楽して稼ぎたいクソザコ妖狐の怪異相談所 ~ネットで開業したら影を操る怪異の幼女に懐かれた~   作:パッタリ

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9話 ケモミミ幼女、忘れられた座敷童を助ける

 昼過ぎ。

 玄関を叩く音がした。

 扉を開けると、猫又のミケが立っていた。

 いつもの余裕たっぷりな笑みはなく、少し困ったように眉を下げている。

 その後ろには、赤い着物を着た小さな少女が隠れていた。

 

 「珍しい顔してるけど猫動画が炎上した?」

 「してないわよ。今日は相談」

 「ミケが?」

 「この子のことでね」

 

 ミケが横へ退く。

 少女は不安そうにこちらを見上げた。

 年齢は、見た目だけなら七歳くらい。短い黒髪に赤い着物という格好をしている。

 その輪郭はひどく薄かった。

 少し目を離せば、そこにいたこと自体を忘れてしまいそうになる。

 ひとまず部屋に通し、私はちゃぶ台の前で腕を組んだ。

 

 「それで? 何があったの?」

 「どこから話せばいいのか……」

 

 少女の名前はスズ。

 古い一軒家に何十年も住み、そこで暮らす家族を見守ってきた座敷童だという。

 家を大金持ちにするような力はない。

 けれど、その家で生まれた子どもたちは、昔からスズの姿を見ることができた。

 

 「でも、三日前から、誰もわたしを見なくなりました」

 

 スズの声は小さかった。

 

 「呼んでも、返事をしてくれません。前に立っても、通り過ぎます。写真からも、わたしだけ消えました」

 

 私は眉をひそめる。

 前にアジサイが見つけた黒い染み。

 人の撮った写真や映像に紛れ込み、怪異に関する記録だけを壊していた何か。

 偶然とは思えなかった。

 

 ***

 

 スズが暮らしていた家は、商店街から少し離れた住宅地にあった。

 古い木造の一軒家だ。

 玄関の柱には子どもの身長を測った傷が残り、庭には小さな柿の木がある。

 長い時間を、同じ家族が暮らしてきた家。

 

 「ここです」

 

 スズは玄関の前で立ち止まる。

 入るのを怖がっているように見えた。

 

 「入らないの?」

 

 ヨミが尋ねる。

 

 「入っても、誰も見てくれないから」

 

 ヨミはしばらくスズを見たあと、私の袖を握った。

 いつもより少し強い。

 

 「大丈夫。今日は私たちがいるよ」

 

 そう言ってから、私は少し驚いた。

 いつの間にか、こういう台詞が自然に出るようになっている。

 

 「今回は大人として私もいるから、大船に乗ったつもりでいなさい」

 

 一緒に来ていたミケが胸を張る。

 家の中には、スズが見守ってきた家族がいた。

 夫婦と、小学生くらいの娘。

 事情を聞いても、やはり誰もスズを覚えていない。

 しかし、娘だけは不安そうに座敷の隅を見ていた。

 

 「何かいる気がするの」

 「どんな感じ?」

 「わからない。でも、大事なものを忘れてるみたい」

 

 その言葉を聞いたスズの輪郭が、少し揺れた。

 私は部屋の中を調べた。

 古い写真立て。家族のアルバム。子どもが描いた絵。

 どこにもスズの姿はない。

 けれど、写真の隅には必ず黒い染みが映っていた。

 最初は小さい。

 年代が新しくなるほど大きくなり、最近の写真では、部屋の半分を覆いそうなほど広がっている。

 スマホ越しに見ていたアジサイが、低い声を出した。

 

 『これ、スズを隠してるんじゃなさそう』

 「じゃあ、何をしてるの?」

 『スズがいたっていう記録を食べてる。写真だけじゃない。投稿、日記、動画。人間の記憶まで』

 「そんなのあり?」

 『怪異に常識求める?』

 

 画面の中で、アジサイは黒い染みを睨んでいた。

 

 『それに、これは本体じゃない。何か大きいものから千切れた一部』

 

 嫌な話だった。

 クソザコ妖怪の私が関わるには、規模が大きすぎる。

 しかし、すでに来てしまった。

 帰りたいと言える空気でもない。

 

 「ユズハ」

 

 ヨミが部屋の隅を見た。

 そこには何もない。

 けれど、障子に落ちた夕暮れの影が、不自然に揺れていた。

 

 「来る」

 

 ヨミが言った直後、照明が何度か点滅する。

 部屋の隅から、黒い染みが広がる。

 床を濡らすように這い、壁を登り、天井へ伸びていく。

 影ではない。

 形も厚みもないのに、見ているだけで頭の中から何かが抜け落ちていく。

 

 「スズ、私の後ろに!」

 

 スズが動く。

 だが、黒い染みの一部が先に伸びた。

 スズの足元へ触れる。

 その瞬間、少女の姿が大きく薄れた。

 

 「ヨミ!」

 

 ヨミの影が部屋中へ広がった。

 黒い腕が何本も伸び、染みを床へ縫いつける。

 しかし、染みに触れたヨミの体が揺れた。

 足元の影が乱れる。

 

 「ヨミ?」

 

 ヨミは私を見た。

 いつもの黒い瞳。

 けれど、その中に戸惑いがある。

 

 「……あなた、だれ」

 

 息が止まった。

 

 「え?」

 「名前が、わからない」

 

 黒い染みが、ヨミの中からも記憶を食べている。

 私のことを。

 胸の奥が冷たくなった。

 

 「あれに触れるといろいろ忘れる、か。まずいわね」

 

 ミケが険しい表情を浮かべる。

 

 「私はユズハ。ヨミと一緒に住んでる。ゆずは怪異相談所の所長で、ヨミは私の助手」

 「ユズハ」

 

 ヨミが繰り返す。

 けれど、思い出した様子はない。

 それでもヨミの手は、私の袖を掴んだ。

 

 「わからない。でも、離したくない」

 

 袖を握る力が強くなる。

 

 「あなたは、わたしの大事なひと」

 

 記憶を奪われても、執着だけは残っていた。

 少し怖い。

 でも、今はありがたかった。

 

 「だったら、そのまま掴んでて!」

 

 私は狐火を灯した。

 青白い炎が、部屋を照らす。

 普通の明かりでは見えなかった黒い染みの輪郭が、いくらか浮かび上がった。

 壁から床へ伸びた、無数の細い糸。

 それがスズと、この家の家族を結んでいた何かに絡みついている。

 

 「これが、縁を食べてるんだ」

 

 私は狐火を糸へ近づける。

 焼き切るだけでは駄目だ。

 このままでは、スズと家族を結ぶものまで消えてしまう。

 

 「何か、スズがいた証拠はない?」

 

 ミケの問いに、夫婦は困った顔をする。

 覚えていないのだから当然だ。

 だが、娘が棚の奥から古い日記帳を取り出した。

 

 「これは、どうかな。お母さんが昔から書いてた」

 「見せて」

 

 母親が子どもの頃につけていたものらしい。

 私はページをめくる。

 そこには、何度も似た記述があった。

 なくした髪飾りが、枕元に置かれていた。

 夜中に目を覚ますと、布団が掛け直されていた。

 誰もいない廊下から、鈴の音がした。

 名前はない。姿も残っていない。

 それでも、スズがしてきたことは完全には消えていなかった。

 

 「読んで」

 

 私は日記を母親へ渡した。

 

 「声に出して。スズがしてくれたことを、全部」

 「は、はぁ……」

 

 母親は戸惑いながらも、日記を読み始めた。

 父親も古いアルバムを開く。

 娘は、座敷の隅をじっと見つめた。

 

 「布団を掛けてくれた子……」

 

 スズの輪郭が少し戻る。

 

 「落とした鍵を見つけてくれた」

 

 さらに濃くなる。

 娘が小さく息を呑んだ。

 そして、震える声で呼んだ。

 

 「スズちゃん?」

 

 その瞬間、スズの姿がはっきりと戻った。

 黒い染みが大きく揺れる。

 家族との縁を取り戻したスズから引き剥がされ、逃げるように壁へ広がった。

 

 「逃がさない」

 

 ヨミの影が、染みを包む。

 拘束されてる間に、私は狐火を投げ込んだ。

 青白い炎が燃え上がり、黒い染みを内側から照らす。

 染みは音もなく縮み、最後に小さな欠片だけを残して消えた。

 欠片は床を走り、窓の隙間から外へ逃げていった。

 

 「……逃げたわね」

 

 ミケが呟く。

 

 「本体じゃないなら、仕方ないよ」

 

 私はその場に座り込んだ。

 勝ったというより、追い払っただけだ。

 それでも、スズは戻った。

 家族は完全に記憶を取り戻したわけではないらしい。

 けれど、娘にはスズの姿が見えている。

 母親も、声だけなら聞こえるという。

 これから少しずつ、思い出していくだろう。

 

 ***

 

 帰り際。

 報酬として渡されたのは、大きな箱だった。

 中身はお菓子と野菜、それから米。

 

 「現金じゃない……」

 「すみません。急なことで、あまり用意できなくて」

 「いや、助かるよ」

 

 まあ、家計への貢献度で言えばかなり大きい。

 ヨミはお菓子袋を抱えながら、私を見た。

 

 「ユズハのこと、思い出した」

 「そう」

 「ユズハは、わたしの大事なひと」

 「わざわざ言わなくていいから」

 「あらあら」

 

 隣でミケがにやにやしている。

 私は見なかったことにした。

 自宅へ戻ると、古いノートパソコンの画面に大量の通知が表示されていた。

 アジサイが真面目な顔で言う。

 

 『同じような反応、他にも見つかった』

 

 相談所のメールフォームにも、新しい依頼が届いている。

 差出人の多くは人間ではなかった。

 

 『自分の名前を思い出せません』

 『住んでいた神社から、私の痕跡が消えました』

 『昨日までいた仲間を、誰も覚えていません』

 

 私は画面を見た。

 それから、台所に置いた米袋を見る。

 

 「……妖怪相手でも、できれば現金で払ってほしいな」

 『そこ?』

 「大事だよ。うちは慈善事業じゃないんだから」

 

 そう言いながら、私は新しい依頼を一件ずつ開いた。

 弱い妖怪から、人との縁を奪う何か。

 どうやら、私たちが見つけてしまった怪異は、思っていたよりずっと広く動いているらしい。

 そして困ったことに、ゆずは怪異相談所の存在は、妖怪たちの間で少しずつ知られ始めていた。

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