BanG Dream! 〜もし恋人がいたら〜   作:あきと。

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牛込りみ(2)

 

 

 ゆりさんは僕たちの様子を見て、満足そうに笑った。

 

「ふふっ、十分楽しませてもらったし。私は席を外そうかな」

 

「お、お姉ちゃん?」

 

「部屋で仕事してるから、あとは二人でごゆっくり〜」

 

「え?」

 

 僕が思わず聞き返すと、ゆりさんは悪戯っぽく人差し指を立てた。

 

「恋人同士なんだから、二人きりの時間も大事でしょ?」

 

「お、お姉ちゃんっ! 恥ずかしいよ」

 

 りみちゃんの顔が一瞬で真っ赤になる。

 

「はいはい、分かってる分かってる」

 

 くすっと笑うと、ゆりさんは僕へ向き直った。

 

「彼氏くん」

 

「はい」

 

「りみはすごく照れ屋だけど、無理はしない子だから」

 

「……はい」

 

「だから、これからも今みたいに自然に笑わせてあげてね」

 

 その言葉には、姉として妹を想う優しさが込められていた。

 

 僕はまっすぐ頷く。

 

「もちろんです」

 

「うん、それなら安心。これからもよろしくしてあげてね」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 ゆりさんは満足そうに微笑むと、キッチンを出る前に振り返った。

 

「あと、焼き上がったら一個ちょうだいね?」

 

「あ、はい! もちろんです」

 

「もう、お姉ちゃん!」

 

「冗談冗談。じゃ、ごゆっくり〜」

 

 ひらひらと手を振りながら、二階へ上がっていく。

 

 階段を上る足音が少しずつ遠ざかり、やがて静かに部屋の扉が閉まる音が聞こえた。

 

 その瞬間、家の中は驚くほど静かになる。

 

 さっきまで笑い声で満たされていたキッチンには、時計の秒針が時を刻む音だけが響いていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人きり。

 

 改めてそう意識すると、不思議なくらい緊張してしまう。

 

 隣を見ると、りみちゃんも同じだった。

 

 エプロンの裾を指先でぎゅっと握り、小さく俯いている。

 

 さっきまでゆりさんにからかわれていたからだろうか。

 頬はまだほんのり赤い。

 

「ご、ごめんね……」

 

「え?」

 

「お姉ちゃん、いつもあんな感じだから……」

 

 申し訳なさそうに眉を下げるりみちゃん。

 

 そんな表情をさせたくなくて、僕はゆっくり首を横に振った。

 

「僕は楽しかったよ」

 

「ほんと?」

 

「うん。仲のいい姉妹なんだなって思うよ。見ていてすごく温かい気持ちになった」

 

 その言葉を聞くと、りみちゃんはほっと胸を撫で下ろした。

 

「ありがとう……」

 

 優しく微笑むその笑顔は、さっきまでの照れた表情とはまた違って穏やかだった。

 

 その笑顔を見ているだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。

 

「それじゃあ、続きを作ろうか」

 

「うん!」

 

 二人は気持ちを切り替えるようにボウルの前へ並ぶ。

 

 発酵を終えた生地は、最初に見た時よりもふっくらと膨らみ、柔らかな香りを漂わせていた。

 

「わぁ……」

 

 りみちゃんが目を輝かせる。

 

「すごく膨らんでる」

 

「発酵、大成功だね」

 

「うん!」

 

 そっと指先で生地を押してみる。

 

 柔らかく沈み込み、ゆっくり元へ戻る様子を見て、りみちゃんは嬉しそうに笑った。

 

「なんだか生きてるみたい」

 

「パンって不思議だよね」

 

「うん。だから好きなんだ」

 

 その笑顔は本当に楽しそうで、料理が好き……。というよりは、チョココロネが好きなんだという気持ちが自然と伝わってくる。

 

「じゃあ、ガス抜きしていこう」

 

「うん」

 

 二人並んで、生地を優しく押して空気を抜いていく。

 

 力を入れすぎないよう慎重に。

 ふわふわの感触が手のひらに伝わってくる。

 

「彼氏くん、こうかな?」

 

「うん、そのくらいで大丈夫」

 

「よかったぁ」

 

 安心したように笑うりみちゃん。

 

 その笑顔につられて、僕も笑みを浮かべる。

 同じタイミングで次の生地へ手を伸ばした、その時だった。

 

「あっ」

 

「あ……」

 

 指先が少しだけ触れる。

 二人とも反射的に手を引っ込めた。

 

「ご、ごめん!」

 

「ううん!」

 

 顔を見合わせる。

 

 そして。

 

「えへへ」

 

「あはは」

 

 どちらからともなく笑い声が漏れた。

 

「今日、なんだかいっぱい照れちゃうね」

 

 僕がそう言うと、りみちゃんは照れ笑いを浮かべる。

 

「だって……」

 

「?」

 

「彼氏くんがお家に来てくれてるから」

 

 その一言だけで十分だった。

 

 今日この日を、彼女も楽しみにしてくれていたのだと分かる。

 

「僕もだよ」

 

「え?」

 

「りみちゃんとこうして料理するの、ずっと楽しみにしてた」

 

「……ほんと?」

 

「うん」

 

 そう答えると、りみちゃんは少しだけ照れながらも嬉しそうに微笑んだ。

 

「私もだよ」

 

 その短い言葉だけで、十分気持ちは伝わった。

 

 生地を切り分け、一つずつ細長く伸ばしていく。

 

「ここからコロネの形にしていくんだよね」

 

「うん」

 

「彼氏くんは先生だね」

 

「そんな大げさな」

 

「だって、お菓子作りも料理も私より上手なんだもん」

 

「そ、そうかな?」

 

 りみちゃんは楽しそうに笑った。

 

 細長く伸ばした生地を金属の型へ巻き付けていく。

 

「こうやって少しずつ重ねるように」

 

「こう?」

 

「うん、いい感じ」

 

 真剣な表情で巻いていくりみちゃん。

 けれど途中で少しだけずれてしまう。

 

「あっ……」

 

「大丈夫?」

 

「うん。でも、ちょっと曲がっちゃった……」

 

 少し残念そうに完成したコロネを見つめる。

 僕は隣に並べて見比べた。

 

「僕はこっちの方が好きだけどな」

 

「え?」

 

「手作りって感じがして、りみちゃんらしい」

 

「も、もう……。彼氏くん」

 

 照れたように笑いながら肩を軽く叩かれる。

 

「すぐ褒めるんだから」

 

「本当のことだよ」

 

「そういうところだよ……」

 

 また顔を真っ赤にする。

 その反応が可愛くて、僕まで照れてしまう。

 

 型に巻き終えたコロネを天板へ並べる。

 少しずつ完成が近づいてきた。

 

「えへへ」

 

「どうしたの?」

 

 りみちゃんは並んだコロネを眺めながら、小さく笑う。

 

「こうして並んで料理するの、なんだか新婚さんみたいだなって思っちゃって……」

 

「えっ……」

 

 言った本人も気付いたらしく、慌てて両手で口を押さえた。

 

「あっ……!」

 

 耳まで真っ赤になっていく。

 

「私……ご、ごめん! 今の忘れて!」

 

 慌てる姿があまりにも可愛くて、思わず笑みがこぼれる。

 

「ううん、忘れないよ」

 

「え?」

 

「いつか本当に、こんなふうに毎日一緒に料理できたら幸せだろうなって、僕も思ったから。それって、夫婦みたいだよね」

 

 りみちゃんは大きく目を見開いた。

 その瞳がゆっくり潤んでいく。

 

「……うん」

 

 小さく頷き、照れながらも嬉しそうに笑う。

 

「朝、一緒にご飯を作って……」

 

「休日は今日みたいにパンを焼いて」

 

「買い物も一緒に行って」

 

「帰ってきたら、一緒に『いただきます』って言う」

 

 二人で未来を少しだけ想像する。

 

 まだ先の話。

 

 でも、不思議とその光景が自然に思い浮かんだ。

 

「私も……そんな毎日が来たら、すごく幸せだよ」

 

 りみちゃんは少し照れながら、それでも真っ直ぐ僕を見つめてそう言った。

 

「僕も」

 

 自然と笑い合う。

 そんな毎日が来る。ううん、そんな毎日にさせてみせる。

 

 オーブンの予熱完了を知らせる電子音が静かなキッチンに響いた。

 

「あっ、焼けるよ」

 

「うん!」

 

 二人で顔を見合わせ、同時に笑う。

 

 今日一番の笑顔だった。

 甘い香りに包まれるまで、あと少し。

 

 二人で作る初めてのチョココロネは、きっと世界で一番おいしいパンになる。そんな予感がしていた。

 

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