お披露目の済んだ衣装の袖口を、吟子(ぎんこ)は三度ほどいて、縫い直している。そこへ花帆(かほ)が、表紙に何も書かれていない大学ノートを抱えてやってきた——それは、みんなとの約束のフライング、かもしれないもの。104期の九月、(こずえ)のフィッティングの日。スリーズブーケの、針と物語の話。

※本作はAI(Claude)を用いて執筆した二次創作小説です。

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第1話

 放課後の部室には、つくつくぼうしの声が届いていた。九月に入っても金沢の残暑はしぶとくて、開けた窓から入る風は、まだ夏の匂いがする。

 百生(ももせ)吟子(ぎんこ)は姿見を窓際に引き寄せ、膝の上の衣装に針を進めていた。

 

 ロゼの生地のところどころに、初代の伝統の衣装から移した古い布が走る、スリーズブーケの新衣装。三着のうち、いま手元にあるのは(こずえ)のものだ。袖口の飾り縫いをほどくのは、これで三度目になる。

 七月のFes×LIVEで、お披露目はもう済ませた。おばあちゃんにも見てもらった。だから、直さなくたって誰にも叱られない。それでも吟子は、ほどいては縫い、縫ってはほどいている。——ラブライブ!大会が始まるまでには、もっともっと素敵な衣装にしてみせますから。みんなの前でそう言ったのは、ほかでもない自分だった。

 

 それに。

 

 ……そこから先は、いつも言葉にしないことにしている。梢がこの衣装で立てるステージの数は、もう決まっているのだ。指を動かしていれば、その先を考えずに済む。ひと針、ひと針。

 

 ——時の流れに逆らうんじゃなくて、自らの手で未来へと針を進めるげん。

 

 祖母の声は、いつも手の中に住んでいる。

 廊下を、誰かが走ってくる音がした。

 

「吟子ちゃん! いた!」

 

 勢いよく戸を開けたのは花帆(かほ)だった。開けておいて、なぜか何かを背中に隠し、そのまますり足で入ってくる。

 

「……花帆先輩、その歩き方、なんなん?」

「え!? な、なんでもないよ? あたしはただ、部室の戸締まりを確認しに……」

「戸は今、花帆先輩が開けた」

「〜〜〜っ」

 

 花帆は観念したように立ち止まると、背中に隠していたものを、そろそろと胸の前に持ってきた。何の変哲もない、大学ノートだった。表紙には何も書かれていない。

 

「……あのね、吟子ちゃん。笑わない?」

「内容によるけど」

「そこは嘘でも笑わないって言うところだよ!?」

 

 ひとしきり喚いてから、花帆は吟子の隣にすとんと座った。ノートを膝に置いて、開かない。開かないまま、指先で表紙の角ばかりいじっている。

 

「……書いちゃったんだ。続き」

「続き?」

「合宿の映画の、続き」

 

 針が、止まった。

 

「撮っちゃだめなのは、わかってるの。映画の続きは、ラブライブ!に優勝してから——小鈴(こすず)ちゃんがそう決めて、みんなで約束したんだもん。でもね、頭の中で、続きが勝手に始まっちゃうの。ご飯食べてても、お風呂に入ってても、授業中でも。それで……書いちゃった。脚本じゃないよ、お話。文章の。こっそり」

 

 それのどこが問題なのか、吟子には一瞬わからなかった。顔に出ていたらしく、花帆は慌てて続けた。

 

「だって、フライングじゃない? 約束の。それにその、あたし……合宿で言っちゃったんだ。子どもの頃、お話作る人になりたかったって。誰にも言ったことなかったのに。そしたらなんだか、栓が抜けちゃったみたいで、止まらなくて——」

 

 そこで花帆は、あ、という顔をした。

 

「……そっか。吟子ちゃん、あのときいなかったんだ。衣装、直してくれてたから」

「うん。初耳」

「うう、二回目の告白……こっちのほうが恥ずかしい……」

 

 赤くなって縮こまる花帆の横で、吟子は膝の上の袖口に目を落とした。ほどきかけの飾り縫い。三度目の。

 

「……花帆先輩、これ、何に見える?」

「梢センパイの衣装。……あれ、袖のところ、ほどけて——え、もしかして壊れちゃった!?」

「私がほどいたの。三回目」

「さ、三回!?」

「お披露目だって終わってるのに、変だと思う?」

「思わない!」即答だった。「だって、着るたびにかわいくなってるもん。その衣装」

 

 気づいてくれていたのか、と思ったら、耳が少し熱くなった。吟子は針を持ち直して、手元に目を戻す。

 

「おばあちゃんが言ってたんだ。時の流れに逆らうんじゃなくて、自らの手で未来へと針を進めるげん、って」

 

 口にすると、祖母の抑揚が移る。花帆は、ノートの角をいじるのをやめていた。

 

「だから、私のこれは……直してる、んじゃなくて」

 

 言葉を探すあいだ、針先が宙で止まる。

 

「……進めてる、んだと思う。ラブライブ!の日に、この衣装が、いちばん素敵になってるように」

「……うん」

「花帆先輩のも、その、うまく言えないんだけど……続きを作っちゃった、んじゃなくて。続きに、間に合わせようとしてる……だけ、なんじゃないかな」

 

 それから、少し迷って、付け足した。

 

「優勝は、来るから。来た日に、すぐ撮り始められるほうが……きっと、いい」

 

 花帆は、まばたきを二つした。それから何か言おうとして——

 

「あら。ふたりとも、いたのね」

 

 戸口に、梢が立っていた。

 

「吟子さん、お待たせ。フィッティング、今日でよかったかしら」

「は、はいっ、お願いします!」

 

 吟子が立ち上がるのと、花帆がノートを背中に隠そうとするのが同時だった。慌てたせいで手が滑る。ノートは床に落ちて、よりにもよって、開いた。

 

「あっ——」

 

 梢がかがんで、拾い上げる。閉じる前に、その目が開いたページの上をひとつ、すっと横に動いたのが、吟子の位置からも見えた。花帆の顔が赤くなり、それから白くなった。

 

「……ふふ」

「わ、笑った! 梢センパイ、いま笑いましたね!?」

「いいえ?」梢はノートを閉じ、表紙をひと撫でして、花帆に返した。「感想はひとつだけよ。——私にとっては、ラブライブ!を優勝するための、お話ね」

「……へ?」

「あなた、優勝した日の朝になってから、慌てて続きを考えるつもりだったの? 撮影には脚本が要るのよ。書き溜めておきなさいな。締め切りから逆算するのは、私の得意分野だもの」

 

 花帆は、ぽかんと口を開けて、それからじわじわと、朝顔が開くみたいに笑った。

 

「それに」と、梢はほんの少しだけ声を落とした。「続きがもう始まっているなんて知ったら、喜ぶでしょうね。小鈴さんも。……あの子の、大切なお友だちも」

 

 フィッティングは、つつがなく進んだ。

 姿見の前に立った梢の袖丈を確かめ、肩のラインに指を這わせ、腰の切り替えに待ち針を打つ。梢は吟子の手の動きに合わせて、静かに腕を上げたり下ろしたりしてくれる。ふと、その手が止まった。

 

「……吟子さん。この袖の裏、これは?」

 

 心臓が、跳ねた。

 袖口の裏——着てしまえば絶対に見えない場所に、小さな縫い取りがある。緑と、橙がかった黄色と、水色。三本の細い糸が、一箇所で()り合わさるように。

 

「そ、それは、その」

 

 観念するしかなかった。

 

「お……おまじない、です。スリーズブーケは、ロゼの花束だから。花束は、一本きりじゃ花束にならないから……三人ぶんの色が、いつも一緒にステージに立てますように、って。勝手なことをして、すみません。私なんかが——」

 

 言いかけた言葉を、吟子は口の中で噛みつぶした。代わりに、待ち針を一本、針山に戻した。

 梢は何も言わずに、袖口の裏の三色を、指先でそっと撫でた。姿見の中の梢は一瞬だけ泣きそうに見えて、けれど次にまばたきをしたときには、いつもの顔で笑っていた。

 

「……ありがとうね、吟子さん」

 

「あーーっ!!」

 

 叫んだのは花帆だった。

 

「あたしの衣装は!? ねえ、あたしのには入ってないの!?」

「花帆先輩のには、最初から入ってるよ」

「えっ」

「九着のうち、一番最初に縫い上げたのが花帆先輩のだから。……お披露目からふた月、気づいてなかったんだ」

「〜〜〜っ、今から見る! 隅々まで見るからね!!」

 

 帰り支度を終える頃には、つくつくぼうしの声はやんで、窓の外は薄い茜色(あかねいろ)になっていた。

 吟子は衣装を衣桁(いこう)に掛け、裁縫箱を棚に戻す。袖口の飾り縫いは、四度目をほどくかもしれない。それでいいのだと、今日は思える。

 

「花帆」戸口で、梢が振り返った。「そのお話、表紙に何も書いていないのね。タイトルは?」

「書かないんです」花帆はノートを胸に抱えて、えへへ、と笑った。「タイトルはね、最後につけるんですよ。——ううん」

 

 それから、ちょっとだけ考え直すみたいに、首をかしげた。

 

「最後じゃ、ないか」

 

 三人ぶんの足音が、夕方の廊下に重なる。窓の外の空は、まだ夏の色をしていた。この空の下で、針は進む。ノートのページも、きっと進む。ラブライブ!の日まで。

 

 ……その先へも。

 


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