唸り声と共に発せられる事実に、コンラートは遺体がある方向へ駆け出し、それを見て数秒後に膝から崩れ落ちた。
怜司もゆっくりとした足取りでジェスの死体がある角へ進む。
システムの視覚フィルタだけは辛うじて動く事を確認して、死体を見る直前で血液の色をモノクロへ変えた。
流石に見慣れたくはないものを無理に慣らそうとは思えなかったのだ。
「ジェス……何故こんな……」
「死んで結構時間が経ってるな。これは誘拐されてすぐ殺されたのかもしんねぇ……コンラート、心当たりは?」
「――彼程の技術者を処分するなら、エンブレア家か、或いは我々と同じ中立派だと思います。皇帝派なら誘拐や勧誘をしてくるでしょうし……」
力無く項垂れたコンラートは激しい失意に彩られている。
ヴァルナが痛ましそうな目でコンラートを見ている事と彼の様子で、怜司はアルンハイム家の終わりの始まりを見ているのだと察した。
(ただ一人の生死で浮き沈みが決まる程、か……まぁ、わかるといえばわかるが極端すぎやしないかね……?)
居たたまれない空気の中、怜司はふとジェスの死体に目を向けた。
特徴的なのは右腕に巻かれた鈍い金色の腕章で、アルンハイム家の紋章が描かれていた。技術者は着用義務があるという事をガイドブックと手配書両方に書いていた故に、怜司はまずそこに眼がいった。
(冒険者ギルドのランクと同じだったっけな、金色は確か上から二番目。ということは国家レベルの偉業者の一人という扱いか……成程、なら家が傾く可能性が高いということにもなるな)
心の中でそう呟きながら他に視線を巡らすと、帝国用の技術者が身に纏うローブの左胸にはナイフがしっかりと刺さっている事がわかる。
手入れされていないボサボサで長い茶髪が顔の大半を隠しており、微かに覗いている死者の視線は死因を力無く見下ろしているようだ。
(やってられないな全く……せめて情報を渡せれば良いんだが……"死因と死亡時刻は?")
【分析処理、自動修復中】
舌打ちをギリギリで飲み下す。
仕方がない、自分の目で見るしかない。
幸い、脳にインストールしたまま消去し忘れていた医療技術がある。そこを起点に考えればどうにかなるだろう。自身のズボラさに助けられた形だ。
「あー、コンラートさん。死体を検分しても?」
「え……え、えぇ、はい。できるのですか?」
「一応、医術には心得がありまして」
ナイフが左胸に柄の根元まで深く刺さっている。
位置は心臓の直上。刺入角度からして、上から振り下ろしたか、あるいは正面から力任せに突き込んだか。
いずれにせよ即死に近く、出血量も多い。
研究者であって法医学者ではないが、インストールしていた情報群のお陰でこの手の外傷には見覚えがある。
心臓部への刺傷による外傷性ショック死。
間違いないだろう。
ジェスに触れてみれば体温が室温と同化している。
(硬直が緩み始めている……半日以上か。昨晩の深夜あたりか)
正確な数字が出せない不快さ。
技術者特有のある種の潔癖さへと引っ掛かり、胃の底にストレスとしてジワジワと溜まり始める。
(“この部屋の解析と足跡、状態から逆算して殺害状況の再生を”)
【分析処理、自動修復中】
「――はぁぁあ……そうだったな。ヴァルナ、ランタンを借りて良いか?」
「あぁ、構わねぇよ」
壁にもたれかかるように座り込んだ姿勢は、どことなく眠りについているようにも見える。
目線を合わせるようにしてしゃがみ込み、ランタンを床に近づけると、埃の上に足跡が浮かび上がった。
その足跡の上を、別のものがほぼ上書きしている。靴底の幅と踏み込みの深さが違い、更に唐突に現れている事が見て取れた。
一瞬の閃きが脳裏に走り、怜司はランタンを持ち上げて二階への階段に目をやると、手すりに布が擦れたような跡が微かに残っていた。
(成程、上から来たってことか)
思い起こせばジェス宅の窓にも同じ跡があった。あの時見た縄梯子と同じ手口だ。
そしてジェスの直ぐ近くに着地しているのは先ほど見た通りだ。このタイミングで殺害したのだろう。
刺さっているナイフは黒い柄以外の特徴は無く、犯人はそこを触れないように探していたのか、おかしなことにはなっていない。
ローブの前を止めているボタンを全て外すと、手帳が丁度入る位のサイズがある内ポケットが少し捲れている。
殺害後にすぐに目的のものを手に入れて撤退したと考えた方が良いだろう。
手際が良すぎる。怜司から見ても素人の犯行ではない。
「恐らくだが何かを探していたようだ。コンラートさん、ジェスさんについてですが小骨以外の研究は?」
「いえ……最近は小骨にかかりきりだったようで、他の研究は何もしていなかったかと」
「うーん……持ってきていると考えられていた、ということか?」
「しかしアレを今更調べても何も出ない筈です。出土自体は珍しい事ではないので」
本当にそうなのだろうか。
確かにポンポン出てくるものなら、短期間ながら帝都を歩いていた怜司のシステムに反応がある可能性もありそうな話だし、ギルド到着時に見た骨のような素材には一切の反応が無かったのもおかしい話だ。
鍵となるのはやはりあの小骨か、と考えたところでヴァルナから声がかかった。
「なぁ怜司、他に気付いた事とか手がかりは無いのか?」
「あー、上を見上げた時に気づいたけど、誘拐犯が使ってたような縄梯子を使っているな。恐らく窓から侵入してそれを使って降りて殺害、目当てのものが無かったので退散したんじゃないかな」
「お前そういうことは早く先に言えっ」
そう言って怜司からランタンをひったくるようにして奪い、慌てて二階へと駆け上がるヴァルナとコンラートを尻目に、自身の腰をトントンと叩いて考えを整理する。
誘拐犯は閉じ込めてもいなければ監視もしていない。ジェスは誰かの所に連れていかれる途中だった可能性がある。
だがジェスはそもそも隅に紛れるようにして隠れていた。
恐らくここで一泊する必要がどうしてもあった、と考えて良いだろう。もしやここで誰かと待ち合わせをしていたのか。
それとは別で犯人が遺体を調べていたのなら、何かを持ち出すという確信があったからか。例えば小骨とか。
だがジェスは持ち出していない。アレが貴重だと気づいていない可能性もあるが、コンラートの発言からその線は限りなく薄い。
研究価値が無いものに情熱を注げる技術者は居ないのだ、一定以上の層になればそれは猶更。
怜司自身もそれを解っている。同じ技術者という共通言葉に入っているのだ、ここは信頼しても良いだろう。
殺害のタイミングと目的、ここがどうしてもノイズになる。
技術者の殺害自体は質が良くとも有り得るという話だった。なのでそこは一旦考えなくともよい。
その過程が問題なのだ。
ジェスを叩き起こして締め上げれば目的の品そのものか情報は手に入った。その後に殺せば良かったハズだ。
それをしないで真っ先に殺した理由がわからない。
まさか逃亡者に死を、というわけでもあるまい。
「怜司、テメェの言っていた通りだった。縄梯子の跡は手すりと窓にもあった。眼が良いんだな」
「進入経路と逃走経路は同じですね。確かに深夜ならこの立地もあって人の出入りは皆無でしょう」
戻って来た二人の報告を聞いて、そうかと頷いた怜司が現状の解っている事を説明する為に口を開く。
「まず調べた結果だが、どうにも誘拐の可能性は薄い。ここに入った時に薄っすらと埃が積もっていたのは見ていただろう? そこを踏まえれば、入って来たのはジェスさんだけだ。そしてジェスさんがここに滞在していた事を考えれば誘拐犯と殺害者は別だと考えて良い。そしてここに留まっているようにも見て取れる。そうなるとアルンハイム家から何らかの理由で脱出しようとしていた可能性も視野に入れる必要がある」
その言葉にそれぞれ意味合いが違うが、複雑な表情で頷くコンラートとヴァルナ。
次いでシステムでしか分らない情報をなるべく省きながら、推理を披露していく。
「何らかの理由でジェスがアルンハイム家から脱出した事に気づいた誰かが、ジェスの暗殺を企てた。誘拐犯か、それとも全く別の勢力かはこの際置いておく。問題はその後なんだ。殺した後に遺体から何かを手に入れていた。コンラートさんの話では最近の研究は小骨のみという証言も貰えた。となると」
「残った鍵はその小骨か」
「その通り。だから次はその小骨自体の回収か調査をしなければならないハズ。コンラートさん、あの小骨は持ち出せますか?」
「……私に権限が無い以上、難しいですね。少なくとも父上の許可が要ります。一度戻って報告しましょう」
陰鬱な表情でこの場から立ち去るコンラート。
「なぁヴァルナ。ジェスさんが死んだ今、アルンハイム家はどうなる?」
「領土が縮小されるのは間違いないな。下手をすれば爵位も下がる。今から死に物狂いで技術者を獲得したとして、結果が出るまでには最悪、他の貴族に併呑されているかもな」
思う所がやはりあるのか、ヴァルナは目を伏せながら肩を落とすように竦めた。
怜司は先の予想が当たった事もあり、そうかと頷く事しかできなかった。
工場跡地を離れて暫く歩いた頃、視界の隅の表示が変わった。
【解析修復、完了】
全ての機能が戻ってきた証拠に、見慣れた情報が視界を満たしていく。
一瞬だけ背後に目をやれば、明確に誘拐犯と思われる足跡が遠くからでも見通せた。
安堵と同時に、僅かながらの疑問が残った。
あの工場で自分がやったことは、ほぼほぼ推理だ。
地球で培った知識と目の前の物的証拠だけで、痕跡を繋いで仮説を組み立てた拙いもの。
果たして、それは合っていたのだろうか。
もし間違っていたのなら速攻で戻る必要があると判断した怜司は、心の中で指令を下す。
("先程の現場データから殺害状況の再生を")
【再生完了】
念の為に仮想現実で答え合わせをしてみれば、大筋は合っていた。
侵入経路、殺害の手順、遺体の捜索。
そして新たに判明したのは時間だ。犯人は進入から殺害、そして撤退まで僅か三分。
自分の推理では「手際が良い」としか言えなかったものに時間の保証がついて、深い溜息を蹴り転がした。
(――まぁ、他にも収穫はあったな。結晶を解析した際に精神防壁だけでは足りなかった。そこの予防と対策面ではラッキーとしておこう)
これがあれば、次に同種の干渉を受けた時の回復は速くなる。いや、そもそも防ぎきれる可能性すら見えている。
あの結晶を調べ上げるのにも必要なもので、そこから白紙領に関する手がかりが手に入る事を祈るしかなかった。