個性:感染
喜んでくれたのが嬉しかったんだ。
「おぉ!すげぇ!やっぱり個性の調子が全然ちがう!!」
わたしの個性は他人の個性を強化できる。それに気づけたのは偶然だった。公園で集まったみんなで遊んでいた時、お互いの個性の見せ合いになって、家で練習したように手の内に黒靄を集めて披露したんだ。
その靄に触れた友達たちから出た言葉が「いつもと個性の調子が違う」だった。
高揚している様子で、いつもより勢いが良いらしい個性を見せびらかしてきた。
最初こそ体調の善し悪しがそのまま個性の出力に影響しているだけだと、そう考えようとしていたのが次もまた次も同じことが起きれば目を逸らし続けることはできなくなった。
個性を強化できる個性。詳しいメカニズムは分からないけど結果として、それを現実にすることができる個性だと分かってわたしは怖くなった。
世界総人口の約8割が何らかの超常能力「個性」を持つとされる超人社会。人の小さないざこざにだって超常が絡んでくるこの社会で、その超常を底上げできる個性なんてどれだけのトラブルを呼び寄せるのかそれが想像できないほどに鈍くはないつもりだ。
親にも言えなかった。見せ合いで見ていた者達もわたしの個性がいかに危ういものか察して秘密にしようと約束してくれた。
「なぁ、みんなに内緒で例のしてくれない?」
約束、してくれた筈なんだけど。
個性を能力以上に発揮できる、彼はその味を知ってしまって忘れることができないと。わたしが不用意にしてしまった行動が原因で苦しんでいると、そう言われてしまって断ることができなかったのもある。
面倒ごとになるのは目に見えていた。
けど、それでも。
喜んでくれるならと、彼を知っていたから手を貸したんだ。
「あいつにしたんなら、私にもいいよね」
そうして強化された個性を見て、なにが起きたのか察した者達が不平等を訴えてきた。
当然だ。分かり切っていた展開過ぎる。一人を優遇すれば他が黙っている訳がない。こうなるのが自然な流れ。
詭弁で断る理由付けをしたとしても、とても芽生えた不公平感を払拭できそうになかった。そしてそうなれば、辿る末路なんて決まっている。
その後もこっそりと
次から次に、無遠慮に。
「……ヒーローって凄いんだな」
数人の仲間たちだけでこれなんだ。
当たり前に社会のいろんな人が助けを求めてくるなんて、とても身が持ちそうにない。みんなから必要とされるのがこういうことを意味するなら、わたしは人助けなんてしたくない。
嫌気が取れない毎日にいつの間にか、そんな虚ろな本音が腸の奥底で焦げ付いていった。
「手を、出して」
そんな日常でいつものように求められて相手の手を握ったある時、ふと魔が差したんだ。
はたしてこの個性でできることは、本当にこれだけなのだろうか。
握る手の相手を一瞥する。
さっさとしてと無言で語る、こちらを急かすような鋭い睨みつけ。けれどそれだけ、あまりに無防備。わたしには何もできないと高を括っている。
もし、もし。
『トオウ、アナタガ、ワタシノマスターカ』
「いっちに、さんし」
膝を曲げ伸ばす。一動作の度に身体だけでなく意識もまた徐々に研ぎ澄まされていく感覚が心地よい。全身が緊張で凝り固まる数歩手前、緊張と集中を程よいバランスで。この状態をできる限り維持する。
周りを見渡す。
自信で満ちた者、緊張しているのが丸わかりの者、わたしと同じように心身を集中させている者。それぞれが各々の過ごし方で開始時間を待っている。
これから始まろうとしている実技試験。
雄英高校ヒーロー科。
今も現役で活躍する数多くのトップヒーローを輩出した、入試倍率300を誇り誰もが憧れる名門校。そこに入学するための最大関門。勉学でまだどうにか対策ができる学力テストと違い、詳細が不明で警戒していた内容はなんとも、本音を語れば少しだけ肩透かしを食らうものだった。
試験会場で跋扈する
「さて、方針はどうするか」
機動力と戦闘能力は実際に試すまで確証はないが、どうにかなるだろう。
それより問題は索敵。ロボットが配備しているのと見当違いな場所に突っ込んでしまえば、合格までの点数を稼ぐ前に狩り尽くされてしまうのが一番有り得てしまう不合格ルート。
それを避けるためにできる一番の安全策は、ロボットの動向を把握して迷いが無い動きをしている人物に追随して横取りすることだけど。
「明らかな漁夫の利、というのもどうだか」
ヒーローになるといっている未熟者が協力でなく、最初から他者を都合よく使おうとするのはどうなのか。
それにこの方法では出遅れてしまう。受験者の動きを一々盗み見て追随する相手かどうか選定するなんて、もうその時点でスタートダッシュに差が出る。
もう一つ、方法は思い浮かんでいるけど。
あれはまだ、こんな大人数でやるのは怖過ぎる上、下手すると他の受験者を後押しする結果になってしまう。
そもそも大前提として、これは実技試験。
どういう選択をしてどういう行動に移すのか。その一つ一つが見られていて採点の対象になっていると考えた方がいい。
『はい、スタート!』
あっ、そういうことする。
『どうしたぁ!実践にカウントなんぞねんだよ!走れ走れ!賽は投げられてるぞ!』
忙しなく一斉にスタートを切る音が背後からしたのを無視して先頭を行く。出来ればしたくなかったけど、これはもうしのごの言ってられない。
吐く息に紛れ込ませ口角から黒靄を後ろへと。制御を外れないよう細心の注意を払って、小規模で後ろの数人にのみ
「これでもう、倒されてロボットがいない区域をある程度把握できる」
個性の調子をいつもより良くしてしまうから正直やりたくないが、それと同時に順調な人達の動きを把握できるのは値千金だ。
感染力の制御を間違え、人から人に拡大してしまったら大惨事だが。
大丈夫、なはずだ。
「もうやったこと、あとは制御域のコントロールに注視」
不安は拭えないがさっさと切り替える。もう試験は始まっている。下手なことに集中力を分散させていたらそれこそ足元を掬われる。
手足に黒い斑点が浮かぶ、体内の
『標的確認!!ブッ殺ス!』
無駄に、殺意が高くないか。
二体。両腕の装甲でデカデカと主張する1の数字、試験会場に放たれているロボット群の中で最も弱いタイプでこれだけ攻撃性剥き出しにして勢い良く突撃してくる。ホイールを鳴かせ、人なんて楽々潰せる鋼鉄の塊、この試験の行く末を占う試金石に十分だ。
『ブッコ――……』
――頭部ユニットを握り潰す。
全速で迫ってきたロボの動きは単純そのもので、ロボの勢いにも負けずすれ違い様に頭部を苦も無く引き千切れた。更に指先を突き立てる、カメラのレンズが最初に割れ装甲ごとひしゃぐ音が響く。
「よし、次」
首ごと無くなった機械の身体が勢いのまま豪快に地面を転がっていく。
ロボの性能がこのレベルなら増強具合は試験最後まで持ちそうだ。
「ひっ!」
他の受験生が追い付いてきた。
制御を失い派手に音を立てて転がるロボの残骸に驚いているようだが、続々と後続は流れ込んでくる。まだ2ポイント、さっさと次を。
「……こんなん、どうしろって」
あぁ、なるほど。
驚いていた以外にも試験内容を伝えられた時点でもうすでに悟ってた組か。
この実技試験はあまりにも直接戦闘に偏り過ぎている。内容が説明された時点で自分の個性ではどうやろうと合格に届かないと察してしまった者達がでてもおかしくないとは思ったが。
「だからなんだって話!」
ただ競争相手が減った。諦めた者がロボに立ち向かおうなんてしない。得点源を減らす存在が一人少なくなっただけのこと。
感染させておいた者達も激しく動き回ってる。悠長にしてられない。このまま道を直線に進めばまだ誰も入っていない区画の筈だ。
あちこちから反響した破壊音が聞こえてくる。本格的な奪い合いが始まった。倒しては移動してまた倒してと、2点や3点のロボも難なく倒しても早い者勝ちであることを常に意識する。獲得した得点を計算して念頭に置きつつも、安全圏なんて考えを追い出して緊張を保つ。
「……そろそろきついか」
試験時間残り2分。
眩暈が激しく息も上がる。脚に疲労が重く絡みつく。試験内容的に常に動き回っていないといけないのに、これ以上は動きに繊細さが欠いて肝心のロボ相手に遅れを取りかねない。
消耗が予想よりも早い。全力疾走からの戦闘、その繰り返しがここまでキツイものとは。
「おい!なんだアレ!?」
誰かの悲鳴じみた叫び。
それに遅れて試験会場そのものが揺れだす。
震源は探さずとも目に見えてあからさまだ。見上げる建造物のさらに上から伸びる巨影。他のロボットごと踏み潰せる圧倒的サイズ、振り上げた拳一つで地鳴りを起こし、邪魔な建物をまるで伸びた雑草をかきわけるみたく強引に進行している。
アレが、ステージギミック・0ポイント仮想
「アレを単なるギミック扱いはないでしょ」
本体の進みだけじゃない。破壊された建物の破片が飛び散って下敷きになった人もでるだろ。
説明が足りなさすぎ。分かり易く、意図して詳細な説明を省いている。マップギミックにしては大掛かり、意味もなくあんな規格外を投入するとはあり得ない。
アレは、どういう目的で置かれて。
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
圧倒的脅威。
ここまでのロボットとは正しく別次元の
我先に標的を求め前へと、競い合っていた者達が一斉に来た道を戻っていく。
敵から背を向けて、自分の身の安全を最優先に。
「そういう、こと」
試験に秘められた裏の意図その輪郭を掴みかけたが理解の深度を深めずにさっさと手放す。事態は急を要する。頭脳労働は隅に追いやる。
会場の空気は別の熱に包まれた。ぶつかりせめぎ合う熱から一転、敵から追われて逃げる必死さが会場全体に伝播している。
あの巨大ロボの相手はできない。立ち向かっても為す術なく払われて終わりだ。切り換えろ割り切れ、呑まれるな。やれることは限られている。
『ブッ殺ス!!』
「ひっ!」
一つは、戦意が完全に折れた者達を狙うロボットたちを逆に狩る。
平時ならロボットにロックオンされても難なく立ち回れる者だろうと、粉々に砕けた戦意を器用に繋ぎ合わせるメンタルコントロールなんて誰もができる技術じゃない。
ロボは標的に一直線で、狙われた方が撃退する心配もない。
つまり今なら、周囲をデコイにし放題だ。
「ぁっ、助かった!ありがとう!!」
「逃げれるならさっさと行って」
もう一つ、
だがそれは本当の最終手段だ。試験後に後遺症で苦しむ者が出たなんて流石に寝覚めが悪い。
「――ぁぁ、霞みかかってきた」
思考が白で塗り潰される。
脚から芯が抜けていく感覚にそのまま全身ごと持ってかれる。
支えを失って倒れた時点でわたしの試験は終わり。
だが真面に動くどころか、立つ体力すら底を尽きてきた。
これ以上、できることなんて――
「もう知るか、こんなの」
それは一度聞いた誰かの声。
さっきよりさらに投げやりで、声の主が自暴自棄に立ち尽くしている。
その眼前にロボがいるというのに。
気がつけば、駆け出していた。
「絶望するなら他所でやって」
口から零れる悪態とは裏腹に。
崩れた無様なフォーム、走るというよりも、前傾した身体が倒れる勢いで一直線に彼の元へと。一歩踏み出す度に身体が瓦解していく、まとまりを失い解れる理性に自ら止めを刺している。しかし、自分自身が壊れていく感覚がブレーキにならない、寧ろ削れれば削れるほど、目的だけをよりクリアに見据えられるようになっていく。
――あともう少し。
もう、わたしの間合いに差し迫っている。
拳を握ろうとしても指先はとうの昔に力尽きた。
脚は駆けることで精一杯。
ありとあらゆるパーツという部位がわたしの呼掛けをボイコットしている。なけなしの残りカスすら燃え尽きたのだと、一丸となって抗議してくる。
――なら、このままでいい。
できることが一つならば、逆に割り切り易い。
拳はいらない、脚も駆けるだけでいい。それだけに注力する。
迷えばその分だけ勢いを失う。
今はただただ真っ直ぐ、全力で、敵にぶつける勢いを生む。
視界のすべてがブレ、敵の姿だけは見据える。
思考はとうに機能不全。残されたのは、前へと、剥き出しにした衝動のみ。
激突の瞬間、骨からきしむ嫌な音が鼓膜の奥で弾けたが、それすら遠い世界の出来事のようだった。衝突からの衝撃が頭蓋から足先までかけめぐる、骨が軋む音を無視し、死に体の自重のすべてを敵に傾けてぶつける。
遠いどこからか、何かが崩れる音がする。
それがなんなのか、わたしのこの行動がどういった光景を生み出しているのか。
もう、確認する術がなかった。
ブラックアウトする意識の中、どうにか最後に聞こえたのは試験終了を知らせるアナウンスだった。
「……41点か」
帰り道の電車。出入口付近にある手すりに寄り掛かって揺らされて、過ぎ去っていく景色がそのまま脳内を素通りしていく。折れた鼻の無事を指先でいじって確認しつつ、考えられるのは実技試験のことのみ。
これはどうなんだろうか。
点は取れた方だ。そう確信できるほどの手応えはある。
けれどそれだけじゃない筈だ。あの試験で見られていたのは。
ヒーローに求められる能力、ヒーローとしての素質。
素質があろうと能力がなければ話にならず。
能力があろうと素質を自覚しなければ潰れて終わる。
だからこそ、そのどちらをあの名門校が要求してくるのもなんらおかしいことじゃない。
能力はあの敵ロボットを通してだろう。
問題は素質というのをどう定め、どう採点しているのか。
具体的な評価項目とは何か。加点式か、減点式か。受験生のわたしに詳細が公表されることはないだろうし結局、もうこうして帰路についている段階で悩んでも仕方がない。
「あの無駄にデカいステージギミックが鍵だったら、早々にお手上げだけど」
ああいう理不尽相手にどう立ち回るのかを見ているのだとしたら、わたしは逃げた者達と大差ない。何かをするどころか、早々に何もできないと見限ってあの巨大ロボに近づいてさえいないのだから。
「……ヒーローとしての素質、ね」
はたして雄英高校側がどういった資質を重要視しているのだろう。
あのオールマイトのようなアイコニックさか。
あのエンデヴァーのようなストイックさか。
あのベストジーニストのような品行方正さか。
それともあれら全部を肯定的に捉えているのか。
「まぁ、どうしたってわたしが持ち合わせていないものだ」
人々は言う、オールマイトこそが最高のヒーローだと。
けれどもし、ヒーローの
わたしはヒーローなんて、目指さなかっただろう。
「本当なんでヒーローなんて」
ヒーローは、わたしから最も縁遠い。
そんなことは分かっている、嫌というほどわたし自身が理解している。
それもこれも、あの夢だ。
いつから見始めたのか忘れてしまった夢。少女の健気な願いに機械的に叶え続けるあの夢が、境界線を敷こうとしたわたしを嘲笑うかのように、もう心の奥底でわたしの一部になってる。
ただの夢に大袈裟な、そんな一般論で叩き端正しようとしたのも過去だ。夢の中の光景、少女と騎士はあまりに、無垢な無邪気さで包まれた現実を伴っていた。
『お父さんたちを呼んでくれたんだね』
『かみなり、怖いよう……』
『今ならもう、お父さんもお母さんも、誰も町から出て行かないよね』
『ぜんぶ、ぜんぶもとにもどしてください』
『わたしを、ずっとずっと、ひとりぼっちにしてください』
震えながら掴んできた少女の小さな手がいつまでも感触を残す。
自分のじゃない心の傷に振り回される。
テレビの中の登場人物と心を無理矢理同調されているかのような、身に覚えのない感情を強引に注がれている。気色悪い、気味が悪い。自分の身に起きている現象が不気味で仕方がない。
それでも、もしできるのなら。
弱々しいあの震えを、減らすことができたらと。
「……もう、着いた」
自己満足。
何もしないことに納得できないから、苦しんでいる違う誰かを救う。
わたしがヒーローを目指すのは単なる代償行為。今も、わたしの心中で渦巻く衝動に蓋をするなんてできそうになかっただけ。
その果てにまともな最期が待ち受けていないと理解していても――
これはそう、死に向かって生きる人間が破滅するまでの道中なんだ。