ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《王録》 十章 十四節
『命ずる声の届かぬ先で、願いは異なる名を得る』
2378- 魔力溜まり外縁中央低地 羽黒承視点
敵の反撃は、夜明け前だった。中央低地へ残った車両二両。歩兵およそ四十。
転移者らしい反応一つ。こちらの前進壕まで、五百歩。
北翼の師団からは、零時と三時に異状なし。西翼の旅団からは、三時に到着完了の符号が届いていた。動いたのは、中央だけだった。
「砲撃準備」
通信具の雑音に、山崎さんの声が重なった。
「待ってください。敵歩兵が車両の前にいます」
「待つと来るぞ」
「三十秒」
敵車両の砲塔が回る。砲口が味方壕へ向いた。結界班は一枚。容量は半分。間に合わない。
止まれ。左手の `魂` が開いた。線が五百歩先へ伸び、砲塔、旋回輪、砲手の腕、結界面が一つへ寄った。
敵砲塔が止まった。故障ではない。旋回用の歯車は動いている。砲手の腕も動く。
砲口だけが、味方壕へ向く直前で留まった。
「今です」
山崎さんの砲撃が車両前方へ落ちた。
敵歩兵が伏せる。
味方結界班が新しい面を張る。
「中将殿、今のは」
「観測を続けてください」
敵歩兵が手榴弾を投げた。
壕の縁へ落ちる。
止まれ。
転がっていた手榴弾が、土の窪みで止まった。
斜面は下へ続いている。
止まる理由はない。
「伏せて!」
爆発。土が結界へ当たった。負傷者なし。
敵の転移者反応が前へ出る。味方の小銃が向く。
「撃たないでください」
反応が止まった。今度は僕が何かを思う前だった。人影の足が、泥へ固定されている。
上体は動く。武器も持っている。一歩だけが出ない。
僕の左手から線が伸びていた。
「後退してください」
味方歩兵へ命じる。
「敵との距離を取る。砲撃は煙幕だけ。僕の周囲、十歩を空けてください」
「中将殿」
「未知の能力現象です。鑑定班の制限を適用します」
希望さんが前進壕へ降りてきた。
僕の左手を見る。
「止めますか」
「止めたいです」
「使用を、です」
言葉が一拍遅れた。
「はい」
希望さんが手袋の上から僕の手首を掴んだ。線が薄くなる。敵の転移者反応が一歩下がった。
現実が戻る。そう見えた。敵の転移者反応は、煙の中へ下がった。
味方歩兵も追わない。
前進壕に残ったのは、砲塔の動かない車両と、爆発した手榴弾の穴だった。
鑑定兵が手榴弾の破片を拾う。
「窪みに引っかかった可能性は」
「斜面です」
「泥の粘り」
「破片の下は乾いています」
彼は手袋の指で土を崩した。斜面は壕へ向かって落ちている。同じ大きさの石を置く。
石は止まらず、壕底まで転がった。
「砲塔は」
工兵が車両の側面を調べている。旋回輪へ棒を差し込み、二人で押す。砲塔は動く。
味方壕へ向く直前だけ、棒が滑る。反対側へは回る。もう一度、こちらへ戻す。
同じ位置で止まった。
「歯欠けなら、毎回同じ角度です」
「同じ角度ではありません」
工兵長が僕の立っている位置を見た。僕が右へ二歩動く。砲塔を回す。
停止位置も右へずれた。誰も言葉を出さなかった。
頭の奥で、何かがまた一段重くなった気がした。
「僕を基準にしています」
口にすると、左手の線が濃くなった。
「中将殿、離れてください」
工兵長の声が軍務口調へ戻る。僕は十歩下がった。砲塔はそこまで追い、また止まった。
兵器が壊れたのではない。僕へ向けられない。味方壕へ向けられない。
どちらを止めたのか、僕にも分からなかった。
✶
公的記録には、三件を書いた。敵砲塔の旋回停止。投擲物の移動停止。
敵人員一名の歩行阻害。原因不明。羽黒承の判断と同期した可能性あり。
実戦使用禁止。山崎さんと希望さんが署名した。鑑定班は、再現試験を三つだけ行った。
空の銃。木の球。小型結界。
「撃つつもりで構えてください」
護衛兵が空の銃を僕へ向ける。指は引き金へ入る。動く。
撃鉄は落ちない。
「標的を横へ」
銃口を土嚢へ向ける。撃鉄が落ちた。乾いた音が天幕へ響く。
護衛兵の顔色が変わった。
「すみません」
「撃っていません」
「構えました」
「試験です」
自分で命じておいて、その言葉しか出なかった。
木の球は斜面を転がした。止まれと思う。球は止まる。
戻れと思う。坂を上った。鑑定兵が記録板へ書く手を止めた。
「魔力操作ではありません」
「では何ですか」
「分かれば、原因不明とは書きません」
小型結界は、鑑定兵が前へ押した。止める。面が空中で固定される。
術者が手を離しても消えない。六秒。十二秒。
通常なら半減している容量が、同じ値を保つ。
「解除を」
意思を緩める。
結界は割れずに消えた。
鑑定兵が記録板へ、実戦使用禁止を二重線で囲んだ。
「次は止まるのか」
山崎さんが聞いた。
「努力します」
「前にも聞いた」
「進歩がありませんね」
「現象の方は進歩してる」
左手には、`魂` と `意思`。
その先へ、砲塔と手榴弾と人間の足が並んでいる。
物。魔法。人間。
同じ線の上にある。
`魂` は、僕が関わった結果をつないでいる。`意思` は、その中から起こしてほしくない結果を押し返す。だから砲塔では歯車と砲手、手榴弾では投げた兵、人間では生命まで一緒に動く。
この`意思`は、燃え上がるものでも、崩れていくものでもない気がした。ただ、静かに何かを願い続けているだけだ。それがいいことなのか、まだ分からない。
止める対象を選んだつもりでも、線は周囲へ枝分かれする。
砲塔を止めれば、砲手の腕へ触れる。
手榴弾を止めれば、投げた兵の足へ戻る。
人間の足を止めれば、生命表示まで同じ場所へ寄る。
止めたい。
何を。
答えを置く前に、線が伸びるようになっていた。
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