窓からの脱出経路を確認し終えた怜司達は、続いて寮の外壁沿いを回り込み、着地地点へ辿り着いていた。
「ここから足跡が四つになってんな。けどこの先で土はほぼ途絶えてやがる。これじゃ何も追えねぇぞ、どうするんだ怜司?」
しゃがみ込んで観察していたヴァルナがそう結論付けた事に対し、解析中の怜司が足跡を見下ろしながら独り言のように呟いて返した。
「いや、問題ない。石畳についた土の渇きからして、ここに着地したのは人通りがまばらにもない夜だ。犯罪者や逃亡者が逃げるとしたら人目につかないように移動しながら隠れやすい場所を目指すハズ。二人とも、ここから近く、隠れ家や取引現場になる場所に心当たりは?」
そう尋ねながらも怜司は石畳に視線を落としていた。
石畳に映し出された四つの足跡が指し示している。
既に陽が昇りきっているのだ、大通りを通過したら最後、民衆や冒険者達に紛れ込むことで追跡は不可能になる。
だが一塊で行動しているのなら話は別だ。
靴の大きさや石畳を傷つける度合いから四つをグルーピングしようとして、気づいた。
痕跡が断続的にしか表示されない。
ちらつき、消える。一瞬映り、またすぐに消える。
怜司はここでようやく、システムが全く安定していない事に気づいた。
(使えない事はないが、安定していない。これ初期バージョンにあった感じだな……自動修正が終わっていないからか)
見える範囲だけを繋ぎ合わせると、足跡は北へ向かっている。
西のスラム街ではない。隠れるなら人目を避けて北の工業区だろう。
ガイドブックに書かれていた情報を元に怜司が推論で補った方角は、断続的なシステムの表示と一致している。
ここまで来ると確信ではなく推測だが、他に手がかりがない。流石にエイエーゼロの根幹機能である解析と被る探偵技能のインストールなんてしていないのだ。
「そうですね……この近くなら魔導工房から出る廃棄物処理をしていた跡地が北に二つ、他にも使われていない倉庫もそこにはあります。手分けして探しますか?」
「ダメだコンラート、アタシと組んでいる内は離れるな。テメェに何かあったらバルドーが怒り狂っちまう」
「――そう、ですね。それならまず近場から探しましょう」
「ちなみに俺は離れても良いのか?」
「そうしたいなら好きにしな」
興味本位で聞いてみたら一刀両断された怜司が凹みながら首を振り、コンラートの後を追う。
そうして十分しない内に辿り着いた第二環の工業区は、寮とは違い雑然としている。
魔導工房の煙突から吹きあがる魔力の蒸気が空気中に滞留しており、陽の光を若干遮っているようで思った以上に暗い。
また床は煤のような物質で汚れており、清掃されていないことが見て取れる。
温度を一定に保つ床のせいで、這うようにして温い風が通り抜けた。
全体的な雰囲気として治安が悪そうなイメージを持つが、各工房に出入りしている人数が多少なりとも存在している事で緩和されているその道を、急ぎ足で抜け出る。
「ここか」
「えぇ。老朽化で来年には取り壊しが決定している倉庫群です。故に人一人隠すのは容易ですが、この広さから探すとなると骨が折れますね……」
「いや、そうじゃねぇな、清掃員がさぼっている事が幸いしたようだぜ、コンラート?」
「これは……確かに足跡がありますね。油断しましたね」
一方で怜司は無言で今まで記録していたヴァルナやコンラート、エリシエルやアルンハイム卿達が発する温度や身長などのプロフィール情報を読み返していた。
少なくともヒューマを基準に考えるならノクタリエもエルヴァリエもそう大して変わらない。精々体温に一から二度の差が在る位だ。
ノクタリエは高く、エルヴァリエは低い体温であることが気になるが、それはギルドで七種族についての冊子を貰えたら解決すると信じ、周辺の熱反応を探る。
(今の精密モードだと半径百メートルもいかないが、少なくともこの跡地には誰もいなさそうだ)
煤を払う足跡は偽装も何もない真っすぐな足取りで北へ伸びていた。
「それで怜司、これを信用しても良いのか? 偽装って線も考えられるが」
「あー……いや、一旦北へ行ってみよう。常識的に考えて入り口付近に隠れるというのは考えにくい」
それもそうかと同意したヴァルナは、片手半剣に手をかけたが、考え直したようで無手で歩き始めた。
はて、と首を傾げると、察したコンラートが、
「偶然、誰かに見られたら困るでしょう。ヴァルナさんはそれを危惧したと思いますよ」
「あーまぁ、確かに言われてみればそうですね」
筋肉質の長身美女が片手半剣と短槍を構えてゆっくりと歩み寄ってきたら、昼間でも悲鳴をあげる自信がある。
二人して同じ想像をしたようで、互いに首を振って打ち消し、ヴァルナの後を歩く。
足跡を見れば、進路は変わらず、熱反応も無し。
故にゆるい雰囲気で歩く怜司だが、それを訝し気に見るコンラートの視線には気づかなかった。
いくら何でも警戒しなさすぎでは、と考えたのだ。
ヴァルナやエリシエルの推薦があり、パーティに組んだ事をまるで世間話のような軽さで道中で聞かされたコンラートとしては、怜司の役割はここまでの活躍で知恵者であることまでは読めていた。
ただ、それにしても冒険者として見たら失格である。
帝都とは言え、現状誰も立ち入る筈のない区画に自分達がいるのだ。
単なる犯罪者がいるかもしれないし、盗賊ギルド、最悪の場合は暗殺ギルドのメンバーもいるかもしれないのに無警戒だ。
ヴァルナの力をアテにしている可能性もあるが、それでもこの男が何を考えているかは読めない。
「――ん? どうしましたコンラートさん?」
「いえ、いくらヴァルナさんと一緒とはいえ、上から魔導銃やボウガンで狙われていたら危うい無警戒さですよ」
一方で怜司はその言葉に冷や汗をかいた。
解析が万全なら何もない事がわかっているはずだった。
だが今の精度では、近距離の反応は拾えても死角からの狙撃までは探知しきれていない。
コンラートの指摘は、今この瞬間に限って言えば正しいのだ。
だがそれを正直に言えるわけもないが、別の考えもあった。
ボウガンという言葉で射程距離が何となく把握できた事が幸いし、気を抜いたような感じはそのまま維持して、
「あー。まぁ大丈夫ですよ、ここら辺にそんな奴は居ないでしょう」
そう頭を掻きながら笑みを浮かべて誤魔化しを図る。
根拠の薄い断言だ。
コンラートから見れば余裕にも見えるそれは、実際にはただの虚勢である。
とんでもない実力者なのかもしれない、そう勘違いをする程の泰然自若さを持っているように見えてしまった怜司に、最早何も言えなくなったコンラートはただ黙ってヴァルナへと視線を向けた。
暫く北へ歩くと、怜司達の顔色が変わった。
一塊だった足跡が行き止まりの工場跡地に備え付けられた扉の前で渋滞を起こし、その後、散り散りに別れていたのだ。その数は三。
一つ、足りない。
「……コンラート、テメェは扉前で援護。アタシが突入する。怜司は暫く待ってから来てくれ」
「はっ」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
怜司はそう呟いて、壁越しに解析を飛ばした。
ぼやけた熱反応が一つ、建物の奥に映る。
人の形だが精確なサーモグラフが表示されず、代わりに低温と記述されるのみ。
そして、それに動きはない。嫌な予感は、この時点で確信に変わった。
また、二階建ての倉庫にはそれ以外の人間はいないということは辛うじて判定出来た。
扉を肩で押し開けて完全に開いたヴァルナが気配を探り、何もいないことを確認しながら一歩前へ踏み出す。
瞬間、ランタンの炎を最大へと一瞬で切り替えて左手で持ち、片手半剣を音も無く抜き放つ。
そうしてジリジリと移動しながら油断なく周囲を見回していき、気配が無い事を感じ取ったヴァルナが大声を上げた。
「誰もいねぇ、大丈夫そうだ!!」
「怜司さん、先に入ってください。後は私が」
「あぁ……それって何です?」
「これですか? 魔導銃ですよ。怜司さんはまだ使えないでしょうが、便利ですから護身用に一丁持っておくと良いですよ」
そう言って魔導銃を左右に振って入り口へ促すコンラート。
見た目だけみれば火薬式の短銃とは大きさ以外が概ね違う代物だという事がわかった。
リボルバー式ではなく、マガジンタイプに近く、撃鉄が並べて二種類ある、という代物。
諸々の疑問を押し殺した怜司が頷きを一つ返し、靴音を響かせてヴァルナがいる部屋中央へと歩む。
咳き込むほどではないが埃交じりで少し肌寒い位の空気だ。外とは違って魔力が供給されていないのか、床から吹きあがる熱は無い。良く見れば足跡がきちんと残る位にはわかるレベルで清掃されていないようだった。
「ヴァルナ、足跡が奥に続いている」
「――あぁ、確かに」
ガシャリと音を響かせながら、油断なく遺体らしき所へ向かい、角をのぞき込んだ。
クソが、と呟いたヴァルナが振り向き、怜司達と目を合わせた。
その瞳は縦に割け、橙色の火と灯しているような輝きを放つ。
「ダメだ、息がもう無ぇ」