルイズ。
何が起きているかと聞かれるとキュルケが才人を誘惑している……というのが答えなのだが。
「……まさか!?」
一真は答えなかった。
ただ、キュルケの部屋へ視線を向ける。それだけで十分だった。
ルイズは何かを察したようにドアをものすごい勢いでキュルケの部屋へと飛び込んでいった。
「キュルケ!」
そこからはもう、お約束の展開である。
キュルケの実家であるツェルプストー家は、ヴァリエール家の恋人を先祖代々奪ってきたという因縁がある。そんな仇敵同士の二人。
実際は恋人というわけではないが自分の使い魔に手を出されることを許せないルイズに自分の恋は宿命というキュルケの言い争い。
その間に挟まれる才人の事を考えると、一真の中に罪悪感が生まれる。原作通りの流れに出来たとはいえ、この状況を作ったのは自分なのだから。
「明日謝るか……」
今の三人の中に入る気にはなれなかった一真は、才人への謝罪は先送りにしてその場から離れるのだった。
色々なことが起きた一日を終えて、一真はようやく部屋へと戻るのだった。
用事を終えたタバサは、学院に戻ってきた。
窓から自室に入ると、妙に疲れた顔をした傭兵が毛布に包まって座り込んでいる姿を確認する。
「……どうしたの?」
その様子がさすがに気になったタバサは、一真に尋ねる。
決闘で貴族を打ち倒し、人攫い相手にも立ち向かった。実力は評価している彼の疲労困憊な姿。また、何かトラブルが起きたのだろうか。
タバサの問いかけに対して、少し遅れて、ゆっくりと顔を上げた一真は、今日一日の感想を口にする。
「おかえり、主殿。君の友人は、その、とても……ユニークだね」
言葉の意図がわからず、タバサは首を傾げるのだった。
「何があったの?」
「……聞きたい?」
「別に」
「なら聞かない方がいい」
原作がどうだとか、そういう理由ではなかった。ただただ、説明するだけで頭が痛くなりそうだったからだ。
タバサの出番が少なすぎる……