「チチ、どういう状況だ…?」
「…この悲鳴で想像がつかんか、一坊?」
「カカさんの…出産が始まっているんだね…?」
「ああ…そうや。正確には産卵やけどな、アカシア。まるで…赤ん坊が、父親が離れたのが嫌でカカの腹から飛び出そうとしているみたいに急成長を始めたんや…」
扉の向こうでは、駆けつけたアカシアやフローゼ、一龍たちが固唾を呑んで見守っている。ニトロの歴史をひっくり返す、愛と奇跡の「産卵」が、二鳥の家の寝室でいよいよ始まろうとしていた。
「カカは…カカは無事なのか!お腹の子どももだ!」
「わからん…!ニトロの産卵ちゅう、イレギュラーの情報が全くないからな…ただ一つ、この急激な成長はカカの身体に負担がでかすぎる…」
「何か…何かできることはないのかよ!チチ!」
「ない。あるとすればそれは…」
「なんだ…。何なんだ!教えてくれ!」
次郎と三虎の悲鳴にも似た叫びに、チチはひと言だけこう告げた。
「祈ることだけや」
寝室を埋め尽くしたのは……聞いているだけで胸が張り裂けそうになるカカの凄まじい悲鳴だった。
「――っ、く、ああああああああああああっ!!」
全身に青い血管がこれでもかと浮き出るほどに力み、その細い身体がベッドの上で激しくのけ反る。身体中からグルメ細胞が過剰にエネルギーを放出し、カカの手から溢れ出る力は二鳥の骨をも軋ませるほどの、凄まじい力が込められていた。
そして――二鳥はカカの手を離さない為に、彼女の手をギュッ!と、力強く握りしめていた。カカの悲鳴が大きくなるたび、握りしめる手に力が入る。しかし二鳥がそれ以上に力を込めることはなかった。力を込めれば、簡単に壊してしまえる。だからこそ、二鳥は自分の力を必死に抑えながら、それでも絶対に離さないという意志だけを込めて、カカの手を包み込んでいた。
(カカさん……頑張れ、頑張ってくれ……っ!)
二鳥は祈るように手を重ね、彼女のぬくもりを必死に支え続けることしかできなかった。
「カカ!お願いだ…死なないでくれ…カカが死んでしまったら…兄者が悲しむ…!兄者だけじゃない、俺たちも悲しいんだ…。だから…お腹の子どもと一緒に、無事な姿を見せてくれ…」
三虎はカカと子どもの無事な姿を求めて祈る。
「畜生っ…祈ることしか、出来ねぇ自分が悔しい…!畜生ぉ…畜生ぉ…!」
「次郎…落ち着いて…」
「…節っちゃん…俺…」
「信じよう。カカ義姉ちゃんを…二鳥義兄さんの手がきっと…手放さないから」
「……分かった…よ。俺は…信じることしか出来ないけど…せめて…これだけでも…」
無力な自分を呪う次郎を、節乃が立ち上がらせて祈る。
「二鳥…お前は前世で苦しんだんだ…だから…今世の幸せを…一度掴んだその幸せを…!絶対に手放すんじゃねぇぞぉ!!!」
一龍は魂の奥底から、ただひたすらに、純粋に弟の幸せを願って叫ぶ。
「…………」
「アカシア…」
「大丈夫だ、フローゼ。二鳥は強い子だ。わたし達も祈ろう。二鳥とカカさん、そして…わたし達の孫の無事を」
「…ええ…。そうね…」
(二鳥…わたし達は信じているぞ)
アカシアとフローゼは…二鳥達の無事を信じる。真っ直ぐに、疑いもせず、ただ…信じて祈る。
◆
どれほどの長い時間が過ぎただろうか。我が家の寝室に、カカさんの最後の、魂を振り絞るような叫びが響き渡った。
「…っ!この筋肉の収縮は…出てくるぞ二鳥!」
「カカさん!頑張れっ!!」
「――っ、ふ、あ、あああああっ!!」
刹那、カカさんの身体からふっと力が抜け、大きく膨らんでいたお腹が元の細いシルエットへと戻っていく。同時に、ベッドの上に、優しく輝く一つの大きな「卵」が、無事に産み落とされた…!
「おぉ……っ! 出た、出たぞ二鳥! カカ!」
付き添っていたジジが、震える両手でその温かい卵をそっと拾い上げる。
「信じられん……完璧な殻の形成、そして中に宿るグルメ細胞の拍動……! ニトロという種族の壁を、お主ら本当に超えおったわ!」
ジジは涙をボロボロと流しながら、その卵をぐったりと横たわるカカさんの胸元へとゆっくりと手渡した。カカさんは、まだ荒い呼吸を繰り返しながらも、胸に抱かれた卵を、これ以上ないほど愛おしそうに、震える手で優しく、優しく撫でた。
「二、二鳥さん……っ。……や、やりました。……私の細胞内に蓄積されていた、あなたへのすべての……その、ラブラブな食欲の結合が、完璧な代謝経路を経て……一つの独立した命として、結実いたしました……っ」
力が入らない口から、それでもいつもの高速長話が漏れ出てくる。
「現在の私の疲労度は限界値を迎えており、意識を消失する確率はとても高いですが……ですが、この卵の中に、確かに……私とあなたの、新しい……命が、生きて、います……っ」
「カカさん……っ、カカさん……!!」
その姿を見た瞬間、俺は目から大粒の涙をボロボロと流し、カカさんと卵をそっと包み込むように抱きしめた。
生きてくれた…!無事に産んでくれた…!前世を孤独に死んだ俺が、今世で…愛おしい家族と出会い、そして本当に、俺たちの『新しい家族』をその手で抱きしめることができたんだ……!
「ありがとう、カカさん……っ。本当に、本当にありがとう……!!」
◆
「…っ!このエネルギーの波動は…!」
「アカシア様!」
「ああ…無事に産まれたようだ」
アカシアのその言葉に真っ先に反応したのは他でもない。二鳥の兄弟達だった。
「うぉぉぉ!!!兄ちゃんが父ちゃんになったぁぁぁ!!!」
「二鳥…!グスッ…良かったな…お前…!」
次郎は父親になった兄を喜び、一龍は二鳥の想いが報われた事に安堵の涙を流した。一方、末の弟である三虎は…
「アカシア、退いてくれ!兄者とカカを労りたいんだ!」
二鳥とカカを労ろうとドアを遮っているアカシアに猛抗議していた。アカシアはそんな三虎を優しく、こう諭した。
「ふふ、労るのも祝福するのも結構だけど…今はまだ二鳥とカカさんの邪魔をしちゃ駄目だよ、三虎」
「そう、今は…パパとママになったばかりの2人だけにしてあげないと。わたし達はまだ、この扉1枚挟んだ廊下で祝福するのにとどめておきましょうね」
「……夫婦の時間…というやつか…分かった。俺も今は祝福するだけにする」
三虎はその言葉を受け入れ、部屋へ突撃しようとするのをやめた。そして…節乃はといえば…
「びぇぇぇん!次郎ちゃん!アタシ叔母さんになっちゃったぁぁぁ!!」
「俺も叔父さんだよ節っちゃ〜〜ん!!」
次郎と抱き合って1番喧しく泣き声を上げていた…
◆
扉の向こうで、ずっと息を呑んで待っていたアカシア様やフローゼ様、一龍兄さんたちの歓声と、安堵の涙混じりの祝福の声が響き渡り始めている。
種の壁すらも愛の力でひっくり返した二人の家、そこは今、歴史上最も温かくて、最も愛に満ちた、新しい家族の夜明けが美しく訪れていた。
産み落とされたばかりの、ほんのり温かい卵。それをベッドの上で、俺とカカさんは、自分たちの体毛で包み込むようにして優しく、優しく撫でていた。
「本当に、無事で良かった……」
「ええ……。私の表皮細胞に備わる保温機能と、あなたの大きな手のぬくもりが、この卵の殻に最適な熱エネルギーを伝達しており、これにより内部の胚の発生が……」
カカさんがまだ掠れた声で、けれど嬉しそうに解説を始めようとした、まさにその時だった。
――パキッ。
静かな寝室に、小さく、けれど明確な硬い音が響いた。
「え……?」
「……っ!?」
見ると、二人の羽毛に触れていた卵の表面に、一本の細い「ヒビ」が走っている。驚いて俺たちが息を呑んだ次の瞬間には、パキパキ、ピキピキと、まるで早送りの映像を見るかのような凄まじい速度で、ヒビは網の目のように卵全体へと広がっていった。
「おいおいおい! 卵の状態でも成長速度が規格外すぎるじゃろ!!」
付き添っていたジジが、目玉が飛び出さんばかりに驚いて叫ぶ。
「ま、まさか……もう産まれるというのですか……っ!? 胎内での成長速度から換算すれば、孵化までに数週間は要するのが生物学的な妥当ラインであるはずなのに、私たちのグルメ細胞の活性化エネルギーが、卵の孵化プロセスを数千倍に加速させて……!」
寝室からジジの驚いた声と、カカさんの焦った声が扉を抜けてアカシア達の耳に入った。
「アカシア様…!中で何かトラブルが…」
「………待機するつもりだったけど…予定変更せざるを得ないね…一龍、次郎、三虎はすぐに対応できるように構えなさい…!フローゼ、もしもの時のために料理の準備をしてくれ」
「分かったわ…!」
扉の外で待機していたアカシア様やフローゼ様、一龍兄さんたちも、寝室のただならぬ気配を察して、思わず扉を少し開けて中を覗き込んでいた。
そして…卵にヒビが入っているのが見えた瞬間、全員が言葉を失い、固唾を呑んで動かなくなった。
ピキッ、と音を立てて、卵の一部分が小さく欠ける。その、わずかに開いた殻の穴から、確かに――小さな、本当に小さくて可愛らしいニトロの「嘴」が、ちょこんと外の世界へ突き出された。
「――ピ、ピー……! ピー、ピー……!」
まだ言葉を喋ることはできないようで、まるで生まれたばかりのひよこのように、愛らしい声で一生懸命に鳴き始める。
どうやら、妊娠から産卵、そして孵化へと続いたグルメ細胞の凄まじい超急成長も、無事に外の世界へ出たことで、流石に一旦は落ち着いたようだった。これ以上の急成長が止まったことに、俺は心底ホッと胸を撫で下ろした。
「ピー、ピ……!」
小さな嘴が、窮屈そうな卵の殻の内側から、外に出たがっているようにせわしなく動く。
「……よし。今、出してあげるからな」
俺は愛しい我が子を傷つけないよう、大きな爪の先で欠けた殻の穴をそっと、優しく広げてあげた。
パリパリと殻が割れ、中から現れたのは…まだ産毛に包まれた、手のひらに乗るほど小さな、俺たち二人の赤ん坊だった。俺は壊れ物を扱うように、その小さな命を両手でそっと拾い上げると、ベッドの上のカカさんの腕の中へと、静かに預けた。
「カカさん。……俺たちの、子どもだよ」
「あ……あぁ……っ……」
カカさんは、自分の胸元に収まった、ピーピーと小さく鳴く愛しい我が子を、震える両手でそっと抱きしめた。その大きな瞳からは、これまで堪えていた涙がボロボロと溢れ出てくる。
「ピ……ピー……」
赤ん坊は、母親であるカカさんの温もりに安心したのか、その胸に小さな顔を埋めて、心地よさそうに鳴き声をすぼめた。その微笑ましい光景に、部屋にいた全員の目から、温かい涙が溢れていた。
ついに…俺たちの手の中に舞い降りた、世界でたった一つの新しい命。俺は自分の体毛でカカさんと、その腕の中で小さく息づく愛しい我が子の小さな身体を包み込み、カカさんもまた、我が子を胸元へそっと抱き寄せる。
その瞬間、扉が大きく開け放たれ、ずっと外で固唾を呑んで待っていた愛しい家族達が一斉に寝室へとなだれ込んできた。
カカさんの胸の中でピーピーと小さく鳴く赤ん坊の姿を目にした瞬間、部屋の中は文字通り、地響きのような大歓声と涙混じりの祝福の声で満たされた。
「…本当にやりやがったな二鳥、おめでとう! 今日からお前も立派な一人の『父親』だ!」
一龍兄さんが、自分のことのように顔をぐしゃぐしゃにして笑いながら、俺の肩を力強く叩いてくれた。兄としての、そして生涯の友としての、これ以上ない誇らしげな祝福だった。
「二鳥の兄ちゃん、カカさん、本当によかった……っ!」
次郎は、大粒の涙をボロボロと流しながら、自分の両拳をぎゅっと握りしめてベッドの前に膝をつきました。
「こんなに小さくて可愛い命、俺が……叔父さんが絶対に守ってみせるよ! グルメ界のどんな化け物だろうが、この子には絶対に指一本触れさせやしねぇ……っ!!」
反抗期で腑抜けていた頃が嘘のように、一人の立派な男として、次郎は涙ながらにその熱い誓いを立ててくれた。節乃ちゃんも、その隣で「本当に可愛い赤ちゃんだね…次郎…!」と、目を輝かせて感動に胸を震わせていた。
――ああ。俺が昔、守ってやりたいと思っていた小さな弟が…今ではもう、自分から誰かを守ると言えるほど立派な男になっていた。
「…次郎、俺は嬉しいぞ。…いつかお前も、父親になる時が来るだろう。だから、いざ父親になった時、節乃ちゃんと子どもを守るための予行練習として…俺達を守ってくれるか?」
「…相変わらず、他人のことばかり気にかけるね兄ちゃんは…。おう!任せろ兄ちゃん!俺の家族は皆、俺が護って見せるぜ!」
本当に…成長したな、次郎…。
三虎は…いざ、甥っ子…いや姪っ子?を前にすると、なんて言葉を送ればいいのか分からなくなったらしい。オロオロと忙しなく、視線を俺とカカ、そして我が子へと移し続けていた。けれど、急にその視線が俺に止まり、三虎は口を開いた。
「……兄者」
「ん?」
「こいつが……兄者の子なのか?」
「ああ。そうだ。そしてお前の…甥っ子か、姪っ子だ」
「……そうか」
三虎はしばらく我が子を見つめ――
「……俺にも、守るものが増えたのだな」
と、ひと言だけ告げた。弟として二鳥に守られてきた三虎が、今度は兄の子ども守る側になった…頼もしいことこの上ないな…。
「まぁ……本当に、なんて愛らしい子なのかしら……っ」
フローゼ様は今にも涙が溢れ出しそうな瞳でベッドの傍らへと歩み寄ってきた。一目見た瞬間から「今すぐにでも抱き上げたい」という気持ちがその両手に溢れていたが、フローゼ様はそっと手を引っ込め、愛おしそうに目を細めた。
「でも、今はまだ、お母さんの胸のぬくもりが一番必要な時ね。……よし、フローゼおばあちゃんはさっそくキッチンに行って、この子とカカさんのための特別なご飯を作ってくるわ。ニトロの細胞を優しく活性化させるには、あのスパイスと果汁を調合して……」
さすがは神の料理人。すでにその頭脳は愛する孫と、出産を終えたカカさんのための最高の回復食のメニュー構築へと動き出していた。
そんな賑やかな家族たちの中心で、アカシア先生は、カカさんの胸に抱かれた赤ん坊の姿を、まるで世界の真理そのものを目撃したかのような、畏敬の念に満ちた目で見つめていました。
「……素晴らしい。本当に、信じられない奇跡だ」
アカシア様はおそるおそる赤ん坊の小さな身体を観察し、その鋭い頭脳で分析を始めました。
「二鳥、カカさん、見てごらん。この子の肌の質感や産毛の色は、父親である二鳥の性質とも、母親であるカカさんの性質とも、根本的に異なっている。なのに…そのグルメ細胞の波形は……間違いなく、2人の波形を合わせたような形をしているんだ…!二人の純粋な愛、食欲の結合がこの子の全てを構築したんだ。これは……歴史上、一度だって存在しなかった『新種のニトロ』の誕生だよ……!」
「し、新種のニトロ……!?」
「信じられんが…白いニトロというのはわしも見たことがない!」
俺とジジが驚いて声を上げる中、アカシア様の瞳には、かつて見たことがないほどの激しい情熱と興奮の炎が燃え上がっていました。
「ああ、そうだ! ニトロという種が始まって以来の、数億年の壁を打ち破った歴史的瞬間だ。この繁殖のデータ、そして細胞の活性化の記録は、何があっても絶対に、記録に遺さなければならない……! すまない二鳥、カカさん、後で私に、この子の詳細なレポートを提出してくれないかい!?」
普段の温和で冷静なアカシア様からは想像もつかないほどの食い気味な大興奮ぶりに、俺は「は、はい……落ち着いたらレポート書きます……」と答えるのが精一杯だった。
カカさんは、そんな興奮するアカシア様や、涙を流す次郎たちの姿を腕の中で見つめながら、小さな我が子をより一層愛おしそうにぎゅっと抱きしめ直した。
「ふふ……アカシア様、私にも現在のこの子の細胞代謝に関する考察が凄まじい速度で溢れ出てはいるのですが……今の私は、この子の『ピーピー』という鳴き声の周波数が、私の脳の幸福中枢を完全に麻痺させておりまして、分析よりも先に、この子を愛で続けたいという、極めて非効率的で贅沢な母性本能に支配されております……」
かすれた声で、けれど幸せそうに、カカさんはいつもの長話を紡いだ。俺たちの愛の結晶。我が家の寝室は最高の家族の笑顔と温もりに包まれながら、世界で一番賑やかな、最高の『新しい家族の始まり』を迎えていた。
そして…その小さな瞼が――ゆっくりと開いた。
「……あ」
カカさんが息を呑む…俺も言葉を失った。小さな赤ん坊が、初めてこの世界を見つめる。その瞳には――俺にも、カカさんにもない、不思議な黄金の輝きが宿っていた。
「……はじめまして」
俺は震える声で呟いた。そしてカカさんが俺の続きを引き継いで言葉を紡ぐ。
「……あなたを愛しています」
「…ピィ〜?」
皆さんはどっちだと思います?二鳥は…
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攻め?
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受け?