※本作はAI(Claude)を用いて執筆した二次創作小説です。
放課後の部室には、つくつくぼうしの声が届いていた。九月に入っても金沢の残暑はしぶとくて、開けた窓から入る風は、まだ夏の匂いがする。
ロゼの生地のところどころに、初代の伝統の衣装から移した古い布が走る、スリーズブーケの新衣装。三着のうち、いま手元にあるのは
七月のFes×LIVEで、お披露目はもう済ませた。おばあちゃんにも見てもらった。だから、直さなくたって誰にも叱られない。それでも吟子は、ほどいては縫い、縫ってはほどいている。——ラブライブ!大会が始まるまでには、もっともっと素敵な衣装にしてみせますから。みんなの前でそう言ったのは、ほかでもない自分だった。
それに。
……そこから先は、いつも言葉にしないことにしている。梢がこの衣装で立てるステージの数は、もう決まっているのだ。指を動かしていれば、その先を考えずに済む。ひと針、ひと針。
——時の流れに逆らうんじゃなくて、自らの手で未来へと針を進めるげん。
祖母の声は、いつも手の中に住んでいる。
廊下を、誰かが走ってくる音がした。
「吟子ちゃん! いた!」
勢いよく戸を開けたのは
「……花帆先輩、その歩き方、なんなん?」
「え!? な、なんでもないよ? あたしはただ、部室の戸締まりを確認しに……」
「戸は今、花帆先輩が開けた」
「〜〜〜っ」
花帆は観念したように立ち止まると、背中に隠していたものを、そろそろと胸の前に持ってきた。何の変哲もない、大学ノートだった。表紙には何も書かれていない。
「……あのね、吟子ちゃん。笑わない?」
「内容によるけど」
「そこは嘘でも笑わないって言うところだよ!?」
ひとしきり喚いてから、花帆は吟子の隣にすとんと座った。ノートを膝に置いて、開かない。開かないまま、指先で表紙の角ばかりいじっている。
「……書いちゃったんだ。続き」
「続き?」
「合宿の映画の、続き」
針が、止まった。
「撮っちゃだめなのは、わかってるの。映画の続きは、ラブライブ!に優勝してから——
それのどこが問題なのか、吟子には一瞬わからなかった。顔に出ていたらしく、花帆は慌てて続けた。
「だって、フライングじゃない? 約束の。それにその、あたし……合宿で言っちゃったんだ。子どもの頃、お話作る人になりたかったって。誰にも言ったことなかったのに。そしたらなんだか、栓が抜けちゃったみたいで、止まらなくて——」
そこで花帆は、あ、という顔をした。
「……そっか。吟子ちゃん、あのときいなかったんだ。衣装、直してくれてたから」
「うん。初耳」
「うう、二回目の告白……こっちのほうが恥ずかしい……」
赤くなって縮こまる花帆の横で、吟子は膝の上の袖口に目を落とした。ほどきかけの飾り縫い。三度目の。
「……花帆先輩、これ、何に見える?」
「梢センパイの衣装。……あれ、袖のところ、ほどけて——え、もしかして壊れちゃった!?」
「私がほどいたの。三回目」
「さ、三回!?」
「お披露目だって終わってるのに、変だと思う?」
「思わない!」即答だった。「だって、着るたびにかわいくなってるもん。その衣装」
気づいてくれていたのか、と思ったら、耳が少し熱くなった。吟子は針を持ち直して、手元に目を戻す。
「おばあちゃんが言ってたんだ。時の流れに逆らうんじゃなくて、自らの手で未来へと針を進めるげん、って」
口にすると、祖母の抑揚が移る。花帆は、ノートの角をいじるのをやめていた。
「だから、私のこれは……直してる、んじゃなくて」
言葉を探すあいだ、針先が宙で止まる。
「……進めてる、んだと思う。ラブライブ!の日に、この衣装が、いちばん素敵になってるように」
「……うん」
「花帆先輩のも、その、うまく言えないんだけど……続きを作っちゃった、んじゃなくて。続きに、間に合わせようとしてる……だけ、なんじゃないかな」
それから、少し迷って、付け足した。
「優勝は、来るから。来た日に、すぐ撮り始められるほうが……きっと、いい」
花帆は、まばたきを二つした。それから何か言おうとして——
「あら。ふたりとも、いたのね」
戸口に、梢が立っていた。
「吟子さん、お待たせ。フィッティング、今日でよかったかしら」
「は、はいっ、お願いします!」
吟子が立ち上がるのと、花帆がノートを背中に隠そうとするのが同時だった。慌てたせいで手が滑る。ノートは床に落ちて、よりにもよって、開いた。
「あっ——」
梢がかがんで、拾い上げる。閉じる前に、その目が開いたページの上をひとつ、すっと横に動いたのが、吟子の位置からも見えた。花帆の顔が赤くなり、それから白くなった。
「……ふふ」
「わ、笑った! 梢センパイ、いま笑いましたね!?」
「いいえ?」梢はノートを閉じ、表紙をひと撫でして、花帆に返した。「感想はひとつだけよ。——私にとっては、ラブライブ!を優勝するための、お話ね」
「……へ?」
「あなた、優勝した日の朝になってから、慌てて続きを考えるつもりだったの? 撮影には脚本が要るのよ。書き溜めておきなさいな。締め切りから逆算するのは、私の得意分野だもの」
花帆は、ぽかんと口を開けて、それからじわじわと、朝顔が開くみたいに笑った。
「それに」と、梢はほんの少しだけ声を落とした。「続きがもう始まっているなんて知ったら、喜ぶでしょうね。小鈴さんも。……あの子の、大切なお友だちも」
フィッティングは、つつがなく進んだ。
姿見の前に立った梢の袖丈を確かめ、肩のラインに指を這わせ、腰の切り替えに待ち針を打つ。梢は吟子の手の動きに合わせて、静かに腕を上げたり下ろしたりしてくれる。ふと、その手が止まった。
「……吟子さん。この袖の裏、これは?」
心臓が、跳ねた。
袖口の裏——着てしまえば絶対に見えない場所に、小さな縫い取りがある。緑と、橙がかった黄色と、水色。三本の細い糸が、一箇所で
「そ、それは、その」
観念するしかなかった。
「お……おまじない、です。スリーズブーケは、ロゼの花束だから。花束は、一本きりじゃ花束にならないから……三人ぶんの色が、いつも一緒にステージに立てますように、って。勝手なことをして、すみません。私なんかが——」
言いかけた言葉を、吟子は口の中で噛みつぶした。代わりに、待ち針を一本、針山に戻した。
梢は何も言わずに、袖口の裏の三色を、指先でそっと撫でた。姿見の中の梢は一瞬だけ泣きそうに見えて、けれど次にまばたきをしたときには、いつもの顔で笑っていた。
「……ありがとうね、吟子さん」
「あーーっ!!」
叫んだのは花帆だった。
「あたしの衣装は!? ねえ、あたしのには入ってないの!?」
「花帆先輩のには、最初から入ってるよ」
「えっ」
「九着のうち、一番最初に縫い上げたのが花帆先輩のだから。……お披露目からふた月、気づいてなかったんだ」
「〜〜〜っ、今から見る! 隅々まで見るからね!!」
帰り支度を終える頃には、つくつくぼうしの声はやんで、窓の外は薄い
吟子は衣装を
「花帆」戸口で、梢が振り返った。「そのお話、表紙に何も書いていないのね。タイトルは?」
「書かないんです」花帆はノートを胸に抱えて、えへへ、と笑った。「タイトルはね、最後につけるんですよ。——ううん」
それから、ちょっとだけ考え直すみたいに、首をかしげた。
「最後じゃ、ないか」
三人ぶんの足音が、夕方の廊下に重なる。窓の外の空は、まだ夏の色をしていた。この空の下で、針は進む。ノートのページも、きっと進む。ラブライブ!の日まで。
……その先へも。