ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~   作:ハルキーノ

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十章九話 海を越えた翼

《王録》 十章 九節

『借りた翼も、飛ぶ間だけは自国の空だと思わせる』

 

2378- 魔力溜まり外縁作戦準備区域 羽黒承視点

 

 通信兵が、聞き慣れない呼び出し符号を読み上げた。

 

「連合王国式ではありません。海の向こうの符号です」

 

 符号表を繰る手が一瞬止まる。

 

 バクフェで渡された合流符号と、下二桁だけが違った。

 

「開いてください」

 

「羽黒少将殿。グラダナ連邦共和国海軍、連絡将校のカセルです。ご無沙汰しております」

 

 あの声だった。

 

「対岸へ渡る話、そんなに早いとは聞いていません」

 

「早くはありません。うちの議会が、ようやく一つに決めただけです」

 

 カセルの声は、あの日の食堂と変わらない調子だった。

 

「北部第三戦域向け、艦載航空団の先発隊が到着します。空母二隻分。本隊は後方の海域待機、先発は今日から前線支援に入ります」

 

「先発、というと」

 

「偵察と、要請があれば地上支援です。地図の外まで見える目が、少し増えると思ってください」

 

 地図の縁に引かれていた、後方集結地の薄い線を思い出す。

 

 希望さんの千里眼と沢渡さんの測距だけでは、まだ端が曖昧だった場所だ。

 

✶

 

 昼前、雲の上から低い唸りが降りてきた。

 

 双発の機影が二つ、地図室の天幕の上を大きく旋回する。前線の兵が空を見上げ、誰かが小さく歓声を上げた。

 

「あれがグラダナの」

 

「敵じゃないですよね」

 

「敵ならもう撃たれています」

 

 通信兵の軽口に、天幕の中で短い笑いが起きた。笑いが起きるのも久しぶりだった。

 

 符号紙が届く。

 

「後方集結地、確認しました。師団司令部規模、輸送車両多数。座標、送ります」

 

 希望さんが観測図を広げ、鉛筆の薄い囲みの上に、届いた座標を重ねた。

 

 線がぴたりと合う。

 

「囲みの内側、こちらの見立てより広いです。北へさらに一区画」

 

「一区画」

 

「地図に書き足します」

 

 地図係が、鉛筆の線を伸ばした。今まで曖昧だった端が、初めてはっきりした輪郭を持つ。

 

「精度は」

 

 僕が聞くと、返事は少し遅れた。

 

「うちの機体は、術式標識ではなく光学と電波で見ます。天候次第で誤差は出ますが、今日は晴れています」

 

 晴れている。

 

 それだけの理由で、地図の精度が変わる。

 

「ありがとうございます」

 

「礼はまだ早いです。見えるようになっただけで、潰したわけじゃありません」

 

 カセルの声は、あの日と同じくらい素っ気なかった。

 

✶

 

 夕方、山崎さんが弾薬表を置いたまま、空を見上げていた。

 

「あの数の機体、維持だけでどれだけ食うんだろうな」

 

「聞いてみますか」

 

「聞いても分からないと思う。単位が違いすぎる」

 

 僕も少しだけ、同じ機影を目で追った。

 

 魔力の匂いがしない機械が、魔力の匂いだらけの戦場の上を飛んでいる。

 

 噛み合わないはずのものが、今日だけは同じ地図の上でつながっていた。

 

「借り物の目、ですね」

 

「借り物でも、見えなかった端が見えるようになった」

 

 山崎さんは、それ以上何も言わなかった。

 

 夜、通信兵が最後の符号紙を差し出した。

 

「先発隊、本日の任務終了。明日も同じ時刻に再開とのことです」

 

「よろしくお願いします、と返してください」

 

「もう一枚あります」

 

 差出人の欄に、カセルの名前があった。

 

『魚の骨、まだ苦手ですか』

 

 僕は少し笑って、その一枚だけを辞令の束から抜いた。

 

――――――――

 

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