一人で山道を歩いていたら妙なものを見付けた。
狭い道の真ん中にボソッとカバーのない文庫本。
「・・・あん?何だ、こりゃ」
何の気なしに拾いあげてパラパラとめくってみると、最後の頁に褪せたインクの色。
「差し上げますぅ?」
本を反して見ると、まるで知らない題名と作者なので舌打ちが出た。
「要らねっつの。大体山ン中まで本なんか持って来るなんて何考えてンだ。苦しい思いして山登って何で本?何で活字?どんだけマゾッ気の強いバカの落としモンだ?こういうとこで思いっきり楽しむんならエロ本だろ?無修正だろ!?でなきゃ受けとんねえんだよ、俺は!」
スパーンと道に本を叩きつけて先を急ぐ。
そろそろ陽が暮れる。
「くそ。ちょっと用足す間くれえ待っててくれたっていいだろ?さっさと置いてきぼり食らわせやがってアイツら・・・」
フと視線を感じて振り向いた。
誰もいない。
正面に目を戻すと、道の真ん中にまた本が落ちていた。
「・・・・・・」
拾いあげてめくると、また差し上げますの文字が目に入る。
「何コレ・・・」
同じ題名、同じ作者。
「・・・・・要らねっつってんだよ、しつけえな!!!そんなに貰って欲しけりゃエロ本出せ!青いタヌキに飼い殺されていつまでたっても成長しねえ駄目ッコ眼鏡の0点の答案ばりの無修正だッ!わかったか、このバカヤロウッ!!!」
傍らの木立の下生えがザワザワと揺れた。
「知らねえよ、もう!本なんか要らねっつってんだろが、ごら!こっちゃ腹減ってクッタクタなんだよ!お父さんの靴下かお母さんのババシャツ並みにクッタクタなんだよ!クッタクタもクッタクタ、何なら新妻の煮込んじゃった素麺並みにクタクタだっつの!そら食わねえでもねえよ、新妻によったら!はいアーンとかってオプションつくならマジ考えちゃうけどもだ!そういうクッタクタじゃねんだよ、バカ!今この瞬間のクッタクタはばあさんの乳あてかじいさんのさるまたかっつう世も末系のクッタクタなんだよ!本なんか読んでねえで空気読め!あ"ーッ、チョコパ食いてえ、イチゴ牛乳呑みてえ、団子に寿甘にお萩に羊羮ンン!!!」
下生えの揺れが収まった。
が、腹は治まらない。
投げ捨てた本を踏みつけて行きかけ、また戻って蹴飛ばして下山する。
視線を感じたが腹が減ってイライラするので無視。
麓のコンビニで団子とイチゴ牛乳を買い、イートインスペースで爆食。ちょっと涙ぐむ。
甘物の懐に頭を突っ込んで甘死にしたくなる程旨い。
二駅分歩いて帰った。電車代が団子とイチゴ牛乳に化けたので、仕方がない。腹は立つが悔いなし。
我が家に辿り着いたのは真夜中だった。途中二回も職務質問されたせいで要らない時間を食った。腹しか立たない。
布団に入って即就寝。青い狸に居候を決め込まれる夢をみた。うなされながら朝を迎える。
「いつ帰って来たヨ、このモジャモジャは」
「さあ。僕が来た時にはもういたからね、夜のうちに帰ったんだと思うけど。神楽ちゃん気が付かなかったの?」
「気付いてたら布団に寝かしたりなんかしてないネ。慰安旅行だなんて騙して山なんか登らせやがって、熊に食われたら良かったんだヨ、こんな天然パーは」
「天然パーまで言ったら"マ"つけてあげなよ。何か全然違う感じになっちゃうからね、"マ"がないと」
「マなんか要らないネ。パーもいらないヨ。天然も必要ないネ。バカでいいヨ、こんなオッサン」
「・・・よっぽどヤだったんだ、山登りが」
「何でわざわざ登ったり下りたりしなきゃいけないネ?歩きたきゃそこらへん歩いたらいいヨ。山まで行く必要ないワ。あんなんが慰安旅行!?ドタマに来るヨ!」
「まあ確かに近所の山にピクニックが慰安旅行ってのは苦しいよね。物凄い力業来たって思ったもんな、流石に」
「ウンコして踏んづけて足滑らせて崖にぶら下がってろって話ネ!半ケツ晒して麓の伝説になりやがれアルヨ!」
「神楽ちゃん、下品だよ」
「脱糞レジェンド!」
「ブ・・・ッ、止めなさい!嫁入り前の女の子がそんな事言っちゃ駄目だろ!」
「新八、言っとくけどナ、これっくらいの事オマエのお通じだってバンバン言ってんだヨ!甘い夢ばっかみてるとモジャ男みたく尿から糖が出るヨ!」
「ぅお、おまッ、今何つった!?ぉ・・・お通じってなんだッ、お通じって!?ちょ、待てやゴラァ!!」
「待てっつって待つヤツなんかいないネ。世の中そうなってるネ。待ってくれない信号機にアタシが何回殺られそうになったと思ってるネ!信号無視ナメんなメガネェ!!」
「ちょ、何言っちゃってんの?まだ歩行者の通行マナーも習得してないの!?脱糞レジェンドみたいな難易度高くて使用度低い事スラスラッと言えちゃッてるのに!?どんだけピンポイントで役に立たない急成長とどんだけなってない一般常識よ!?そんな偏りっぱなしで何処のどういう大人の扉を叩くつもりなの、神楽ちゃんは!?」
「扉は叩くモンじゃないネ。見つけ次第蹴り破るモノヨ」
「だあ!!!何でそうなんの!?駄目だ!駄目だよ、神楽ちゃん!どんな素敵な未来もそんな事しちゃモジャモジャへの道になっちゃうからね!?ロードトゥモジャ・・・ッあだッ!」
「何がロードトゥモジャモジャだ、黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、この眼鏡物語がッ」
新八の頭を叩いた手を振りながら、銀時が大欠伸した。
「こちとら疲れてんだよ。ゆっくり寝かせろってんだ、あぁ!?このヤロウ!俺ァもうヘンゼルとグレーテルのモンスターペアレンツばりの薄情モンに付き合うのにゃあ疲れ果てちゃったの!何、モノの二分で置き去りって!?姥捨て山のババァだってもうちょっと優しくして貰えるよ!?せめて静かに寝かせてやったらどうなのよ、可哀想な銀さんを!?それくらいなら出来るんじゃないの!?鈴虫並みに脳ミソちっさい囀ずり屋さんの君たちにも!出来なかったら謝るよ!ゴメンね、何かホントごめん!でもね!?こっちゃ全盛期の尾崎豊並みに傷付いちゃってんだよ!もおさっさとどっか行っちゃってくんない!?バーカバーカ!」
神楽と新八が顔を見合わせた。
「あれが二分?銀ちゃんの時間軸は金正恩の政策並みにぶれっぶれネ。世界を揺るがしかねないアンブレイカブルヨ」
「いや、神楽ちゃんの言ってる事も大概ぶれっぶれだけど。二分どこじゃなかったでしょ、銀さん。全然二分じゃないから。走れメロスならもうセリヌンティウスの首飛んじゃってるくらいかかってたから。しっかりして下さいよ、銀さん」
「あぁ!?俺ァ知らない人からモノ貰わないくらいにゃしっかりしてたよ!?あの極限状態でよくやったよ、我ながら!差し上げますを即座に差し下げたからね、崖下に!」
そんな銀時の主張に新八は顔をしかめて懐に手を突っ込んだ。
「はいはい、何だかサッパリわかりませんけど、そんな銀さんに誰かからご褒美が届いてますよ?」
銀時の眉がピクリと上がった。
「・・・ご褒美?」
「玄関に置いてありましたよ?ほら、これ」
新八の差し出した文庫本を銀時は無表情に眺めた。
同じ作者、同じ題名。
「・・・捨てろ」
「はい?」
「要らねえよ、そんなモン。投げろ、窓から」
「だってこれ、ちゃんと銀さん宛になってますよ?差し上げますって・・・」
「いいから投げろ!」
銀時は唖然とする新八から文庫本を奪い、開け放たれた窓へ放り投げた。
カバーのない文庫本は大きな蛾のように窓枠にぶつかり、バサリと開きかけて部屋に落ちかかった。
「差し上がりませんっつってんだごらぁぁぁぁあ!!!」
布団から跳ね起きた銀時の足が、それをジャストミートして表へ送り出した。
ポカンとしている新八と神楽を尻目に布団に潜り込む。
「あ"ー、気分悪ィ。頭来る。塩撒いとけ塩!」
「塩なんかありませんよ、味噌ならちょっと残ってるけど・・・」
「じゃ投げとけ、味噌を!もォ知らねえよ、俺は!」
びじょ・・・っ
編み笠を被った頭に湿った衝撃を受けて、桂は否応なしに顔を俯けた。
足元に、カバーのない文庫本。
「・・・往来に書物を打ち捨てるとは、何たる野蛮な・・・」
何故か味噌臭い笠の庇を上げて、桂は足元の本に見入った。
結構前に流行った文庫本だ。周りの志士たちが騒いでいた覚えがある。
「ふむ。今会いに来るのか・・・随分積極的なタイトルだな。今が今来られても困るが、暇のあるときなら構うまい・・・何だ?エリザベス?」
ガッシと腕を掴んで首を振る相方に桂は眉をひそめた。
「どうした?猫ババではないぞ?見ろ」
色褪せた表紙に朱の殴り書き。
銀時様。差し上げます。
「ん?銀時宛?いや、こうしたものは見付けたもの勝ちだ。ヤツも共に死線を潜り抜けた男、それくらい承知の上だろう・・・てか、離せ、エリザベス。マジ止めろ。痛いから。腕もげちゃうから。握力凄すぎ。手加減しろ」
エリザベスの手を振り払って、桂は文庫本を拾い上げた。
「さあ、行くぞ、エリザベス・・・え?今更そんなモン読んでも時代には追い付けない?・・・・・・何を言ってるんだ。そんな理由で拾った訳じゃな・・・いや、違う。話についてけなくて寂しかったとか悲しかったとか、そんなんじゃないから!は?呪い?何ソレ、どんなの?美味しいの!?」
「・・・何かよくわかんないけど、納まるとこに納まったみたいですよ、銀さん」
窓から表をながめていた新八が告げる。
銀時は布団に潜ったまま、イラついた声を出した。
「当分ヅラは出入り禁止だ。無理に入ろうとしたら殺しちゃっていいから」
「何で?」
不思議そうに首を傾げた神楽に、銀時は布団の隙間から目を覗かせた。
「知らない人からモノ貰ったりするからだ。験の悪ィ」
「いででで、エリザベス!止めろ。いやマジ痛いから!首もげるから!止めないか、コラ!何だ?コレが読みたいのか?順番だ、順番・・・いだだだだだッ、だからさっきから何なんだお前は!?幽霊?何ソレ、食べられるの!?」
エリザベスに首根っこを押さえ付けられた桂が、フと振り返った。
「・・・・・・気のせいか・・・」
懐で本がコソリと鳴った。
桂は首を傾げながらまた歩き出す。
「いや、視線を感じたのだ・・・だだだッ、イダイってお前は!はあ!?祟り!?だから何ソレ、蕎麦より旨いの!?」