■金持ち大学生「どうしたん? 大丈夫? 話きこか?」   作:あばなたらたやた

3 / 3
三話:比べられるということ

 

③椎名立希

 

 羽丘女子学園中等部。

 豊川グループの施設整備に関する打ち合わせを終えた真我は、校舎脇のベンチで一息ついていた。

 

 昼休みの校庭には、生徒たちの賑やかな声が響いている。その中で、一人だけ壁にもたれ、缶ジュースを飲んでいる少女が目に留まった。

 

 黒髪の少女。

 CRYCHICでドラムを担当していた、椎名立希だった。

 真我は少しだけ考えたあと、ゆっくり歩み寄る。

 立希もその視線に気づき、鋭い目を向けた。

 

「……何か?」

 

 警戒心を隠そうともしない声。

 真我は軽く頭を下げる。

 

「すみません。不快な気持ちにさせてしまいましたね」

 

 真我のその一言に、立希は少しだけ眉をひそめる。

 

「僕は豊川真我です。祥子さんの兄です。この前のライブ、とても素敵でした。」

「……は?」

 

 立希は目を丸くした。

 

「えっ!?」

 

 思わず声が裏返る。

 

「兄……?」

「はい」

 

 真我は穏やかに笑う。

 

「映像で拝見しました。皆さん、本当に楽しそうに演奏していました。ボーカルの方の心が伝わって来ました」

 

 立希は気まずそうに視線を逸らした。

 

「……別に、私はそんな大したもんじゃない。でも燈は見る目あるよ」

「ううん、そうかな」

「はいはい、社交辞令どうも」

 

 少し棘のある返し。しかし真我はまったく気にした様子もなく頷く。

 

「そう思われても仕方ないですね。でも、本心なんですよ」

 

 立希は拍子抜けしたような顔になる。

 普通なら少しくらい言い返してくる。だが、この青年は何も返さない。

 肯定もしない。

 否定もしない。

 ただ、そのまま受け止める。

 

「……変な人」

 

 思わず漏らす。

 真我は小さく笑った。

 

「よく言われます」

「褒めてない」

「うん、分かっています」

 

 立希は缶を握り直した。

 

「……で」

「祥子の兄が私に何の用?」

「少し、お話しできたらと思って」

「断る」

「当然」

 

 立希の返答に、真我は即座に頷いた。

 

「それも立希さんの自由です」

「……」

 

 押してこない。だから逆に気になる。

 

「……少しだけ」

 

 立希はぶっきらぼうに呟いた。

 

「ありがとう。」

 

 真我は嬉しそうに笑う。

 

「改めて、CRYCHICでは祥子さんがお世話になりました。共に過ごしてくれてありがとう」

「……私は」

 

 立希は少しだけ言葉を探した。

 

「祥子に誘われただけ」

 

 だから、お礼を言われる必要ない。そういうニュアンスだった。

 

「でも、続けたのは立希さん自身でしょう?」

「……まぁ」

「なら、それは立希さんが望み、選んだことです」

 

 立希は黙る。

 真我が言う。

 

「ドラム、好きなんですね」

「……好き……かな。だけど」

「だけど?」

「いや」

 

 立希は首を横に振る。

 真我は言う。

 

「演奏を見ていてそう感じただけです」

「……そう。」

 

 立希は少し照れくさそうに鼻を鳴らした。少しだけ空気が柔らかくなる。

 真我は何気なく尋ねた。

 

「月ノ森でも、活躍されるでしょう」

「そっちはいかない。羽丘」

「おお、月ノ森ではなく羽丘を選んだんですね。理由を聞いても?」

 

 立希は一瞬だけ眉を寄せた。

 

「無理には、言いませんが」

「……姉がいるから」

「お姉さん?」

「椎名真希」

 

 短く答える。

 

「どこへ行っても「『真希さんの妹だ』って言われる」

 

 立希は小さく息を吐いた。

 

「面倒なんだよ。そういう風にちやほやされるのも。比べられるのも。だから別の学校にした」

「なるほど。」

 

 立希は少し身構える。

 お姉さんとは仲良くしろ。贅沢な悩みだ。逃げたの?

 そんな言葉が返ってくると思っていた。

 しかし。

 

「立希さんらしい選択ですね」

「……は?」

「自分を見てほしかった。お姉さんの妹じゃなくて。椎名立希として」

 

 立希は目を見開いた。

 

「それって、おかしいことじゃありません」

 

 真我は静かに続ける。

 

「誰かの影ではなく、自分として見られたい。それは、とても自然な願いです」

「……」

「だから、学校を変えたことも逃げたとは思いません。むしろ、自分で自分の道を選んだ。それは尊いことだと思いますね」

 

 立希は何も言えなかった。

 今まで誰にも、そんなふうに言われたことがなかった。しばらくして、小さく口を開く。

 

「……あんた」

「はい」

「祥子と全然違う」

 

 真我は少し考えてから笑う。

 

「よく言われます。兄妹でも、性格は別ですから」

 

 立希は思わず小さく吹き出した。

 

「……変な兄妹」

「そうかもしれません」

 

 穏やかに笑う真我を見て、立希は肩の力を抜いた。初対面なのに、不思議と居心地が悪くない。無理に踏み込まず、否定もせず、それでいてちゃんと自分を見て話してくれる。

 そんな大人は、今まであまり出会ったことがなかった。

 

「……また会ったら。」

 

 立希は少しだけ照れくさそうに視線を逸らす。

 

「その時は、少しくらい話しても、いいです」

 

 真我は嬉しそうに微笑み、小さく頭を下げた。

 

「ありがとう。次に会えるのを楽しみにしています、立希さん。」

 

◼️ 真我はノートを取り出し、静かに書き綴る

 

 ……立希さんは、思っていたよりずっと素直な子だった。

 口調は鋭い。警戒心も強い。でも、それは人を傷つけたいからじゃない。

 自分を守るためなんだろうな。

 最初に断られた時も、嫌われたとは思わなかった。知らない大人に警戒するのは当然だ。むしろ健全なくらいだ。

 少し意外だったのは、お姉さんの話だった。

 

「真希さんの妹」

 

 その呼ばれ方が嫌だった。

 最初は、姉妹仲が悪いのかと思った。でも違う。彼女はお姉さんを否定しているんじゃない。

 自分の存在を肯定してほしいだけなんだ。

 

 「誰かの妹」じゃなくて、「椎名立希」として、それは、とても自然な願いだ。

 ……人は時々、そういう願いをわがままだと言う。

 

 親の七光り。

 兄弟姉妹が優秀なら幸せだろう、と。でも違う。比較され続ける人生は、自分の輪郭が少しずつ曖昧になっていく。だから彼女は、自分で学校を選んだ。

 

 逃げたんじゃない。自分の人生を選びに行った。

 僕にはそう見えた。少しだけ、祥子さんと似ているとも思った。

 二人とも、誰かが決めた道じゃなく、自分で選ぶことを大切にしている。でも決定的に違う。

 祥子さんは、誰かを守るために自分を選ばなかった。

 立希さんは、自分を守るために自分を選んだ。どちらも間違いじゃない。ただ、人生の向いている方向が違うだけなんだ。

 それにしても「変な人」。

 あれは褒め言葉じゃなかった。でも、少し嬉しかった。たぶん彼女は、思ったことをそのまま口にする。

 

 だから最後の「また会ったら」あれも本心なんだろう。少しだけ距離が縮まった。それだけで十分だ。急ぐ必要はない。

 信頼は、積み重ねるものだから。

 内なる自分が問いかけてくる。

 

「今日は珍しく、君から質問が多かったね」

 

 そうかな。

 

「祥子や睦には、『心を整理する』ために話していた。立希には、『立希という人間を知る』ために話していた」

 

 ……そうかもしれない。

 今日は相談じゃなかった。

 初対面だったから。

 まずは、安心して話せる相手だと思ってもらうことが大事だった。

 

「そして君は、一つだけ気付いた」

 

 何を?

 

「立希は、評価を嫌っているんじゃない。他人が作った評価で、自分を決められることを嫌っている」

 

 ……ああ。だから僕は、「お姉さんはすごいね」じゃなくて、「立希さんらしい選択ですね」と言った。

 彼女が聞いてほしかったのは過去じゃない。今の自分だったから。

 

「そう。人は承認されたいわけじゃない。理解されたいんだ。立希は、『すごいね』では動かない。『君はそう考えたんだね』と言われた時に、初めて心を開く」

 

 だから最後、「また会ったら」と言ってくれたのか。

 

「その通り」

「今日は相談を解決した日じゃない。」

「相談できる関係を作れた日だ」

「カウンセリングは、問題を解決する技術ではない」

「相手が『また話そうかな』と思える関係を築く技術でもある」

 

 ……次に会った時は、今日より少しだけ深い話ができるかもしれない。

 それでいい。

 信頼は、一度に得るものじゃない。少しずつ積み重ねていけばいいんだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

地の底にて(作者:イナバの書き置き)(原作:BanG Dream!)

Ave Mujica相当じっとりめラブコメ。


総合評価:984/評価:8.94/連載:16話/更新日時:2026年07月06日(月) 20:00 小説情報

忘却と不忘のアンサンブル(作者:川葉)(原作:BanG Dream!)

どうして連れていってくれなかったの。なぜ何も言わずに消えてしまったの。▼その答えを得るまで私は──


総合評価:251/評価:8.3/連載:22話/更新日時:2026年07月13日(月) 00:00 小説情報

二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜(作者:Tmouris_)(原作:BanG Dream!)

芸能人森みなみに引き取られた少年若葉結月。▼義妹の睦と過ごす“静かな日常”は、どこか演じられた家族のようだった。▼そんなある日、教室で出会ったのは空ばかり見ている少女高松燈▼言葉にならない感情とすれ違う心が、少しずつ揺れ始める▼『MyGO!!!!!』『Ave Mujica』の世界線をなぞる、音にならない想いが交わる――“二人だけの音”の物語。


総合評価:412/評価:8.71/連載:32話/更新日時:2026年06月24日(水) 21:01 小説情報

千早愛音は恋愛弱者である(作者:腸煮えくり返り丸抜刀)(原作:BanG Dream!)

千早ってオリ主と殴り合うのは似合うけど付き合うのは解釈不一致かもしれない。


総合評価:256/評価:8.78/連載:3話/更新日時:2026年07月03日(金) 17:00 小説情報

白馬姉「私の弟は最強なんだ!」(作者:ボックス)(原作:恋姫†無双)

地味な彼女に、最強の弟を生やしてその脳をこんがりとウェルダンにしてもらいました


総合評価:17341/評価:8.77/完結:16話/更新日時:2026年03月25日(水) 19:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>