竜ヶ森湖に落下した青い光の球の正体。
まるで平和を乱す悪魔のような象徴とでも例えるべきか。
たまたま現場付近に足を運んでいた科特隊の一員となるハヤタが湖面から出現したその怪物の姿を目にするなり、咄嗟に腰元に携えている光線銃の“スーパーガン”を手にした後、隣に居る一般市民に向けて口を開く。
「早く逃げてください!」
「お、おぉ……分かった」
人命を第一に優先するという使命感から早く逃げるようにと叫ぶ。
それにより催促を掛けられた男性はというと、若干たじろぎながらも素直に了承したのちに、足早に湖畔から離れていく。
「キャップ!怪獣は、まだ湖の中心部にいます。どうしますか?」
《無闇に刺激を与えてはいかん。一先ず、こちらに合流するように!》
「了解!」
上司の指示に従い、流星マークのバッジのアンテナを元に戻したあと、急ぎ合流地点を目指す。
道のりに関してはそれほど険しくはなく、足腰を動かしながら必死に全力疾走をしたおかげか。
ものの数分ほどで目的地に辿り着く。
「ハヤタ!」
「ハヤタさん!」
「お待たせしました!」
当然ながら既に到着していた他の二名との再会を果たし、無事に集まった所で緊急会議が開かれる。
「キャップ。これからどうしますか?」
「うむ……S16号に関しては、まだ到着していないからな」
湖から大分離れている場所からでも轟いてくる咆哮に加え、目視でも確認できる程の大きさとなる怪獣の頭部を眺めながら大いに悩む。
特殊潜航艇S16号が運び込まれた後に攻撃を仕掛けるつもりが、よもや其れよりも先に湖底から目標対象物が出てきたとなれば、作戦内容を一度考え直さなければならない。
今のところ陸地に上がってくる様子は見受けられないが、それも時間の問題となるであろう。
「奴が陸地に上がってこなければ良いんですが……」
「あぁ、そうだな………ん?」
と、次の瞬間。
何処からともなくジェット機のエンジン音が風に乗って流れ込んでくる。
それ故に、もしやと思いながら音がする方向に目を向けてみると……見間違えようのない特徴的なシルエットとカラーリングが施されている一機の戦闘機の姿が視界に入り込む。
(来たか!だが、しかし……)
機体の下部には件の潜航艇が備え付けられていたものの、思わず表情を渋くさせてしまう。
タイミングが悪いとは正にこの事か。
すかさず自身の隊服の胸元にある流星マークの通信機を作動させるなり、機内にある操縦室との連絡を取り始める。
「ムラマツよりビートルへ!ビートル、応答せよ!」
《こちらアラシ!キャップ、すみません!何とか急いだんですが……》
上空からでも湖面から顔を覗かせている怪獣の姿を捉えたらしく、通信機越しに苦渋の声が漏れ出す。
せっかく基地から潜航艇を持ってきたにも関わらず、それを台無しにさせるかのような出来事を目撃してしまったからなのか。
悔しそうな表情が目に浮かぶ程の声質を耳にする。
《どうします?このままだと奴を攻撃することもできませんよ!》
潜航艇を運搬している最中は、空からの攻撃を行う訳にはいかない。
もし行ってしまうと大事故になりかねないため、致し方ないと割り切ることにしたのか。
再び操縦室にいる部下達に向けて話しかける。
「無闇に近づいてはならん!一先ず、湖から離れろ!作戦は一時中断とする!」
《了解!》
「ッ、キャップ!大変です!怪獣が!」
作戦の中断が告げられた直後のこと。
湖面から顔を覗かせていた怪獣が、科特隊が所有している戦闘機の存在に気づいたのか。
徐に頭を動かしてから口元を大きく開かせるなり、瞬く間に青色の熱線を吐き出す。
「あっ!?危ない!!」
一直線に吐き出されたそれは、確実に空を飛んでいるビートルを狙っていたが、不幸中の幸いとでも言うべきか。
当たる寸前に機体が素早く旋回したため、何とか最悪の事態には成らずに済んだものの、その代わりとして急旋回してしまった影響によるものなのか、機体の下部に設置されていた特殊潜航艇が突如として切り離されてしまい、そのまま無残にも宙を舞ってしまう。
「S16号が!!」
恐らくは、固定ロックに負荷が掛かり過ぎてしまったのであろう。
湖のすぐ傍にある森に向かって真っ逆さまに落下してしまった潜航艇は轟音と共に火柱を上げ、あっという間に爆発炎上と化してしまう。
そうした事故の瞬間を目撃してしまったからなのか、隊長となるムラマツが改めて飛行している機体の操縦室との通信を行う。
「アラシ、イデ!大丈夫か!?」
《こちらは大丈夫です!ですが、キャップ!肝心のS16号が……》
「むぅ……仕方がない。作戦を変更しよう。アラシ、イデ!今一度、竜ヶ森湖に接近し、あの怪獣の周りを飛行しながら挑発してくれ。その間に、我々が地上からの攻撃を行い、奴を陸地に誘き寄せる!」
《分かりました!》
新たな作戦として閃いた内容を告げた後に、戦闘準備に取り掛かる。
依然として湖面から顔を覗かせている怪獣に対し、ビートルによる挑発が行われている間に湖畔からの地上攻撃を行う。
些か荒っぽさが感じられる作戦ではあるものの、現状からして他に方法がないこともあってか。
意を決した彼らは、それぞれ行動を開始させる。
「この野郎!よくもS16号をおしゃかにしてくれたな!」
「アラシ隊員、落ち着いてくださいよ?今は、キャップの言うとおりにしましょうよ」
「分かってるって!」
苛立ちを隠せない中でも、与えられた義務を全うするために少しずつ機首を下げていく。
操縦桿を握り締めながら怪獣との距離をどんどん縮めていき、ほんの数秒足らずで目前まで機体を接近させる。
直後、敵が再び口を大きく開けるなり、僅かに背を伸ばして噛みつこうと試みるが……。
「そうはいくかい!」
そう易々と思い通りになるなと言わんばかりに、寸での所で機体を傾けさせてから躱した後に、一気に上昇させる。
その結果、怪獣が怒り狂うように叫んだかと思いきやまたしても口内から熱線を吐くものの、二度も同じ手は通用しないのか。
先程よりも楽々と回避されてしまい、憤慨するかの如く三度咆哮を上げる。
「よし。ここなら良いだろう。二人とも準備は良いな?」
「はい」
「大丈夫です」
所変わって、怪獣がビートルに気を取られている隙に湖畔へと赴いた三人はというと、揃って携帯している光線銃を手にしてから怪獣に向けて照準を合わせる。
狙う先は、敵の眼球。
湖面から顔を曝け出している巨大な怪物に対し、全員の覚悟が決まった瞬間―――
「撃て!!」
隊長となる彼の掛け声と共に引き金を引く。
すると瞬く間に銃口から威力調整を最大限にした稲妻状の光線が放たれ、怪獣の頭部に被弾するなり、いくつもの小さな爆発炎上が沸き起こる。
当然ながら不意を突かれた攻撃に驚いてしまったのか。
急いで湖底に引き返そうとする怪獣であったが……哀しいことに不覚を取られてしまう。
「やった!!」
三本もの光線の内の一つが、敵の右眼を見事なまでに撃ち抜く。
それにより完全に激怒してしまったのか。
喉を震わせるほどの凄まじき咆哮を轟かせると共に、巨体を揺らしながら湖の中を歩み始める。
「よし!こっちに近づいてくるようになったな」
「キャップ、引き返しましょう!」
「うむ」
迫りくる敵との距離を取るべく、来た道を戻る。
波が立ち、水も飛散し、森林に水飛沫がかかる一方で、徐々に怪獣の全体像が見え始める。
(ッ!)
緊迫感が高まる中、ハヤタがほんの一瞬だけ後ろを振り向く。
既に上半身辺りまで上がってきており、撃ち抜かれた右眼からは血の涙が流れていた。
だからこそ自分たちのことが到底許せないのであろう。
頭部を大きく振りかざしながら、何かをしようとする姿に身の危険を感じる。
「キャップ!フジ君!」
何とか伝えようとするも時すでに遅く、またしても怪獣の口から放射熱線が吐き出される。
但し、片目を潰されてしまっているせいか、正確に彼らがいる場所に着弾することは無かった。
けれども、すぐ近くに放たれてきたことには変わりなく、三人の元に轟音と共に爆風が襲い掛かり、たちまち軽やかに吹き飛ばされてしまう。
「きゃあああ!!?」
「うわぁああ!!」
身体が浮き上がり、十分な受け身を取ることも儘ならないまま酷く地面に叩き付けられる。
大地が揺れてもなお痛みが全身を覆い尽くし、すぐには立ち上がれない。
それほどのダメージを負ってしまったのか、彼らの身に危険が迫り寄る。
「ぐぅ……うぅ……」
このままでは踏み潰されてしまうと危惧したのか。
辛うじて意識が残っていたハヤタが、何とか体を起こそうと踏ん張る。
「ッ!」
刹那、激しい轟音が後方から流れてくる。
振り返ってみると怪獣の進行を妨げるかの如く、ビートルによるミサイル攻撃が空から降り注いでいた。
(アラシ、イデ。すまない!)
大方、自分たちが危機に瀕していることに気づいたのであろう。
何度も行ったり来ては、敵に目掛けて空からの攻撃を続ける。
反対に怪獣はというと邪魔をするなと言わんばかりにうろつく虫を排除するかの如く、口から放射熱線を吐き出す。
「キャップ、フジく――っ!?」
身体を動かそうとするが、痛烈な痛みが生じる。
目立った外傷はないが、どうも地面に叩きつけられた際に全身を強く打ってしまったらしく、節々に痛みが走り出す。
その上、倒れている二人を確認してみると気を失っているようで、うつ伏せのまま起き上がる気配が一向に感じられなかった。
「キャップ……!フジ君……!」
必死に這いずりながら近くまで寄ったのちに二人の名を呼び掛けるも応答はなく、まずい事態が続く。
(ッ!?いかん、このままだと!)
今もなお仲間が応戦しているもののミサイル攻撃だけでは歯が立たないのか。
改めて振り返ってみた所、怪獣がそれとなく対応しながら少しずつ自分たちの元へと進んできている。
肉体の殆どが湖から上がりきっており、いずれにしろ時間がなかったことも含めてか。
諦めずに再度声をかけようとしたそのとき……。
「大丈夫か!?」
「ッ!あ、あなたは……」
自分達の元に何者かが駆け寄ってくる。
見上げてみると、それは数刻前に湖から離れるよう促したあの男性であった。
「どうして戻ってきたんですか!?」
「嫌な予感がしてな!それより、立てれるか?」
「い、いえ……それより――」
「そうか。こっちの二人は……気を失っているのか。なら、先にこの二人を運び出す方が先決だな。手を貸してやるから少し待ってろ!」
「駄目です!一般市民を危険に巻き込む訳には――」
「今はそんなことを言ってる場合じゃないだろ!つべこべ言わずに、大人しくしてろ!」
気迫のある怒号によって言葉を遮られてしまい、尚且つ思わず気圧されてしまったのか。
動きが固まってしまった彼を横目に、男性がまずムラマツとフジ隊員の両名の間に入ったのちに、自身の両腕をそれぞれ二人の体に通してから一気に担ぎ上げる。
傍から見るとまるで米俵を担ぐような格好となってしまっているが、それとは別に大人二人分の体重を軽々と持ち上げたことに驚きを隠せなかったのか。
開いた口が塞がらないと言わんばかりに、ハヤタが唖然とした表情を浮かばせる。
それもそのはず、例え力持ちだったとしても、大人二人分の重量をたった一人で容易く持ち上げることなど到底できる訳がない。
しかしながら、現に目の前にいる男性はその常識外れの行動を難なくとやってのけてしまっている。
「先にこの二人を安全な場所まで連れていくからな!大丈夫、すぐ戻ってくるからな!」
「ちょ、ちょっと!?」
引き留めようとするも、軽快な足取りで颯爽と離れていく。
気を失っている二人を担いでいながらバランスを保ちつつ、脚を動かしながら走っていくその様は、正に常人離れしているとしか言えない。
いくら鍛えられた体格をしているからといって、何処からそんな力が出てくるのかと疑いたくなるくらいに……。
(ッ!今は、そんな場合じゃなかった!)
全身から来る痛みに堪えながら再び立ち上がろうとする。
歯を食いしばりながら我慢するも予想以上に重傷を負ってしまっているのか、思うように身体が言うことを聞かない。
ひょっとすると骨まで行き届くほどの怪我を負ってしまったのかと、悔しそうに俯いた瞬間―――
「お待たせ!」
「……えっ?」
聞き覚えのある声が耳元に届く。
顔を上げてみると、ついさっきまで二人を運んでいったはずの彼がすぐ目の前に居た。
体感としては、まだ一分も経っていないような気もしたが、宣言通りに戻ってきたらしく……。
「さぁ、次は君の番だ!」
「あ、あの……」
「ほら、俺の背中に捕まって!」
あれよという間に背中に乗せられてしまう。
困惑する事態が続き、次第に思考が纏まらなくなってしまう。
何せ、只でさえ逸脱した身体能力を見せつけられた挙句、ものの数十秒足らずで戻ってきてしまったのだ。
戸惑うのも無理もないであろう。
「準備は良いか?」
「ぇ……あっ、はい」
「よし、行くぞ!」
理解しがたい展開に動揺しつつも、成すがまま応えてしまう。
反対にそれを受け取った男性はというと、彼を背負ったまま凶暴な怪獣との距離を取るべく、勢いよく走り出す。
―――
驚異の運動能力をもつ彼の活躍により、竜ヶ森湖から大分離れた所にある雑木林まで運ばれたあと、一先ず身の安全が確保されたことに安堵したのか。
地面の上に座り込んでいるハヤタが、ホッと胸を撫で下ろす。
「あの……助かりました。何とお礼を言ったら良いのか……」
「なに、気にするな。それよりもこっちの二人は……おっ?」
科特隊の隊員は、非常時や緊急事態などに備えて出動する際は常に専用のヘルメットを被っている。
それ故に頭部へのダメージはそれほど無かったのか、仰向けに寝かせていた彼らが次第に身じろぎをする。
「んっ……んん……?」
「ここは……?」
「キャップ!フジ君!」
呼び掛けられたことで完全に目が覚めたのか。
二人揃ってゆっくりと身体を起こす。
その際、身体の一部を手で押さえたりする様子が見受けられたが、それはそれとして。
「ハヤタ……ここは?」
「現場から離れた場所です。そちらの方が、僕たちを助けてくれたんです」
「……あなたが?」
「いや、別に大したことはしてないんだが……とにかく無事で何よりだ」
見ず知らずの一般人ではあるものの、自分達の命を救ってくれたことには変わりなく、科特隊の隊長としての責務も相まってか、地面に腰を下ろした状態のまま彼に向けて敬意を払う。
「我々を救助していただき感謝します。科特隊の隊長として貴方の勇敢のある行動に敬意を表します」
「あ、ありがとうございます!」
「礼を言われるほどのことはしていないさ。それよりも……」
神妙な顔つきになるや否や、咆哮を上げながら火の手を撒き散らす怪獣に向けて視線を送る。
獲物を見失ってしまったことに対する怒りとでも言うべきか。
未だに飛び回り続けているジェットビートルに対し、牙を剥き出しにしながら熱線を放っている。
打ち落とそうと試みているが、相手もまた辛抱強いとでも言うべきか、絶妙な操縦テクニックで回避しながら空からの攻撃を続ける。
とはいえ、やはり目立った効果は見られないのか。
寧ろ、事態の悪化が深刻化する一方となる。
具体的には怪獣が吐いた熱線が森林を焼き尽くし、災害の規模が広がりつつある。
「………」
「ま、待ちたまえ!どこに行くつもりだ?」
徐に立ち上がり、何処かへ行こうとする彼に対し、思わずムラマツが呼び止める。
いったい何処へ向かうつもりなのか。
気になったことから率直に問いかけてみた所……。
「……あの怪獣の所に行ってきますよ」
予想外の返答に対し、一瞬ばかり耳を疑ってしまう。
何の兵力もない一般市民が怪獣に立ち向かうなど自殺行為に等しい。
加えて、常識的に考えて有り得ない回答でもあったことから、暫し戸惑いながらも再度問いかける。
「な……何故かね?」
「何故と言われても……元々分かっていたはずなのに、俺がちゃんとしていればこんなことにはな……」
「?……よく分からないが、君のような一般市民が行っても何の意味も……ッ」
「その体じゃあ無理ですよ。大丈夫。何とかしますから」
結局、彼らを残したまま自ら歩を進めていき、茂みから抜け出していく。
無論、彼の後を追おうとする科特隊の面々であったが、お互いに傷を負っているせいで誰一人とも動けずにいた。
「ま、待ちたまえ!!」
ひたすら歩み続けていく彼の後ろ姿を見ながら何とかして止めようとするなか、ふと彼が動かしていた己の足を止める。
かと思いきや、続けて懐から何かを取り出した後にゆっくりと右手を天高く伸ばし始める。
多少見えづらかったものの、その手には小さなカプセルのようなものが握り締められていた。
「一体、何を―――」
と、次の瞬間。
彼の右手から眩い閃光が放たれる。
その光は……まるで燃え盛る太陽のような輝きでもあった。