二人が向かったのは、学校からもっとも近い遊園地。
規模はそこそこで、特に家族連れの来園者から評判が高い。現に今も、平日の昼間だと言うのに、小さな子供がはしゃぐ姿があちこちで見られ、そこそこに賑わっていた。
初めてそこを訪れたフェイトは、新鮮な気持ちでパンフレットを眺める。
ジェットコースターや観覧車など、定番どころのアトラクションは抑えてあり、ベンチ等の休憩スペースが数多く設けられている。住宅地からほど近いこともあって、ターゲット層は明確に子供連れに絞られている。
そう言う理由から、中学生にはいささか退屈かもしれないとユウは言った。
「本当は、別のところに行きたかった」
オールストン・シーに行きたかったとユウは話す。
そこなら遊園地と水族館がセットになっていて、規模も大きいし、アトラクションの数も多いから、そっちの方が楽しかっただろうと。
「けど、もう昼も過ぎたし明日も学校だ。だから諦めた」
「ユウのことだから、『学校なんてサボってしまえー』って言うのかと思った」
「俺一人だったら好きにしたけど、フェイトもいるしさ」
「私は別にいいよ。ユウと一緒なら」
「リンディさんに怒られてもいいなら、今すぐ行くが?」
「……ごめん、やっぱり無理かも」
すでに学校をサボって遊園地に来ていることを失念しながら、そんな会話で盛り上がる二人。
いつの間にか、フェイトはユウの顔を見て話せるようになっていた。
ここ最近の取り乱し様はなんだったのだろうと、自分のことながら不思議に思う。こんなに簡単に治るのだったら、もっと早くそうしていればよかったと思った。
「フェイトは何に乗りたい?」
「何がいいかな……やっぱりジェットコースターかな?」
「魔法で飛ぶのに慣れてると、ちょっと退屈かもしれないけど」
「自分で飛ぶのと乗り物に乗るのとじゃ違うと思うけど……ユウだって空飛ぶんだからわかるでしょ?」
「どうだろう。あんまり気にしたことないや」
フェイトは苦笑する。
他人に対してはあれこれと気にかける癖に、自分の事となると途端に無頓着になるところはなのはとよく似ている。
「ユウは何か乗りたいものはある?」
「特には。フェイトの乗りたいものに乗ろう」
けれど、なのはの方がまだマシなのかもしれないと、フェイトは思った。
少なくとも、遊園地に来てまで自分の意見を言わないなんて、なのははしないはずだから。
「ジェットコースターはあっちだな」
歩き出すユウの隣で、フェイトはパンフレットを眺める。
記載されているいくつかのアトラクション。当然、心惹かれるものがあれば、惹かれないものもある。
ユウはどんなアトラクションが好きなんだろう。
そのことが知りたくて、けれど、聞いたところでろくな返事は返ってこないことを悟りながら、話題を振ってみる。
案の定、ユウは答えに窮し、明確な答えを得られないままジェットコースターに乗り込むことになった。
◇ ◇ ◇
ジェットコースター、お化け屋敷、コーヒーカップ。
いくつかのアトラクションを堪能した後、二人は飲み物を買って休憩することにした。
屋内の休憩所は暖房が効いていて暖かく、二人の他にも遊び疲れた来園客で賑わっている。
対面して座る二人。フェイトはカフェオレを、ユウは冷たい緑茶を頼んでいた。
「ユウ。コーヒーカップ回しすぎ。危ないでしょ?」
「あの程度で目を回すとは。フェイトもまだまだ修行が足りん」
「私は平気だけど……でも、ユウは吐きそうになってなかった?」
「吐きそうになってない。えずいただけ」
「何が違うの?」
えずくことは吐きそうになることではないのか。
フェイトの認識ではその通りだったが、「全く違う」と自信満々に断言するユウを相手にそれ以上の追求は憚られた。
ユウにはユウの価値基準があるのだろうと、一人納得して話を戻す。
「とにかく、子供が真似するからやっちゃダメだよ」
「フェイトは子供に優しいなあ」
ユウの視線が横に向けられる。つられて、フェイトもそちらに目を向けると、姉妹と思われる子供が二人。そのすぐ近くに両親らしき人が座っていて、母親が子供たちに「あまりはしゃがないの」と注意しているところだった。
叱られてシュンとしてしまった子供を見て、フェイトは思わず微笑んだ。
「かわいいね」
「そうだな」
思いのほか、心ここにあらずという調子が返ってきた。
フェイトは視線を戻してユウを見る。
家族を見ていたユウはどことなく上の空で、フェイトの視線に気づくと優しげな微笑みを作った。
「フェイトは、きっといい母親になるな」
「……そうかな?」
「なるよ。絶対」
紙コップを傾けるユウを見ながら、フェイトは「母親……」と呟く。
気がついた時には、勝手に口が動いていた。
「でも、私は普通じゃないから、母親にはなれないかもしれないよ?」
言ってから、しまったと思った。
せっかく遊園地に来ているのに、妙なことを口走ってしまった。空気を悪くしてしまう。
「……ごめん気にしないで……」
「大丈夫」
誤魔化そうと慌てて発した言葉に、ユウの言葉が被さった。
「大丈夫だよ」
「ユウ?」
緑茶を飲みながら、当たり前のことを言うようにユウは言った。
「もし何か変なことになったとしても、なのはもはやても、クロノやエイミイ、リンディさんがいる。ユーノだって、ヴォルケンリッターの皆だっているから。だから、大丈夫」
みんな助けてくれるよ、と事もなげに言い切ったユウは、空になった紙コップを机に置いて、また家族の方に視線を向けた。
フェイトはゆっくりとその言葉を咀嚼して、「ありがとう」と呟く。
フェイトと言う存在が、アリシア・テスタロッサと言う少女を素体にしたクローンであることはもはや否定のしようがない。
フェイト自身、とうの昔に割り切っていて、今さら悩むこともない。
けれども時折、どうしても不安に駆られる。普通じゃないからこそ、いずれ何かが起こっても不思議ではない。
今のところその予兆はない。定期的に検査を受けていて、普通の人間と何も変わらないと、シャマルからも診断されている。
しかし、近い将来、あるいは遠い未来、何かが起こらないとは限らない。
身体のどこかに自分の知らない欠陥が存在していて、まだ見つかっていないだけなのかもしれない。
考え出せばキリがない。だから考えないようにしている。時折顔を覗かせる、その時以外は。
「もし、いつか私の身体に悪いところが見つかったら、その時はユウも助けてくれる?」
「もちろん」
よそに向いていた視線が戻り、どこか挑戦的な、生意気な少年のような表情で断言する。
「俺はフェイトに幸せになってほしいんだ。フェイトが幸せになるためなら、どんなことでもする」
予想通りの答えにフェイトは微笑む。すでに何度となく聞いた言葉だった。
少し前までは感謝しかなかったその言葉も、今聞くと少し物足りない。
だから、つい、意地悪を言ってしまう。
「はやてにも同じこと言ってたよね?」
「あいつにも幸せになってほしいからなあ」
内心を隠して微笑みかける。
「色男だね」
「八方美人の間違いじゃないか?」
八方美人で済めばいいけど、とフェイトは心の中で思った。
「なのはにも言ったの? アリサとすずかには?」
「んー……どうだったかな……」
真剣に悩むユウ。そんなに悩まないと思い出せないのかと、フェイトは少しだけ不満に思う。
「アリサには言ってないかな」
「え?」
「だってあいつ、勝手に幸せになりそうだし」
聞き様によっては酷い言い草だったが、「確かに」とフェイトは同意してしまった。
中学生にして人を指揮することに手慣れたあの様子。類まれなリーダーシップと即断即決の行動力。
執務官になったフェイトにとっても見習うべき能力で、恐らく魔法と言う一点を除けば、アリサに敵う点はないのではないかと思うほど。
「でも、言ってないだけで、みんな幸せになってほしいと思ってるよ。出来れば毎日笑って過ごしてほしい。それで衣食住に困らなければ言う事なしだ」
「ふーん」
「……あれ、もしかして信じてない?」
「そんなことないよ」
「いや、信じてない。俺にはわかる。だったら本気を見せてやらねばなるまいて。……フェイトさん、そのカフェオレ、俺にぶっかけてくれませんか? お金払います。言い値で」
「なに、急に!?」
うろたえるフェイトを無視して「どうせぶっかけてもらうなら熱い方がいいなあ」と熱湯を探しに行こうとしたユウを、フェイトは必死の思いで引き戻す。
「俺の本気はまだまだこんなもんじゃない」
「ユウの本気はわかったから。ほら、子供も見てる。早く行こ? ね? 良い子だから」
「……あ、魔法使えばいいのか」
「ユウ!? 本当にやめて! こんなところで使っちゃ駄目!」
周囲の視線を浴びながら二人はその場をあとにする。
クスクスと子供の笑い声をその背に聞きながら。