城壁の外側、朝焼けに赤く染まった地平線の彼方より、土煙と共に立ち上がる無数の巨躯。そして、街の内側から響き渡る、鎧の巨人の咆哮。それはまさしく、人類に対する神々の怒り如き戦慄すべき音律であった。退路は塞がれた。我々は、内なる地獄と外なる深淵とに挟撃されたのである。兵団はたちまち二つの戦場へと分断され、俺は予備の雷槍を背負うがゆえに、獣の巨人が跋扈する壁外への対応を命じられた。
ピークの忠告が、腐った毒蛇のごとく脳裏をよぎる。『あそこは、危ないんじゃないの』。そうだ、これは罠だ。名状しがたい悪意によって巧妙に張り巡らされた蜘蛛の巣なのだ。だが、今はその忌まわしい予言に戦慄している暇はない。俺はただ、目の前で断末魔を上げようとしている仲間たちを生かすことだけを考えねばならぬ。それだけが、この冒涜的な世界における唯一の救済なのだから。
朝焼けの光は残酷であり、獣の巨人の異形をくっきりと浮かび上がらせていた。その長い四肢が指揮棒のごとく振るわれるたび、地面からは次々と新たな巨人が這い出し、馬たちが絶望的な嘶きを上げる。俺は震える指で雷槍を装着し直した。金属の冷たさが、唯一の現実として俺に触れている。
「ここまで、既に来ているなんて」
俺は誰にともなく、否、己自身に言い聞かせるようにそう告げた。そして俺は、あの忌まわしき獣が潜む壁外へと、身を躍らせたのである。生存あるいは破滅。その測り知れない深淵へ向けて。俺たちに残された道は、もはや前進あるのみなのだから。
左右より押し寄せる冒涜的なる肉塊の奔流。それら巨人の軍勢は、まるで名状しがたい飢餓の衝動に駆られ、あるいは目に見えぬ糸によって操られでもするかのように、我らが退路を塞がんと殺到してきたのである。もはや生存の可能性は、刃の刃先のごとき極小の空間へと押し潰されんとしていた。
俺は外套の下、懐に残された雷槍の数を、震える指先でただひたすらに数え続けていた。否、数えるまでもない。あの忌まわしき獣の巨人を仕留めるためには、決して温存せねばならぬ予備が残されているのである。ならば、この一発ごとに宿すべきは、最早、個々の巨人を屠るという安易なる英雄志望などではない。ただ、眼前の窮地を凌ぎ、味方の血路を開くという、矮小にして測り知れない意味のみ。
俺は巨人の群れの間を、まさに死の舞踏のごとく縫いながら飛翔した。狙うは、醜悪なるうなじにあらず。奴らの踏み出す脚部、それも隊列の要となる箇所である。引き金を引く。雷槍が唸りを上げ、先頭の巨人の膝裏へと突き刺さり、炸裂した。
轟音と共に脚を失った巨躯が、碑のごとく崩れ落ちる。その背後から迫り来ていた後続の巨人が、避ける間もなくその肉壁へと激突し、無様な躓きを見せる。一撃が、多数を呑み込む連鎖的破滅。その爆風は、俺の外套を無慈悲に煽り、土煙と巨人の蒸気が混ざり合う白濁した霧の中へと俺を押しやった。
全てを救うことなど、最初から不可能なのだ。今この瞬間に救える者だけを、冷徹なる計算のもとに優先するほかない。焦燥という名の毒を腹の底へ押し殺し、俺はただ次の射線を、ただ一筋の生路を求めて双眼を走らせる。
俺は崩れ落ちゆく巨人の肩へ、アンカーを容赦なく打ち込んだ。ワイヤーが唸り、俺の体は上空へと躍り出る。眼下には、なおも蠢く忌まわしき群れ。土埃の向こう、馬の断末魔のごとき嘶きが、絶え間なく響く戦場の深淵にて、俺は別の巨人の足元へと新たなる鉄槌を下さんと、狙いを定めたのである。
交戦の狂乱が頂点に達せんとした、そのまさに瞬間であった。忌まわしき獣の巨人が、その長腕を天高く掲げたのである。手中には、家屋ほどもあろうかと思われる巨岩が握られている。否、ただ掲げたのではない。俺の目は、奴の肩の筋肉が不気味に隆起し、肘がしなやかに、そして凶暴なる角度へと曲げられてゆく様を、凍りついた思考の中で克明に捉えていた。あれは投擲の予備動作である。名状しがたい戦慄が背髄を駆け上がり、俺は喉が裂けんばかりに絶叫した。
「散開ッ! 来るぞッ!」
しかしその叫びが虚空に消えるより早く、獣は冒涜的なる一撃を放ったのである。
空が、陥没した。
朝焼けの淡き光を遮り、視界を埋め尽くす無数の黒点。それらが一瞬にして巨大化し、死そのものの塊として降り注ぐ様は、まさに神罰か、あるいは宇宙の無慈悲なる物理法則の具現化であった。音は消えた。恐怖すらも遠のき、俺の意識にはただ、飛来する岩石の軌道と、風の抵抗と、木々の折れる角度と、不可避なる着弾地点との、冷徹なる幾何学的計算のみが浮かび上がる。
(避ける。あの軌道の隙間を)
生き残れる唯一の軌道が、狂おしいほどに鮮明に見えた。俺は思考するよりも早く、ガス噴射を全開にし、付近の枯れ木と、蠢く巨人の肩へとアンカーを乱れ打った。ワイヤーが肉体を引き裂くような加速をもって俺を運びゆくその刹那、眼下では折れた建物が砕け散り、大地が生肉のごとく抉り取られていく。土煙が朝日を喰らい、世界は灰色の死で塗り潰された。
「右へ!建物の陰だッ!」
俺はなおも叫び続けた。己が生き残るためではなく、この冒涜的なる岩の雨の中に微かに残された生存の可能性へと、ただ盲目的に縋りつくために。
退路を絶つ冒涜的なる岩塊が、まさに俺という存在を虚無へと帰さんと迫り来たその刹那である。俺は咆哮のごとく雷槍の残弾を放ち、虚空にてその巨岩を粉砕した。爆炎が視界を白く染め上げ、無数の砕片が頬や外套を容赦なく切り裂くも、俺は着地することなく、飛散する石片の狭間を縫ってただ一筋の生路へと突破したのである。
生存を得たことの安堵などという微温的な感情が胸をよぎるより早く、俺の内なる理性は冷徹なる警告を発していた。あれは再び来る。あの忌まわしき獣が腕を振るう予備動作さえ見抜けば、次こそは回避可能であるという戦慄すべき確信と共に。否、回避するだけではいずれ枯れ果てる。あの投石を永劫に封じるには、奴の懐へと肉薄し、その冒涜的なる腕を止めるほかに道はないのである。
着地したその足元は、もはや平原と呼ぶべくもない。無数の陥没孔が散乱する荒野となり崩れた建物の残骸が点在し、巨人から立ち上る蒸気が土煙と混ざり合って、世界を呼吸困難の地獄へと変えていた。その土煙の彼方に、傲然と峙える忌まわしき獣の巨人の影が見える。
俺は震える指で雷槍の残数を確認した。もう幾許も残されてはいない。だが、それでいい。俺はあの獣を見据え、血の滲む唇で静かに、しかしその中に測り知れない決意と共に見つめる。