紐になりたいといったな。あれは冗談だった。   作:紺南

9 / 9
9

 

時間が経つのはあっという間だ。

フェイトは暮れかけの夕焼け空を見ながら思った。

 

学校を飛び出してから数時間。

まだ半日足らずのこの時間が、これから永遠に続いてほしいと心から思う。

言葉を交わした一言一言が、一緒に歩いた一歩一歩が、こんなにも輝いて思えるなんて、フェイトは夢にも思わなかった。

 

まだ一緒にいたい。もっと一緒に歩きたい。そう願って、けれども、無情にも閉園を知らせるアナウンスが園内に響き渡る。

 

また、明日。

 

別れの言葉を予感し、一緒にいたいと言う思いを強くする。

この気持ちを告げるなら、それは今しかないのではないか。

そう思い立っても、中々行動には移せない。

恥ずかしいと言う気持ち。もし断られたらと言う恐れ。

雁字搦めに縛られて、名を呼ぶことすら出来ずにいた。

 

「フェイト」

 

不意に呼ばれたその声が、フェイトの身体を自由にした。

 

「話したいことがあるんだ」

 

いつになく真剣な面持ち。

その視線にいくつかの光景が重なって、思わず後ずさる。

 

「紐の話だけど」

 

「あ……」

 

何を言われるのか。それを理解していたからこそ、フェイトは何も言えない。ただ、言葉を待つことしか出来なかった。

 

「俺は、君と一緒にはいけない」

 

息を呑み、言葉をなくす。

その意味を理解する前に、ユウは言葉を重ねた。

 

「俺は地球に残る」

 

聞き間違いではないその声が、聞き間違いでほしかった言葉を紡ぐ。

 

二人を照らす夕日が少しずつその姿を消していく。

暗くなっていくその世界で、アナウンスの音だけが変わらず、いつまでもいつまでも鳴り響いていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

寝覚めはすこぶる悪かった。

フェイトは自らのベットの上で起き上がる。

目覚まし時計はセットした5分前を指している。体内時計は寸分の狂いもなく、身体を包む疲労感は精神的なものだった。

 

酷い夢を見た。

 

重い頭を支えるように額に触れる。

プレシアとの別れ。その瞬間。

いくら手を伸ばしても届かない。虚数空間に落ちていくのを、ただ見ていることしか出来なかったあの時のこと。

 

何度も何度も夢に見た光景。

最近は見なくなっていたのに、どうしてまた見てしまったのか。

 

鈍い身体を無理やり動かして立ち上がる。

部屋を出ようと歩く途中、姿見に写った自分の顔を見て、思わず立ち止まった。

 

「……酷い顔」

 

鏡に写った自分に触れ、他人事のように呟く。

泣き腫らした瞳と生気のない顔。どこからどう見ても、病人のそれだった。

 

「……ユウ」

 

そうなった原因。自分をそうした男の子の名を呼ぶ。

途端に瞼から涙が溢れてきた。

鏡の向こうで涙が頬を伝わるのが見えた。

 

「ユウぅ……」

 

膝から崩れ落ちる。くしゃくしゃになった顔が鏡を通して自分を見ていた。

 

好きです。大好きです。ずっと好きでした。

 

そんな言葉が浮かんでは消えていく。

ずっと前に自覚していたはずなのに、思っていたよりずっとユウのことが好きだった。

 

今さら気づいたところでどうしようもないのに。気づいていればもっと頑張れたのかなって後悔するだけなのに。頭に浮かぶのはユウのことばかりで。

 

声を押し殺してすすり泣く。

やがて目覚まし時計が鳴り響き、声をかき消すほどに大きくなる。

その場から動くことも出来ないほどに、どうしようもない気持ちが後から後から押し寄せてくる。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「どうして?」

 

やっとのことで口をついて出た言葉は震えていた。

聞き間違いであってほしい、嘘であってほしいと、込められた微かな希望は、ユウの返答で儚く潰える。

 

「約束したんだ。同じ学校に行くって。だから、フェイトと一緒には行けない」

 

知っている。

その場には自分もいたから。

あの時の会話は、ほとんど売り言葉に買い言葉だった。

ユウがアリサと同じ学校に行けるなんて、幼馴染の誰も本気にしていなかった。

本気だったのはアリサだけで、分かりにくい彼女の、分かりにくすぎるアプローチだった。

 

「……私の方が先だった」

 

「わかってる」

 

「アリサがああ言う前に、私が言ったんだよ? ユウを紐にしてあげるって。だから……」

 

「わかってる!」

 

ユウの口調が荒くなる。

思わず押し黙ったフェイトの目の前で、「わかってるよ」とユウは苦しそうに呟いた。

 

「でも、冗談だと思ったんだ。紐にしてくれるなんて、普通は言わない。フェイトだって、きちんと理解してなかっただろ? 紐の意味を」

 

それはその通りだ。

つい数ヶ月前まで、紐になるとはどういう関係か、その本当の意味を知らなかった。

でも、だからって……。

 

「私は、どんな意味でもユウと一緒にいたかった。どんな関係でもよかった。ユウが一緒にいてくれたなら」

 

必死の懇願に、ユウは頭を振る。

 

「アリサと先に約束したんだ。きちんとその意味を理解して、お互い合意をとって、そうすると決めたんだ」

 

「……先だったらよかったの? なら、私はどうすればよかったの? 私はユウと一緒に暮らしたかっただけ。なのに、どうして……」

 

言葉が続かない。

最早、行き着く先が見えていた。

ユウは結論を出し、それを曲げる気はないように思う。

何を言っても無駄なのではないか。そう思う自分がいて、諦めたくないと思う自分がいる。諦めたら、何もかもが終わる予感がした。

 

「ユウ、私……」

 

いくら言葉を探しても何も出てこない。

こんなにも伝えたい思いがあって、伝えきれない気持ちがあるというのに。

 

言葉にできなかった気持ちが瞼から溢れ出る。

頬を伝った涙を見て、ユウは驚き言葉をなくす。

 

「フェイト……」

 

「ごめん。ごめんね。こんなつもりじゃ、なかったんだけど……」

 

いくら拭っても涙は止まらない。

涙と共に感情も溢れてくる。もはや自分でも止められなかった。

 

「嫌だよ……一緒にいたいよ……ユウと一緒にいたい……」

 

子供のように泣きじゃくるフェイトを見て、ユウはいてもたってもいられず、その身体を抱きしめた。

思いのほか華奢な身体から熱が伝わってくる。

フェイトもまた、ユウの背中に腕を回して抱きしめ返した。

 

離したくない。離さないで。

 

そんな思いとともに、涙を流す。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

閉園と共に追い出されるように帰路についた二人は、駅でも電車の中でも、ずっと手を握り合っていた。

自宅への道をわざとゆっくりと歩き、あえて遠回りをして、二人の時間を引き延ばしていた。

 

しかし、どれだけ引き延ばしたところで、その時間にも終わりはやって来る。

フェイトの住むマンションまで戻ってきた二人は、どちらともなく手を離した。

ゆっくりと歩き出したフェイトの背中を見送り、声の一つもかけられなかったユウは、その背中がエントランスへと消えようとした瞬間、微かな声で呟かれた声を聞いた。

 

「……おやすみ。また、明日……」

 

一瞬のことで、気づいた時にはフェイトの姿はなかった。

何も答えられなかった自分が恥ずかしく、拳を握りしめ踵を返した。

 

「うおおぉぉっ!!」

 

雄叫びをあげながら、全てを振り切るように疾走する。

走って、走って、気づいた時にはそこに着いていた。

 

「なのは! なのはぁ!」

 

何度も叫び、そして懇願する。

 

「俺を踏めぇっ! なのはぁ!!」

 

「うるさいなあ」

 

ガラリと開かれた窓からなのはが顔を見せる。

どうしたのと言う呆れ顔と、近所迷惑だろと言う僅かな怒り。それらを飲み下し、いつものことかとため息を吐いた。

 

「フェイトちゃんとはお話できたの?」

 

実のところ、あまり心配などしていなかったなのはだったが、予想に反してその質問への答えはなく、ただうなだれるユウを見て、様子がおかしいことに気づく。

何かおかしな方向に跳ねたのではないかと不安を覚えた。

 

「……私ともお話しよっか」

 

言いながらスマートフォンを確認する。

フェイトからの連絡は入っていない。

どちらに転んだのか。あるいは右斜め上にでも跳ねたのか。

 

「とりあえず、お家入って」

 

とぼとぼと玄関に回るユウを見送って、なのはは父母に「ゆうくんが来た」と伝えに行く。

面倒なことになっていなければいいなあ、と思いながら。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

直葉「お兄ちゃーん、あの人に手を出されたー。」キリト「お前を〇す」(作者:狩宮 深紅)(原作:ソードアート・オンライン)

性懲りもなくまた書きに来ました。▼ちょっと重めで策士な直葉ちゃんのSSです。▼内容は…。まあ、タイトルの通りです。▼時系列は本編終了後を想定しています。


総合評価:3476/評価:6.42/連載:13話/更新日時:2026年04月05日(日) 02:00 小説情報

センセイモドキは先生を辞めたい(作者:ブルアカやったことない民)(原作:ブルーアーカイブ)

センセイモドキ……センセイオンナタラシに擬態することでキヴォトスに生息する数多の生物から危険を逃れている。センセイオンナタラシとの違いは▼・未成年である事(17歳)▼・ブルアカの知識を前もって持っている事▼・思春期をキヴォトスに生息する数多の生物に破壊されたことによる積極的なセクハラ言動


総合評価:5372/評価:8.05/連載:19話/更新日時:2026年07月17日(金) 07:00 小説情報

【急募】幼女アイズの幻覚見えてるんだけどどうしたらいい?【ロリコンではない】(作者:透明な器)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

掲示板形式ではありません。▼幼女アイズの幻覚(だと思ってる)が見えてる少年が主人公のお話。


総合評価:6023/評価:7.86/連載:4話/更新日時:2026年04月24日(金) 12:41 小説情報

時間が巻き戻ったので今度こそと死ぬつもりで助けたら、何故か生還して激重感情持たれるやつ(作者:イグアナ)(原作:Fate/)

タイトルの上から下まで殴り書きしました。


総合評価:6473/評価:8.54/完結:5話/更新日時:2026年06月05日(金) 20:41 小説情報

越後の軍神、その兄でございます。(作者:元ジャミトフの狗)(原作:Fate/)

現代日本人が戦国時代の越後長尾家嫡男に転生して、化け物みたいな妹と一緒に切り盛りする話。


総合評価:6498/評価:8.84/連載:8話/更新日時:2026年07月16日(木) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>